第601話 ラヴァークライミング

明けましておめでとうございます。

本年も、シュピダンをよろしくお願い致します。


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 ヴァルキュリアは、召喚された状態から保有マナを消費してしまうと消えてしまう。見たところ、涼しい顔をしているので火山の熱波でも平気そうであるが、現界していられる時間は刻一刻と減っているのだ。ここでの話し合いも終わっている事であるし、先に進む事にした。他のメンバーは、ここで別れてダンジョンから脱出する予定。レスミアのジョブをトレジャーハンターに変えておいたので、〈帰還ゲート〉のスキルで帰れるのだ……最初は〈ゲート〉で送ろうとしたのだが、見送りくらいはさせてとお願いされたのである。


「それじゃあ、行ってくるよ」

「ザックス! 無理だと判断したら、無茶をする前に帰ってくるのですよ!」

「ザックス様、お夕飯を作って待っていますから、お早いお帰りを~」


 可愛い彼女2人に手を振ってから、助走をつけて溶岩の川へ飛び込んだ。




 着水……もとい着溶岩して、川底に足を付ける。水深はそこまで深くなく、腰ぐらいの高さであった。流石に溶岩の中を泳ぐつもりもない。流れる溶岩は真っ赤に溶けてはいるが、少し粘性があるので泳ぎ難いだろう。ここからは流れに逆らうようにして、歩いて行くしかない。水の上を歩けるスキルとかあったら良かったのだが……ミスリルフルプレートの〈接地維持〉は水の上は歩けないが、流れに逆らって歩くのには丁度良い。アビリティポイントが足りないから装備出来ないけどな。

 〈フェザーステップ〉も流れに逆らっていては使えないし、ニンジャの〈疾駆〉は走る時限定なので無理。移動系スキルを試してみたところ、〈ボンナバン〉や〈稲妻突き〉で、数m前に移動できる様だ。普通に使うより飛距離が短い気がするが、しょうがない。ただ、連発して移動するのは、MPとの兼ね合い(ヴァルキュリアの再召喚)も考えると難しい。流れの早い所を抜けるのに使う程度にとどめ、ざぶざぶと掻き分けて地道に進む事にした。



 目的地は山頂の火口である。本来ならば、洞窟を抜けた後、溶岩の川を避けつつ山登りになるので、2日ほどの行程になるが、直線で登れるので1日も掛からないだろう……走れれば数時間で登れそうなのにな。

 その為、歩けそうな中州があれば、寄って行くことにした。元々、川の流れが出来るくらいには山肌は凸凹しており、盛り上がっている部分は溶岩に飲まれずに中州となって残っているのである。休憩場所にもなり、移動距離を稼ぐには持って来いの場所である。


 しかし、移動を邪魔する者もいる。空を縄張りにしている千眼孔雀共だ。奴らは目が良いので、上空に飛来してくると大抵は襲ってくる。俺は赤髪なので、溶岩の赤に隠れないかな……なんて期待はしたのだが、もっと目立つヴァルキュリアが2人居るのでどだい無理な話だった。


 ヴァルキュリア達には護衛をお願いしてあるので、近付く千眼孔雀が居れば自動で迎撃に出てくれた。

 彼女達は胸の前で抱えるように槍を構えると、翼をはためかせ宙を舞う。そして、武器の先端から円錐の結界を纏い、突撃を仕掛けた。急加速したヴァルキュリアの速度は、千眼孔雀の回避能力を上回るようで、避ける間もなく貫き倒す。特に、千眼孔雀は一列に並んで飛ぶせいもあり、突入角度が合えば、突撃1回で5羽を撃墜する事もあった。

 偶に突撃コースから避ける千眼孔雀も居たが、少し後ろを追随する2人目のヴァルキュリアの突撃で倒されていた。最速最短で飛ぶ蒼玉のヴァルキュリアの青い光が線を引き、後続の月長石のヴァルキュリアが白い光で螺旋を描くように追いかける。まるで息の合った連携攻撃……阿吽の呼吸とか、シンクロしているとか、ツインバ〇ドストライクとでも言い表せば良いだろうか?

 ともあれ、俺が魔法を連打して迎撃するよりは、効率的に倒してくれるのだった。ジョブにトレジャーハンターをセットしていないので、〈敵影表示〉も〈敵影感知〉も無いからな。移動に専念する為にも、自動で迎撃してくれるのは助かる。

 難点としては、撃墜した千眼孔雀が溶岩に落ちてしまいドロップ品が手に入らないくらいだ。この辺は領都防衛戦でも同じだったけど、ヴァルキュリアが回収して来てくれることは無い。使い魔と言っても便利に使える訳ではなく、戦闘用の護衛なのである。


 余談ではあるが、トレジャーハンターを外した代わりとして、追加スキルに〈罠看破中級〉を付けていたが、罠を示すポップアップが1つもない。多分、溶岩に飲まれて罠も消えてしまったのだろう。追加スキルには、他のスキルをセットしておこう。




 20分くらいかけて、次の中州に上陸した。ここまでメインアタッカーを務めてくれていた青のヴァルキュリアは、優雅に手を振って消えて行ってしまう。縦横無尽に突撃していたので、早く消えてしまうのも止む無し。残敵掃討を担当していた白のヴァルキュリアはまだ残ってくれているが、どのくらいの時間残ってくれるのかは分からない。問いただしても喋れない……と思いきや、ジェスチャーで返してくれた。右手の指を1本立てて、左手はパー、15分くらいは大丈夫だそうだ。


 上空の千眼孔雀の3割は倒したが、リポップする事も考えたらヴァルキュリアは2人態勢のままが良い。追加召喚するとしよう。マナポーションを飲んでおいてから、自身に〈ライトクリーニング〉して、身体に付いた固まりかけの溶岩を取り除く。

 溶岩が付いたままだと、ブラストナックルを外せないからな。ここまでの経過時間的に、フリッシュドリンクと耐熱ベリージュースの効果は続いている筈。その確認をしてから〈緊急換装・聖剣抜刀〉で聖剣と聖盾を装備、即時〈プリズムソード〉で青のヴァルキュリアを再召喚した。

 更に、暑過ぎる環境には耐えられないので、2セット目の〈緊急換装〉でブラストナックルを再装備……ふ~、面倒臭いが、溶岩だらけの中を進むには、他にアイディアが無かったのだ。


 MP管理はいつも以上に大事である。ヴァルキュリアが居る限り、魔法を使う必要どころか戦いをお任せ出来るが、召喚コストが重いからな(最大MPの3割)。マナグミキルシュも取り出して食べておこう……と、取り出したら、5秒もしない内に溶けて液状になってしまった。中に入っていたサクランボことキルシュゼーレは残ったが、これでは回復量も減っている事だろう。つくづく、人が滞在する環境じゃないと感じた。



 中州に咲いていた赤い花……の形をした紅蓮鉱石を3つ回収しておく。蓮の花っぽいけど、茎まで金属なので工芸品と言った方が分かりやすいかも知れない。少し魔力を通しただけで、オーブンに使えるくらいの温度になるので取扱注意。ブラストナックルを装備していると、発熱しているのかも分らんけど。


 それは兎も角、中州で助走をつけてからジャンプして、前に進んだ。MPに余裕があれば〈ボンナバン〉も使って距離を稼ぐ。スキルを使った方が、地面の凹凸とかを気にしないで良いので頼りたくなるのだ。いや、溶岩なので、底の凹凸も見えないからな。偶に足を引っ掛けそうになるのが怖い。別段、溶岩に沈んでも溺れる事は無いが、下に流されるのもマイナスだ。

 何か良い方法はないかとスキルを見直してみたところ、追加スキルに剣客ジョブの〈摺り足の歩法〉をセットする事で、移動しやすくなった。


【スキル】【名称:摺り足の歩法】【パッシブ】

・摺り足による行動を補正する。上体の重心をズラすことなく、地面を滑るように移動できる。多少の凹凸ならば、足を引っ掛ける事は無い


 溶岩を掻き分けて進むのは変わらないが、足元を気にしなくて良くなるので、断然楽になるのだった。




 さて、ここからは移動と、中州で再召喚を繰り返す事になる。

 ちょっと地味なので(傍から見たら溶岩の中を歩く、変な奴であるが)、本に書いてあった44層でのNG行為を書いておこう。

 それはズバリ、水属性の範囲魔法を使う事である。〈ウォーターフォール〉〈ツナーミ〉の2種類だな。

 まぁ、予想は付くと思うが、真っ赤な溶岩にこれらの魔法を使うと、大爆発してしまうからである。所謂、水蒸気爆発だ。

 火山フィールドの魔物の弱点が水属性だからといって、安易に水属性範囲魔法を使うと、山の斜面に沿って下に流れて行ってしまう。その水が流れた先に溶岩の川があったら、大爆発を起こし周囲に高温の熱風が発生。火傷で済めばいいが、運が悪いと仲間が爆風に煽られて溶岩の中にドボンッ!と言う訳だ。この階層での犠牲者が多い理由の一つである。


 そして、更に最悪なのは、斜面の下に他のパーティーが居た場合だ。不用意に使った水属性魔法のせいで、他パーティーに死者が出てしまうと、最悪赤字ネームにされたり、騎士団の取り調べを受けたりする羽目になる。

 この違いは、故意であったかどうか。

 他パーティーが居る事を認識しながら巻き込むと、簡易ステータスに【赤字ネームのため攻撃可】なんて記載されてしまう。

 他パーティーが居る事を知らないで巻き込むと、赤字ネームにはならないが死者に対する損害賠償は覚悟しなければならない(騎士団の取り調べはその一環)。他パーティーが全滅していたら、とか考えるとちょっと怖い。


 一応、赤い溶岩に〈ウォーターフォール〉を2発程打ち込めば、温度が下がって黒く固まるらしい。ショートカットが出来るので、地形を考えて周りに被害が出ないようにすれば、使えなくもない。ただ、万が一を考えると、水属性魔法は封印した方が良いと言うのが、現在の騎士団の教えらしい(ルティルト談)。





 半日かけて山登り……溶岩登り?をして、8合目くらいにある中州に到着した。ここまで来ると、火口から流れ出す溶岩の量も多く、ここより上に中州が無い。その為、先に火口上空に居る千眼孔雀を殲滅する事にした。ヴァルキュリア2人による突撃だけでなく、俺も〈ダウンバースト〉で撃墜する。千眼孔雀も火属性だが、溶岩に落ちては一溜まりも無い。



 しかし、千眼孔雀を全て倒した後に、上空に白く大きい孔雀が突然出現した。

 急に1匹だけ登場する辺り、ソフィアリーセが言っていた千眼孔雀のレア種に違いない。


 曇天の空に出現した事に気が付いたのは、奴自身が光を放っていたからである。千眼孔雀の倍以上ある巨大な翼に、10倍くらいの数がある飾り羽を色とりどりに光らせながら飛んでいる。いや、光っているのは7色の魔法陣だ。急速充填された無数の魔法陣……ざっと見て30以上!

 7色の光を放ち、7属性の魔法が発動する。俺の居る中州に向かって、各属性ランク1魔法を雨あられと降らせて来るのだった。

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