第599話 赤に染まる火山

 溶岩の流れる鍾乳洞は赤い光で照らされ、風光明媚なようにも見える。ただ、それは暑さを感じない俺に限った話だろう。周囲を索敵し、溶岩の川も離れている事を確認してから、後続に向かって手振りで合図を送る。

 皆が追いつくまでの間に、地図を取り出して地形を確認した。



 通常時の44層の話になるが、内部の巨大洞窟と、外側の山を登る2段階構造になっている(目的地は火口)。洞窟内も複雑に入り組んでおり、外に出る出口も沢山あるのだ。ならば、さっさと外に出て山を登れば早い気がするのだが、それを溶岩が阻むのである。

 山頂の火口は?らしく、数日おきに溶岩の流れ出る方向が頻繁に変わるそうなのだ。その為、山肌を流れる溶岩の川も流れる位置が変わる。山頂を中心に螺旋状に流れたり、分岐したり、溶岩だまりの池を作ったりする。特に入口側は溶岩が流れやすくなっており、直ぐに外に出ても溶岩で道を防がれて、上に登れない袋小路になっていたりするのである。加えて、流れる溶岩は外に繋がる通路にも流れ込み、洞窟内部の道を塞いだりもする。


 そんな訳で、この地図も参考程度にしかならない。一応、溶岩が流れていない場合で描かれているので、実際の溶岩の流れと比較して、進むルートを決めるくらいである。

 それと以前、ソフィアリーセが雪山の採取パーティーリーダーに話していた『裏山ルート』。それは、洞窟内を横断し、山の裏側に出る事を指す。山の入口側に溶岩が流れ込みやすい反面、反対側の山の裏側は比較的溶岩が少ないのだ。内部も暑いものの、溶岩は崖下や穴から流れ出て来る分だけなので、外に比べれば接近しないで進める。安全を期すなら、気まぐれな溶岩が道を塞いでいない日を見計らって、裏側に出るのが推奨なのだ。

 因みに、ここの死因で一番多い溶岩ポチャは、手前側で外に出て、溶岩が多い地帯をショートカットしようとした人に起きやすい。山の外には見切り鳥が爆撃して来るし、溶鉱炉亀の砲撃も飛んでくるので、溶岩の近くを歩いていると転落しやすいのだ。まぁ、洞窟内にも魔物が居るから、戦闘場所に気を遣うのは同じだけどな。



 さて、長い前置きになってしまったが、現状と地図を見比べてみよう。


「あの真ん中の大きい道……上から溶岩が落ちて来ていて通れないわよ」

「いや、本当に溶岩だらけではないか? 兄に聞いて来た話と違い過ぎるぞ。

 一番近い、30m程先の左側にある外への穴……溶岩が流れ出ていて外に出られないではないか」

「ええと、あそこの崖の下に行く道から、奥に抜けられそうかな?

 目が良くなったのは良いですけど、溶岩の赤い光は目に悪そう」


 レスミアは昨日改良に出したドレス装備を身に着けている為、視力が上がっている。それだけではなく、闇猫のパッシブスキル〈猫目の暗視術〉との相乗効果により、洞窟内の暗くなっている場所も見る事が出来ようだ。少し暗がりの通路を発見できたのは、そのおかげだな。



【武具】【名称:氷華花咲くロングテールドレス】【レア度:B】

・アルラウネのレア種の花弁から作られたドレス。見た目が華やかなドレスであるが、レア種の魔力で強化されており、軽く丈夫で衝撃も吸収するため、ダンジョン攻略の装備品として十分な防御力を誇る。更に、氷の魔力で耐熱性にも優れ、ある程度の温度調節を行ってくれる。

・付与スキル〈火属性耐性 大〉〈凍結耐性 大〉〈視力矯正 中〉


・〈火属性耐性 大〉:火属性ダメージを大きく軽減する。また、温度変化(高温)による影響も大きく軽減する。

・〈凍結耐性 大〉:状態異常の凍結に掛かる確率を大きく軽減する。また、温度変化(低温)による影響も少し軽減する。

・〈視力矯正 中〉:視力を強化し、遠くの物でも近くの物でも直ぐにピントが合うようになる。また、見える範囲を拡充し、動体視力も上げて素早く移動する物でも見分けられる。



 この〈視力矯正 中〉、千眼とまでは行かないにしろ十分良い効果だと思う。特に動体視力が上がるのは、敵の攻撃を見極めるのに非常に重要である。前回の攻略では、千眼孔雀の冠羽は1つしか手に入らなかったのが惜しい。ルティルトも欲しがっていたが、俺も実用として欲しくなるな。



 因みに余談ではあるが、眼鏡代わりとしての需要は無いらしい。何故ならば、目が悪くなった人は、教会で治して貰えるからだ(有料)。僧侶系サードクラス『司教』が、視力を回復させる癒しの奇跡を習得するのである。うん、確かに奇跡と言って差支えの無い癒しであるが、こっちでは常識だ。

 うん、知り合いどころか、街行く人にも眼鏡を掛けている人が居ないのは、こういった理由だな。書痴のリプレリーアなんて、既に何度か癒して貰ってそうだ(偏見)。




 取り敢えず、周囲を見回してもレスミアの見つけた道しか先に進むルートが無い(壁走りルートは除外、俺とレスミアしか通れない)。ここも、俺が先行して確認する事にした。


 ここまで登りの大通りだったが、側道から下に降りる。高速道路のインターチェンジかな? ただし、道幅は1m程しかなく、横の崖下には溶岩が赤々と流れていた。下に降りるにつれて溶岩が近付いてくるが、一番下でも手が届かないくらいの高さはあるので、多分暑さ的にも大丈夫だと思う。

 周囲を見回して溶鉱炉亀が隠れていないかもチェック……見当たらないな。流石に溶岩の中には……赤くて分からんけど、四角い溶鉱炉亀の甲羅が突き出している様子もない。敵が居ないのは助かるが、〈敵影表示〉の範囲にも輝点が全くないのも不気味だ。先行している調査隊が倒してくれたってだけなら、杞憂なのだが。

 その後も、高架下のようなトンネルを抜け、進める事を確認してから合図を出して皆を進ませた。



 そうして進むうちに、2つ目の外に出る穴を発見。溶岩に塞がれていないので、一旦外に出て山の状況を確認する事にする。大人一人が歩ける程度の狭い通路を10分程歩く。外まで結構あるなと思い始めた時、ようやく外の光が見えて来た。洞窟を出ると、最初に見えたのは、どんよりと曇った空。そして、出口の周囲10m四方くらいの黒い地面。その地面以外は溶岩が流れているのだった。左右を見ても、下を見ても溶岩が流れていて、孤立した中州の様である。


 最後に振り返って山の上を見る……すると、山の天辺の火口から、止め処なく溶岩があふれ出しているのが見えた。

 ……見渡す限り溶岩が7割、地面が3割?!

 ここみたいな中州が所々にあるだけで、山の殆どが溶岩の赤色に染まっていた。〈モノキュラーハンド〉で観察してみるが、溶岩の川が出て来るってレベルではない。あれだ、ビュッフェとかにあるチョコレートフォンデュする機械(チョコレートフォンデュファウンテン)の様に、火口から溢れ出ている。真っ赤なので、恐怖を感じる程の威容であるが……少なくとも、ここから見える手前側は洪水の様だ。溶岩なのに洪水って、言葉が可笑しいが、他に形容しようがない。恐らく、洞窟内の溶岩の滝は、火口から過剰に流れる溶岩が中に流れ込んだものだろう。


 空の方を見渡すと、千眼孔雀が多数旋回しているのが見える。ここは下の方で距離が離れているから、多分大丈夫だろう。この光景はどう見ても異変なので、ソフィアリーセ達にも確認してもらおう。後続の皆に聞こえるように、洞窟内へと声を掛けた。



「これは……予想以上に酷いわね」

「はっはっはっ! 真っ白な雪山なら兎も角、 紅葉よりも真っ赤な山ってのは初めてだぜ!」

「ちょっ、ちょっとヴァルト! 笑って身体を揺らすなよ~。

 ……うっわ! こんなの詩にしても信じる人いるかな~?」


 足場が狭い事から、身体のデカいベルンヴァルトが真ん中に陣取り、支え棒の代わりとなる。他の皆は、彼の鎧の各部を掴んで落ちないように気を付けて周囲を見学するのだった。あ、俺だとブラストナックルが発熱する事があるので、支え役には不適切なのだ。火属性無効のタリスマンを装備したソフィアリーセは、俺の腕にしがみついているけど。


 そんな時、レスミアが遠くの空を指差した。


「あ、あっちの奥の方の孔雀が降りて来てます! 狙いは……こっちじゃなくて、向こうの方に見える人影の方です!」

「え?! ……良く見つけたな」


 レスミアが指指した方向、200m先くらいに小さな人影が幾つも見えた。〈モノキュラーハンド〉で見ると、ここよりも広い中州に10名ほどの外套姿の一団が居る。先行した調査隊かも知れない。

 ただ、彼らも魔物の接近に気が付いて、数個の魔法陣を灯しているが、爆撃には間に合わないだろう。他にも、迎撃を試みた弓使いらしき人が、青く光る矢を2本打ち放つ。

 ……時間稼ぎかな? 千眼孔雀の回避の前には矢も効かないと聞く。

 青く光る矢が飛んで行くと、先頭の千眼孔雀は急旋回して回避する……いや、した筈だったが、矢の方も追うように急旋回して行き、突き刺さった。

 ……誘導弾か?! 弓矢でホーミングするのはファンタジーだな!


 2本の矢で2匹を撃墜したが、残りは3羽いる。少し距離があるが、俺も援護しよう。〈モノキュラーハンド〉で千眼孔雀をロックオンして〈ダウンバースト〉を発動させた。それにより、2羽が墜落する。

 最後の1羽は、先程の誘導矢が再度放たれて、終了となった。

 魔弓術だけで3羽撃墜とか、恐らくサードクラスのパーティーだろう。俺の援護も余計なお世話だったかも知れない。


 すると、向こうの人が魔法陣を光らせながら、こっちに向かって手を振った。先程の〈ダウンバースト〉の発動する光が見えたのだろう。こっちも手を振り返しておく。〈モノキュラーハンド〉で見た限りだと、友好そうな態度だ。

 それらの顛末を皆に話すと、調査隊と合流する事になった。


「少なくとも、あちらまでは洞窟内で繋がっているようですからね。情報交換の為にも追い付きましょう」

「俺一人で、溶岩の川を歩いて行った方が近いけどな」

「ザックス様、駄目ですよ。行ける所までは、皆で行きましょう」

「だな。熱いんだから、さっさと行こうぜ」


 直線なら200m程の距離であるが、洞窟内を経由して行くと結構な遠回りになる。しかし、他の皆はレスミアと同意見な様で、文句も言わずに洞窟内へと戻って行った。

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