第598話 44層攻略開始と火属性無効のタリスマンの性能評価
翌日、ソフィアリーセと合流して火山の異変について相談をする……前に、金剣翼突撃章を身に着けている事を指摘され、経緯を話すとクスクスと笑われてしまった。
「フフフ、ザックスも
街中だと周りから注目を浴びるから、一挙手一投足に気を配るものなのよ。もっとも、わたくしの知名度よりもザックスの方が上になったでしょうけどね」
ソフィアリーセは、そう話しながら俺の隣に来て腕を絡ませてきた。そして、こちらを見てきゃあきゃあ黄色い声を上げている女性たち……学園卒業生の先輩達に目を向けて、優雅に手を振る。すると、彼女たちは、直ぐさま声を上げるのを止めて貴族の礼を返すのだった。
う~む、身分社会で身分の高さが変わると、慣れるまでが大変そうだ。
「ザックスも護衛騎士か従者を、普段から連れ歩いてはどうだ?
同格未満の相手は主が相手をする必要もないのだからな。ヴァルトならば、その厳つさもあって話しかけてくる者が減ると思うぞ」
ルティルトさんは、メタリックレッドに改良された血魂桜ノ赤揃えを軽く小突いて、そう言った。
ただ、当のベルンヴァルトは苦い顔を返す。
「簡単な護衛だとか、周りを威嚇して追い返すくらいは出来るけどよ。相手が貴族だった場合は、上手く対処できる気がしねぇな」
「ハハッ! ならば貴族対応の勉強だな。マナーのなっていない護衛が、他の貴族とのトラブルの原因になったりもするのだ。なに、不用意に失礼な態度を取らなければ良いだけの話だ。判断に困ったら主に伺えば良い」
ルティルトさんは先輩風を吹かせて、「休憩の時にでも教えてやろう」と、胸を張る。このパーティーに居る以上は貴族対応から逃げられないと悟り、ベルンヴァルトも観念するのだった。その様子を見て、レスミアも笑う。
「あはは、ヴァルトだけ貴族対応の勉強から逃げていましたからねぇ。いずれは、必要になると思っていましたよ……フィオも一緒に勉強したら?
ほら、王都の劇団に入るなら、貴族対応を勉強しておいた方が良いよね?」
「ん~? アタシはちょっと習ってたから、いいや。実家で習ったから、演劇で使うくらいなら演技出来るんだよ~。
こほんっ! 『お待ち下さいませ、お客様。ここより先は当家主人の部屋にございます。お引き取りを……なぁにぃ! 無理にでも通りたいのならば、私が相手になろう!』」
「いや、なんでバトル展開になるんだ? 途中までは良かったのに」
「え~、対応したのがメイドじゃなくて、悪役の護衛だからね。お約束、お約束!」
寸劇を始めたフィオーレにはチョップを入れて止めておき、異変について情報交換をする事にした。
軽く話し合ってみたところ、フィアリーセとルティルトさんも異変について聞き及んでいるようだが、新情報は無かった。受付嬢のメリッサさんにも聞いてみたが、30分ほど前に騎士団の調査隊4パーティー(その内の1パーティーは43層の気温調査)が向かったと言う情報だけである。
「うむ、兄にも聞いてみたが、以前は入口に溶岩が流れている事は無かったそうだ。それに、溶岩の流れている付近以外は43層より少し暑い程度で、『大げさに騒ぎ過ぎだ』なんて笑われてしまったよ。入口の部屋の端を流れていた赤い川、アレが溶岩でなかったら何なのだ?」
ルティルトさんは、ちょっとだけ不満そうに皆へ同意を求めた。確かに疲れていたので直ぐに撤退したけれど、赤く光る川はこの目で見ている。他の皆も賛同する中、ソフィアリーセが手を叩いて場を制した。
「実際に行って居ない者にとっては半信半疑なだけでしょう。わたくし達も実際に調査に参加して、確認すれば良いだけの事よ。
その為に必要な『耐熱ベリージュース』は、我が家の料理人に準備してもらったわ。マルガネーテ?」
「はい、こちらに。
ザックス様、全部で30本用意してきました。各自に1本ずつ渡して置き、溶岩の熱に耐えられない時に服用して下さいませ。ただし、溶岩自体に触れては大火傷では済みません。決して無理はなさらないように。
本来であれば、溶岩の川が流れを変え、安全に通れるルートが出来るのを何日も何週間も待つのですからね」
安全第一と繰り返すマルガネーテさんから、薬瓶に入った耐熱ベリージュースを受け取った。流石は伯爵家の料理人、レシピを知っているのか。レスミアが興味を示して、マルガネーテさんにレシピを聞き出そうとしていたが、切りがないので止めた。続きは休みの日にして欲しい。
「44層の異変が本当ならば、溶岩も無効化出来る俺一人で進むつもりです。その時は、ソフィアリーセや皆は先に返しますから、安心してください」
「……ドラゴンとも渡り合ったザックス様を信じましょう。
お嬢様、私はここで待っていますので、お早い帰りをお待ちしております」
あまり出発が遅れると、先に出た調査隊に追いつけないからな。俺達は火山装備の見直しと、薬品類を持ったか点検をしてからダンジョンへ向かった。
44層に降りて来た。
入口の部屋は、以前にも増して赤い光に包まれている。それと言うのも、部屋の端を流れていた溶岩の川が、少し部屋の中に浸食しているように見えた。気温も上がっているらしく、俺とソフィアリーセ以外のメンバーが早速、耐熱ベリージュースを飲み始める。
いち早く飲み干したフィオーレは、凍える北風の風量をMAXにしたのか外套をモコモコに膨らませていた。
「ここ、ヤバいって! 絶対、一昨日より暑いよ!」
「ああ、このジュースが無ければ、耐えられないな……ソフィ、どうする?
異変が起きている事は明らかなのだ。撤退して騎士団の報告を待つのも手だと思う。勿論、そのブラストナックルを装備したザックスならば一人で進む事も出来ると思うが……」
「だよね! 帰ろう!」
ルティルトさんは、護衛騎士の観点からソフィアリーセを、これ以上進ませたくない様だ。フィオーレが率先して帰りたそうにしているが、他の皆も判断に困っている様子。俺としても、安全を考えれば一人の方が行動はしやすい。
視線がソフィアリーセに集まるが、彼女は首を振った。
「いえ、まだ入口に来ただけよ。今飲んだ、耐熱ベリージュースの効果時間内くらいは探索しましょう。
それに、先に降りた筈の調査隊はここ居ないし、擦れ違ってもいないわ。先に進めるという証拠よ」
「撤退するのは〈ゲート〉で直ぐだ。俺が先行して安全を確かめながら進もう。
……と、その前に確かめたい事がある。ソフィも耐熱ベリージュースを飲んでくれ」
「あら? 何をするの?」
「火属性無効のタリスマンの性能評価だよ」
ソフィアリーセから火属性無効のタリスマンを回収し、一旦ベルンヴァルトに装備させた。そして、部屋の端を流れる溶岩の川に引っ張っていく。
「おいおい、確かに熱無効の効果は凄いけどよ……滅茶苦茶嫌な予感がするんだが……実験と言うか生贄か?」
「まぁ、女の子にやらせる訳にはいかないよな?
万が一、火傷しても困るし……ほら、片手だけ具足を外して、こっちの革のグローブに付け替えてくれ」
手渡したのは、俺が村時代に使っていたソフトレザーのグローブである。鬼人族のベルンヴァルトにはちょっと小さめだが、柔らかい革なので、無理矢理にでも手に嵌めてもらう。
ベルンヴァルトが装備し直している間に、俺は先に溶岩に近付いてみる。溶岩の川は部屋の中にも少し入り込んでおり、端の方は黒々とした塊が盛り上がっている。端の方が冷え固まって、これ以上の流入を防いでいるのだろう。ブラストナックルを嵌めた手で黒い塊に触ってみるが……固めの粘土のような感触がする。まだ、完全には冷え固まっていないようだ。念の為、自分のジャケットアーマーの裾、革の部分に押し当ててみるが、黒く汚れただけで変化はなかった。
……ふむ、ディゾルバードラゴンの時に経験済みだけど、ブラストナックル以外の部分の装備も守ってくれるな。
如何に雷玉鹿の革が難燃性で優秀だとしても、溶岩の熱さに掛かれば、多少は燃えるか縮むかする筈だ。これが、〈熱無効〉の力だ。
〈熱無効〉:温度変化に絡む影響を全て無効化する。爆風やブリザードの影響を受けず、凍結の状態異常も無効化する。また、火属性と氷属性に対する属性ダメージを大幅に軽減する。
そのまま、赤く光る溶岩の中にも足を踏み入れてみる。思ったよりも浅く、
「おい、リーダー! 大丈夫なのか?」
「ああ、俺は問題ない! それよりヴァルト、グローブの方の手を出して。万が一、熱かったらグローブを捨てろよ」
溶岩の川から出て、手に持ったままの溶岩をグローブに近付けてみる……すると、垂れた溶岩がグローブに掛かって、煙を上げ始めた。流石のベルンヴァルトも怖かったのか、手を振るわせる。
「おおおお、おい! 熱くはねーが、驚かせるなよ!」
「すまん、ちょっと早かった……熱くは無いが、やっぱ装備品までは守ってくれないみたいだな」
手の中の溶岩も冷えて来て、黒い粘土状になって来た。それをグローブに乗せると、煙が増えていく。ここまで分かれば十分だ。〈ライトクリーニング〉で俺達丸ごと浄化して溶岩を消し去った。すると、残ったグローブは高熱の影響でガチガチに固まっている。ベルンヴァルトが手を握ろうとすると、バキバキと異音を響かせるのだった。ついでに、グローブを外してみたが、手に火傷の跡は無い。
「良し、協力ありがとうな。火属性無効のタリスマンを身に着けていれば、溶岩の熱さにも耐えられる。ただし、装備品は守られない」
「結局、溶岩を渡って進もうとするなら、リーダーだけになるのか。このタリスマンが効くなら、俺も付いて行っても良かったのによ」
ベルンヴァルトは、俺一人に任せるのは心苦しいと考えていてくれたようだ。嬉しい言葉であるが、かなり特殊な状況なので仕方が無いだろう。
皆のところにも戻って、検証結果を伝えておく。
「……そんな訳で、このタリスマンを身に着けていても過信はしないようにな。万が一、足を滑らせて溶岩に落ちても助かりはするけど、着ている装備とか服が燃えて裸で帰らないと行けなくなるぞ」
「……は、裸で?!」
「ザックス様~、脅かしちゃ駄目ですよ、もう。
ストレージに私の着替えがあるから大丈夫ですって」
ちょっとだけお茶目に説明したところ、レスミアに怒られてしまった。まぁ、身分からして無事に返さないといけないのはソフィアリーセだからな。火属性無効のタリスマンがあるからと言って、無茶をしないように釘を刺したのである。
今日のところは、ソフィアリーセが身に着ける事になった。
入口でグダグダしてしまったが、移動を開始した。俺が10m程先行して、様子を見るのだ。
最初の通路は坂道になっているものの、それ程長くなく、直ぐに次の部屋に出た。いや、部屋と言うより、巨大な鍾乳洞のような空間である。洞窟から続く道が幾重にも分かれて四方に続いているが、その間や崖の下には溶岩の川が流れていた。そればかりか、奥の方では溶岩の滝が天井から落ちている。
正に、火山の内部ダンジョンと言った様相だな。
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