第597話 上級貴族向けのケーキと溶岩の対処法
依頼の清算を終えた後は、ギルド職員用の通路を通って2階のカフェテリアへと案内された。ただ、いつも混んでいるカフェテリアではなく、厨房を挟んで反対側にある職員用の小さな食堂の様だ。
「あんなに沢山いるザックス様のファンを連れて行っては、迷惑になりますからね。今回は特別ですよ」
「ここのカフェテリアって、結構美味しいですよね。職場の近くでいつでも食べられるのはちょっと羨ましいかも」
「あははっ! それは白銀にゃんこも一緒じゃないですか!
レスミアさんも手伝っているって聞きましたよ~。新作のケーキがいつでも食べられて羨ましいですよ」
歳も近い2人がキャッキャとスイーツトークを繰り広げていると、程なくして『食堂』とネームプレートが掲げられた部屋に到着した。本当に階段を上って直ぐそこである。メリッサさんはスルスルと奥に入って行き、厨房の中に居る若い料理人に声を掛けた。
「新しく44層に挑戦する探索者を連れてきました。『耐熱ベリージュース』の準備と説明をお願いしますね。
それと、大切なお客様なので、来客菓子も……」
「ああ、了解! 取り敢えず、紅茶と今日の来客菓子を出しておくから、そこのテーブルで待っていてくれ!」
青年は手早くお茶の準備を整えると、それらを載せたトレイをメリッサさんに渡し、厨房の奥へと入って行った。
何故かホクホク笑顔なメリッサさんは、俺達をテーブルに招き紅茶を淹れてくれる。レスミアは一緒に出されたケーキに興味津々な様子で、色んな角度から眺めていた。どうやら、初めて見るケーキらしい。
「さぁ、どうぞ召し上がれ。ここの食堂は職員なら安くて美味しい料理とデザートが食べられるって評判なのよ。更に、上級貴族のお客様にしか出せない来客菓子は、料理長自ら作成した絶品のお菓子なの。役得よね~」
そう言った彼女は、率先してケーキに手を出す。プリンのような見た目のチーズケーキ?である。上面には焦げが付いたオレンジ色のソースが掛かっている。そこにフォークが縦に切れ目を入れると、中からカスタードクリームが溢れだした。
【食品】【名称:金柑フォンダンフロマージュ】【レア度:B】
・チーズスフレの中に、チーズカスタードを閉じ込めたリッチなチーズケーキ。外はふわふわ、中はとろとろのダブルでチーズを味わえ、上に掛けられた環金柑のキャラメルソースが、風味とほろ苦さをアクセントに加えている。3種類の高級クリームチーズを独自配合し、濃厚な味に仕上げた為、チーズケーキ好きには堪らない出来となった。
・バフ効果:状態異常緩和 中、知力値中アップ
・効果時間:30分
フロマージュ?はチーズケーキの一種だったと思うが、フォンダンフロマージュは初めて聞くな。鑑定文を読んでも、手間が掛かっているケーキだと分かる。ただ、チーズケーキなら白銀にゃんこのラインナップにあるし、アドラシャフト牧場からの直輸入のチーズと牛乳で作られた料理を日常的に食べているので、そこまで驚くものではないと思う。
ふわふわな外側を割ると、とろとろなチーズクリームが溢れて来るギミックは面白いが……しかし、一口頂くと、思わず声が出てしまった。
「うっま! これは確かにリッチなチーズケーキだ。なんかアドラシャフトのチーズより濃厚な感じがするぞ」
「いえ、多分アドラシャフトのクリームチーズも使われていますよ。他のチーズやカスタードと混ざっているので、より美味しくなっていますけど……〈詳細鑑定〉!……むぅ、流石にレシピまでは分からないかぁ。3種類と分かっただけ……外側のスフレに1種類、中のクリームに2種類かな?」
どこに仕舞っていたのか、銀カードを取り出して〈詳細鑑定〉を使うレスミアだった。「ウチでも作れないかなぁ?」と、レシピを解析しようとする貪欲さは凄い。まぁ、料理長が作るくらいなので、そう簡単にレシピを真似出来るとは思わないが。
俺的には、もうちょっと大きいと良いな。プリンサイズなので、美味い美味いと食べ進めると、あっという間になくなってしまう。そして、食べ終わってしまうと、別の事が気になって来た。オレンジの香りがする紅茶で口直しをしてから、同じく早々に食べ終わったメリッサさんに質問をした。
「ところで、先程『上級貴族のお客様にしか出せない来客菓子』って言っていましたけど、俺達が食べても良かったんですか? まだ、貴族でもないですよ?」
「え?……ああ、ザックス様なら問題ありませんよ。今日は身に着けていらっしゃらないようですが、『金剣翼突撃章』を授与されたではありませんか。あの勲章を持っている方は、上級貴族と同等に扱われるのですよ。
担当の私もご相伴に預かり、ありがとうございました~」
……そう言えば、説明を聞いた覚えがある。
王族に挨拶できるって部分に注目していて、重要に捉えていなかったな。ストレージから貴族対応用の軍服の上着を取り出してみる。いや、勲章なんて普段は使わないので付けっぱなしだったのだ。
すると、「初めて見ました」と、メリッサさんが覗き込んできたので、服から取り外して見せてあげる
「は~、純金でしょうか? 教科書の絵で習いましたけど、実物はもっと見事ですねぇ」
「ん? 教科書ですか?」
「ええ、幼年学校で習うのですよ。身分の高い人を見分ける為に必要ですから。
緑色の翼の形をした勲章は貴族の証。(碧翼討伐星章)
銀色の盾と翼はダンジョンで活躍した証。(銀盾従事章)
金色の剣と一対の翼は王様に認められるくらいダンジョンで活躍した証。(金剣翼突撃章)
他にもマイナーな勲章はありますが、庶民が把握していればいいのはこれくらいですよ。
……ああ、この勲章を身に着けていれば、先程のような騒ぎは起こらなかったかも知れませんよ。ザックス様の噂は、ドラゴン退治と死者蘇生が殆どなので、勲章を貰った事はあまり広まっていません。勲章を目にすれば、上級貴族と認識して態度を改める事でしょう」
なるほど、そういう使い方もあるのか。確かに貴族の皆さんは、碧翼討伐星章を身に着けている。あれは貴族同士での格付けなだけでなく、下々の者にも線引きをする行為なのだろう。
レスミアにも見せてみると、小首を傾げられた。どうやら、知らないらしい。
「そう言えば、寝る前に勲章を貰ったって聞きましたけど、そんなに凄い勲章だったんですね。
ドナテッラだと隣国の勲章として、緑色の翼は貴族と証と習いましたけど、こっちは初めて見ました」
国が違えば勲章も違うのは当たり前か。猫の国ドナテッラは、メダルに建国王の飼い猫の肉球が押された勲章らしい。
……いや、随分と可愛らしい勲章だけど、威厳とか大丈夫か? スティラちゃんみたいな猫族が着けるならセーフ?
そんな話で盛り上がっていると、厨房から青年料理人が出て来た。俺達のテーブルにやって来た彼は、トレイを置いて空いた席に座る……いや、座ろうとして、一時停止した。その目線はテーブル上に置かれた金剣翼突撃章に向けられている。
「お待たせしました。耐熱ベリージュースの説明に……って、この金色の勲章って!
(ちょっと、メリッサさん! あの勲章は金剣翼ですよね?!)」
「ええ、そうよ。こちらは私が担当する『夜空に咲く極光』パーティーのリーダーザックス様です。噂の渦中のドラゴン退治の英雄と言った方が早いわね」
「(いやいや、それなら応接室に案内した方が良いですよ。すみません、年下に見えたので、てっきり貴族のボンボンだと勘違いしてテーブルを指定しちゃいました)」
おお、本当に効果があったようだ。青年料理人は、メリッサさんの横にしゃがみ込み、小声で相談していた。近くなので、丸聞こえではあるけど。上級貴族への対応としては、応接室に案内するのが普通らしい。
メリッサさんが「移動する?」と言いたげに目を向けて来たので、首を振って返しておく。すると、それで正解だったように、手を振った。
「美味しいケーキのお陰で、大目に見てくれるそうよ。応接室は予約していないし、説明は5分もあれば終わるでしょう?
手早く説明をお願いするわね。ほら、料理人ならお客の貴族に料理の説明をするのだから、練習と思いなさい」
「俺、まだレベル30の見習いですよ?!」
どうやら、2人は気安い仲の様だ。恋人なのか、仲の良い同僚なのかは分からないけれど、発破を掛けられた青年料理人は椅子に座り直して説明を始めた。
「ええと、こちらがご注文の『耐熱ベリージュース』になります。初回はパーティー6人×2回分の12本をギルドより支給致しますので、どうぞお受け取り下さい。あ、冷凍してあるのは保存の為でして、アイテムボックスに入れておけば、その内に溶けます」
【食品】【名称:耐熱ベリージュース】【レア度:C】
・熱に強くなる効果を秘めた赤いプラスベリーから煮出したジュース。効果を高めるために様々なハーブも入っているので、少々スパイシーな味になっている。甘めに作られているので、飲み難い時は水で割ろう。
・バフ効果:火耐性大アップ
・効果時間:60分
薬瓶に入った赤いアイス……ではなくジュースらしい。アイテムボックスだと外気の影響を受けるので、ダンジョンに持って行けば飲み頃になるのかね?
俺のストレージだと時間停止なので、凍ったままになってしまうが……まぁ、あの暑さなら直ぐに溶けるか。
バフ料理のようで、火耐性の大アップは確かに強い。
「溶岩の近くを通る際、熱くて耐えられない場合に飲んでください。フリッシュドリンクや、凍える北風と併用する事で、溶岩の暑さに耐えられるようになります。あ、直接溶岩に触るのは無理ですけどね。あくまで、近くを通れるようになるだけです」
「44層は、火山から溢れ出る溶岩のせいで、絶えず変化しています。この耐熱ベリージュースを併用すれば、溶岩の多い地帯を通ってショートカット出来るんですよ。それと、45層への転移陣は火口の中にあるので、1回分は残しておいた方が良いでしょう……大抵の場合は2回分では足りないと思いますけど」
「ええと、メリッサさんはこう言っていますが、遠回りしながらルートを見極め、運良く溶岩の川が少なければ2回で足りるそうです。
ただ、足りなかったり、次回の分が欲しかったりする時は、材料である赤いプラスベリーを納品して下さい。買い取り所に持ち込めば、交換できる引換券が貰えますので……あ、交換は表の方のカフェテリアでお願いします」
なるほど、赤いプラスベリーが流通していない訳はこれか。昨日一昨日と2日間探索したけれど、プラスベリーの採取出来た量は非常に少ない。小さい採取袋に2袋分だけだったのだ(内1袋は、俺が加工してジュースに使ってしまった)。
それでいて、44層では必須レベルに必要となる。供給量が足りない分は、各自で43層に行って取って来いという事なのだろう。
一応、自前で作ったジュースにも火耐性は中アップが付いた。しかし、中アップで溶岩の熱に耐えられるかは不明で……いや、ギルドが態々供給を絞っている辺り、大アップじゃないと厳しいのかも知れないな。
そう仮定すると、手持ちの1袋を納入して追加を貰った方が良いか?
いや、プラスベリーは食材なので、レスミアの取り分なのだ。レスミアとベアトリスちゃんに頼んで、大アップが付くように研究してもらうのも有りか?
レスミアに目配せすると、最後のフロマージュのひとかけらを幸せそうに食べ終わるところだった。そりゃ、煮込んだだけのジュースよりも、高級ケーキの分析(再現)の方が優先度は高いよな。まぁ、後回しでも良いか。
そうなると、気になるのは先程メリッサさんから聞いた話である。異変で溶岩が増えていることを考えると2本じゃ絶対に足りない。そうなると……
「説明して頂き、ありがとうございます。取り敢えず、明日は支給された分で様子見をしてみますよ」
「ザックス様、異変に関しては騎士団が調査しますので、無理はしないで下さいね。詳細が分かったら、また連絡しますので」
「お疲れ様でした!
(異変って何の話だ? ドラゴン騒ぎに続いて何かあったのか?)」
青年料理人は異変について知らないようで、メリッサさんに小声で聴き返していた。本当に最近発覚したから、噂にもなっていないのか。
ケーキを食べ終わったレスミアを連れて、先にお暇した。情報収集としては、十分だろう。騎士団側の情報はソフィアリーセとルティルトさんが持ってくるだろうし、明日の朝にでも情報をすり合わせれば良いか。
さて、午後からはのんびりデートと洒落込む事にしよう。ぼちぼちお昼なので、レスミアが気になっている大通りの店に行ってみても良い。
「良いですね。実はお祭りの時に食べた店のランチが気になっているんですよ~」
因みに、金剣翼突撃章を左胸に着けて出歩いてみたところ、話しかけてくる人が格段に減った。代わりに、騎士とか探索者に敬礼を返される様になってしまったが……ちょっと堅苦しいし、遠巻きに見られるのも慣れないな。
ただ、ランチに行った店ではVIP待遇で個室を用意してくれて、上級貴族用の特別メニューを出してくれたのは良かった……お値段が5倍くらい高かったけど。お貴族様の生活も大変だ。
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