第596話 街中での知名度と火山の異変?

 ベルンヴァルトが注文を付けた鎧の調整は、もう少し時間が掛かるそうなので、俺はレスミアと合流して店を出た。レスミアの方も発注を済ませたので、後は加工出来次第に家に届けられる予定だ。さて、次なる目的地は道路を挟んだ向かい側にあるダンジョンギルド第1支部である。昨日は疲れもあって買い取り所にも寄れなかったので、必要の無い物を売却するとの、『溶鉱炉亀の甲羅片』の収集依頼があれば受けておきたい。それと、気になる噂の真相だな。



 お昼前でもギルド内は混雑していた。街の復興が大方終わり、探索者としての活動を再開させた人が増えて来たのだろう。被害の大きかった錬金術師協会(爆破)や、南の外壁(溶岩弾で大穴開き)は未だに工事中であるが、ここは専門の職人でなければ手に負えない。そんな復興需要もあってか、商人らしき人の出入りも多いように見える。


 そんな人混みの中を、レスミアの手を引いて出来るだけ端っこを歩く。今日は普段着(貴族街基準)なので、目立たないと思ったのだが、擦れ違う人達に声を掛けられた。1人が俺の名前を呼ぶと、周囲の人達が挙ってこちらに顔を向けるのは、ちょっと慣れない。


「ザックス様、ごきげんよう。今日はソフィアリーセ様と御一緒ではありませんの?」

「ええ、今日は探索も休みなので、ソフィアリーセ様も家で休まれていますよ」


「ザックス様、宜しければダンジョンに一緒に行きませんか? 聖剣の強さをこの目で見てみたいのです!」

「すまないが今日は休暇で、次の探索の準備をしたいんだ」


「おお、ザックス殿! どうだ?ダンジョン攻略は進んだかい?」

「ああ、雪山フィールドではお世話になりました。無事43層を抜けて、44層に付いた所です」


「貴方がザックス殿でいらっしゃるか! この間の戦いで命を助けられた礼をしたい、酒でも奢らせて頂けないか?」

「お気持ちだけ頂いておきますよ。今はデート中なので」


「街の英雄ザックス様に耳寄りな話があって、商談に参りました。王都の上級貴族が、ドラゴン素材を高値で買いたいと……」

「それは無理です。ドラゴン素材は領主様預かりの案件になりますので、交渉ならばそちらへどうぞ」


 順に、ソフィアリーセの先輩×2、この間の採取パーティーに居たおじさん、見知らぬ探索者、見知らぬ商人である。

 街の英雄の解放条件である『街の住民の認知度(自身の名前)が80%以上』は、伊達ではないと実感するな。

 ソフィアリーセ関連の知り合いや、騎士の叙勲式で挨拶した人、この間の採取パーティー等、面識がある人には軽く挨拶を返しておいた。ただ、完全に初対面……いきなり飲みに誘いに来るとか、他領からの商人とかは対処に困る。

 この他にも、ナンパ(俺だけでなくレスミアにも)を仕掛けてくる人もいて、厄介だ。取り敢えず、初対面の人は全て断って先に進んだ。うん、切りが無い。


 一昨日とか、ダンジョンに入る前はここまでではなかったのにな。ダンジョン装備で気合を入れていたせいか?

 威圧的な護衛っぽいベルンヴァルトも居たし、ソフィアリーセが一緒だと周りが気を使ってくれる(恐れ多いとも)。

 いや、恐らく俺の名前が噂で広まっただけで、顔が知られていないせいだな。スマホやSNSはおろか、写真も無いのだ。姿絵(絵画や本の挿絵等)でも無ければ、直接の面識がある人にしか顔は知られていない。

 つまり、今日は顔見知りの人に名前を呼ばれたのが、不味かった訳である。うん、ソフィアリーセと言う貴族バリアが無い状態で、噂のパンダが現れたら一目見たくなるのが心情と言うものだ。



 壁の掲示板に貼られている沢山の依頼書を見ようとしても、邪魔が入る程である。ただ、「ええと、溶鉱炉亀の依頼は何処だ?」なんて呟くと、近くに居た人達が依頼書を見回して、「こっちにありましたよ!」なんて、声を掛けてくれた。うん、知名度が高くても、悪い事だけではない。

 見つけてくれた人にお礼を言って、依頼カードを取り受付に向かった。



 受付も込んでいるが、カウンターの奥の方で、受付嬢のメリッサさんが手を振っているのが見えた。そして、一番端の勲章持ち専用カウンターを開けて、招き入れてくれる。持ってて良かった各種勲章……今日は普段着なので身に着けていないが、顔パスで通るようだ。


「いらっしゃいませ、ザックス様、レスミア様。本日はどのようなご用件で……はい、納品依頼ですね。直ぐに依頼書を確認しますので、少々お待ち下さい」


 笑顔で対応してくれたメリッサさんに依頼カードを渡すと、ファイリングされた依頼書の中から、該当案件を探し始めた。そして、差し出された書類から、依頼内容を再確認する。意外な事に依頼元は騎士団で、必要個数も30個単位と非常に多い。2日間の攻略で150個程入手しているので、大部分を納品する事にした。

 ただ、騎士団なら自前の部隊に取りに行かせれば良いのに?と思わんでもない。その辺を聞いてみると、これも復興需要の一つだそうだ。


「南の外壁の被害は酷かったそうですね。ドラゴンの攻撃で穴が空いたと聞きます。その為、外壁の強化……『溶鉱炉亀の甲羅片』や耐火煉瓦を使って、表層部分だけでも熱に強くするらしいです。

 ……はい、サインを頂きましたので、契約完了です。納品は買い取り所で……いえ、移動するのも大変そうですね。ここで受領しましょう。お二人共、カウンターの内側へ入ってください。

 手の空いている人! 検品を手伝って!」


 俺達はカウンターの中に案内された。外野と言うか、取り巻きが多いので、気を使ってくれたようだ。

 そして、メリッサさんが事務作業をしている職員に声を掛けると、数人の職員さんが集まって来た。数が多いので、手分けして溶鉱炉亀の甲羅片を鑑定し、物が間違いない事を確認してからアイテムボックスへ格納していく。

 ストレージから10個ずつ空きスペースに並べていくだけなので、その合間を縫ってメリッサさんに情報収集をする事にした。


「そう言えば、44層で異変が起きていると噂で聞いたのですが、何か詳細情報はありませんか?

 明日、挑むつもりなので、事前に分かれば対策が出来るのですが……」

「耳が早いですね。ああ、領主様が後ろ盾ですものね……教えるのは構いませんが、あまり情報は多くないですよ?」


 メリッサさんが話してくれたのは、そんな前置きをするくらいの一次情報だけだった。一昨日、44層に向かった商業ギルドの採取パーティーから報告があったらしい。

 『44層の火山活動が活発化しており、溶岩の量が半端なく増えていた。洞窟内も溶岩で道を防がれ、外の山肌に出ても溶岩の川で行ける範囲が激減している。予定していた採取量の1割しか採れなかった』

 現在は、騎士団に要請して、調査してもらう手筈になっているそうだ。


「いや、通れないって……火山が噴火したとか?」

「う~ん、どうでしょう? 私も実際に44層に行ったことはないので想像になりますが、溶岩が出ている時点でずっと噴火状態なのでは?

 取り敢えず、第2騎士団が調査隊を出してくれるそうです。部隊編成が早ければ、今日の午後から明日にでも動いてくれるでしょう。

 そうそう、未確認情報ですけど、『43層も気温が高くなっている』なんて話も来ています。ザックス様とレスミア様は実際に入ってどうでしたか?」


 と、聞かれても、俺はブラストナックルを着けっぱなしだったので、良く分からない。レスミアに目を向けてみたが、そっちも首を振った。


「すみません。昨日、一昨日に入ったのが初めてですから、去年がどうだったのかなんて、分かりませんよ」

「だよなぁ。暑いのは確かだけど、対策していたから踏破出来たわけだし」

「まぁ、その辺も騎士団にお任せしましょう。

 私としては、調査が終わるまで44層には立ち入らない事を、お勧め致します」


 まぁ、そうなるよな。ただ、こっちも色々と期限があるので、足踏みをしている暇は無いのだ。ソフィアリーセにも気にするなって約束してしまったからな。最悪、俺だけブラストナックルの効果で溶岩を渡れば良い。


「予定は組んでしまっているので、様子見で行ってみます。調査の手伝いも出来ますから」

「現時点では立ち入り禁止にも出来ませんからね。十分にお気を付け下さい。特に、魔物との戦闘中に足を滑らせ、溶岩に落ちて亡くなる人が多いので……そうそう、ザックス様達も44層に辿り着いたので、こちらの許可証を差し上げます」


 そう言って書類を1枚手渡された。それによると、カフェテリアで『耐熱ベリージュース』の販売を許可するとの旨が書かれている。なんでカフェテリアなんだ?と首を傾げると、メリッサさんはクスクスと笑った。


「ふふふ、溶岩の近くを歩いても、耐えられるようにする特製バフ料理のジュースなのですよ。素材の数が限られるので、44層に行く人にしか販売していません。ええ、そうしないと、必要でも無いのに43層で使う人が居たらしいです。

 清算が終わったら行ってみると……いえ、私が案内しましょう」


 カウンターの向こう側に目を向けたメリッサさんは、そう提案してくれた。外側では、噂の英雄が居ると人集りが出来たままである。視線が俺やレスミアに向いている辺り、本格的に客寄せパンダの気分になってくるな。

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