第595話 火山の情報と新生した血魂桜ノ赤揃え

 レスミアはデザイナーさんと相談を始めている。

 すると、手持ち無沙汰になった俺を察して、店員さんが火山フィールドに関する噂を話してくれた。


「火山フィールドと言えば、魔物の襲撃以降に異変が起きているそうですね。ザックス様もお気を付け下さい」

「え? 異変ですか? 初耳ですけど、具体的にはどんな異変なのでしょうか?」

「すみません。私も商業ギルドから聞いただけなので、詳しくはないのですが……火山フィールドの採取地が減って、ミスリルの加工に必要な『豪炎石炭』の採取量が減っているそうです。

 当店で加工する分については、十分な在庫を確保していますので、当面は問題ありません。しかし、数ヶ月から半年以上、豪炎石炭の供給量が減るとミスリル武具の生産に支障が出るかも知れません。

 まぁ、その時は他領から取り寄せますので、ご安心ください。お値段が少し高くなる程度ですよ」


 ……ただでさえ、数千万円もするミスリル武具なのに、更に高くなると困るのはこっちだよ。

 愚痴りたくなったが、我慢して〈営業スマイルのペルソナ〉の笑みを返しておく。一応、街の英雄様で、貴族を目指して居るのだから、貧乏なので買えませんなんて顔は出来ない。

 まぁ、内職を頑張るとか、50層以降でミスリル鉱石を集めて安く済ませるとか頑張らないと。


 ただ、久し振りに聞いた『異変』ってキーワードは気になるな。ランドマイス村の時は、異変=雪女アルラウネの襲撃に変わったから、注意した方が良い。つい最近、ディゾルバードラゴンが襲撃してきたので、2回目は無いと思いたいが……後でダンジョンギルドにも寄ってみるか。



 そんな雑談をしていると、下の階から上がって来た女性店員さんが報告をくれた。


「ご歓談中失礼致します。ザックス様、パーティーメンバーのベルンヴァルト様が、鎧のフィッティングにいらしております。鎧の出来栄えを含めて、ご確認されては如何でしょうか?」

「ああ、珍しい形の鎧でしたな。ダンジョン攻略に使うと聞いておりますので、特急で仕上げさせました。

 同時にご注文のあったミスリルショートソード1本、バゼラード2本はもう数日掛かりますので、ご了承下さい。こちらも、出来次第、ご自宅に届けさせましょう」


 防衛戦でボロボロに破損した『血魂桜ノ赤揃え』の事である。確か、破損した板の部分をミスリル合金にして修復するようお願いしたのだったな。折角なので、立ち会う事にした。デザイナーさんと相談中のレスミアに一言断っておき、1階の『試斬の間』……試し切りと武具の試着が出来る部屋へと案内してもらう。


 部屋に入ると、数人のお客さんが、木の棒や巻き藁に対して試し切りをしていた。それぞれに店員が付き、武器を替えてはお薦めしている。修繕や買い替え需要で大いに賑わっているのは、確かなようである。

 ベルンヴァルトは……っと、見回すと、部屋の端っこで鎧を着させてもらっているのを発見した。店員2人掛かりで装備させているので目立つだけではなく、鎧自体が様変わりしているので目を引かれた。

 元々『血魂桜ノ赤揃え』は、その名の通り血の様に赤い鎧である。しかし、ミスリルで改良、復元された姿は金属部分がメタリックレッドに様変わりしていたのだ。ベルンヴァルトに声を掛ける前に〈詳細鑑定〉を掛ける。



【武具】【名称:血魂桜ノ赤揃え】【レア度:B】

・血魂桜の力を宿した鎧兜一式。大角餓鬼の角とミスリルを融合させた合金を本小札ほんこざねに加工し、パイロシルクで繋ぎ合わせる事により、各部の鎧を形成した。ミスリル合金製の全身鎧に引けを取らない防御力を備えていながらも重量は軽く、動きやすさに長じる。

 また、血魂桜の強力な付与スキルだけでなく、パイロシルクの火属性耐性を引き継いだ。しかし、ミスリル合金故にミスリル特有の抗魔力状態にはなれない。魔力を流しても、魔法攻撃の威力を少し和らげる程度である。

・付与スキル〈HP自然回復増加 大〉〈デバフ反転〉〈火属性耐性 中〉


・〈HP自然回復増加 大〉:傷の治りが、かなり早くなり、出血も直ぐに止まる。

・〈デバフ反転〉:装備者に掛けられたデバフの効果を反転し、良い効果へと変える。効果時間は元のスキルに準じる。

・〈火属性耐性 中〉:火属性ダメージを軽減する。また、温度変化(高温)による影響も軽減する。



 ほうほう……名前こそ変わっていないが、レア度が上がって付与スキルが増えている。〈火属性耐性 中〉なのは、火山フィールドに挑むにあたって都合が良過ぎるくらいだ。なにより、珍しい〈デバフ反転〉が残っているのが良い。修復に出すにあたって『付与スキルが消える可能性もあるなんて』注意されていたので一安心である。


「おっ、なんだリーダーも来てたのか?

 どうだ?この鎧! 見た目はあんま変わってねぇが、前のよりめっちゃ軽いんだぜ! 多分、半分くらいになってるぞ」

「正確には、3分の2程でございます。交換した金属板が多いので、その分だけ軽量化する事が出来ました。

 ミスリルは軽くて硬くて魔法に強い、武具にするのに理想的な金属です。合金化する事で、その特性を引き継ぐ事もあるのですよ。

 ただ、今回の場合は元の色合いから変化してしまいました。少し、光沢が強過ぎるきらいがありますね……如何致しますか?

 塗装で別の色に変更したり、艶消し処理をしたりする事も可能ですよ。ダンジョンでの隠密性を気にする方や、見栄えの色を気にする方も居ますので、各種取り揃えております」


 俺に気が付いたベルンヴァルトがポージングを決めて見せびらかしてくる。補足説明してくれたのは、着替えを手伝っている店員だ。ミスリルの特性はラーミナさんから聞いたところではあるが、本当に合金化すると特性も変わるんだな。照明の反射光を見ても、緑ではなく見た目通りの赤である。知らないとミスリル合金とは分からない。


 そして、色合いに関して店員から提案されたのだが、ベルンヴァルトの好みで良いと伝えると、彼は破願して笑った。


「はっはっはっ! 騎士たるもの、目立って魔物を引き付けるのが仕事だ!

 それに、キラキラして綺麗じゃねーか。俺はこのままで良いぜ!

 そんな事よりも……もっと着易い鎧に改造は出来んのか? 1人でも着られるくらいによ」


 ベルンヴァルトは両腕を上げてポージング……ではなく、胴鎧を着せてもらいながら、要望を出した。確かに、武者鎧は着せるのがフルプレートメイル並みに面倒臭い。ダンジョンに行く日は、俺も着せるのを手伝っているから良く分かる。

 この街一番の工房なので、何か良い改良案が出て来ないかと期待して店員の答えを待つ……しかし、店員は鎧を着せながら首を振った。


「大幅に改造すれば可能ではありますが……付与スキルが消える可能性が高いのでお薦め致しません。この鎧はダンジョン産のレアドロップか、宝箱で手に入れたのですよね? ならば、出来るだけ元の形を残した方が良いでしょう。

 例えば、この金属板を繋いでいるパイロシルクを他の糸に取り換えた場合、火属性耐性は消えてしまいます」

「なるほど、鑑定文に書いてあった通りか……元の形を残すとは?」


 アクセサリーにペンダントトップを付けるくらいしか試した事が無いので、鍛冶師の話は興味深い。いや、今更自分で鍛冶仕事をする気にはなれないけど、武具を発注する際の知識としては知っておいた方が良いだろう。良い機会なので、店員に根掘り葉掘りと聞いてみる。


「具体的な例を上げますと……ウーツ鋼の盾に知力値アップの付与スキルが付いているとします。それを手に入れた人が、杖にして知力値アップを活かしたいと鋳溶かして作り変えた場合、形状が大きく変化したので付与スキルが消えてしまう可能性が非常に高いのです。鍛冶親方のスキル〈打ち直しの妙技〉にも限界があるのですよ。

 この鎧の〈デバフ反転〉は珍しいスキルなので、なるべく同じ形になるようにしました。破損していた元々の金属板使ってミスリル合金にし、同様の金属板に加工したのです。

 そうする事で形状と素材はそのままにミスリルを足した形になったので、付与スキルを保持できたのでしょう。いえ、レア度が上がって付与スキルが増えたので、会心の出来だったと職人も喜んでいましたよ」


 この店員のお兄さん、作った職人でもないのに詳しいな。領都で1番の工房なだけあって、接客も1流らしい。

 〈打ち直しの妙技〉について詳しく聞いてみると、古い武器や破損した武器を作り変える際、付与スキルを保持してくれるパッシブスキルらしい。先程の例から言えば、知力値アップの盾を打ち直して、小型のバックラーにすると知力値アップを引き継いでくれるそうだ。つまり、種別を替えると駄目っぽい。


 ふむふむ、鎧から鎧なら引き継げる?……ならば、今回作ったミスリル合金を使って、血魂桜ノ赤揃えの胴鎧部分を2つ作るとか、俺のジャケットアーマーの増加装甲として使う事は出来ないか?と相談してみると、首を振られた。


「最初に申しました通り、同じ素材を使っても元と形が違い過ぎると駄目な場合が多いのです。

 修繕している際に確認しておりますが、この胴鎧だけだと付与スキルが全部消えてしまいました。この変わった鎧の具足や肩アーマー等、全部揃っていないと付与スキルが付かないようなのです。

 この辺は過去の実績データと同じですね。レアなスキル程、移植が難しいとされています」

「付与スキルによっても、難易度が変わるのか……錬金術も大概だけど、鍛冶も複雑だなぁ」

「はい、我らツヴェルグ工房はヴィントシャフト随一である事を誇りに、日夜努力しております。

 例のドラゴン素材も『研究させろ』と声を上げる職人は多くいますからね。王都の工房に負けぬよう、頑張ります!」


 そんな雑談を続けている内に、ベルンヴァルトの着替えが終わった。部屋の中を動き回り、着心地を試す。試斬の間だったのは、武器を振るっても大丈夫な部屋だからである。


「動き難い箇所があれば調整しますので、遠慮なくお申し付けください。

 それと、ミスリルを追加した分だけ、金属板が10枚程余っております。肩アーマーを大きくする事も可能ですし、今後の補修資材として取っておく事も出来ます」

「おう……そうだな。しゃがむと左膝辺りが干渉する感じがするな。

 それと、素材が余ってんなら、それで大盾とか作ってくれよ。スキルは引き継がんでも、鎧とお揃いの感じでな」

「直ぐに調整します。

 それと、盾を発注して頂ければ作れない事もないですが……10枚ですと小盾しか作れません。ベルンヴァルト様の体格を考慮しますと、大盾にはこの5倍は必要になります。今回割り当てられたミスリルの量が足りませんね」


 小盾……バックラーを他のメンバーが使うって手もあるが、俺としては補修資材として引き取る事にした。万が一、血魂桜ノ赤揃えが破損した場合でも、修復できるからである。レアな防具なので、破損して失う事は避けたいからな。

 幸いなことに、俺も鍛冶師レベル25で覚えた〈簡易手入れ〉を使えば治せるのだ。


【スキル】【名称:簡易手入れ】【アクティブ】

・武具の手入れを瞬時に行い、最適な状態にする(別途、消耗品は必要)。ただし、破損がある場合は、破損部分と同じ系統の素材を消費しないと強度が落ちる。


 ただ、大きな破損は治せない。血魂桜ノ赤揃えがバラバラになった後に試したのだけど、金属板が真っ二つになるくらいの破損は駄目っぽいのだ。

 まぁ、あくまで『手入れ』の範疇で治すって事だな。線傷や欠けくらいなら、これで治せるだろう。汚れを落とす〈ライトクリーニング〉程ではないが、剣の研ぎ直しや盾の補修など、日々の手入れには欠かせないスキルである。

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