第594話 メッキ加工とVIP待遇

 フェッツラーミナ工房に到着した。煙突が無くなったのは王族のテコ入れでミスリル炉が入ったせいであるが、周辺も被害にあった様子は無く平和である。今日も今日とて、トンッカンットンッカンッと相槌の音が響いている。鍛冶仕事に余念がない。

 店に入ると、女将さんのラーミナさんがカウンター奥の展示品を並べていた。以前は商品が少なくなっていたが、どうやら商品を並べられるくらいには正常化したらしい。

 彼女は、来客の俺達に気が付くと、元気な声を聞かせてくれた。


「いらっしゃいませ~! あら? 噂のザックスじゃない。見たわよ、門のところに飾ってあったドラゴンの脚!

 ウチの旦那や弟子の皆と見に行って、顎が外れるかと思ったくらい驚いたわ。何? 素材を持ってきてくれたの?

 あっはっはっ! ウチの店じゃ無理よ! あんなレア度の高い素材、もっと大きな工房に持って行きな!」

「いえ、そうでなく、別の相談を……」

「ああ、そうだ! アンタに頼まれているミスリル製の刀だけど、まだ出来ていないよ。

 旦那が言うには、鉄と同じように折り返して作っても、刀って名前にならないそうだよ。今は新しい作り方を模索したり、ミスリルを他の金属と合金化してみたり、色々試しているみたい。

 ホラッ、悩んでいる間とか炉が空いている時に、店に並べる商品も作らせたのさ。偶~に、変なのを作ってくるけど」


 お喋り好きなラーミナさんは、べらべらとまくし立てると、2本のダガーサイズの武器を見せてくれた。商品でないのか、装飾無しのシンプルな鞘に収まっている。それを、見て見てと、催促されるがままに引き抜いてみると……


「って、このメタリックグリーンは、ミスリル製ですか?! しかも、この少し歪曲した形に、片刃は……短刀?!」

「あっはっはっ! 見た目だけはね! ホラ、鑑定してごらんよ」


 つい先ほど、ミスリル製の刀は出来ていないと言っていたのに?

 どういう事だと首を傾げつつ〈詳細鑑定〉を使用した。



【武具】【名称:黒短刀(ミスリルメッキ)】【レア度:C】

・黒魔鉄製でありながらも、独自の製法で黒鋼へと鍛えられた短刀。ミスリル鋼でメッキされて、刃の欠け易さを克服したが、レア度の違いから剥離しやすいので、強化になったかは微妙なところだろう。

 魔力を流すことで少し切れ味が強化され、ウーツ鋼製防具すら両断する。



 ……メッキかぁ。

 どうやら、中身は俺も使っている黒刀の短刀バージョンらしい。

 詳しく聞いてみると、鍛冶師のサードクラス、鍛冶親方のスキル〈インスタントメッキ〉で簡単に加工できるそうだ。ただし、鑑定文にある通り、元の武器よりもレア度の高い素材を使うと、メッキが剥げやすいらしい。


「見た目を変えるとか、錆防止に使うのが主な使い方だからね。ミスリル製の武器には敵いっこないよ。

 まぁ、ウーツ鋼の武器でも切れないような硬い敵を切ったりしなければ、50層以下なら使えるさ。

 そうそう、治安の悪い場所の露店だと、ミスリルメッキをミスリル武器だと偽って売る場合もあるから気を付けなよ。ちゃんとした店なら兎も角、怪しいと思ったら鑑定をするのが一番さ」

「あれ? こっちのもう1本は、ミスリルメッキじゃないんですか? 色が銀色ですけど……」

「あははっ! そっちはミスリル合金でメッキしてあるのよ。ホラ、反射させると緑色に見えるでしょ?

 ミスリルは他の金属を混ぜると、その比率で色や特性が変わるから、面白いって旦那が話していたわ。メッキくらいなら、見た目くらいしか変わんないよ!

 それで、どうだい? お得意様価格、1本100万円だよ。ミスリルを使った武具はサードクラスにしか売らないんだけど、街の英雄のアンタなら特別さ!」


 念の為〈詳細鑑定〉を掛けてみたが、確かに両方共同じ鑑定文だった。そして、1本100万円かぁ……確かウーツハルバードが90万円だったので、同じレア度Cで短刀サイズだと割高に感じるが、差分がメッキ代かな?

 こっそり〈相場チェック〉も掛けてみたが、【100万円】で変わらず……あっ、違う。短刀なんて扱っているのはこの店だけだから、ラーミナさんが提示した額が表示されたに過ぎないのか。


 少し悩んだが、ニンジャの二刀流を使うのに良いかも知れない。ウーツダガーは2本あるけど、短刀の方が忍者っぽいからな。購入する方向で値切り交渉を持ち掛けたが、ラーミナさんは強敵である。もうちょっと、見栄えの良い鞘に替えて貰える事になっただけで、値段は変わらなかった。

 そんな交渉を楽しんでいると、袖を引っ張られた。


「ザックス様、私の方の要件も忘れないで下さいよ」

「あー、ごめん。ラーミナさんの商談に乗せられてたか……ラーミナさん、ここで防具の改造とか依頼できますか?」


 先日手に入れた『千眼孔雀の冠羽』を見せて説明をしたのだが、ラーミナさんはすまなそうに手を横に振った。


「ウチは刃物専門だから、受け付けてないのよ。お得意様だから、簡単な加工くらいは受け上げたいんだけどね。

 それ、魔物のドロップ品でしょ? なら、鍛冶親方でないと……ウチの旦那はまだ鍛冶師レベル47なのよ。最近はミスリルを扱うようになって、レベルが2つも上がったって喜んでいたけど、レベル50にはもうちょっと掛かるわねぇ」


 職人系は創作活動をすると経験値が入る。格上の金属を使ったことで、貰える経験値が増えたのだろう。

 ともあれ鍛冶親方でなかったのは、想定外である。無理強いも出来ないので、他の店を当たるか。


 そうそう、帰り際に試し切りスペースを借りて、購入した黒短刀を試させてもらった。ミスリルメッキなせいか、切れ味は良い。ついでに剣客のスキル〈一閃〉を使う事が出来、納刀まで自動で行えた。


【スキル】【名称:一閃】【アクティブ】

・敵の間合いに一瞬で踏み込み、切り抜ける抜刀術。終了後は対象の背後で納刀している。踏み込む距離は、基礎レベルに準じて広くなる。ただし、納刀動作については、武器でなければならない。


 抜刀斬りは他の剣でも出来るけど、斬った後に納刀しないとスキル後の硬直が発生してしまうからな。スキルの連打が強みな抜刀術は刀でなくてはならない。短刀なので、リーチが短いのは如何ともしがたいが……ニンジャと剣客を同時に使う事で、攻撃の選択肢が増えるのは良い事だろう。

 腰の左右に黒短刀を装備しておいて〈一閃〉を連打するとか、耐火の黒刀と黒短刀を左腰に着けて、2本差しの侍ごっことか。うん、予備武器としても、良いな。



 フェッツラーミナ工房をお暇して、バイクで移動する。次なる目的地はツヴェルグ工房しかない。いや、俺の行きつけの武具店はこの2個所で事足りるからな。街一番の店を使っているので、刃物に特化したフェッツラーミナ工房でもなければ、他の店を開拓する必要もないのだ。


 大通りへ出て、中央門を潜る。セカンド証を見せると、若い騎士団員が敬礼してくれた。ちょっと恥ずかしいが、こっちも敬礼して返す。握手とかサインを求められるよりは良い。仕事の邪魔にならないよう、早めに通り過ぎた。


 貴族街の大通りは、殆ど復興済みの様である。戦闘で破損した石畳は修復され、以前の綺麗な街並みを取り戻していた。元々大通りは迎撃に出た探索者が多かったので、店舗の被害も少なかったからな。目的地のツヴェルグ工房も、戦時中は通りに面したショーウィンドウに頑強そうな鎧戸が降ろしていたお陰もあって、以前と変わりが無い様子である。お客さんの出入りも多く、賑わいを見せていた。


 店内にて要件を伝えると、アポも取っていないのに2階の商談スペースへ案内される。以前、ソフィアリーセと一緒に来た時に案内された場所と同じだ。貴族向けの豪奢なテーブルには、香しい紅茶とお茶菓子が直ぐに給仕された。もしかしなくても、VIP待遇である。宝石やアクセサリー等の高級品フロアなので、レスミアはキョロキョロと落ち着きがない様子を見せていた。お上りさん丸出しであるが、こういうのも経験して慣れないといけない。まぁ、俺は〈営業スマイルのペルソナ〉で対応できるけどな。


 ただ、対応してくれた店員さんも、俺の顔を立てるように持ち上げてくれる。先の防衛戦の戦功を褒めてくれたり、蘇生の儀式の荘厳さを称えてくれたり……その話の途中で、声を潜めて事情を話してくれた。


「戦死者が少なかったお陰で、我が店も繁盛させて頂いております故……(戦死者の武具が破損していると、亡骸と一緒に埋葬されたり、遺品として死蔵されたりしまうのですよ。それに対して生き残っていた人の武具は、修繕に出したり、新品に買い替えをしたりします)

 ええ、騎士団や探索者の方の受注が増えております。特需と言っても差し支えない程に。ひとえに、精霊に選ばれしザックス様のお陰ですとも」


 ツヴェルグ工房のお偉いさんっぽい店員さんは恵比寿様の様に、ニコニコと笑う。よっぽど儲かっているに違いない。俺の要件を伝えると、二つ返事で請け負ってくれた。


「はい、直ぐにでも改良させましょう……そうですね。こちらの青いドレスと、赤い千眼孔雀の冠羽では色が違い過ぎます。ワンポイントとしては少し目立つので、ドレスの色に合わせて冠羽を青か白に染めては如何でしょう?」

「染めるのか……そうなると時間が掛かりそうですね。明日の探索はどうしようか?」


 隣のレスミアに相談すると、苦い顔を返される。


「44層の暑さは、このドレス装備の付与スキルが無いと厳しいですよ。時間が掛かるなら、染めるのだけ先にお願いして……」

「いえいえ、染も含めて最優先で対応致します。今日中に改良し、ご自宅まで届けましょう。

 色合いや、ドレスに着ける位置に関しては、こちらの担当デザイナーとご相談下さい」


 いつの間にかテーブルの横に、デザイナーらしき女性が立っていて、礼をしてくる。いや、服装が女性店員と同じなのだが、大分派手目に改造されているので、直ぐに察する事が出来た。

 デザイナーさんは色見本を広げて、ドレスに当てては、見栄えの変わりようをレスミアに説明し始める。

 ここまで来ると、男の出る幕は無いな。レスミアに任せておき、俺は最初の店員さんと話して、清算をしておいた。

 材料持ち込みなので、加工料金のみで10万円だそうだ。冠羽を染めるのと、ドレス装備に取り付け、そして即日対応の特急料金である。

 このVIP待遇も加味すると、多分安いんだろうな。

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