第593話 屋台営業な白銀にゃんこと平民街の様子
44層に降り立った俺達だったが、泊まり掛けで山登りの疲れもあった為、早々に外へ脱出した。
一応、溶岩のせいで気温が上がっている入口の部屋でも、『凍える北風』の風量を全開にし、フリッシュドリンクとジュースのバフ効果を重ねる事で、ギリギリ活動可能な事は確認した。それでも、溶岩からの熱(遠赤外線?)が届く範囲は長居出来なさそうであったが……ともあれ、疲れ切った身体で無理をする必要もない。続きは明後日にして、〈ゲート〉を使用するのだった。
「お帰りなさいませ、お嬢様。ご無事でなりよりです……今、馬車を裏口の方へ移動させています。ザックス様、そのままエスコートして下さいませ」
大分お疲れなソフィアリーセに手を貸して……エスコートしてギルドの受付前まで戻ったところ、マルガネーテさんに迎え入れられた。貴族のプライド故か、ここまでソフィアリーセは気丈に振舞って歩いて来たのだが、側近であるマルガネーテさんには疲れている事がお見通しの様だ。本来なら、南門側のギルドの入口の前で馬車に乗り降りするのだが、そっちよりも近い裏口へ馬車を手配するのだからな。俺達の姿を見つけて直ぐに、部下に指示を出していたのだろう。
裏口の方が人通りは少ないので、目立たずに外に出られた。
外に待っていた馬車に乗るまでエスコートするが、人目が無くなった途端にソフィアリーセは座り込んでしまった。慌ててルティルトさんも乗り込み、座席に座らせる。そのまま肩を貸して、眠らせるようだ。
「ザックス、それに皆もお疲れ様。明日は1日休ませるから、44層に関しては明後日の朝にでも相談しましょう」
「ええ、了解です。ルティもゆっくり休んで下さい」
「ザックス様と皆様にも、馬車を用意しておきました。家までお送り致します」
流石はマルガネーテさん。俺達の馬車が壊れてなくなった事を知って、手配してくれていたそうだ。バイク2台で帰るつもりだったけど、フィオーレがダウンしているので助かる(ベルンヴァルトが背負い中)。また、籠入り娘にして運ばないといけないところだったからな。やっぱり全員が乗れる乗り物は必要だよな。来週には、マッドなランハートが作成している試作自動車が来る筈なので、期待しておくしかないか。期待と不安で半々だけど……
取り敢えず、今日のところはご厚意に甘えて、家まで送ってもらった。
この2日間のレベル変動は以下の通り。
・基礎レベル50 ・アビリティポイント54
・街の英雄レベル42→43 ・魔道士レベル42→43
・植物採取師レベル40→41
翌朝、お疲れ気味だったレスミアは寝かせて置き、俺は代わりに白銀にゃんこの営業を手伝いに行った。
店舗自体は再建中であるが、貴族街への勝手口側に屋台を設置して営業を再開しているのである。瓦礫から発掘された冷蔵の魔道具も修理&改良(補助動力箱で魔水晶でも動くように)され、屋台の側に置かれている。これにより、以前と同じようにケーキ販売が続けられたのだ。屋台+冷蔵の魔道具くらいなら〈アイテムボックス中〉に入るので、防犯上も問題無い。
ただ、白銀にゃんこメンバー総出で働いても忙しいのは、お客さんの数が増えたからである。
「お待たせしました~。こちらがご注文のケーキ10個と、先着限定の浄化の銀カード1枚です。又ご利用くださいませ~。
……今日もお客さんいっぱいだね~。ザックス君が活躍してくれたお陰だよ」
「いや、活躍はしてきたけど、白銀にゃんこの宣伝はしてないぞ?
いらっしゃいませ!」
俺はお会計を担当しながら、フロヴィナちゃんに近況を聞く。どうやら、屋台で再開し始めた時から、客足が増えているそうだ。ケーキ自体は以前から売り切れる状況だったが、最近は貴族街への勝手口が開く前に長蛇の列が出来ており、そこを通って来て並んだのでは売り切れになってしまうらしい。
先の防衛戦では銀カードも大量に使われたらしいので、そっちから評判が広がったのかな?などと考えていたら、常連のメイド長っぽいおばちゃんから、握手を求められた。
「まあまあ、今日は噂のオーナー、ザックスさんがいらっしゃるのね!
握手をお願いして良いかしら?
あのドラゴンから、街を守ってくれてありがとうね。あんな巨大な魔物、初めて見たわぁ」
「ああ、南門に飾ってあったディゾルバードラゴンの前脚を見たんですね。
偶々私がドラゴンに効く聖剣を持っていたので、何とか討伐出来ました。もちろん、騎士団や他の探索者の皆さんの援護があってこその成果ですけどね」
「まぁっ! 若いのに謙虚な方ね!
貴族街では貴方の噂で持ち切りよ。もちろん、よく行く白銀にゃんこのオーナーさんと分かったから、周りに自慢しちゃったの」
おばちゃんの声が聞こえたのか、後ろに並んでいる人達からも同意する声が聞こえる。
「私もここの人だって知ってたわ」「オーナーさん、初めて見たけど若いわね、成人したばっかりじゃない?」「ここのケーキを持って行けば、話題に事欠かないわよ」「私も握手してもらおうかしら」等々。
どうやら、常連の皆さんがドラゴン退治の噂にくっ付けて、白銀にゃんこの噂を広めてくれたようだ。なるほど、メイドネットワークや奥様ネットワークで広がったから、お客さんも増えたに違いない。
実際、常連のおばちゃん以降のお客さんからも握手を求められた。アイドルじゃあるまいし……と思わないでもないが、フロヴィナちゃんに「(お客さんへのサービスだから、笑顔、笑顔!)」と、注意を受けては対応せざるを得ない。〈営業スマイルのペルソナ〉の力を借りて、笑顔を振りまくのだった。
そして、ケーキは1時間程で売り切れてしまった。行列に並んでいた人の半分くらいは買えなかったそうだ。こんな朝早くから並んでくれていたのに、売り切れてしまうのは流石に心苦しい。
閉店作業をしながら皆に相談してみると、フォルコ君を皮切りに意見を出してくれる。
「ケーキの作成数は、現状でいっぱいなのですよね?
……となると、1人当たりの購入上限10個を更に減らすか、銀カードの販売数を増やすかしたらどうでしょう?」
「あ~、銀カードとケーキの両方を買って行く人も多いから、分けたらどう?
先着の銀カードを買えた人は、ケーキは買えない。先着に間に合わなかった人だけ、ケーキでスタンプを貯められるとかさ」
「3、4人で作るケーキの数は、かなりいっぱいですけど、キッチンの広さから後2人は増員可能です。デコレーションや下拵えをする人を増やせば、もう少し数が作れると思います。ただ、それ以上はオーブンが足りないので増やせません……新店舗にオーブンが追加されるので、本格的な増産は店が完成してからですね」
「にゃ!
ここ数日で、皆も実感していたらしく、具体的な案が帰って来た。ただ、最後のスティラちゃんの案は、チェーン店的な発想で面白いのだが、現状では却下せざるを得ない。ナールング商会とは仕入れ等で業務提携しているとはいえ、別の店だからな。
他の案が採用可能か話し合い、増員可能な人員としてはプリメルちゃんとピリナさんをバイトに誘う事になった。(ウェイトレスとして誘ってはあるが、それよりも早く加入を進める)
朝食後、白銀にゃんこの一件はフォルコ君にお任せして、レスミアとデートに出かける。いや、正確には昨日手に入れた『千眼孔雀の
現物であるドレス装備さえ貸してもらえれば、レスミアは休んでいても良いと話したところ、「自分の装備ですからね。私も行きますよ」と、一緒にお出かけとなったのだった。
デートに来ていく服を悩むレスミアからは、疲れた様子は見えないので大丈夫だな。まぁ、おめかしに時間が掛かったけど、待つのも男の甲斐性だろう。
平民街の街並みを見ながらのんびりと散歩する。既に防衛戦から10日も経過しているので、周囲に戦場となった痕跡は残っていない。まぁ、この辺は被害の少なかった地域だからってものある。集中的に狙われた錬金術師工房は貴族街に多いので、平民街の被害は鳥型魔物が落下したとかの戦闘の余波程度なのだ。
しかし、被害が少なかったとはいえ、変化が無い訳でもない。通りに面した家では、窓やドアが開け放たれて、大掃除の最中の様である。それを見たレスミアが、ちょっと残念そうに呟く。
「ここのお宅、魔物の襲撃を恐れて、親族のいる北の街に引っ越すそうですよ。ヴィナがよく井戸端会議をしている奥様に聞いたそうですけど……あんなに頑張って街を守って、被害も少なかったのに、逃げる必要なんて無いですよね?」
「まぁ、危機管理の指標は人それぞれだから、しょうがないさ。それだけ、街中に被害が出たのがショックだったんだろう。次も同規模の魔物が襲ってきたら、無事で済む保証もないからな」
南のジゲングラーブ砦が盾になってくれているとはいえ、ヴィントシャフト領の中では一番魔物の領域に近い街なのだ。もっと北側の街の方が安全と言えば安全なのである(周辺のダンジョンが管理され、魔物が溢れないという前提で)。
後にリスレス義姉さんから聞いた話ではあるが、魔物の襲撃を受けた街では人口が流出するのは珍しくないそうだ。むしろ、あの規模の魔物に攻められたのに、引っ越す人は少ないらしい。完全に撃退したヴィントシャフト騎士団への評価の高さが伺える。
因みに、ベルンヴァルトとテオに見せていたナールング商会保有の物件情報は、そういった引っ越した人達の家だったそうな。ナールング商会と言うか、リスレス義姉さんは本当にやり手である。(ただし、貴族街の物件は高過ぎて手が出ないので、平民街が精々だと愚痴られた)
引っ越ししているお宅もよく見ると、部屋の中に家具が無い。なるほど、アイテムボックス持ちが居れば、引っ越し業者要らずか。そりゃ、引っ越し先の家さえ決まれば、フットワークは軽くなるな。
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