第591話 見切り上手な千眼孔雀
あらすじ:千眼孔雀2羽が扇状に羽を広げ、無数の目玉から光を放った。盲目の状態異常にする攻撃だ!
俺は咄嗟に左腕を翳し、目も瞑る。鑑定文には『直視した敵を』と書いてあったので、これで防げる筈だ。
一応、図書室やソフィアリーセからの事前情報は共有済みである。『羽を広げ、盲目の状態異常になる光を発する』と重要な部分はあっているので、先行したレスミアとルティルトさんも防御出来ていると良いのだが……
そして、数秒経過してから、恐る恐る……いや、思い切って目を開ける。敵を前に無防備に棒立ちするのも危ない。
光っている様子は無いので、掲げていた腕も下げて状況把握を優先する。すると、〈ランスチャージ〉を使ったルティルトさんが、千眼孔雀へ突っ込むところであった。
しかし、構えたハルバードの直線上に居た千眼孔雀は、軽く横にジャンプして避けてしまう。がら空きの空間を、ハルバードを動かす事もなく、そのまま走り抜けて行ってしまった。
あれは、見えていないな。俺は慌てて声を上げた。
「ルティ!止まれ! 見えていないなら、反転して盾を構えろ!
レスミア! 見えているか?」
「片目なら! 行けます!」
レスミアも光を受けた所で止まっていたが、片目が見えなくなって戸惑っていたようだ。自己申告で戦えるなら、回復は後回しで良いな。先に敵に狙われているルティルトさんを援護しないと。地上での攻撃方法は記載されていなかったが、恐らく脚爪か、嘴での突きだろう。重装なルティルトさんの鎧を貫ける筈もないが、目が見えずに防御もままならない状態だと万が一がある。フルプレートメイルなら兎も角、関節部分は防御が薄いからな。
俺は〈ボンナバン〉で前に出てから、〈ヘイトリアクション〉で注目を集める。
「孔雀共! その沢山の眼で見切れるなら見切ってみろ! 〈多連装手裏剣の術〉!」
墜落ダメージはある筈なので、〈アシッドレイン〉で仕留められると思うが……ちょっと興味が湧いたので、検証も挟んでみる。
ミスリルバスタードソードを左手に持ち替え、空いた右手で手裏剣を投擲する動作で振りぬいた。すると、右手から半透明な魔力製の手裏剣が連続発射された。
〈挑発〉に引っ掛かった2羽が振り返り、同時に左右にジャンプして逃げた。その地面に手裏剣が着弾するが、伊達に多連装なんて名前じゃない。逃げた1羽を追って、右手を動かし手裏剣を撃ち続ける。しかし、翼をはためかせて、千眼孔雀も逃げる逃げる。多数ある羽の眼で手裏剣の軌道を見切っているのだろうか?
鳥とは思えない……それこそ踊りでも踊っているかのように、華麗に回避し続ける。空中でも翼で向きを変えられるのは見事である。
「〈
そこに、レスミアが急加速して千眼孔雀の背後を取った。空中で舞い踊る千眼孔雀を両断しようと、剣が振るわれる……それも、羽ばたきで浮き上がり回避する……が、背中の飾り羽までは避け切れない。真一文字に振るわれた剣は、千眼孔雀の背中の飾り羽の大半を切り落とした。
もうちょっと見ていたいが、もう1羽が俺に向かって走ってくるので、そちらの対処を優先する。〈ヘイトリアクション〉で敵愾心を植え付けたせいだろう。空に飛びあがる事無く、突進して来ている。
情報収集には丁度良い。レスミアに当たらないようにズラした〈多連装手裏剣の術〉を向けて、最後の数発を放ったが、全て回避される。連続ステップ移動による回避は、俺も真似したいくらいだな。流石に羽ばたいて体勢を変えるのは真似出来ないが。
距離2m付近で千眼孔雀が飛び掛かって来た。脚の爪による攻撃の様だが、鶏のような普通の鳥脚なので、それほど脅威には感じない。手裏剣を打ち終わって空いていた右手のブラストナックルで、裏拳気味に受け流す。ただ、結構速度に乗った蹴りだったので〈カウンター〉は間に合わないが……受け流しに使った右手を引き、その反動を使って振り向けながら左手の剣を振り上げる。擦れ違う千眼孔雀の背を追い、着地間際を攻撃しようと画策したのである。
しかし、振り向いた先で、大量の目玉に見られているのに気が付いた。千眼孔雀の背中の飾り羽は、後ろにも目が付いていて死角が無いみたいだ。
振り上げた剣はばっちりと見られていたようで、千眼孔雀は着地と同時に右にステップで逃げる。一拍遅れて振り下ろした剣は、地面を叩くだけに終わった。
……あの多数の眼がある限り、見切りは完璧と言う訳か。
鳥類故に身体が軽く、身のこなしが素早いのも相まって、普通に戦っては面倒である。鳥なので〈かすみ網の罠〉のネットで捕えるのが楽であるが、周囲の木々は炎上中であるし、少し離れた場所なので設置する事が出来ない。他にも、着地を狙って〈遠隔設置〉〈トリモチの罠〉や〈トラバサミの罠〉でも対処は可能だが……他の人でも使える手にしよう。手早くジョブを入れ替えてッと。ついでに、右手で地面の砂利を拾っておく。
逃げた千眼孔雀が反転して、再度飛び掛かって来る。俺が剣を振り下ろしたままなので、攻撃のチャンスに見えたのだろう。
俺は剣を手放すと、素早く拳を握る。そして、千眼孔雀の蹴りに対して、右手のジャブを叩き込んだ。
ブラストナックルと爪が激突するが、衝撃は大した事が無い。所詮は体重の軽い鳥である。爪の鋭さを防御できるならば、そのまま打ち勝てるな!
ジャブの勢いと蹴りが衝突し、千眼孔雀の勢いが落ちる。そして、本命の左ストレート!……ではなく、伸ばした左手で、奴の飾り羽を数本掴んだ。
……そんな羽を目の前でヒラヒラさせるとか、掴んでくれと言っているようなものだぞ!
「掴んでしまえばこっちのものだ! おらっ!」
羽を引っ張り、変形背負い投げ! いや、背負ってないから、ただ振り回して地面に叩き付けただけだ。
千眼孔雀が地面でバウンドし、掴んでいた飾り羽が抜け落ちた。羽の強度が低いせいで、千眼孔雀と距離が出来てしまう。慌てて追い掛けるが、転がった先で千眼孔雀が跳ね起きる。そして、飾り羽を広げると、大量の眼に小さな光が灯った。
その前兆行動はさっきも見たから分かる。盲目の閃光のようだ。
これも防御する事は出来るが、別の対処を先に試す事にする。右手に握りっぱなしの小石と砂利を〈パワースロー〉の力も借りて投射した。
小石が散弾銃で撃ったかのように広がり、千眼孔雀のみならず背中の飾り羽にも大量にヒットする。鳴き声を上げた千眼孔雀は、眼の光を消して倒れ込んでしまった。
……目が良くても、避け切れない範囲を攻撃すれば良いだけの話だ。
それに、鳥の狩猟には散弾銃が良いなんて話も聞いた事がある。ジョブに補正された筋力値と〈パワースロー〉に掛かれば、散弾銃くらいの威力にはなったのだろう。現に、起き上がった千眼孔雀は、ボロボロである。本体だけでなく、飾り羽の眼も破裂している箇所が幾つも見えた。
後はこの繰り返しである。砂利の散弾で弱らせ、隙を見て眼の付いた羽を掴み〈断空手刀〉で伐採する。切断力が低いスキルなのに簡単に切れる程、強度は無いらしい。
眼の数が減るごとに、動きが鈍って行ったのは言うまでもない。HPも低いのか、どつきまわしている内に、動かなくなってしまった。ちょっと、可哀そうな事をしたかな?
周囲を見ると、レスミアの方も終わっているようだった。ルティルトさんに薬を飲ませているのが見える。念の為、配っておいた盲目の状態異常の薬である。
【薬品】【名称:千眼孔雀の目薬】【レア度:C】
・状態異常の盲目を治す薬品。事前に飲んでも効果はないので、状態異常になった場合のみ服用しよう。
・錬金術で作成(レシピ:千眼孔雀の羽+ホズルブライト+ポーション+薬瓶)
ダンジョンギルドの売店で購入した物である。目薬なのに、飲み薬なのが変わっている。因みに、1本5千円。盲目の状態異常も10分から30分程度で回復するので、薬品に頼るか迷うところでもあるな。
2人の元へ向かうと、盲目になった状況を教えてくれた。
「私は〈ランスチャージ〉を発動中だったからな。目を瞑ったものの、盲目に掛かってしまったよ」
「あ~、やっぱり目を瞑るだけじゃ駄目でしたよね? 私は剣を翳しましたけど、右目は守れなかったみたいで、右だけ真っ暗になりました」
やはり、目蓋くらいなら盲目の閃光は貫通してくるようだ。レスミアが右目の前で手を振って、見えていないとアピールする。〈パーティー状態表示〉で見ても、レスミアのHPバーの横に、眼に×が付いたアイコンが点灯している。目薬を飲むように促したが、「片目が見えるから大丈夫ですよ。薬が勿体ないですし、その内治りますから」と謙虚な事を言う。
マルガネーテさんが準備してくれた火山セットに入っていたので、気にしなくても良いのに。
ええと、確か……前回盲目になった時には、お菓子を食べたような?(259話)
記憶を頼りにストレージ内を探してみるとロールケーキが見つかった。
【食品】【名称:環金柑のハチミツロールケーキ】【レア度:D】
・甘く煮詰めた環金柑を、生クリームとスポンジで包んだケーキ。スポンジにはハチミツが使われ、しっとりとした柔らかさで焼き上げられている。
・バフ効果:状態異常緩和 微小
・効果時間:10分
ただ、効果は『微小』である。加えて、こんな暑い環境でロールケーキを出したら、食べる分を切る前にクリームが溶けてしまいそうだ。
他に何かなかったかな?と、探してみたところ、覚えただけで使っていないスキルを思い出した。ジョブを入れ替えて、魔剣術を使用。ミスリルバスタードソードに魔剣術の光を纏ったところで、再度スキルを使用する。
「〈エレメント・メディヒール〉!」
【スキル】【名称:エレメント・メディヒール】【アクティブ】
・魔剣術を発動中のみ発動可能。対象に〈ヒール〉を掛け、更に全ての状態異常の症状を軽くする。
魔法戦士レベル45で覚えた回復スキルである。
魔剣術の魔力を消費すると、レスミアに〈ヒール〉と同じ光が降り注いだ。
「そんなスキルも覚えていたんですね……あっ、ちょっとだけ光が見えてきました!」
『症状を軽くする』なので、即座には治らない。それでも、非戦闘時に使うなら、薬品を使うよりお得だな。命に別状がない状態異常なら、これを使う方がお得だろう。俺とかレスミアは庶民感覚が抜けていないからなぁ。
まぁ、マナポーションを沢山飲む俺が、言えた義理ではないかも知れないが。自分で作れる薬品と、店売りを比べるとケチりたくなってしまう心情なので……なんて考えながら、ジョブをセットし直している時に気が付いてしまった。
「あっ! ……ごめん、司祭レベル45でコレを覚えていたのを忘れてた。
〈ディスブラインド〉!」
魔法陣から溢れた光がレスミアに降り注ぎ、盲目の状態異常を癒した。
【スキル】【名称:ディスブラインド】【アクティブ】
・対象の身体的な盲目の症状を治し、正常にする。盲目の原因が魔法的、毒物的、肉体の損傷的であれ、盲目に至るものであれば、何にでも効く。
「あー、見えるようになりました……まぁまぁ、ザックス様はスキルが多いから、こう言う事もありますよ」
「なんだ、目薬は使わずとも良かったのか。
ザックス、次からは戦闘中でも癒す事は出来るのだな?」
「ええ、〈パーティー状態表示〉で盲目になったかどうかは判別できるので、〈無充填無詠唱〉で直ぐに癒せます」
「ならば良い。流石に魔物の目の前で盲目状態になるのは、私も怖かったらからな。次からは頼んだぞ」
レスミアにフォローされ、ルティルトさんには釘を刺されてしまった。
取り敢えず、追加スキルにセットしておいて、直ぐに使えるようにしておこう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
小ネタ
2024/12/10、最後に〈ディスブラインド〉を使う展開を追記しました。
コメント返しを書いていて、気が付いてしまった。
『第548話、インターミッション、戦利品とレベル45スキル』で、司祭ジョブが盲目を癒す〈ディスブラインド〉を覚えているじゃん!
目薬を飲むとか、ロールケーキ、〈エレメント・メディヒール〉の話が無駄になった……
スキルデータをまとめているExcelに、習得済みデータを反映し忘れたせいっぽい(言い訳)
そのせいで、話を組み立てる際、盲目を治せるのは〈エレメント・メディヒール〉だけと思ってしまったのでした。
……仕方がないので、ザックスも〈ディスブラインド〉を忘れていた事にしよう。
本編の最後だけ、〈ディスブラインド〉を思い出して使う展開に修正しました。対処法としては目薬と〈エレメント・メディヒール〉の説明も要るので、そっちはそのままに。
戒めとして、ルティルトに怒られておきます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます