第590話 木を焼き払う爆撃機な鳥
朝食を終えて、火山フィールド攻略2日目に出発した。
体力的に心配していたソフィアリーセとフィオーレは、完全に回復したようである。ソフィアリーセはちょっと筋肉痛があったようだけど〈ヒール〉で治る程度であったし、フィオーレは朝食をもりもり食べていたからな。
そして、休憩所の外に出てからレスミアに調整して貰ったジュースを1杯ずつ飲む(俺以外)。
「あら? 本当に楽になったわね」
「おー、本当だ~。これなら、魔道具の風を弱めても良いくらいじゃん」
薬品(フリッシュドリンク)+装備品の火耐性+バフ料理の火耐性中アップ。これらの効果は重複するようだ。恐らく、系統が違う効果は重ねられると推測される。
試しに付与術師のスキル〈付与術・初級属性耐性〉を皆に掛けてみたところ(使用時は〈付与術・火属性耐性〉と指定する)、これも効果が重複した。4つ重ねると、かなり暑さを押さえられるようである。てっきり、装備品の(付与術で永続付与した)付与スキルと被って効果が無いものと思っていたので意外である。
ただし、付与術は効果時間が短い。10分程しか持たないので、5人分常時使うにはMPが勿体ない。
結局、効果が30分持つ『氷結樹の実とプラスベリーのジュース』は、水分補給を兼ねて飲み、付与術は無しにした。
「ええ、これなら大分涼しいから平気よ。火属性無効のタリスマンも順番で使う事も考えれば、昨日より歩けると思うわ」
「だね~。昨日のラズベリーは量が少なかったから、今日は沢山採りに行こうよ!」
「はいはい、近場にあったらな」
「でも、あの赤いプラスベリー、貴族街で見た事がないのですよね? 第2ダンジョンで採れる緑色の方は売っているのに……実る量が少ないから出回っていないだけでしょうか?」
薬品の材料となるムスケルナート(赤ほうれん草)とイングヴァルム(赤生姜)は錬金術師協会で売っていたので、採取パーティーが採りに来ているのは間違いない。そのついでに赤いプラスベリーも取れそうなのにな?
そんな疑問はあったが、この場で分かる事では無い。熱対策の効果を実感しながら、先に進んだ。
火山フィールド43層の中心から先は、周囲の紅葉している木々が減り、森から林くらいに景色が変わっている。その代わり、傾斜が大きくなり山登りになって行く。目指すは、階層の一番奥にある火山の中腹にある洞窟である。その中に下への転移陣があるらしい。
火山は噴煙を上げているだけであり、『噴火したり溶岩を流したりしてこないので、44層に比べれば楽』なんて評価されている階層であるが、40℃を超えていそうな熱気の中で山登りするだけでも大変だ。今日もソフィアリーセとフィオーレの体調を見つつ、水分補給の小休止を挟んで進む。
ただ、山登りではあるが邪魔な生垣のフレイムロビンは健在だ。山の斜面でもお構いなしに生えているので厄介である。通せんぼされても、山道を迂回するのは結構キツイので、強行突破一択になるからである。水に濡らした『火消しの雉翼扇』を使い、念入りに枝の火を消してから伐採すれば、炎上させる事は少ない。ここまで何度も繰り返して来た方法だけに、手慣れて来たのもあるな。どの程度の範囲の火を消せばとか、伐採した直ぐに俺がストレージに収納するとかやれば、燃え移る心配は無い。
火事になるケースは、隠れていた溶鉱炉亀が生垣に砲撃して炎上させるとか、離れた場所に生えていた火精樹の実による自動炎上くらいである。あの亀野郎、〈挑発〉を掛けていないとフレイムロビンにも砲撃して火事を起こす習性があるらしいのだ。まぁ、火に入れば砲撃が早くなる特性持ちなので、行動ルーチンに含まれているっぽい。
そして、火事が起こればフィーバータイムである。付近にいる魔物が殺到して来るのだ。元々近くに隠れていた溶鉱炉亀5匹に、増援の砲撃型リビングメイル6体(それぞれ溶鉱炉亀を装備して3パーティー分)、計20匹が集まった時は流石の俺達も逃げ出した。〈アシッドレイン〉の一撃では倒せないし、ソフィアリーセも充填中。無理に戦う必要は無い。
燃えている生垣を伐採して通り抜け、山道を登る。ただし、溶鉱炉亀の砲撃は飛んでくるし、ホバーダッシュのリビングメイルを振り切るのは容易ではない。それでも、撤退する事で敵を誘い集めることが出来る。後方に殺到して追いかけて来るリビングメイルに向けて、魔法を放った。
「〈魔攻の増印〉!〈ツナーミ〉!」
魔法陣から怒涛の津波が発生し、リビングメイル達を押し流した。〈敵影表示〉によると、かなり下の方まで押し流されたようであるが、数体倒しただけで他の多くは健在である。ただ、周囲も水浸しなせいか登って追いかけて来る様子はなかった。同時に、こちらから止めを刺しに行くのも面倒な距離である。倒した分のドロップ品も勿体ないが、諦めて先に進む他ないな。
水属性ランク6魔法〈ツナーミ〉は、攻撃範囲が広くて良いが、逆に仇となる部分でもある。更に、今回は通って来た後方に撃ったので良かったが、未踏破な横方向に撃った場合、隠れていた魔物を巻き込んで敵を増やしてしまう事もあるので、乱用は出来ないのだ。
こうして、押し流して距離を作った後、俺達は小走りに逃げ出した。
5分程移動した後、追手が無い事を確認してから木陰で小休止にした。皆にジュースを配り、一息入れる。
「……ぷっふぁ~! お代わりちょーだい!」
「ふう、先程は数が多過ぎたわね。わたくしの魔法が間に合っていれば、一網打尽に出来たでしょうに……一番初めに〈メイルシュトローム〉を使うと、2回目の充填に時間が掛かるのが難点ですわ」
「ランク8だから、それはしょうがないさ。最初に数を減らす方が重要だからね。
さっきのは増援が多過ぎたから、敵が集まる前に逃げるのが正解だったと思うよ」
フィオーレを始めとして、お代わりを欲しがった人にジュースを注ぐ。まだ午前中だというのに、本当に面倒な階層である。
休憩しながらも〈敵影表示〉で索敵は続けていると、赤い光点が5つ近付いて来ているのに気が付いた。方向はさっきと逆、山頂方向からである。同じく気付いたレスミアが、空を指差した。
「今度は鳥型魔物が近付いています。警戒を!」
「千眼孔雀だな。休憩中だから、出来ればやり過ごしたいけど……向こうは気付いているか?」
「う~ん、どうでしょう? 林の中なので、見えていないと良いのですけど。あっ! ソフィ、魔法陣を隠して」
指摘されたソフィアリーセが、銀扇ごと魔法陣を背中に隠す。木の幹を背にしているので、少しは魔法陣の発光を押さえられるのだ。
木々の隙間から〈モノキュラーハンド〉で敵の様子を伺う。鳥型と言っても、雪山に登場したヴィルファザーンとは隊列が違う。あっちはV字隊列だったが、今度の孔雀型魔物は縦一列に並んでいるのだ。しかも、1羽1羽が細長い。孔雀と言うと、丸く広げた背中の羽根が綺麗な事で有名であるが、飛んでいるところを見るのは初めてである。動物園じゃ、飛ぶスペースは無かったからな。あの長い尾羽を畳んでいるので、全長が細長く見えるようだ。
〈モノキュラーハンド〉越しに、〈詳細鑑定〉を掛けた。
【魔物】【名称:千眼孔雀】【Lv43】
・特徴的な羽を持つ孔雀型の魔物。尾羽の一種である飾り羽を扇状に開く事で、美しい姿を見せる……しかし、その飾り羽の先端のダイヤ型の模様は、全て魔眼である。『千眼』の名の通り、多数の眼を開き、全周囲を警戒する事で奇襲や飛び道具を華麗に回避する。地上戦限定ではあるが、扇状に広げた飾り羽の眼から光を発し、直視した敵を盲目の状態異常にする。
また、火属性魔法の同時使用を得意としており、空を飛び回りながら多数の〈ファイアーボール〉を撃ち下ろす。これは、『千眼』の眼を束ねた飛行形態でしか使用出来ない。重ねた眼の状態にも依るが、平均で5個の魔法陣を同時展開出来る。ただし、その代償として低ランクの魔法しか扱えない。
・属性:火
・耐属性:風
・弱点属性:水
【ドロップ:千眼孔雀の羽根】【レアドロップ:千眼孔雀の冠羽】
やっぱり、図書室の情報より詳しいな。羽根の模様……ではなく多数の眼を束ねる事で魔法が使えるようになるのは初耳だ。名前の通りではあるけど、綺麗な孔雀のイメージが多数の眼のせいで気持ち悪くも感じる。
どんなものかと、尾羽の方に注目して見ると……下を向いている模様の眼が幾つも見えた。下を索敵しているのか、目がギョロついている。
だんだんと、縦一列に並んだまま飛んで来た。〈モノキュラーハンド〉を使わずとも、肉眼で千眼孔雀が良く見える距離にまで近付いてくる。羽根ばかりに注目していたが、本体も真っ赤な羽毛をしていているので目立つな。孔雀は青い羽毛だった気がするが、火属性だから赤になっているだろう。
木陰から様子を伺い、通り過ぎるのを待つ。
しかし、5羽が縦隊列で飛んで行く中、後ろの2羽が「キーオウ、キーオウ」と鳴き声を上げると、魔法陣を展開した。
「見つかった! 皆、走れ! 木から離れるんだ!」
長い尾羽の下に付いている眼から、小さく赤い魔法陣を5つずつ展開される。そして、5秒程度で急速充填すると〈ファイアーボール〉を真下に向かって撃ち下ろされるのだった。
予想以上に魔法の展開が早い!
後続の2羽だけでも5発ずつ、計10発が林に向かって放たれる。勿論、引火しやすい紅葉した木に火球が当たれば、炎上するのは早い。俺達はまたしても火事に追われるようにして、その場を離れた。
少し移動して、林の切れ目まで避難する。火事現場に居ては、火に巻かれる危険性だけでなく、リビングメイルが寄ってくるからな。ただし、空を飛ぶ千眼孔雀は、旋回して俺達を追って来ていた。
それに対し、ソフィアリーセが魔法陣を掲げる。
「休憩中なのに、野暮な鳥ね! 〈魔攻の増印〉!〈メイルシュトローム〉!」
縦一列の内、前を飛ぶ2羽が水の結界に囚われた。後続の3羽は、結界を避けて飛んでくる。縦に並んでいたせいで、巻き込み難い様だ。向こうも尾羽の眼に魔法陣を展開している。あいつ等は、〈ファイアーボール〉を下に撃つ爆撃機みたいな物なので、真下に居なければ良い……まぁ、その前に撃ち落とすけどな。
「〈ダウンバースト〉!
……〈ダウンバースト〉!」
強い下降気流で飛んでいる敵を叩き落す魔法であるが、こっちも2羽を巻き込むのが精一杯である。連続で2回使用して3羽を叩き落した。
俺が魔法を使う内に、アタッカー役のルティルトさんとレスミアが前に出ている。飛んでくる関係上、後に落とした1羽に先に辿り着き……レスミアが剣を一閃し、倒れた孔雀の首を切り落とした。
「やりました! 結構、柔らかいです!」
「後、2羽だ! 右のを貰うぞ〈ランスチャージ〉!」
ルティルトさんがハルバードを構えて突撃する。それにレスミアも後に続いた。
しかし、先に落ちた2羽は、落下した状態から復帰している。立ち上がり、その飾り羽を雄々しく展開した。
直径2mの扇状に開かれた羽……その1本1本の先にダイヤ型の目玉が付いている。ぱっと見では数は分からないが、千よりは少ないはず。ただ、多数の眼に凝視されるのは心地良い物では無い。
その眼全てに小さな光が灯り、瞬き始め……2人の攻撃が届く前に、多数の眼が閃光を放った。
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