第587話 地底湖キャンプ場の夜

 先導したルティルトさんが、テントの入口を空けてくれる。中を見回した彼女は掛け布団を捲り、ベッドに寝かせるよう指示した。

 柔らかいベッドに下ろし、寝顔を少し堪能してから離れる。直ぐに掛け布団が掛けられるが、装備品の『氷華花咲くロングテールドレス』のままなのが気になった。結界まで準備してあるのだから、眠り易いようにパジャマとかに着替えさせた方が良いのではないだろうか?

 そんな疑問をルティルトさんに投げ掛けると、年下を揶揄うようにクスリと笑われた。


「フフッ、若い男の子は仕方が無いな。

 ナイトウエアの寝姿を見たい気持ちは分からんでもないが、それは結婚後の話だ。我慢なさい」

「いや、そうではなく、純粋な疑問ですよ。結界を張れば安全ですよね? なら、疲れが取れ易いようにパジャマに着替えた方がと思っただけです……まぁ、見たい気持ちが無い訳でもないですけど」


「フフフッ、ダンジョンを攻略して、学園を卒業して……結婚するまで1年くらいは我慢だな。その為のミーアなのだから、あちらに甘えなさい。

 それと、結界があっても、テントごと破壊されては意味がない。緊急事態を見据えて、装備品のまま眠るのは常識だぞ。無論、ソフィのドレス装備も装飾部分を外せば、多少は眠り易くなるように作られている。これも、ミーアは知っているだろうから、そっちに聞くと良い」


 因みに、学園のダンジョン講習でも宿泊実習があるらしい。30層ボス部屋後の休憩所に、寝袋を持ち込んで泊まるそうだ。勿論、普段ベッド以外で寝た事が無いお嬢様には大変不評である。ただし、アイテムボックス持ちやアイテムカバンがあっても、その容量には限りがある。ダンジョン内に持ち込む宿泊道具はテントと寝袋が精々なので、深層を目指す子は慣れるようにするそうだ。

 なので、お貴族様でもベッドごと持ち込むのはレアケースらしい。


「管理ダンジョンの近くに宿舎を建てるから、通常階層はベッドで寝られるけどね。広いフィールド階層でもベッドを使えるとは思わなかったわ。その点は感謝しているよ。ソフィの疲れも取れるでしょう。

 ……さて、私もこのまま休むわ。見張りはお願いね」

「ええ、俺とヴァルトが交代で夜番をしますから、朝までゆっくり休んで下さい。

 それじゃ、おやすみなさい」


 俺がテントから出ると、入口の内側から紐で縛られて戸締りがされる。そして、隙間から見える内側に、淡い色の結界が張られるのを確認した。これで男は入れなくなる。用がある時は、レスミアに頼んで起こしてもらうしかない。




 ベルンヴァルトと2人で残りのテントを設置した。ソフィアリーセのテントの横に少し距離を置いて女性用の4人テント、更に距離を置いて男用の6人テントである。ソフィアリーセのテントと男用のテントの見た目が一緒でも、これだけ離せば寝ぼけて間違える事もないだろう。

 中にマットレスと布団を置き、ベッドサイドに小さなテーブルと水差し、コップ、お菓子を準備しておく。うん、ソフィアリーセのテントと比べると質素に見えてしまうが、十分だよな?


 それらの準備を終えてから、レスミア達の元へ戻る。すると、夕飯は食べ終えたようで、デザートを食べている所であった。それは、スタミナッツを使ったキャラメルナッツタルトである。ナールング商会から仕入れたスタミナッツをふんだんに使ったケーキであり、スタミナ回復の為に作られた高カロリーな一品だ。



【食品】【名称:環金柑とナッツの塩キャラメルタルト】【レア度:C】

・甘く煮詰めた環金柑と、カリッとするまでオーブンで焼いたスタミナッツをキャラメルでソテーし、タルト生地に敷き詰めたケーキ。薄っすらと振り掛けられたブルーロックソルトの塩味、環金柑の甘酸っぱさ、キャラメルのとろっとした甘さ、ほろ苦いナッツが加わった複雑な風味の味は大人に人気。ただし、カロリーも非常に高いので、食べる量には注意しよう。

・バフ効果:状態異常緩和 小、スタミナ自然回復量中アップ

・効果時間:20分



 ブルーロックソルトを使った新しいお菓子として、レスミアとベアトリスちゃんが考案した新商品である。ただ、スタミナッツはカロリーが高いので、市販品は普通のナッツを使うらしい。

 道中の小休止にも食べようとしたのだが、周囲の気温が高過ぎてキャラメルが直ぐに蕩けてしまったので、一度お預けにしてしまったのだよな。ここの休憩所は涼しくて助かった。


 ただ、一番楽しみにしていた筈のフィオーレは、食べながらも大欠伸をしている。口の中の物を飲み込んでから、欠伸しろと注意をしたくなるが、疲れているのが見て取れるので先に寝るよう促した。


「フィオーレ、テントは準備してきたから、もう寝なよ。デザートは明日起きてからでも良いだろ?」

「くぁぁぁぁ……んー、これだけ食べてく~」

「あはは、まぁスタミナッツを食べてから寝た方が、体力は回復すると思いますよ。

 私もフィオと一緒に寝ますけど、早めに起きて夜番を交代しましょうか?

 勿論、明日の朝ご飯は、私が作りますからね」

「いや、ヴァルトと交代で見張り番をするから、女性陣はゆっくり休んでくれ。朝ご飯も、簡単な物で良いからね?

 なんなら、ストレージの料理で十分なんだから」

「私が作りたいんですよ~。時間が止まるストレージと分かっていても、やっぱり作り立てが良いじゃないですか」


 今日は疲れているので、ストレージの作り置きで夕飯にしたのだが、レスミア的には作りたかったようだ。食事を終えた彼女はテーブルの上を片付けて〈ライトクリーニング〉で後始末をしてくれた。ウチでは皿洗いの仕事は無くなり、〈ライトクリーニング〉で浄化するのがもっぱらである。

 半分寝ているフィオーレが食べ終わると、レスミアはフラフラ歩く彼女を引っ張ってテントへと連れて行った。



 それから30分程、ベルンヴァルトと焚火を囲ってキャンプ飯を楽しんだ。やっぱり、このシチュエーションならアドラシャフト牧場のソーセージの直火焼きは外せない。洞窟内ではあるが、ダンジョンの休憩所なだけあって、空調も完備されているようだ。天井に上がった煙は、天井の穴から排出されているようなのである。よって、香ばしい煙に誘われてフィオーレが起きて来る事も無い。

 女性陣が寝てしまった後に、男二人でジャンクな物を食べるのも、ちょっとだけ背徳感があって良いな。レスミアの料理はバランスが取れていて美味しいが、偶にこういうのが食べたくなる。

 ベルンヴァルトも美味い摘まみが出ては、酒が進んでいた。控えめにするとは、何だったのか。まぁ、美味いのでしょうがない。

 俺も1杯だけ付き合って飲み交わす。そして、散々食べ散らかしたベルンヴァルトは、満足そうに腹を擦ると立ち上がって伸びをした。


「そろそろ、俺も寝るわ。適当な時間に起こしてくれよ」

「ああ、お休み。夜半過ぎには交代を頼むな。

 ……あっ、テント間違えるなよ! 手前の方だぞ」

「分かってるわい! お嬢様のテントと間違えた日にゃ、ランク8魔法で処刑されそうだぜ」


 そう言って笑いながら、手前のテントに入って行った。

 まぁ、男子禁制の結界があるので入れないから、流石に処刑までは行かないと思うけどな。



 一人になってからも、暇つぶしの作業には事欠かない。火山フィールドで〈詳細鑑定〉した情報のまとめや、銀カード等の量産もある。〈敵影表示〉があるから、他のパーティーが近付いてこれば、直ぐに分かるので、他事をしていても大丈夫なのだ。

 おっと、そう言えば、気になっていた採取物があったな……いやいや、精力剤なほうれん草じゃないぞ。こんなキャンプしている中で下半身を強化する程、性に乱れてはいない。

 野菜ではなく、採取地に少量だけ実っていたプラスベリーの方だ。真っ赤に色んだ普通のラズベリーに見えるが、歴としたダンジョン作物である。



【素材】【名称:プラスベリー】【レア度:C】

・属性を蓄えるラズベリー。食べると蓄えていた属性への抵抗力を得る。周辺の影響を受け、蓄えた属性により色と味が変化する。

 この実は火属性を非常に多く蓄えている。

【火属性】【熟成100%】


 ランドマイス村だと紫色のプラスベリー(雷属性)、ヴィントシャフトの第2ダンジョン(第1の低層も)だと、緑色のプラスベリー(風属性)だったが、ここの火山だと火属性になるようだ。43層のせいか、レア度も相応に高くなっている。

 そう言えば、パターン的には雪山フィールドで白い氷属性のプラスベリーが生っていても良いだろうに無かったな。寒さでベリーが実る環境じゃなかったのかも? いや、火山で実るのも大概だけど。

 ともあれ、摘まみ食いしていたフィオーレが、少しの間だけ元気を取り戻していた気がしたのだ。最初は甘い物を食べたせいだと思っていたが、資料にまとめている時に『属性への抵抗力を得る』なんて鑑定文に記載されていた事に気付いたのである。

 それならば、バフ料理にすると火耐性が付くかもしれない。レッツクッキング!


 まぁ、現状(キャンプ地)では大した事は出来ないけどな。先日レスミアと一緒に料理した方法で良いか。

 『氷結樹の実と蜜リンゴのジュース』を作った方法を真似て、片手鍋にプラスベリー(赤)と砂糖水を入れて煮込む事にした。加熱するのは屋台で使った携帯魔導コンロがあるので簡単だ。焚火だと火加減が面倒くさいし、煤で鍋が黒くなってしまうからな。〈ライトクリーニング〉で浄化は出来るけど。

 軽く煮込み、水に色移りしてから軽く潰す。後は布で濾してから、似出した果汁をジュースに混ぜてみた。



【食品】【名称:氷結樹の実とプラスベリーのジュース】【レア度:C】

・ハスカップの変異種である氷結樹の実と、赤いプラスベリーから煮出したジュース。煮込んだことにより、身体を冷やす効果は無くなったが、さっぱりとした甘さで飲みやすい。隠し味としてブルーロックソルトが入っており、運動等で汗をかいた後の水分補給に最適である。

・バフ効果:知力値小アップ、精神力小アップ、火耐性中アップ

・効果時間:30分



 実験は成功だ!

 火耐性が中アップになるとは思わなかったが、プラスベリーのレア度が上がったせいか、ブルーロックソルトの効果で強化されたのかね?

 飲んでみると、ラズベリーの甘さが加わってジュースっぽさが増していた。うん、すっきり感は薄れたが飲みやすいのには変わりがない。悪くはないと思う。明日の朝にでもレスミアに味見をしてもらってから、混ぜる分量を決めた方が良いな。フリッシュドリンクによる身体を冷やす効果と、ジュールの火耐性、相乗効果があると良いのだが。


 収穫したプラスベリーの内、小さい採取袋1つ分を煮出しておいた。鍋ごと雪で覆って冷やして置き、搾りカスは〈フォースドライング〉で乾燥させて、〈パウダープロセス〉でベリー粉末に加工する。適当に、ヨーグルトに振りかけてみたが、予想以上に美味しかった。乾燥させた事で、ラズベリーの味が強くなった気がする。朝食に出したら、喜ぶかな。

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