第586話 地底湖の休憩所

 33層の燃える生垣の森を進む。この階層は探索者が介在しなくとも、勝手に火事になるのが厄介だ。

 火事が起こると魔物が寄ってくる習性があるので、魔物を倒し火事を消して強行突破するか、迂回するか選択を迫られる。生垣が横に長いと迂回するのにも時間が掛かるし、歩く距離も増えるので、女性陣の体力を考えたら強行突破する方が良い。しかし、炎の中に隠れていたり、ホバーダッシュで寄って来たりして2、3パーティー分が群がってくるのも考えものだ。時間を掛けると、火災に寄ってくる増援が面倒なのである。


 更に、この階層は休憩所の質が低いのも問題だ。先の採取地のように、森の切れ目に『安息の石灯籠』が設置されており、魔物を寄せ付けない休憩所になっている。大抵は植物系の採取物も周囲に生えているので、水筒竹やプラスベリー(実っている数は少なめ)で水分補給が出来るのだ。

 ただし、気温は暑いまま。雪山フィールドでは気温を上げてくれるザゼンソウが生えていて、少しは快適な空間になっていたのだが、火山フィールドはそんな気遣いは無い。むしろ、地面も暑いので直に座ると、岩盤浴状態である。椅子やテーブルをストレージから取り出して休憩するのだった。


 ただ、それでも暑い。打ち水代わりに〈アクアウォール〉を貼ってみたところ、最初は冷たくて好評だったのだが、10分もしないうちに温くなってしまう。文字通り焼け石に水である。水壁を解除すれば、周囲に水を巻き散らすので打ち水となったが、今度は蒸し暑さが加わってしまう。

 冷たく冷やした『氷結樹の実と蜜リンゴのジュース』を大量に準備しておいて、本当に良かった。この暑い環境の中で昼食を取ったところ、ソフィアリーセの食欲が減退気味だったからである。レスミアが作っておいてくれた、トマトの冷製スープとジュースで何とか持ち直したのだった。




 午後も小休止を小まめに取りつつ歩みを進めたところ、夕方には宿泊予定の休憩所に辿り着いた。

 33層の丁度真ん中付近、山に差し掛かる辺りである。ここまで来ると、周囲に生えていた木々は少なくなっており、代わりに地面の傾斜が大きくなり始める。ここからは山登りになって行くのだ。その手前に休憩所があるのは、ダンジョンの温情だな。ここで休憩して、山登りに備えろと言う事なのだろう。


 場所は山裾を少し回ったところにある洞窟である。雪山の坑道みたいに狭くはなく、ベルンヴァルトでも歩いて通れる大きな洞窟を降りると、どんどんと気温が下がって行く。


「は~、涼し~」

「本当に、生き返るわね」

「あっ! 水の音がする! ……わぁ! 池があるよっ!」


 先頭を歩いていたフィオーレが、洞窟の底の広場に入って行くと、声を弾ませた。そこは、ドーム状の広い空間だった。天井にはヒカリゴケが生えているのか、薄暗い程度の明かりがある。そして、3分の1くらいが地底湖……緩い流れがあるから川かな?になっている。丸い部屋に沿った三日月状の川は、上流下流それぞれに穴が空いており、水が流入流出しているようだ。穴に石の格子が付いているのは、進入禁止だからだろう。


「冷たくて、気持ち良い~! 皆も来なよ!」


 フィオーレは既に外套とブーツ、武器、ポーチ等をぽいぽい脱ぎ捨てて身軽になると、川に飛び込んでいた。奥に行くほど深くなっているようだが、手前の方なら浅い様だ。腰くらいまで水に浸かり、こちらに向かって手を振っている。

 まぁ、服のまま飛び込んでも、後で〈ライトクリーニング〉すれば水分を浄化して乾かす事は出来るから別段構わない。ただ、同じ真似をお嬢様達が出来るかと言うと……レスミアを含めた3人は顔を見合わせた後に、俺の方へと顔を向けた。


「ザックスとヴァルトは、外で見張りを頼むわね」

「一応釘を刺しておくが、覗きなどするんじゃないぞ」

「なるべく、手早く水浴びしますから、お願いしますね」


 1日歩き通しだったので、水浴びしたいのは女性として必然だろう。俺は了承して返し、川の畔に休憩スペースを作っておいた。テーブルや椅子だけでなく、身体を拭くタオルや来客用のバスローブ、各々から預かっている着替えの衣装箱等々。おっと、休憩用のジュースとお菓子も出しておく。


「それじゃ、俺とヴァルトは洞窟の真ん中くらいで休憩するから、ごゆっくりどうぞ。何か足りない物が有ったら、取りに来るか大声で呼んでくれ。

 ヴァルト、冷たい酒でも出すよ。何が良い?」

「おっ! 良いのか?! それなら、キンキンに冷やしたエールを頼むぜ!」


 入口の洞窟を半分くらい戻り、ある程度平坦な部分にテーブルと椅子を出して陣取る事にした。下の休憩所には他のパーティーは居なかったが、万が一水浴びをしている所に乱入されては不味いからな。言付け通り、見張りをしておくのが吉である。ついでに、ここなら外に出るより多少は涼しい。俺もブラストナックルを外して休憩タイムにしよう。


 ベルンヴァルトも水浴びをしたいだろうけど、どうせ酒の方が優先順位は高いと思う。〈ライトクリーニング〉を掛けて、互いに身綺麗にしてから酒樽を取り出す。冷蔵庫に入るサイズではないので、冬の夜に外に出しっぱなしにして冷やしてある。キンキンまでは行ってないかもしれないが、道中の温度差を考えれば十分に冷たい。温くならないように、雪山フィールドで採取した雪の塊を樽の上に置いておけば、見た目にも涼しい。

 早速、ジョッキになみなみと注いだベルンヴァルトは、旨そうに一気飲みをするのだった。


「……かーっ!美味い!! 

 暑い中を1日歩いた甲斐があったぜ!

 お代わりを……って、すまん。リーダーも乾杯しようぜ!」

「あー、そうだな。一杯だけ乾杯しようか

 ……今日1日、お疲れ様!」


 俺も自分の星泡のワイングラスにエールを注いでもらい、炭酸を充填してから乾杯した。こっちのエールは酸味があってフルーティーな香りで飲みやすいのだが、炭酸が弱いのが気になる。その為、炭酸を充填してやると美味しくなる……個人の嗜好だけどな。

 ベルンヴァルトもジョッキを一気飲みし、3杯目を注ぐついでに俺のグラスにも淹れてくれようとしたので、固辞しておいた。今晩はこのまま夜番をするつもりなので、酒を沢山飲んでしまっては寝てしまうからな。特に女性陣は疲れているので、体力を回復させるためにも寝かせてあげたいのだ。

 ついでに、一人だけブラストナックルで暑さを無効化している後ろめたさがある。これくらいの雑務は俺がやっておくべきだろう。そんな考えを話すと、ベルンヴァルトは理解を示しながらも、俺の肩を叩いた。


「指揮に索敵、魔法、採取とリーダーとしちゃ、頑張り過ぎな気もするがな。

 まぁ、お嬢様が大分疲れているのは分かる。長めに休ませてやらんと、明日に響くからな。

 ……しゃーねぇ、こういうのは男がやるべきか。俺達が交代で見張りするとしようぜ。

 酒も控えめにせんとな」


 こういう時、ベルンヴァルトは頼りになる。ただ、その後の行動は不可解だった。

 酒樽の上に置いた雪を一掴みし、握り締めて固めるとジョッキに入れたのである。そして、3杯目を注ぐと、又も一気飲みした。

 ……いや、控えめにって言った側から、なんで飲むのだろう?

 そんな疑問を返すと、馬鹿笑いが帰って来た。


「はっはっはっ! エールくらいじゃ酔っぱらう訳ねぇが、酔い覚ましに雪入れときゃ大丈夫だろ!

 ……ああ、こっちじゃやらねぇのか? 冬場に酔っ払い過ぎた時は、酒に氷柱や固めた雪を入れて飲むんだぜ。火照った身体を冷やしつつ、酒も薄くなるってな。

 味が薄くなるし炭酸も弱くなるが、これはこれですっきり飲めて良いんだぜ」


 蒸留酒をロックで飲むのは聞いた事があるが、エール(ビール)に氷とか聞いた事が無い。確かに理屈としてはアルコールが薄くなるが、そもそもチェイサーとして水を飲んだ方が良いのではないか?なんて返すと、「只の水なんて飲んでもつまらんだろ」と、言い返された。つくづく、酒好きな種族らしい。


 っと、こんなやり取りをしている合間にも、ガンガン飲んでしまっている。摘まみになりそうな肉料理をストレージから取り出して、食べさせるのだった。




 ベルンヴァルトの新居相談や惚気話を受ける事、1時間。ようやく水浴びが終わったようで、レスミアが呼びに来てくれた。ああ、勿論バスローブ姿ではなく、ダンジョン用のドレス姿である。休憩所とはいえ、ラフ過ぎる格好も不味いからな。〈ライトクリーニング〉で浄化した後に、着替え直したのだろう。

 休憩所の洞窟内に戻ると、用意していたテーブルにフィオーレが突っ伏している。更に、ソフィアリーセは両肘をテーブルに突いて、祈りを捧げていた……と思ったが、首がガクッと揺れる。隣に座るルティルトさんが苦笑しながら、肩に手を回して抱き寄せた。ルティルトさんはドレスアーマーの金属部分だけ外している。こうして見ると、このまま夜会に出れそうなドレスだな。露出は少ないが。


「水浴びをした事で、緊張の糸が切れたのよ。1日歩き通しで、限界だったのでしょうね。

 ザックス、私達のテントを先に設営してもらえる? ソフィを先に寝かせたいわ」

「了解です。一番奥で良いですか?」


 テントを張る位置を軽く相談していると、突然フィオーレが起き上がる。経験上「お腹空いた」とでも言うのかと思いきや、ジョブの変更を頼まれた。


「お腹も空いているけど、楽師のお仕事もしないとね~。〈癒しのエチュード〉を弾いて、明日に疲れが残り難くするから、ジョブ入れ替えて。後、お腹空いたから、ギターを弾きながら食べられる物も出してよ」

「ほいほいっと、ジョブは入れ替えたけど、ギターを弾きながらは食べるのは無理だろ?」

「ミーアに食べさせて貰う~」

「それくらい良いですよ。ザックス様、適当に軽食を出し「がっつりした料理の方が良いな~」」


 フィオーレがギターを〈小道具倉庫〉から取り出して、弾き始める。しょうがないので、串焼きをメインにテーブルに料理を並べると、レスミアが甲斐甲斐しくも食べさせ始めるのだった。


 ちょっと羨ましいが、〈癒しのエチュード〉で自然回復力を高めてくれるのは助かる。うん、ほんの少しだけ嫉妬心が疼いたが、俺もテント張りの仕事を優先した。



 ソフィアリーセ達のテントは、騎士団で使っている大き目の6人用である。うん、俺とベルンヴァルトが使っている物と同じテントの様だ。貴族なら豪華な見た目かと思いきや、貴人が寝泊まりしているとバレバレになるもの不味いらしい。万が一、強盗が居たら格好の的だからな。その為、テントの外見は他と同じにしてあるそうだ。


 ただし、内側は豪華仕様である。テントの内側には防刃使用の布が張られていたり、破れると防犯ベルが鳴る魔道具が有ったり、そもそも男が入れない結界の魔道具も用意されていた。

 それに、貴族仕様のふかふか寝具一式(ベッドも木枠付き)とか羨ましい。俺もアドラシャフトのコネで良い物を買った筈なのだが、それよりもワンランク上と感じる程である。その他、マルガネーテさんから預かったチェストや、木箱等を全て置いておく。着替えも入っているから、不用意に開けたりはしない。


 一通り準備してからルティルトさんに伝えに行くと、ソフィアリーセをお姫様抱っこで運ぶよう指示される。


「ええと、心の準備が出来てからって言われたような覚えがありますけど?」

「良いのよ、どうせ寝ているんだから覚えていないわ。それに、貴方もこれくらいの役得は嬉しいわよね?」


 俺も男なので、嬉しくない筈がない。それに、レスミアと比べると抱き心地も違うし。いや、どっちも良いけどね。女の子の柔らかい身体は触っていて癖になる。ソフィアリーセは軽過ぎる気もするが。

 ……いやいや、レスミアさんが重いとは言っていませんよ!

 ソフィアリーセを抱えたところでレスミアと目が合い、責められた気がした。取り敢えず、誤解だと首を振っておいたが、〈青き宝珠の団結〉無しでどこまで通じたのやら。かと言って、〈青き宝珠の団結〉を使って邪な事を考えて伝わるのも怖い。

 取り敢えず、無心になって運ぶのだった。

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