第585話 赤い野菜の効能

 火山フィールド、その前座である33層の燃える森林を進んでいると、森の開けた場所を発見した。そこは赤茶けた地面ではなく、植物が色々生えている。真っ赤なほうれん草に、同じく赤い葉をした細長い植物、赤いベリー、赤いピーマン……ではなくゴーストペッパー等々。赤くないのは水筒竹くらいなものか。

 そう、ここは〈サーチ・ストックポット〉で反応の合った採取地である。フィールド階層は色んな所に採取物が生えているものだが、ここは結構広めの畑である。もしかすると、所々で火事が起こるものだから採取物も巻き込まれて消滅→火事の起き難い場所に纏まって生え変わっているのかも知れない。

 ついでに、畑らしく案山子も5体設置されている……真っ黒な鎧のリビング案山子である。この階層では、初めて溶鉱炉亀を装備していない、ノーマルリビングメイルだった。

 ただし、畑を守っている訳ではなさそう。俺達が戦闘準備を整えてから接近すると動き出し、地面に生えている植物を蹴散らしながら向かって来たからである。

 この事態に、レスミアが悲痛な声を上げた。


「あーーーっ! お野菜っぽいのが……許せません!」

「皆、少し下がって、採取地の外に出るぞ!」


 リビングメイルとの直線状にある物はしょうがないと判断し、採取物を戦闘に巻き込まないよう後ろに下がった。そして、ベルンヴァルトが〈ヘイトリアクション〉で敵を集め、密集したところでソフィアリーセが魔法を放つ。


「わたくしに任せなさい! 〈メイルシュトローム〉!」

「もう一匹の、動きを止めます! 弱点は右肩!」


 4体のリビングメイルが水の結界に捕らわれた。これで残るは1体のみ。ただこれも、リビングメイルの所業に怒りを見せたレスミアが、アダマンハンマー(劣)で攻撃した事であっさりと終わった。

 リビングメイルには〈不意打ち〉が効き難いので、魔法生物の動きを阻害するアダマンハンマー役を任せてみたのである。阻害役なので強く叩く必要は無く、元々器用なレスミアだったので、カンコンカンと各部を叩いて動きを止めくれる。そのついでに〈狩の本能〉で弱点のコアの場所を探り当てて伝えてくれるので、俺とルティルトさんのミスリル武器でバラして終わった。



 〈メイルシュトローム〉でバラバラに捩じ切られた鎧が散乱する。それらがドロップ品に変わる前に、レスミアは荒らされた畑へと駆け寄った。新しい食材を楽しみにしていたからな。これはしょうがない。

 俺達もドロップ品を回収してから畑の中に入ると、レスミアは土から引き抜いた赤い野菜を掲げて見せてくれる。


「倒れた野菜は生姜だったので、セーフでした! 可食部は根ですからね……それにしても、話に聞いていた通り、真っ赤ですよ~」


 レスミアの持っていた生姜は、紅しょうがでもないのに、真っ赤な色をしていた。



【素材】【名称:イングヴァルム】【レア度:C】

・火山の火のマナで変質した生姜の亜種。地面の下で大きく育つ根茎は、火のマナを蓄えて真っ赤な色をしており、食べると血行促進すると共に火のマナを循環させて、燃え上がる様に体温を上げる。そのまま料理に使っても、冷え性を改善する程の効果はあるが、その分体力も消耗するので注意が必要。特に、夜に食べると暑くて寝られなくなってしまう。素人が料理に使うのは止めておこう。

 乾燥させると身体を温める以外にも滋養強壮、整腸健胃作用がある為、薬として調合材料にされることが多い。

【火属性】【熟成100%】



 確か、紅しょうがの赤は梅酢に漬けた色だったかな? こっちのイングヴァルムの色は、火属性の赤色の様なので別物である。ついでに、食べられなくもないけど、寝られなくなるとか効果が強すぎるのかね?

 そして、薬の材料と言うところで、ピンッと来た。雪山では必須だった薬品『ヴァルムドリンク』の材料に名前が入っていた。


【薬品】【名称:ヴァルムドリンク】【レア度:C】

・火属性で強化された生姜が主成分の飲み物。体を温め、状態異常の凍結を防ぐ。飲んだ量によって効果時間が長くなるが、飲み過ぎると発熱量も高くなるので注意。

・錬金術で作成(レシピ:ゴーストペッパー+水筒竹+踊りエノキ+イングヴァルム)


 『火属性で強化された生姜』とは、イングヴァルムの事か。踊りエノキで効果をアップさせて、長時間身体を温めるように調合されているのだろう。要はトウガラシと生姜のスープの様である。ヴァルムドリンク自体が、あんまり美味しくない訳だな。

 そんな解説をレスミアに聞かせると、肩を落としてがっかりした。


「薬の材料って……あ~、貴族街のお店でも見かけないのは、その為ですか」

「多分な。買い取り所とかに売られた物は、錬金術師協会経由で錬金工房へ流れているのかも?

 確か、ヴァルムドリンクのレシピを勧められた時に、材料も売っているような事を言っていた覚えがあるよ」

「普通にジンジャーティーとか、ジンジャーブレッドに少し使うくらい駄目なのかなぁ?

 生姜の肉巻きみたいに、丸ごと食べなければ大丈夫かも知れませんし……マルガネーテさんに相談してみようかな?」


 生姜の肉巻きなんて初めて聞く料理だが、アスパラベーコンみたいな感じに、若く細い生姜に肉(豚肉や牛肉)を巻いて焼いた料理らしい。ちょっと気になる料理ではあるが、生姜の旬は秋なので来年にでも作って貰おう。


「そういえば、もう一つの赤いほうれん草も売っていないのですよね。こっちも何か理由があるのかなぁ。

 ……えいっ、見た目は赤いだけで、葉っぱは普通のほうれん草ですよ? 〈詳細鑑定〉!」


 隣の畑に行き、赤いほうれん草を引き抜いたレスミアは、ポーチから銀のカードを取り出すと〈詳細鑑定〉を使用した。

 俺もほうれん草畑に向かい、〈詳細鑑定〉を使おうとしたところ、レスミアが赤いほうれん草を取り落とした。丁度、手が届く範囲だったので、地面に落ちる前にキャッチする。「どうかしたのか?」と声を掛けて、顔を覗き込むと……レスミアは俺と目が合った瞬間に頬を赤く染めてしまった。何故か恥ずかしながらほうれん草を取り上げると、俺の横をすり抜けて駆けて行く。その先には、扇子で口元を隠すソフィアリーセと、苦笑いをするルティルトさんが居る。

 レスミアは、その2人にほうれん草を見せて詰め寄った。


「お二人共、もしかしてムスケルナートの事を知っていたんじゃないですか?

 それなら、教えて下さいよ。私、今晩の夕飯にするとか言っちゃったじゃないですか! 使いませんよ!」

「うふふ、ごめんなさいね。乙女のわたくしからは、言い難くて」

「その点はミーアの方が大人であるかなぁ。私も母から教わった事であるし、側使えの噂話でも聞いた事があるから、知ってはいたよ。『旦那の元気が無い時は、夕飯に出す』とか、『最中に元気にするには薬品の方が良い』とか……」


 途中から声が小さくなったので、聞こえたのはここまであるが、何となく察しは付いた。俺も足元に実っている赤いほうれん草に〈詳細鑑定〉を掛ける。



【素材】【名称:ムスケルナート】【レア度:C】

・火山の火のマナで強化されたほうれん草の亜種。特に栄養面が強化されており、元気の無い者が食べると元気を取り戻す。食べた者の精力も上げる為、円満な夫婦生活には持ってこいの野菜である。

 ただし、外見が赤ければ赤いほど、普通のほうれん草よりもアクが強く食べ難い。この時、えぐみは抜かないように調理した方が、効果が高くなる。これは、子供が苦手な味であり、適正年齢未満が誤って食べないようになっている。大人の味。

【火属性】【熟成100%】



 ……ああ、うん。実は知っていた。

 ルティルトさんが話していた内容は生々しいな。今のところ必要としていないが、後々必要になるだろうし、一般販売していないのも納得だ。こんなのを八百屋で売って居たら、気まずいなんてものじゃない。山芋やオクラ、ウナギを買い込むよりも、直接的に精力剤を買うようなものだ。


 そして、なぜ俺が知っているかと言うと、白銀にゃんこで販売している薬品に入っているからである。結構、売れ筋商品なのだ。

 

【薬品】【名称:ムスケルナート精力剤】【レア度:C】

・栄養豊富なムスケルナートとカロリー満点なスタミナッツを、踊りなめこの粘液で強化した薬品。疲れ切った身体への栄養補給に、頑張りたい夜に飲むと効果抜群。一晩中、頑張れる。ただ、飲み過ぎには注意。

・錬金術で作成(レシピ:ムスケルナート+踊りなめこ+スタミナッツ+薬瓶)


 最初に錬金術師協会に行った時に、売れ筋だと進められてレシピを購入したのである。うん、赤いほうれん草なムスケルナートも、錬金術師協会の素材販売カウンターでまとめ買いしているし、調合にも何度も使っているのだった。(419話、428話)

 購入した分は全て精力剤に調合して売っている為、赤いほうれん草なムスケルナートをレスミアに使わせた事はない。実物は見せていないし、錬金術師協会で購入したのも一月以上前の話なので、レスミアは忘れていたのだろう。


 そのうえ、皆の前で『沢山採れたら、今日のお夕飯にしましょう。リクエストが有ったら受け付けますよ~』と話をされて、止めようがなかったとも言う。うん、ムスケルナートの効能を知っていたら、恥ずかしくて言えないセリフだ。ウチのパーティーはそこまで乱れてはいない。


 取り敢えず、貴重な野菜である事には変わりがない。〈自動収穫〉で全部収穫する事にした。ちょっとだけ、後ろの女性陣(フィオーレを除く)の声がキャッキャと盛り上がっているのが気になるし、視線を向けられている気がしたが、気にしない。物がどうあれ、調合に必要な素材を収穫しているだけだからな。

 そんな言い訳を考えつつ作業を続けた。


 ああ、赤いプラスベリーを摘まみ食いしているフィオーレや、水筒竹(酒に変異)を収穫するベルンヴァルトは呑気で羨ましい。

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