第583話 自動発火装置な火精樹の実

 最初の壁であるフレイムロビンの生垣は横に燃え広がって行った。他の木は燃え移らない程度に枝葉が離れているので大火事になる事は無いが、生垣の下に隠れていた溶鉱炉亀の群は他にも居た。〈敵影表示〉の範囲ギリギリくらいには遠かったので、無視して先に進む事にする……筈だったが、火山方向へと歩き始めて5分もしないうちに、ノロノロと歩く5匹の溶鉱炉亀を発見してしまう。どうやら進行方向的に、先程の火事現場を目指しているようだ。『火の中を好む』なんて鑑定文に書いてあった通り、火のある所に寄って行く習性があるのだろう。 生垣の所に隠れているのも、このせいかも知れないな。

 炎上する生垣に群がる→鎮火した後に地面に隠れる→ダンジョンの再生機構で生垣が復活。こんな感じかね?


 ともあれ、向こうは俺達に気が付いていないようだ。横合いからこっそりと近付き、1戦目で充填が間に合わなかった(そのまま充填待機)ソフィアリーセの魔法で、不意打ちを仕掛けた。


「〈魔攻の増印〉! 〈メイルシュトローム〉!」


 群れで行進していた溶鉱炉亀達は、まとめて水の結界に捕らわれてしまう。水に閉じ込められると脚と頭を引っ込めていたが、属性ダメージが入ったのか直ぐに頭が出て来た。この時点で〈敵影感知〉の反応が消えたので、倒してしまったようだ。流石はランク8、強い。

 結界の中は、渦の力で頭と脚が捩じ切れて真っ赤に染まっていたので、ちょっとグロいがな。

 一撃必殺な結果に満足したのか、ソフィアリーセは銀扇を広げて口元を隠す。


「ふふふ、この階層でもランク8なら楽勝の様ね。〈メイルシュトローム〉を常に充填させておきましょう」

「助かるけど、MP消費も大きいから無理しないようにな。俺も魔法は使えるのだし、マナグミキルシュも沢山作ってあるから、早め早めに回復しよう」


 ついでに言うと、マナグミキルシュは甘いので疲労回復にもなる。1日歩かなくてはならないので、ぴったりなお菓子であろう。ソフィアリーセに、MPバーの減り量を聞き「2、3回ランク8を使ったら1個食べようか」と決めながら先に進んだ。



 この階層の目的地は正面奥の火山……その麓の洞窟である。それまでは、緩やかな傾斜の森の中を歩いて行くのだ。その行く手を阻むように生えている生垣は、大小様々な長さで生えており、迂回するか破壊して進まなければならない。

 15分ほど歩くと、2個目の生垣に到着したが、10mくらいしか横幅がなかったので簡単に迂回できた。ただし、ここにも溶鉱炉亀が埋まっていた。地雷かな?


 更に30分程ほど歩いた先の3個目の生垣は、端が見えない程の長さだったので、破壊して突破する。ここでは、火消しの雉翼扇チヨクセンをランク0魔法〈ウオーター〉の水で濡らしてから仰いでみたところ、フレイムロビンの枝の火を広範囲で消すことに成功した。上に扇げば、生垣の天辺まで吹き消し。生垣に沿って横に扇げば、10m程の範囲の火を吹き消した。これだけ消せるのなら、1人で扇ぐだけで十分である。火さえ消してしまえば只の生垣なので、伐採して通り抜けた。(因みに、火が灯っているのは入口側だけであり、反対側は只の葉っぱのみだった)



 そして、この暑さの中なので、こまめに小休止も取る。昨日、大量生産して冷やしておいた『氷結樹の実と蜜リンゴのジュース』は、皆が一気飲みしてお代わりを要求する程に好評であった。雪山フィールドで採れた氷結樹の実もオヤツとして出す。そのまま食べてもアイスみたいなものだからな。雪山では遠慮していたお嬢様達も、パクパク食べていた。まぁ、数は確保してあるので平気だが、身体が冷え過ぎても行けないので個数制限を付けたりもした。主にフィオーレ対策だが。


「そういやさ~、この火山にも採取地あるでしょ? 寄らないの?」

「道中長いからな。〈サーチ・ストックポット〉の反応が近い奴だけ、寄るつもりだ。

 多分、10分くらい歩いた距離にあると思う。ただ、ここの素材は野菜だからなぁ。そのまま、齧れそうな物は無いぞ」

「え~、甘い果物系があるとやる気が出るのに……」


 フィオーレの場合、採取しながらの摘まみ食いが目的だからな。微妙そうな顔をするのもしょうがない。事前情報では、火山特有のほうれん草と生姜が採れるらしい。これらは貴族街の店でも売っていないので、料理好きなレスミアは楽しみにしているようであった。


「ほうれん草は使い道が多いですから、沢山欲しいですね!

 バターでソテーするだけで副菜になりますし、シチューやキッシュ、オムレツに入れても美味しいですよ。沢山採れたら、今日のお夕飯にしましょう。リクエストが有ったら受け付けますよ~」

「ふふふ、ミーアったら……さあ、そろそろ休憩は終わりにして、移動しませんこと?

 火属性無効のタリスマンもローテーションしましょう。ルティで良いかしら?」


 口元を隠して意味ありげに笑っていたソフィアリーセは、話を打ち切るようにして立ち上がった。そして、首元から外套の中に手を入れて、タリスマンを引っ張り出す。その直後には「暑っ」と呟き、凍える北風のスイッチを慌てて入れていた。うん、熱無効装備を外すと驚くよな。俺もやった。

 タリスマンを受け取ったルティルトさんは少し迷ったようだが、そのままフィオーレへパスする。


「私は、まだまだ大丈夫だ。フィオ、君が使うと良い」

「良いの?! ありがと! いや~、呪いの踊りを踊っていると冷気が逃げちゃって、結構暑いんだよね……はぁ~、めっちゃ快適~」


 フィオーレは直ぐさまタリスマンを首に掛けると、大きく深呼吸した。空気が暑過ぎて、呼吸も浅くしか出来ないからな。

 俺だけブラストナックルで楽をしているのは心苦しいが、専用装備なので仕方がない。代わりに、道中で頑張って皆の負担を減らそうじゃないか。

 気合を入れ直し、皆の先頭に立って歩き出した。




 一番近い〈サーチ・ストックポット〉の反応を目指して進む。先程の休憩場所から、右斜め前方に進む事15分。またもやフレイムロビンの生垣が通せんぼしていた。ただ、採取物を示す反応は少し手前に生えている木から出ている。

 真っ赤に紅葉した樹木である為、他の木と見分けは付き難いが、近付いてみると黒い実を沢山実らせている事に気が付いた。ふむ、本に書かれていた見た目にそっくりである。葡萄のデラウェアみたいに、小さな黒い実が密集していた。その実はテカテカと表面が濡れている……物珍しそうに駆け寄ったフィオーレが手を伸ばしたので、慌てて外套の端を捕まえて引き離す。


「にゃー! 何すんの?!」

「触ったら引火しやすい油が付くぞ。そもそも、食用じゃない」



【植物】【名称:火精樹】【レア度:C】

・火山のような熱い環境の中でしか育たないハゼノキの変異体。赤く燃えるような小葉を持ち、周囲の火のマナを吸収して育つ木である。水や寒さにめっぽう弱く、植物のくせに水を必要としない変な木である。マナの薄いダンジョン外に持ち出しても、直ぐに枯れてしまう。

 ある程度成長した後は火のマナを実に蓄えるが、熟し過ぎると実が破裂して油を周囲に巻き散らす。揮発性が高い油なので、火の元注意。



【素材】【名称:火精樹の実】【レア度:C】

・火のマナを貯め込んだ火精樹の果実。果肉には揮発性、引火性の高い油が詰まっており、熟し過ぎると破裂して油を巻き散らしてしまう。そうなると中の油も揮発してしまうので、完熟直前の物を採取すると良い。

 油は精製する事で効力を増し、爆発物などの調合に使われる。

 食用には適さない実であるが、油を取った後の搾りカスは食べられない事もない。ただし、1日煮込んで灰汁を取り、3日間水にさらして灰汁を取らなければ苦くて食べられないので、よっぽどの食糧難でもない限り、出番はないだろう。



 氷結樹の実の火属性版かな?

 因みに、この実を絞った『火精樹の油』は入手済みである。


【素材】【名称:火精樹の油】【レア度:D】

・揮発性の高い油で、専用の瓶でなければ保管できない。爆弾系の素材にすると威力が上がる。

 火精樹の実を絞るだけでも油は取れるが、非常に危険。錬金術で作成する方がよい。

 ※不純物が多く、効果及びレア度が低下している。


 どこで手に入れたかというと、洞窟タイプの階層で偶にある『火吹き罠』からだ。罠である石像を破壊すると油が吹き出すので、それを壺みたいな入れ物で受け止めた物である。爆弾系の錬金調合に使えば威力がアップするので、村の雪女アルラウネ相手には、活躍したもんだ。

 まぁ、爆弾自体が魔法の代用品みたいな感じなので、自分ではレシピすら買っていないけどな。〈罠解除初級〉を覚えてからは、見付けた火吹き罠自体も消してしまっているし。


 そんな鑑定結果と考察を話して聞かせていると、フィオーレが木……ではなく、その横に生えているフレイムロビンの方を指差した。


「ちょっと、ちょっと、地面が燃えてるって! やばくない?!」


 何かと思えば、完熟した火精樹の実が破裂して、フレイムロビンの枝に油が掛かったようだ。炎が大きくなり、枝から燃え広がって行く。更に、地面に落ちた火の粉が、同じく地面に広がっている油に引火、炎がどんどん大きくなっていった。


「皆、地面が油で濡れていない場所まで下がって……〈自動収穫〉!」


 炎上に巻き込まれないように下がってから、ストレージから採取袋を取り出して収穫した。一応、『果実』とあったから、〈果物農家の手腕〉の効果対象に入っているようだ。小さな黒い実が飛んできて、採取袋に飛び込んでいく。

 ああ、実の表面がテカテカ光っていたのは、他の実が破裂して油を被っていたからか。採取袋の内側も、油で濡れ濡れである。これは、買い取り所で袋ごと売った方が良いな。


 〈自動収穫〉では収穫時期に適した物のみ収穫出来る。熟し過ぎた物は対象外なのか枝に残ったままであり、順次破裂しては、地面の炎を大きくしていった。更に、その炎が幹にまで到達すると、火精樹自体が炎上してしまうのだった。

 勿論、燃えやすいフレイムロビンの生垣も盛大に燃え広がっている。ほんの数分の間に、火事場になってしまったようだ。


 1袋分だけ収穫を終えた俺達は、少し離れて様子を見る。ここまで炎が広がると、どうしようもない。フレイムロビンが燃え尽きるまで待つのも時間の無駄なので、火消しの雉翼扇か〈ウォーターフォール〉で強行突破するのが良いだろう。


 ただ、そんな相談を軽くしている間に、目まぐるしく状況が変化する。〈敵影表示〉に敵を示す赤点が光り、こちらへ向かっているのだ。溶鉱炉亀にしては移動速度が早い。この階層で出現する3種類の内、残りの2種類のどちらかだろう。

 ……赤点が密集しているのが気になるが。

 取り敢えず、指示を出して、赤点の方角を見張る。魔法を準備しつつ、手分けして空と森の奥を監視した。


「来ました、正面に2体! リビングメイルです!」


 レスミアの声に、視線を空から森へと移す。すると、炎上を続けるフレイムロビンの横の木々、その合間を縫うようにホバーダッシュをしているリビングメイルが目に入った。

 雪山鉱山では洞窟でしか出なかったが、ここでは外でも出るようだ。そして、赤点が重なっていた理由も、直ぐに判明した。リビングメイルの手に、溶鉱炉亀が盾のようにくっ付いているのだ。両手に亀を持ち、砲塔をこちらに向けているのが1体。片手に持ったのは1体。合体しているが、計5匹のパーティーの様だ。


 リビングメイルはスキーで木々の間を滑るように、ジグザグにホバーダッシュしながら盾を構える。そのまま、砲撃を始めるのだった。

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