第581話 燃える生垣と砲撃

 1日休養を挟んだ次の日、ダンジョンギルドで待ち合わせをして、お嬢様2名と合流する。そして、見送りに来ていたマルガネーテさんから泊り用のキャンプセットを受け取ると共に、釘を刺されるのだった。


「ザックス様、正式に婚約したと言っても、節度ある行動を心掛けて下さいね。

 ルティルト、護衛騎士は貴女だけになるのですから、夜は付きっ切りで護衛するようにね」

「ええ、勿論よ。でも、そこまで警戒する事かしら?

 ザックスもヴァルトも恋人が居る事であるし、これまでの行動を見ても信頼は出来ると思うわよ?」

「(若い男の性欲を甘く見てはいけません! パーティー内での男女のいざこざは、よく噂で耳にするのですよ)」

「あはは、大丈夫ですよ~。(ザックス様が暴走しても、私が受け止めますから)」

「(それはそれで、どうなのかしら? ……その、声とか)」


 レスミアも加わって、女性陣は声を潜めた井戸端会議を始めてしまった。

 ウチのフロヴィナちゃんを始めとして、メイドの皆さん噂好きだからなぁ。いや、女性全般か?

 まぁ、男が口を出しても碌な事にはならないので、レスミアのフォローに期待しよう。ベルンヴァルトと顔を見合わせると、互いに頷き合った。


「探索中にヤル事では無いし、普段通り行動して信頼して貰えばいいさ」

「だな。それ以前に、火山フィールドを1日歩き回った後じゃ、疲れてそれどころじゃないだろ。

 ……それに、浮気なんぞしたら、シュミカに集魂玉スキルをぶち込まれそうだしな」

「男女のいざこざがあった方が、客受けが良いんだけどね~。詩でも演劇でも、女性客を掴む題材だよ」


 シュミカさん……年上の幼馴染みと婚約したとは聞いたが、既に尻に敷かれているようだ。いや、惚気か?

 ついでにフィオーレは恋バナを客寄せするネタとして捉えているらしい。まぁ、普段から色気より食い気の奴だからな。


 取り敢えず、朝から長話をしていては、攻略に支障が出る。適当なところで「そろそろ、行くぞ」と声を掛けて中断させてから、出発した。




 43層火山フィールドへ転移した。

 火山の噴煙によるどんよりと曇った空に、うだるような熱気は相変わらずである。各々、火山用の装備に不備が無いか点検とフリッシュドリンクの服用、凍える北風の風量調節を行った。


 まぁ、俺は例によってブラストナックル装備だけどな。この階層にもリビングメイルが出現するので、最初から氷柱のミスリルバスタードソードを装備し〈魔喰掌握〉で取り込み済み。魔喰抜剣まぐいばっけんで両手の甲からミスリルのショートソードを装備する形態へと移行した。

 ジョブは、街の英雄レベル42、二刀流を活かす為のニンジャレベル49、探索索敵用のトレジャーハンターレベル49、魔法用の魔道士レベル42、〈自動収穫〉用の植物採取師レベル40。

 それと、鳥型魔物が居るので、直ぐに撃ち落とせるよう〈無充填無詠唱〉をセットしてある。


 他の皆は、レスミアが弱点見破り要員として闇猫レベル49。ベルンヴァルトが盾役として騎士レベル47。フィオーレは、この灼熱環境でギターが悪くなりそうだからとソードダンサーレベル43。ソフィアリーセは、少し育った魔法戦士レベル25。

 そして、ルティルトさんは騎士レベル46のままだが、新しい武器としてミスリル製のハルバードを持って来ていた。



【武具】【名称:植物特攻のミスリルハルバード】【レア度:B】

・軽くて魔力伝達率が良い金属ミスリルの合金で作られたハルバード。槍の先端で突く、斧部分で斬る、鉤爪部分で引っ掛ける、鉤爪や石突で叩く等の多彩な攻撃が出来るマルチウェポン。軽量化を求めた合金である為、長大なサイズでありながらも取り回し易くなっている。勿論、ミスリルの切れ味は健在であり、熟練者が使えば遠心力を加えた打撃力も強力である。

・付与スキル〈火属性耐性 中〉〈怪力〉〈防御貫通 小〉


・〈火属性耐性 中〉:火属性ダメージを軽減する。また、温度変化(高温)による影響も軽減する。

・〈怪力〉:筋力値大アップ。

・〈植物特攻〉:植物系魔物へのダメージを増やす。また、植物自体を切り易くなる効果もあり、木を切り倒す、やぶ払う等の作業が楽になる。



「火山用に準備していた装備品の一つなのよ。お父様やお兄様も、この階層で使ったらしいわ。

 植物に強いから、燃える生垣は私が切り倒してあげる!」

「あー、例の燃える植物ですよね。俺も切り倒す算段は付けて来たので、手分けしましょうか」


 なるほど、この領地に根差した貴族なのだから、対策装備が代々使われているのか。ちょっと羨ましいが、俺もケイロトスお爺様にミスリルバスタードソードを授かったので、似たようなものだな。

 実力主義な貴族程、ミスリル武具は50層に到達しないと使わせないそうだ。強すぎる武器だと実力が付かないからである。そんな主義主張がある中で、例外処理される火山フィールドもよっぽど危険なところのようだ。


 火属性無効のタリスマンに付いては女性陣が交代で装備する事となり、最初はソフィアリーセから。後は30分くらいか、疲れがみえた者に交代して使用する予定である。


 準備を整えた俺達は、紅葉で赤くなっている森へ足を踏み入れた。




 森の木々は紅葉しているのに、地面に落ち葉は無い。普通ならば落ち葉でいっぱいなのだろうが、ダンジョンが自然と違うところだな。村の森林フィールドでは落ち葉が積もっている所もあったけれど、虫や魚などの小動物は居なかった。ここで落ち葉が無いのは、火事が必要以上に燃え広がらないようにしているのだろうか? 木々も密集しているのではなく、管理された森のように、空が見えるくらいの間隔が空いている所もある。


 そんな森を歩く事10分、この階層の名物でもある『燃える生垣』を発見した。

 真っ赤な生垣が、高さ5m横幅100m以上に渡って生えており、行く手を遮っている。しかも、自身の赤い葉に燃え移らない程度に伸びた枝から、ロウソクの様な火が灯っているのだ。灯されている火は小さいが、生垣のあちらこちらから枝が伸びている様は、キャンドルナイトのイベントか鎮魂の祭のようである。



【植物】【名称:フレイムロビン】【レア度:C】

・火属性のマナを多く取り込んで変質したレッドロビン。育ち切ると、余剰の火のマナを枝の先端から炎として放出する。

 燃えやすい葉も密集しているため、炎が出たまま伐採すると炎上し、炎の壁となって行く手を遮る。



 家の生垣にも使っていレッドロビンの亜種らしい。(※白銀にゃんこカフェ建設の為、赤緑ストライプの生垣は伐採されました)

 横に長い生垣なので、迂回するのが面倒だと伐採してしまったが最後、鑑定文にある通り炎上して森林火災を引き起こす厄介な植物だ。周辺の木々が間隔を空けて生えているのは、この火事に巻き込まれても森全体が炎上しないように区画分けがされているに違いない。

 そんな生垣に、予め渡しておいた扇を手にベルンヴァルトが近づいた。


「それじゃ、上の方を扇いで火を消すぞ」

「頼んだ。俺も真ん中から下を扇ぐよ」


 俺も背中のベルトに挟んでおいた扇……雪山の雉魔物ヴィルファザーンのレアドロップ『火消しの雉翼扇』を取り出すと、扇いで風を起こす。フレイムロビンの枝から出ているロウソクの様な火は、その風を受けただけでフッと消え去った。



【魔道具】【名称:火消しの雉翼扇チヨクセン】【レア度:C】

・ヴィルファザーンの力を宿す翼を加工した扇。ひとたび炎を扇げば、火の勢いを弱め、数回扇ぎ続ける事で、消火する。

 また、扇を水に浸し、魔力を込めてから扇ぐと効果が格段に上がり、一凪で広範囲の炎を消却する。



 扇を薙ぎ払うように振るえば、何個もの火を消せる。鑑定文には『数回扇げ』なんてあるが、元々小さい火なので問題なく消せるようだ。ただ、生垣の上から下まで火の数が多いので、それだけ扇がないと消せない。

 人が通れそうな幅、1mくらいの範囲の火を消し選手交代。ハルバードを構えたルティルトさんと場所を交代した。


「たぁっ!」


 振り上げられたハルバードが、地面スレスレを狙って薙ぎ払われる。その一撃で、何本ものフレイムロビンの幹を切り裂き、倒れていく。半分ほど切れたが、奥行1m程か。そして、一歩踏み込み、2撃目の薙ぎ払いで残りの半分を切り裂き、ショートカットを切り開いた。

 ただし、横に薙ぎ払う範囲が広すぎたのか、ミスリル武器の切れ味が良すぎたのか、火を消していない幹まで切り倒してしまう。

 ……このままだと、燃え広がる?!

 そう判断した瞬間、〈フェザーステップ〉で前に出て、右手の甲から生えた剣を振るった。剣のでフレイムロビンの幹を殴り付け、切り払った数本が倒れる前に横へ打ち払う。


「皆、駆け足っ! 燃え広がる前に通り抜けろ!」

「はいっ!」「おう!」


 切り開かれた生垣の合間を、皆が順番に抜けていく。俺はブラストナックルのお陰で火事に巻き込まれても問題ない。殿しんがりとして残る間、横に倒れたフレイムロビンの様子を見ていた。

 『燃えやすい葉も密集している』なんて書かれていたが、本当に火の回りが早い。ロウソクの火が倒れた枝葉の下敷きになったと思えば、直ぐにメラメラと燃え上がったのだ。

 俺が最後尾として潜り抜ける頃には、火は大きくなり生垣の方へ燃え広がっていた。火薬でも仕込んであるかのように、横に燃え広がって行く。その様子を見たルティルトさんは、少し肩を落とし謝罪の言葉を口にする。


「すまない。調子に乗って切り過ぎたようだ」

「いえ、火を消す範囲が狭すぎたのも原因です。俺も自分の剣で伐採するつもりだったので、長物で薙ぎ払う事まで想定していませんでした。

 次は扇に水を付けて、もっと広範囲に消してみましょう」


 そんな反省をしている合間にも火は燃え広がって行き、ショートカットとして切った部分から右側の生垣が炎の壁に変貌してしまっている。そんな中、〈敵影表示〉に赤い光点が5つ、いきなり出現した。それとは別に音で索敵したレスミアが、いち早く警戒の声を上げる。


「左前、火事の中から魔物です! 地面から出て来る音が聞こえましたよ!」

「溶鉱炉亀だ! 全員、砲撃に注意!

 硬い奴だから、ミスリル武器の俺とルティが前衛! ソフィは魔法準備! フィオーレは耐久値下げの踊り、ヴァルトはガード役だ! レスミアは可能なら〈不意打ち〉を狙え!」


 一応、役割分担は話してあるが、初戦である為、念押しの指示を出す。

 皆が配置に付き、炎の中に居る敵の様子を見ていると、急に爆発音が響いた。燃えるフレイムロビンの残骸が吹き飛ばされたように巻き散らされ、その中から何かが飛んでくる。緩い放物線を描いて飛んでくるのは、5発の石玉(硬球)サイズの砲弾である。俺達の方向に飛んできているが、直撃コースで危なそうなのは、その内の2発。


「〈カバーシールド〉!」

「盾で受けるわ……くっ、重いっ」


 後ろに飛んだのはベルンヴァルトが〈カバーシールド〉で受け止める。正面に来たのは、ルティルトさんが対応して防御した。俺の手前に落ちた砲弾は着弾地点に穴を空け、土を巻き散らす……が、クレーターを空ける程の威力では無い。


 そして、射撃があった地点のフレイムロビンが吹き飛び、炎が消えた事でようやく魔物の姿が見えるようになる。

 それは、5匹の亀である。大きさはそれ程大きくなく、フレイムロビンの幹と比べると全長50㎝程。ただ、その背中に背負った甲羅が丸くなく、四角い円柱状になっているのだ。


 5匹の亀魔物は、俺達を敵として認識しているようだ。頭と前脚を地面に付き、後ろ脚を伸ばす。そうして、背中の円柱状の甲羅を俺達に向けた。その甲羅の真ん中には大きな穴が空いている。そこが赤く光ったと思いきや、爆発音が轟き、砲弾が発射された。

 そう、溶鉱炉亀は、背中に大砲を背負った魔物なのだ。

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