第579話 火山フィールドへ
「あら? その魔道具、火山フィールド用のセット商品に入っていたわ。ね、ルティ?」
「ええ、ダンジョンギルドの店で店員に勧められた物ね。試しに使ってみたけれど、暖房が入っている部屋でも身体が震えるくらいに冷えたもの。夏よりも暑い火山フィールドでも、涼しく過ごせるでしょうね……それで、ザックスは微妙そうな顔をしてどうしたのかしら?」
「いえ、商売上手だなぁっと、思っただけです」
ソフィアリーセとルティルトさんは、俺達のパーティーに加入する事が確定してから、ダンジョンギルドのレアショップで必要なものを買い揃えたそうだ。勿論、俺達も人数分購入済みである。
……凍える北風は1個150万円もしたのに、こんな所でドロップする物だったとは。てっきり、どこかの錬金工房が作った物だと思っていたよ。
因みに、結氷鉱石(含有量多目)を〈相場チェック〉で調べると【1万円】である。フロシス・ピングリッターを召喚するのに30個使ったので経費としては30万円。雪山フィールドで採取&ピングリッター討伐の手間はあるものの、5倍の値段で販売するとは……商業ギルドが情報操作してまで、採取地を確保する利点の一つなのだろう。まぁ、火山フィールドに沢山の新人が詰め掛けるなんて聞いた事が無いので、有力者のパーティー相手向けなのだろうけど。(それに引っ掛かったとも言う)
なんて考えていたら、ピンッと思い付いた。
……冷房と考えるなら、他にも使い道があるな。折角なので、もう何個か手に入れていくか。
残りの手持ちの結氷鉱石を数えると、2回分に少し足りないくらいである。採取リーダーさんに「採取した結氷鉱石を買い取らせて貰えないか?」と相談したところ、快諾してくれた。
「元々ザックス殿の手伝いとして来たんだ。それくらいは、タダで出させてもらおう。噂の聖剣ってもの見せて貰えたからな」
「ああ、そりゃ確かに、良い土産話になったわ。俺達のパーティーからも結氷鉱石を出してやるよ」
「噂と言えば、精霊様を召喚する奴だろ? 見せて貰えるなら、採取した鉱石全部出しても良いぜ」
「いえ、精霊じゃなくて使い魔なんですけど……」
どうやら、〈プリズムソード〉を見せたのが功を奏したようだ。採取パーティーと言っても、42層に来られるくらいの元実力者達である。サードクラスでも使えないようなスキルを見せたら、興味津々となるのも無理はない。
取り敢えず、頂いた結氷鉱石を使って3回再戦を行う事となった。
追加の1、2回目はパーティーメンバー全員で戦った。特に複合ジョブのスキルで派手なものを使うと歓声が上がった。ニンジャの〈火蜥蜴の術〉とか〈幻影乱れ斬り〉とか。ベルンヴァルトの一天、二天を連続使用した後の〈三天・虎牙の顎〉で虎を召喚するのも受けが良かった。
ただ、開幕に〈アグニズ・ジーゲル〉で弱らせなかった2回目は、フロシス・ピングリッターが強かった。なにせ、冷却性能が高いせいか、氷のブレスを吐いて来たのだ。ヴァルムドリンクを飲んでいたので大丈夫だったが、下手をしたら凍結の状態異常になっていたかもしれない。まぁ、再度ブレスが来た時は、街の英雄の〈封魔剣〉で薙ぎ払ってみたところ、掻き消す事に成功した。中々使える。
最後の3回目は火属性の紅玉ヴァルキュリアを召喚し、突撃からのパワーダイブでクレーターを作ってみせた。
いくら弱点とは言え〈アグニズ・ジーゲル〉の爆発を耐えるピングリッターを一撃で消滅させたのだからな。初めて見る人は目を丸くして驚いていた。
ついでに言うと、石像の台座と賽銭箱も消し飛ばしてしまった事に、俺も肝を冷やしてしまった(動き出した直後に攻撃指示をした為、距離が近かったのだ)。結局、ピングリッターがマナの煙となって消えてった後に、台座と賽銭箱も再出現したのでセーフ。クレーターはそのままだが、石像は初期状態に戻る仕様みたいだ。まぁ、そうでないと次の人がチャレンジ出来ないからな。クレーターも時間経過で戻る筈である。
「ソフィアリーセ様、ザックス殿、この先の火山フィールドは暑さが一番の敵となります。特に44層で流れる溶岩の川には、出来るだけ近付きませぬように。毎年数名の死者が出る程ですからな。洞窟を潜ってから、遠回りの裏山ルートを登り、最後は〈潜伏迷彩〉を使うトレジャーハンター1人に任せるのが宜しいかと思います」
「ええ、助言をありがとう存じます。裏山ルートなら、わたくしも習いましたからご安心下さいませ」
「今日は採取を手伝って頂き、ありがとうございました!」
俺達は、採取パーティーの皆さんに礼を言ってから、転移魔法陣に乗った。
足元の魔法陣が光り始め、光に包まれると景色が一変した。
雪化粧だった白い世界が、赤茶けた地面に変わり、周囲には紅葉した森が広がっていた。遠くに目を向けると、モクモクと噴煙を上げる火山が見える。その火山が煙を上げているせいか青空は見えず、どんよりとした雲が広がっていた。そのせいか、階層自体が若干暗い。ランタンや〈サンライト〉が必要になる程ではないが、森の方から上がる火の手が良く見えた。
「おいおい、話に聞いていたが、あの森林火災の中を進むのか……第1ダンジョンの最難関とは良く言うぜ」
「いや、あれは水魔法やヴィルファザーンのレアドロップ『火消しの雉翼扇』で火を消して行くとか、燃えていない所を迂回していくから、まだマシらしい。
それよりも、ヴァルト。暑さは平気なのか?」
「おお、この冷風が出る魔道具があれば、我慢出来るくらいだ。鬼人族は寒さだけでなく、暑さにも強いんだぜ」
ベルンヴァルトは雪山装備から、火山用の装備に着替えている。と言っても、難燃性の外套に替えて中に『凍える北風』身に着けるだけである。外套の中を冷風が循環して身体を冷やす。ゆったりした外套が少しだけ膨らんでいた。
本当ならフリッシュドリンクも飲んで体温を下げるのだが、火山フィールドの端なので、まだ大丈夫の様だ。雪山用に飲んだヴァルムドリンクの効果が残っている内は、飲まない方が良いらしいからな。なんでも、相反する効果の薬品なので、同時服用すると身体に負担が掛かったり、お腹を壊したりするらしい。
俺もブラストナックルの片手を外してみて、気温を体験してみる……すると、空気の暑さに驚いた。蒸し暑いと言うよりは、湿度の低いドライサウナの中に居るようである。砂漠フィールドの様な直射日光は無いものの、山の方から流れてくる緩やかな風自体が熱い。それに、地面自体も熱くなっていた。石を拾ってみると、岩盤浴が出来そうな温度である。
……なるほど、熱い訳だ。
何も対策をしていないと、数分も経たずに汗がダラダラと流れてしまう。ダイエットとかデトックスには良いかも知れないが、この状態で2日間歩くなんて自殺行為だな。さっさとブラストナックルを再装備した。
一応、熱対策としては紅蓮剣に〈冷熱耐性〉があるので、ベルンヴァルトに使うか聞いてみる。すると、首を振られた。
・〈冷熱耐性〉:低温及び高温に強くなる。ランク3程度の火属性魔法や、氷属性魔法ならへっちゃら。
「いんや、我慢出来ない程でもないからな。リーダーが魔法を連打してくれた方が助かるぜ。
あの重い剣を持って歩くのも大変だしよ」
「まぁ、ここでも鳥系魔物が出るから〈ダウンバースト〉を使えた方が良いか」
紅蓮剣の重さはネックである。ベルンヴァルトでさえ〈装備重量軽減〉の効果で、何とか使えるようになったくらいであり、ステータスの筋力値補正が低めなルティルトさんでは、戦闘に使う事は出来ない。
ベルンヴァルトが使わないのなら、同じアビリティポイント10の〈無充填無詠唱〉をセットしておいた方が良いだろう。
ベルンヴァルトと二人で火山と森を見ながら、そんな話をしていると、後ろから女性陣の声が聞こえて来た。
うん、女性陣は雪山用に沢山着込んでいたので、火山装備を体験するには、モコモコな肌着も脱がなくてはならない。俺とベルンヴァルトは、「着替える間はあっちに行っていなさい」と追い払われた次第である。
近場の木にロープを張り、布を掛けて簡易女子更衣室にして着替えていたのが終わったようだ。
「ザックス様~、お待たせしました~」
その声に振り替えると、白い貴族用の外套を来た4人の姿があった。既に凍える北風の風が循環しているのか、モコモコに膨らんでいる。どこぞの幽霊バスターズのマスコットを思い出してしまったが、言わぬが花である。ただ、貴族のお嬢様な2名に限っては、レスミアの外套よりは膨らんでいない。
ソフィアリーセとルティルトさんの外套は刺繡だけでなく、何枚もの布を重ねたような感じは女司教が着るようなオシャレ法衣に似ていて、とても似合っている。
そんな感想と疑問をソフィアリーセに伝えると、得意気に笑い、手を広げて見せてくれた。
「フフッ、見た目が可愛いだけでなく、中で風が上手く循環するように、且つあまり膨らまないように作られているのよ。体形に合わせた特注品なの」
「私のは、ギルドのお店で売っていた既製品ですからね。胸辺りに余裕がある物でないと冷風が回らないので、ぶかぶかなんです。ただ、特注品もお値段を聞いちゃうと、躊躇しちゃうなぁ」
「まぁ、ぶかぶかなのも可愛いけどな」
このところ毎晩、レスミアのお胸様にはお世話になっているので、ぶかぶかな服の下であっても容易に想像が出来る。いや、こんな所で想像しちゃ不味いな。女性陣に気付かれる前に目を逸らし、話も逸らすよう話題を変えた。
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