第575話 採取地の守護者とメイルシュトローム

「どう? ザックス。なかなか強い魔法でしょう?」

「うん、この雪山だと、雪崩の危険性を考えて〈エクスプロージョン〉が使い難いからね。その点、結界を貼ってくれる〈アグニズ・ジーゲル〉は場所を選ばず使えて良いな。俺も早く覚えたいよ」

「うふふ、それまでは、お姉さんに任せておきなさい」


 ソフィアリーセは胸を張ると、お姉さんぶって得意気に笑った。俺以外に魔道士が居るだけでも負担が減って助かっているのだが、感謝が通じていなかったかもな。もうちょい、声を掛け合うべきだったな。

 グライピングに対しては、〈アグニズ・ジーゲル〉の効果は絶大なので、頼ることにした。



 それからも探索を続け、氷結樹の実を採取したり、グライピングを倒したりして進んだ。

 そして、〈サーチ・ストックポット〉の反応の4個所目で、怪しい場所を発見した。山裾の岩壁の部分に雪が大量に積もっていて、その奥から反応があったのだ。ベルンヴァルトと2人で雪かきをしてみたところ、岩肌に屈めば通れそうな大きさの洞穴を発見した。高さは150㎝くらいか。〈サンライト〉を使って中を照らして見ると、横に真っすぐ続いているようだ。


「せっま~、アハハ! デカいヴァルトじゃ、つっかえちゃうんじゃない?」

「あー、横幅はあるから、四つん這いになりゃ行けんだろ。いつもの鎧だったらつっかえたかも知れんがな。

 ……おお、何とか通れそうだぞ」

「2人共、ちょっと待った。戦闘準備があるから、まだ入るなよ」


 洞穴を覗き込んだフィオーレとベルンヴァルトが、入ろうとしたので雪山用コートを引っ張って呼び戻した。いつもの鎧ってのは修理中な『血魂桜ノ赤揃え』の事だな。今日は以前に装備していたジャケットアーマーである。

 それは兎も角〈敵影表示〉によると、洞穴の直線上に赤い光点が表示されている。それに、図書室の情報によると、この階層の鉱石採取地には番人が配置されているのだ。それを先に排除しないと、鉱石は手に入らない。

 俺はストレージからハンマーを取り出して、ベルンヴァルトとルティルトさんに渡した。いや、採取道具じゃないぞ。


「中に居る魔物はリビングメイル。中身が無く、鎧だけで動くゴーレムみたいな奴だな。格闘攻撃を仕掛けてくるから、このハンマーで殴って動きを鈍くして、弱点のコアを破壊する。弱点の位置は個体によって変わるから、レスミアは〈狩の本能〉で把握して知らせてくれ」

「はい!」

「おー、この赤い球、溶岩の中から取り出した奴か」



【武具】【名称:アダマンハンマー(劣)】【レア度:B】

・採掘用のハンマーの打面に、アダマンタイト鉱石を取り付けただけの急造品。ハンマー部分はウーツ鋼製であり、打撃武器として威力は申し分ない。しかし、アダマンタイト自体が小さく、土台部分がレア度Cと低い為、本来の力を発揮出来ていない。ただそれでも、ゴーレム系などを叩けば、動きを鈍らせる事が可能なので有用に違いないだろう。

・付与スキル〈魔法生物阻害〉


・〈魔法生物阻害〉:非生物系の魔物に対して打撃した場合、マナの動きを阻害し行動を鈍らせる。実体が無い魔物はアダマンタイト部分が触れるだけで弱る。



 ベルンヴァルトが気付いたように、溶岩の中から出てきたアダマンタイトを利用した自作武器である。洞窟内で戦う事になるのは事前情報で知っていたので、閉所でも使える採掘用のハンマーを参考に、〈メタモトーン〉でウーツ鋼をコネコネして作成。打面にビー玉状のアダマンタイトを埋め込んでみたのだ。

 『アダマンタイト自体が小さく、土台部分がレア度Cと低い』なんてケチを付けられて、レア度と付与スキルが弱くなってしまったけどな。

 多分、ミスリルハンマーとかに大きいアダマンタイトを埋め込めば、紅蓮剣の付与スキル〈魔法生物特攻〉になったに違いない。


・〈魔法生物特攻〉:非生物系に対して与えるダメージを極大アップする。また、コア等の弱点に当たれば、一撃で機能停止させ、実体が無い魔物は刀身が触れるだけで霧散させる。


 まぁ、溶岩の撤去作業中に思い付いたアイディアなので、付与スキルが発生しただけでも良しとしよう。

 俺の得ている情報だけでなく、ソフィアリーセとルティルトさんの情報も合わせて話し合い、役割分担をしてから洞穴へ足を踏み入れた。



 先頭は俺である。いや、万が一通路が狭くなっていてベルンヴァルトが詰まったら困るからな。

 しかし、俺でも中腰で頭を下げて摺り足移動しなければならないので、移動し難い。剣客の〈摺り足の歩法〉があって良かった。


 30m程進むと、ようやく広い空間に出た。ダンジョンで言うところの中部屋くらいか?

 (※小部屋が教室サイズ、中部屋はその数個分、大部屋は体育館以上)

 その部屋の壁には、鉱石が採れる土山が幾つも並んでいる。そして、土山と土山の間に黒い鎧が5体直立していた。〈サンライト〉の光がないと闇に溶け込んでしまうような鎧である。これが地下墓地だったら、始皇帝の兵馬俑へいばようみたいな死者を守る者だろうけど、ここは只の採掘現場なので盗掘には当たらない。そもそも、魔物だからな。



【魔物】【名称:リビングメイル】【Lv42】

・ウーツ鋼製の鎧型魔法生物。中身の無い全身鎧であり、鎧の内側のどこかにあるコアを破壊しない限り動き続ける。鈍重そうな重い鎧であるが、他の魔法生物と同じく宙に浮いている為、重さを感じさせない軽快な動きで格闘戦を挑んでくる。他種族とパーティーを組んでいる場合、防具替わりに装着される事もある。この時、大きさは自動で調節され、装備した魔物の動きを阻害する事は無い。また、装備した相手にリビングメイルと同じ属性耐性を加える。

・属性:火

・耐属性:風

・弱点属性:水

【ドロップ:ウーツ鉱石】【レアドロップ:ウーツ鋼製全身鎧の一部パーツ】



 ここの部屋にはリビングメイルしか居ないので大丈夫だが、他の魔物と合体するのは面倒だな。仮にグライピングと合体した場合、弱点だった火属性がリビングメイルの火属性と合わさって弱点で無くなる可能性が高い。

 ……ペンギン体形にどうやって全身鎧を装着させるのかは、興味があるけどな。あの折りたたんだ脚にグリーブが装着出来るのか? あのヒレみたいな羽根にガントレットが装着されるのか?


 一先ず、部屋の端と端の距離ならば、襲ってくる気配はない。他の皆が部屋に入り、ソフィアリーセの魔法陣が完成してから、行動を開始した。光源の追加として〈青き宝珠の団結〉の青く光る勾玉を天井付近に召喚しておく。これでパーティーメンバー全員が以心伝心状態となるのだ。

 部屋の中央まで進んでみたところ、壁際に並んでいたリビングメイルが一斉に動きだした。それも、地面を滑るようなホバーダッシュである。『宙に浮いている』とは、この事か。


「只の鎧に擬態したつもりかも知れないが、バレバレだ!」


 〈挑発〉を仕掛けたが、相手の移動速度が予想以上に速い。全部は無理か。

 正面の3体が俺に向かって来たところで『やれ!』と念じると、それが通じたのかソフィアリーセが魔法を発動させた。


「〈メイルシュトローム〉!」


 次の瞬間、巨大な水球が現れリビングメイル3体を取り込んだ。ぱっと見で直径10m程の大きさである。水の中に取り込まれたリビングメイルは少し藻掻いていたが、直ぐに動かなくなる。〈敵影表示〉から光点が消えたので、属性ダメージが入っただけで倒してしまったようだ。

 そこに、渦が発生する。洗濯機のような全体が回る渦ではなく、手や足に付ける浮き輪のような渦だった。それらが高速回転をすると、リビングメイルの腕の関節部分が捻れて一回転する。金属が悲鳴を上げた。


 もうちょい観察したいところではあるが、残りの2体との戦闘が始まっている。ベルンヴァルトの方は、アダマンハンマーと飢餓の重棍の二刀流で殴り合っているので、任せて置いて良いだろう。もう一方の、ルティルトさんとレスミアが相手をしている所に助太刀に向かう。


 そちらでもルティルトさんが二刀流で相対していた。左手のバックラーでリビングメイルのパンチを受け流し、右手のアダマンハンマーでカウンターしている。金槌で打たれた腕が、だらりと力を失くして垂れ下がり、その隙にレスミアが背中から切り掛かる。〈不意打ち〉かと思ったが、派手な金属音がしただけであった。〈青き宝珠の団結〉の効果で、残念がっている事と、弱点のコアが背中の内側にある事が何となく理解できた。ふむふむ、ルティルトさんの方からは、『ハンマーで叩けば、その箇所を10秒ほど鈍らせる』か。

 俺も試し斬りをしてみるか。左のブラストナックルから生えている黒刀の柄を握り、スキルを発動させた。


「〈一閃〉!」


 俺の攻撃する意思が伝わっていたのか、バックステップで離れるルティルトさんと入れ替わり、高速抜刀斬りをお見舞いした。リビングメイルの胴体に大きな切り傷を残し、後ろに駆け抜ける。事前に水属性(弱点)の魔剣術を掛けておいたのに、両断は出来ないか。背中側に振り向きつつ自動で納刀、更に追撃する。


「〈二光焔にこうえん・燕返し〉!」


 刀に炎を纏いながら4連斬りを叩き込んだ。しかし、先の〈一閃〉よりも、鎧に傷付けた痕が浅い……あ、火属性を纏ったスキルだから、同じ火属性のリビングメイルには効きが悪いのか。コンボスキルだからと言って、深く考えずに使ったのは不味かったな。

 剣客ジョブはスキルで自動納刀すると、硬直が無い。軽くバックステップで距離を取ると、今度はルティルトさんがアダマンハンマーで攻撃を仕掛け、リビングメイルの動きを鈍らせてくれた。以心伝心が便利過ぎるな。声に出さずとも、これだけ連携出来るとは。


 さて、剣客の居合スキルが使えるから黒刀(黒魔鉄製)にしていたが、リビングメイル(ウーツ鋼製)相手には分が悪いようだ。ならば、こちらもワンランク上の武器にしよう。ストレージから、ミスリルバスタードソードを取り出すと、抜刀し鞘を捨て、そのまま大上段に振り上げてから、斬り下ろす……ミスリルの一撃は、硬い物を切る感触を手に返しつつ、リビングメイルを頭から両断した。



 バラバラになって崩れ落ちるリビングメイル。その鎧の断面を見ると、確かに背中の内側辺りにゴーレムコアっぽい宝石が付いていた。


「なかなか強敵だったわね。このハンマーで鈍らせても、こっちの攻撃が効かないのだもの」

「ですよね~。私の〈不意打ち〉も効きませんでしたし」

「ミスリル武器なら楽勝だけど、ウーツ鋼同士のぶつかり合いになると、破壊は難しいな。定石通り〈アシッドレイン〉で強度を下げた方が良いか……」


 そんな反省をしつつ、他の戦況を見ると、既に終わっていたようだ。〈メイルシュトローム〉の水球は既に消え失せ、その周辺にはバラバラに捩じ切られたリビングメイルが散乱している。

 ベルンヴァルトの方は……ボコボコに凹みまくったリビングメイルが倒れている。そこから少し離れた場所では、千切れた左腕に対し飢餓の重棍が叩き付けられてぺしゃんこに潰れていた。恐らく、コアが左腕に入っていたのだろう。


 疲れた様子で座り込むベルンヴァルトに近付くと、何故か『やべっ!』と言う感情を感知してしまう。〈青き宝珠の団結〉の以心伝心があると隠し事も出来ないな。『どうかしたか?』と念を送ってやると、ばつの悪い顔をして何かを差し出して来た。それは、頭のもげたアダマンハンマーだった。


「はっはっはっ……すまん。調子に乗って叩いていたら、壊れちまった」

「あーーー、ウーツ鋼だから頑丈だと思っていたけど、ヴァルトの筋力値Aには耐えられなかったか。

 本来は動きを鈍らせるだけのサブウェポンだったからなぁ……まぁ、丁度ウーツ鉱石がドロップしたから、こいつで修理するか」

「お、それなら、もっと柄を長く太くしてくれ。飢餓の重棍と比べると、軽過ぎてな。重い方が打撃力は上がるぞ!」


 あんまり長くすると通路で使い難いが、多少のリーチは欲しいようだ。柄の長さを倍の50㎝くらいにして、太くしてやろう。取り敢えず、ドロップ品を回収する事にした。

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