第572話 新しいカフェ計画Ver2
報告会を終え、バイクで早めに帰宅した。
既に夕方近くになっている為、ベルンヴァルトに防具の修理について話しておきたいからだ。今から急いでツヴェルグ工房へ行けば、採寸くらいは間に合う。ある程度の調整が効く武者鎧であるが、着用者の採寸があった方が、身体にあった物に合わせてくれると、メディウス子爵から忠告を受けたからである(ボロボロの血魂桜ノ赤揃えは渡し済み)。
家の門を潜り、玄関前まで戻ってくると、庭の一角で工事が行われているのが見えた。5名の作業者が働いており、既に庭に空いていたクレーターは埋め立てられている。今は敷地内と道路の境界沿いに、杭を打ち込んでいるようだ。基礎工事かな?
彼らは、リスレス義姉さんが手配してくれたナールング商会の土木工事部隊である。
リスレス義姉さんは、この数日間の間にヴィントシャフト家と交渉し、白銀にゃんこの改築、増築の許可を得て来た。今は街の至る所で復興作業が行われている為、土木・建築業者の負担分散の兼ね合いもあって、あっさりと許可が下りたらしい。ソフィアリーセの所に、猫の国ドナテッラの食材を納品していた実績も(信用面で)一役買ったとか。
「あ、ザックス様、お帰りなさいませ」
「ザックスお義兄ちゃん、お帰りにゃ~」
家に入ると、玄関近くまで来ていた猫姉妹が出迎えてくれた。レスミアと軽くハグをしてから、スティラちゃんの頭を撫でる。報告会の首尾を軽く話しながらリビングに入ると、多くの「お帰りなさい」の声が掛けられた。ウチのメンバーだけでなく、客人も多い。
リビングのテーブルには、リスレス義姉さんが図面を広げて何やら書き込んでいる。それを中心として、フォルコ君や白銀にゃんこのメンバー、それにプリメルちゃんとピリナさんも加わって新しい白銀にゃんこの改築会議が行われていたようだ。
俺の姿を見つけたリスレス義姉さんが、席から立ち上がる。
「お帰りなさい、ザックス君……首尾どうだったの? 一応、金額に応じて何パターンか話し合っておいたわよ」
「ははは、何とか改築費用は稼いできましたよ。取り敢えず、5千万円でどうですか?」
「十分よ! それだけあれば、貴族街の店舗と見劣りしないくらいに出来るわ!」
喜びの声を上げたリスレス義姉さんは足早に近くに来ると、俺の頭をわしわしと強めに撫でた。もう、弟扱いだな。
報告会で、戦利品の魔道具を売り払ったのは、改築費用の為だったのだ。『火炎放射のルビーブレスレット』が1個3千万円、同系統の魔法が使える魔道具が2個、アイテムカバンが2千万円、その他の雑多な魔道具や薬品等の買い取り金額も合わせると、総計で1億円強の儲けになったのである。
ただし、今後の事を考えると、ミスリル装備を買い足さなければならないので、白銀にゃんこに注ぎ込めるのは半分が良いとこだ。勿論、厩舎と俺のアトリエの再建も込みの金額である。
上機嫌でテーブルに戻ったリスレス義姉さんはさておき、先にベルンヴァルトを探す。すると、テーブルの話し合いには参加せず、部屋の隅に椅子を移動させて座っているのを発見した。珍しく酒を飲んでおらず、テオと二人で書類を見ているようだった。
その様子も気になるが、先にツヴェルグ工房の件を話しておかなければならない。
ベルンヴァルトに事情を説明すると、書類をテオに押し付けて立ち上がった。
「修理どころか、ミスリルで強化してもらえるとはな! 交渉、ありがとよリーダー」
「お礼は向こうのツヴェルグ工房にも言っといてくれよ。なにせ、予約の順番を抜かして対応してくれるんだからな。
表にバイクを置いておいたから、一緒にフィオーレも連れて行ってくれ……フィオーレ!どこに居る?」
「ん~? なにー?」
姿が見えないと思ったら、キッチンから顔を出した。お菓子が載ったお皿を持っている辺り、どうやら屋台用のお菓子作りにお邪魔して摘まみ食いをしているようだ。料理担当のデボラさんやピーネちゃんと仲良くなって、良く餌付けされているからなぁ。
それはさておき、フィオーレにも簡単に事情を説明した。
「フィオーレ用はテンツァーバゼラードみたいな軽い奴が良いんだろ?
ツヴェルグ工房に行って、発注して来てくれ。ああ、2本分までな」
「えー、折角のミスリルなんだから、ウルミとか注文してみたかった~。
……あ、でもサードクラスになったら又成長するし、それからでも遅くないかな?」
『ウルミ』とは、確かリボン状に薄く作った鞭のような剣だったかな? クヴァンツコーチに教わるとか言っていた覚えがある。現在、劇場も復興支援で休館中なので、レッスンも休止中なので今回は見送りだな。
のんびりモードなフィオーレを急かして、外出着のコートだけ羽織らせると、ベルンヴァルトに持って行ってもらった。コートの中は部屋着のままだったけど、採寸でなく武器の発注だけだから大丈夫だろう。
バイクで出発した2人を見送ってから、リビングに戻る。テオが神妙な顔で書類を見ているのが気になったので、何か聞いてみた。すると、見せてくれた書類には、一軒家の間取りや地図、家賃などが書かれていた。
「ああ、姐さん……リスレスさんの商会で扱っている物件を紹介されたんだ。
専属なら、家賃も安くしてくれるってさ。それにプリメルとピリナが乗り気になって一緒に住もうって……」
「おお、三角関係がどうなるかと心配していたけど、両方と責任を取ることにしたんだ」
「うっせ! 茶化すなよ!」
領都防衛戦において重傷を負っていたテオパーティーだったが、〈ファイナリティ・キュアレシア〉の効果により無事に怪我は治ったのであった。
しかし、心の傷までは治らない。テオは強敵に挑むのが怖くなってしまったそうだ(プリメルちゃんとピリナさんを危険な目に合わせた負い目)。それに、一時的にだが声が出なくなっていたプリメルちゃんも同様である。
数日前、そんな相談を受けたのだが、俺には良いアドバイスは出来なかった。司祭であるピリナさんが「時間が癒してくれると信じて、ゆっくりしましょう」と提案してくれたのに、賛同しただけである。
ただ、実家を出てしまったテオは、生活費を稼がなくてはならない。そんな折、白銀にゃんこの改築の相談に来ていたリスレスさんを紹介したのだった。ナールング商会は以前より、専属の採取パーティーを増員したがっていたからである。
37層に到達しているテオパーティーなら十分に戦力になる。それに、3人きりでも30層のコカ肉を沢山集めてくれた実績があるのだ。
「ウチの商会は、料理店も経営していますからね。コカ肉なら大歓迎よ。
あ、そっちの女の子達は、白銀にゃんこのウェイトレスになるのも良いわね。私の妹のスティラと、うさ耳の貴女でメルヘンチックなお店になるわ!」
そんな訳で、プリメルちゃんとピリナさんも、白銀にゃんこのメンバーに組み込まれたのだった。リビングテーブルの会議に参加しているのは、そんな事情があったのである。
取り敢えずテオには、「住む場所とか間取りは、女性陣の意見を聞いた方が良いよ」とアドバイスをしておいた。キッチンの場所とか料理用魔道具の有無とか、女性はかなり気にするからな。レスミアとベアトリスちゃんは、家のキッチンを使いやすいように配置換えしたし、フロヴィナちゃんも洗面台とかお風呂とかの模様替えをしている。水回りは女性に任せておいた方が、安心だ。
同棲初心者なテオにアドバイスをしてから、俺もテーブルの白銀にゃんこ改築会議に混ざった。既に色々話し合った後なので、沢山ある設計図にも書き込みが追加されている。リスレスさんは、その中の3枚を見せてくれた。
「ザックス君が5千万円も出資してくれたから、一番豪華なプランで行くわよ。
先ずは木製の厩舎が5百万円と、石造りのアトリエ1千万円。どっちも貴族向けの装飾を入れた見た目にするし、明かりの魔道具も設置するわ。アトリエの方は暖房の魔道具とか、排煙を促す魔道具とか、錬金術師が欲しがる設備も設置する予定。
……そうそう、確か馬車と馬も被害にあって無いのよね? ウチの方で手配しましょうか?」
ナールング商会は、他の村や町との流通を担っている事から、馬車の方にも伝手があるらしい。
個人としてはバイクがあるから問題ないが、大人数で移動するときはやっぱり馬車が欲しい。ただし、1つ考えがあったので、保留としておいた。
「アドラシャフト領の方で先約がありますから、そちらを確認してから返答します。
フォルコ、明日はアドラシャフトへ行くんだよな? ついでにランハートの工房にも寄って来てくれ」
「畏まりました。でも、まだ少し早いと思いますよ? まだ年が明けて10日ですし」
「いやいや、ランハートは年末前から工房に籠っていたらしいからな。案外、試作品くらいは出来ているんじゃないか?」
そう、馬車の代わりにランハートが開発している『車』の試作品が手に入らないかな?と画策していたのである。初期の試作品だと実験台になる必要はあるが、俺もダメージ無効な〈騎士の護り〉を覚えたので、たぶん大丈夫。いざとなれば〈リアクション芸人〉もあるし。1回の事故で2回ダメージを喰らうような事態はそうそうないと思う。
「白銀にゃんこの店舗の方は、ザックス君の資金3千5百万円に加えて、ナールング商会からも1千万円資金提供します。計4千5百万円掛けて作るのが、この間取りね」
差し出された設計図を確認すると、元の白銀にゃんこの4倍くらいの大きさになっていた。
貴族街への勝手口側に面していた白銀にゃんこを拡張し、敷地の角に沿ってL字のカフェにしようというのだ。玄関前の庭が3分の1ほど無くなってしまうが、生垣側なので特に問題ない。敷地内でも馬車が擦れ違えるくらいのスペースは残るし、素振りとか模擬戦くらいは出来る。影響があるのは、端にあった花壇くらいか? 春に咲くよう球根が植えられていたのだが、丸ごと門の周辺へ移設するようだ。
元々白銀にゃんこが有った部分には、今までより少し大きい対面販売用のカウンターを設置して、朝のケーキ販売は継続する。そして、昼の間は増設した部分でカフェを経営する感じだな。
以前、リスレス義姉さんが話していた『新しいカフェ計画(355話)』を盛り込んだ設計になっているのであった。
ベアトリスちゃんは自分の店を持つのが夢であったし、レスミアも乗り気。ついでにスティラちゃんも「私が看板娘になるにゃ!」と意気込み十分。年末年始の屋台が盛況だったお陰で、他の皆もやる気を見せていた。
「屋台の評判も良かったけど、それ以上にザックス君の活躍とか蘇生の儀式とかで、街中で話題になっているもの。この熱が冷める前にお店を作って宣伝すれば、大繁盛間違いなしよ!」
早く工事に取り掛かりたいリスレス義姉さんの音頭で、店舗の間取りやメニューなどの話し合いが続くのだった。
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