第570話 金剣翼突撃章

 今日は新年9日、領都防衛戦から6日が過ぎている。

 俺達は溶岩撤去などの復興作業を3日間手伝った。4日目は休日だったので、ダンジョンにて街の英雄ジョブのレベリング。5日目の昨日は、ギルドの依頼で砂漠フィールドの陽鉱石を採取した。


 そして、今日はエディング伯爵に呼び出しを受けて、南の外壁上の伯爵邸へとお邪魔している。

 王都での新年会議も終わり、街の復興も順調に進み、街の外の残敵掃討や調査が進んだので、ヴィントシャフト一族を集めての状況報告会だそうだ。俺もソフィアリーセの婚約者なので、末席に参加させてもらえたのである。




 会議室に入った時のエディング伯爵とソフィアリーセの言い争いは、一旦中断された。俺以外にも、会議参加者がやって来たからである。そんな親戚の皆さんと挨拶を交わしていると、ソフィアリーセに手招きされて、隣の席に座らされた。そして、肩が触れ合うほどに身を寄せると、小声で不満を漏らした。


「(ザックス、ちょっと聞いて頂戴。お父様ったら、酷いのよ。わたくしのダンジョンを取り上げるって……)」


 報告会が始まるまで、ソフィアリーセの愚痴を聞いた。それによると、魔物のスタンピードを起こしたダンジョンが、ソフィアリーセ用の管理ダンジョンだったと調査結果が出たらしい。

 そうなると、ダンジョン内の構造が変わり、更に魔物の分布も変わる。最早、管理ダンジョンとは呼べない状態になってしまう為、娘の安全を考えてエディング伯爵は騎士団でダンジョンを潰す事にしたそうだ。ソフィアリーセには代替のダンジョンを用意すると説明があったが、それに反発したのが親子喧嘩の一幕だったのである。


「(管理ダンジョンの順番待ちをしている貴族や騎士は、沢山いるのですよ。彼らと交渉していては、どれだけ時間が掛かる事か……)」


 管理ダンジョンとは、ダンジョンを討伐して貴族になりたい者用に、ダンジョンコアが出来る最低限の階層(50層)に調整したダンジョンの事である。何時何処で発生するか分からないので領地内を巡回し、新しく出来たダンジョンを発見、保護する。更に、内部の地図を作りながら、適度にダンジョンを成長させる(放置すると育つが、魔物が溢れる事もあるので、間引きも必要)。そして、50層を超えてダンジョンコアが出来たら、それ以上育たないように、内部を間引きし続ける。


 これが第3騎士団の仕事であるのだが、かなりの人員と予算が掛かっている。その為、予算を出す貴族家の嫡男や、騎士団内の貢献が高い者から優先的に管理ダンジョンが割り振られるのだ。勿論、伯爵令嬢なソフィアリーセの優先度は高く、ヴィントシャフトの街から馬車で2時間と、かなり近い場所のダンジョンが割り振られていたのである。


 ただ、優先度があるからと言って、1個ずつズラせば良い訳ではないようだ。ソフィアリーセが街に近いダンジョンを確保していたように、場所も影響する。ヴィントシャフト以外の街や村の近くにある管理ダンジョンでも、利便性から貴族が確保したがるからだ。逆に、街から馬車で1週間以上掛かる遠方のダンジョンや、魔物の領域に近いダンジョンは人気が無い為、騎士団員に回される。それでも、絶対数が少ないので、順番待ちだ。


 エディング伯爵が娘の為に代替ダンジョンを用意するなら、街に近い所だろう。そうなると、他の貴族と交渉しなければならない。しかも権限を持つ領主故に、順番を譲って貰えた者の代替ダンジョンを用意しなければならない。その次も、その次も、と続けば時間が掛かるのは明白だ。

 色々としがらみが多く、領主の鶴の一声で、とはいかないらしい。特に領都防衛戦での被害総額が大きく、出資してくれる貴族家を無下に出来ないからである。


「(でも、わたくしはザックスとミーアと一緒に学園に通いたいわ。なんとか、ならないかしら?)」


 なんて、耳元で可愛く囁かれては、頑張る他ない。

 報告会が始まり、各種報告を聞きながら、代替案を考えた。




 話が進み、件の管理ダンジョンの報告がされた。ヴィントシャフトの街から南に位置するソフィアリーセ用の管理ダンジョンが、侵略型レア種によりスタンピードを起こした事。更に、常駐していた第3騎士団のメンバーが行方不明な事。ダンジョンの外に建設されていた管理用宿舎が破壊されていた事。ダンジョンから溢れた魔物の最大レベルは60だった事……つまり、ダンジョンが60階層へと育っている可能性が高い。


 これらの報告から、既に管理ダンジョンから逸脱しており、試練のダンジョンへ区分を変更すると決定された。これにより、第3騎士団が1層から50層までの攻略を始める事になる。

(試練のダンジョン:55層を超えて育ってしまったダンジョンの事。下層で間引きはするが、55層以上は地図も無く不明の為、挑戦出来る)


「ソフィ、サードクラスにも成っていない其方には、南門より外に出る資格は無い。

 代替の管理ダンジョンが決まるまでは、街中の第1ダンジョンの攻略を進めなさい」

「……は「あ、発言をしても宜しいでしょうか?」」


 ソフィアリーセがテーブルの下で俺の手をきゅっと握り締め、返事をする……のを遮って、俺が介入した。

 つらつらと理由が述べられたが、要は『ダンジョンが深く、難しくなったから、止めておきなさい』と言う、だけの話である。それならば、話は早い。


「試練のダンジョンになるのであれば、私のパーティーにも挑戦する資格はありますよね?

 勿論、第1ダンジョンの50層を突破して、メンバー全員と手持ちのジョブ全てをサードクラスに育ててからの話ですけど」

「……ザックス、ソフィの我儘に付き合う必要はないぞ。ドラゴンを単独で討伐出来るほどの、神授の武具を持っているのだから、お主ならば攻略出来るだろう。しかし、ここで60層ダンジョンを討伐してしまっては、ツヴァイスト・フリューゲル勲章を得るのが困難になってしまうのだぞ?」


 エディング伯爵は聞き分けの無い子供を諭すように、言葉を返してきた。

 ツヴァイスト・フリューゲル勲章とは、ダンジョンを討伐した貴族が貰える勲章の事である。別名、碧翼討伐星章。貴族の学園を卒業し、ダンジョンを討伐すると碧翼討伐星章の星一つ(アインスト・フリューゲル勲章)が貰える。貴族の証だな。

 そして、討伐したダンジョンよりも、10層以上深いダンジョンを攻略すると、星二つ(ツヴァイスト・フリューゲル勲章)が貰える。これを持っている者は、貴族の中でも一目置かれる存在として扱われるのだ。

 なので、最初に60層を攻略してしまうと、次は70層以上を攻略しないとツヴァイスト・フリューゲル勲章が手に入らない。現在ではハイムダル学園長しか攻略経験者が居ない程の難関である為、エディング伯爵は止めに来たのである。


 気遣って頂けるのは嬉しいが、俺にも勝算が無い訳ではない。新興商人のスキル〈営業スマイルのペルソナ〉と〈交渉術〉を使って笑い返した。


「勿論、60層、70層の難易度が高い事は、伺っています……しかし、それは基礎ジョブで挑んだ場合ですよね?

 私だけでなく、パーティーメンバー全員が複合ジョブのサードクラスになれば、70層の攻略も可能だと思います。

 先日、ソフィアリーセ様は魔法戦士のジョブを得ましたし、ルティルト様も聖騎士を目指して、司祭のレベルも上げています。他のメンバーも同様ですね」


 一昨日、街の英雄のレベリングついでに、他の皆の複合ジョブの準備をしたのである。ソフィアリーセにお願いして、簡易ステータスを周囲の人達に見せると、驚きの声が走った。

 ふっふっふ、魔法戦士は王族の許可が出るまで、騎士団での検証も禁止されていたので、珍しかろう。それに、他の複合ジョブ(武僧とニンジャ)も検証で誕生しているとは聞くが、まだ数人らしいからな。


 報告会に参加している親族の皆さんも、魔法戦士と聖騎士のジョブに関して興味津々の様で雑談が始まった。ここにいる人の殆どはレベル50以上なので、自分で取得するよりは子供に取らせたいと話をしている。特に、女性が聖騎士を推しているようだ。男性でも聖騎士なら、目指すのも悪くないなんて声も聞こえる。

 それと言うのも……エディング伯爵の隣に座っていたシュトラーフ第2騎士団長(ルティルト父)が、苦笑しながらルティルトに話しかけた。


「ああ、私も街の復興が終わってダンジョンに行く暇が出来たら、聖騎士を目指そうと思っていたのだが、ルティに先を越されそうだな。

 母さんがいつでも使える〈ライトクリーニング〉を欲しがっている。家の掃除はルティに任せるぞ」

「……お父様、よもや、そんな理由で聖騎士を目指すのですか?」

「はっはっはっ! そんな訳がないだろう。騎士団の長として、強く在らねばならぬ。それに、騎士を超えた聖騎士の力は、自分でも把握しておきたいのだよ。馬を持ち歩けるスキルも便利であるからな。

 理由としては6:4くらいか? ああ、母さんの方が上だぞ」


 シュトラーフ騎士団長が最後に落ちを付けると、周りから笑い声が上がった。愛妻家アピールなのか、尻に敷かれているアピールなのか分からないが大受けである。

 そう、聖騎士の情報が(上層部で)出回ったばかりだというのに、人気が出ている理由は〈ライトクリーニング〉と〈聖馬召喚〉のせいであった。俺がブラックカードの〈ライトクリーニング〉を量産しているとは言え、出回る枚数には限りがある。しかし、その便利さを体感してしまったら、もっと自由に使わせて欲しいと考えるのは人の常だろう。

 そして、馬を使う事が多い騎士は、愛馬を持ち歩ける〈聖馬召喚〉も欲しがる。更に、馬の食事もMPで代用出来るらしく、馬の維持費が掛からなくなるそうだ。


 勿論、魔法戦士の方も人気がある。こっちは、元々王族専用ジョブだった事への憧れだな。魔導士の伯父さんまでもが、魔法戦士へのジョブチェンジを考える程には影響が大きい。

 元々、世間一般の常識としては、サードクラスまで育てた後、別のジョブに切り替える人は滅多に居ない。(例外は、結婚で家に入った魔導士の女性→錬金導師くらい)

 それに、貴族としての花形ジョブ、魔導士と守護(近衛)騎士の上位互換であることも、人気の理由だな。まぁ、武僧やニンジャは色物だったので、キャリアを捨ててまでジョブチェンジする人も少ないか(剣客は、そもそも刀が出回っていない)。


 そんな話題で暫く盛り上がった後、頃合いを見てエディング伯爵が手を打ち鳴らし、注目を集めた。


「この件については、レベル50になるまで保留とする。あのダンジョンは、第3騎士団が50層まで攻略した後に、一般開放される事を忘れるでないぞ。あまり時間が掛かるようであれば、他の者が攻略してしまうだろう。

 我が娘であっても、特別扱いはせんからな」

「わたくし達は、既に第1ダンジョンの42層に居ますのよ。後、8層分くらい2週間も掛かりませんわ。

 ね? ザックス?」

「ええ、出来るだけ急ぎますけど、難関の雪山フィールドと火山フィールドが残っていますからね。そこは慎重に行きます」


 エディング伯爵がちょっと心配そうな目線を向けて来たので、安全策で行くと返事をしておいた。





 その後も報告会は続いたのだが、最後になって俺の名前が呼ばれた。


「では、今回の防衛戦において、最も活躍したザックスに勲章を授与する。ザックス、壇上に上がれ」

「……はいっ!」


 寝耳に水だったので、一瞬反応が遅れた。ソフィアリーセに肘で突かれて、反射的に立ち上がって返事をするのだった。

 皆の拍手を受けながら、部屋の端に作られた壇上へと向かう。同じく壇上へ来たエディング伯爵は、執事さんから箱を受け取ると、蓋を開けて皆に見えるように掲げた。それは、金製のメダルに剣と翼の意匠が施された勲章であった。


「領都を守れたのは、皆が一丸となって戦ったお陰である。しかし、ザックスの功績は極めて多い。

 街中を荒らした妖人族4名の討伐。妖人族が持ち込んだ雷のレア種の討伐。侵略型レア種であるディゾルバードラゴンの討伐。そして、戦死者を蘇らせた蘇生の奇跡。どれも他の者には真似出来ず、戦局を左右するものだったと評定を下す。

 これらの功績を持って、金剣翼突撃章を授与するものとする!」


 俺の左胸に、金の勲章が付けられると、割れんばかりの歓声が上がった。

 これで、村の時にもらった銀盾従事章と、ギルド騎士の勲章に続き、3つ目である。

 後に聞いた話であるが、都市を脅かす程の侵略型レア種討伐戦において、最も貢献した者に与えられる勲章が、この金剣翼突撃章らしい。今回のように、大規模な戦闘でなければ選考すらされないので、受賞者はかなり少なく、第0騎士団に数名居る程度らしい。

 これを身に着けていれば、上位貴族と同様に扱われるだけでなく、王族とも謁見が許されるそうだ。

 レグルス殿下とは、結構話せる仲になっているので今更な気もするが、それは向こうが個人的に許してくれているだけの話である。公式の場となれば、未だ貴族でもない俺は話す権限すらなかったからな。


 取り敢えず、この勲章で箔が付いたと思おう。

 ただそれよりも、今は叙勲した事への挨拶を考えないと。先に勲章が貰えると分かっていれば、コメントを考えておいたのに……エディング伯爵は良かれと思ってサプライズしてくれたのだろうけどな。

 皆さんのお祝いの言葉に手を振り返しながら、無難なコメントを考えるのだった。

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