第562話 ファイナリティ・キュアレシア

 いつの間にやら、ギャラリーが凄い人数になっていた。大通りや側道は、祭りの時以上の混雑を見せているし、周辺の建物の窓からも沢山の顔を覗かせている。それどころか、屋根の上にも人影が見えた。

 まぁ、『追悼式をする』と人を集めていた事と、舞台上で淡く光る美女が7人も増えたのが原因か?



『これより追悼式……ではなく、蘇生の儀を始める。

 これは、7人の精霊様の力を借りた、今夜限りの奇跡。皆の者、光の女神様へ祈りを捧げるのだ!

 今日、命を失いし者達の魂をお返しくださいと!

 その祈りは精霊様の力となり、奇跡を起こすだろう!

 儀式の要となる者、精霊の祝福を受けし、ザックス!頼んだ……おい、どこへ行く?』

「あ、すみません! スキルの起点はこっちの方が良いらしくて!」


 俺は7人の精霊に案内されて、舞台から降りていた。なんでも、地面の下を流れる龍脈の位置にも、良い場所と悪い場所があるそうだ。ギャラリーを掻き分けて(勝手に道を避けてくれた)移動する。


「ここだ。ここに聖剣を突き刺し、蘇生スキルの起点とする。お主は、魔法陣の外で聖楯を構えているのだぞ」


 そこは、ダンジョンギルド第1支部の前にある広場である。遺体置き場から少し離れてしまったが、魔法陣を巨大化させるから、十分に範囲に入るそうだ。

 ギャラリーの皆さんも、空気を読んだのか俺達から距離を取ってくれた。



 指定位置に聖剣クラウソラスの刀身の半分くらいまで突き刺し、距離を取る。そして、改めて〈ファイナリティ・キュアレシア〉の魔法陣を展開する。聖剣を中心とて展開された直径5mくらいの魔法陣、その円周上に7人の精霊達が降り立ち、各々の武器を突き立てた。

 すると、魔法陣が空中へと浮かび始める。7人の精霊達も武器を突き立てたまま翼を広げて浮かんで行った。


 10mくらいの高さで静止すると、7色の光が魔法陣へと伝わり、魔法陣が巨大化した。

 空を覆うくらいの巨大さである。それは、大通りの遺体置き場のみならず、周辺の建物に食い込むほどの大きさだ。ぱっと見100m以上ある。


 ギャラリーの皆さんもざわめき始めたが、エディング伯爵が一喝して祈りを捧げるように指示をすると、一斉にしゃがんで祈り始める。

 すると、今度は精霊達の武器から光の線が落ちた。7色の光の線は聖剣の鍔にある、各宝石へと繋がれる。

 次の瞬間、聖剣が膨大な光を発した。地面から湧き上がるような虹色の光が、レーザーの如く俺に向かって撃ち出される。


「おおっ!!」

「慌てるな! 上に反射しろ!」


 火の精霊の声に驚きながらも、聖楯で受け止め……斜めに反射した虹色の光が上空の魔法陣へと到達した。

 半透明だった魔法陣が、充填を開始したように線に色が入り始める。龍脈のマナを聖剣で引き出し、聖楯を経由して魔法陣へと充填しているのだ。

 これならば、俺の魔力負担は無い。しかし、あまり上を見ている余裕はなかった。聖楯で受ける圧力が強すぎて、斜めに向けるので精いっぱいなのである。上空の魔法陣が大きいので多少外しても、どこかに当たる。ただし、ギャラリーに向けてしまったら、どうなるか分からないのだ。龍脈のマナの圧力に押され1歩2歩下がると、急に後ろから出て来た手が、盾を持つ俺の手に添えられた。


「ザックス様、手伝います!」

「ええ、貴方の手をわたくし達で支えるわ!」

「ソフィ、前に出過ぎよ!」

「おい、背中は俺が支えてやるぜ!」


 レスミアとソフィアリーセが俺の両サイドについて、手を支えてくれた。肩の後ろのデカい手はベルンヴァルトだろう。心強い。気合を入れ直して、盾の角度を微調整していると、今度は腰辺りを支える手が増えた。


「ザックス、精霊様の力を借りてまで行う儀式だ! 失敗は許されんぞ!」

「ここまで来たのなら、ハッピーエンドを見せなさい!」


 声からしてレグルス殿下夫妻である。王子様達が無茶をする必要もないと、側近達が諫めに入っているが、レグルス殿下は一括して返した。


「神話にもない、精霊の儀式であるぞ! 我ら第0騎士団が参加せぬでなんとする! お前達も支えろ!」

「待て待て! 孫娘の婿なのだ、儂が支えるぞ!」


 ケイロトスお爺様やレグルス殿下の側近達が、押し合うようにして参加してくれた。

 物理的な意味だけでなく、精神的にもやる気が湧いて来た。

 ……これだけ支えてくれる皆が居るんだ!



 聖剣から放出されるマナは、確実に巨大な魔法陣を充填して行く……そして、完成した合図で魔法陣全体が光ったのを見て、叫ぶようにしてスキルを発動させた。


「〈ファイナリティ・キュアレシア〉!!!」



 次の瞬間、巨大魔法陣から光の柱が立ち上がった。その光に飲まれて7人の精霊、ヴァルキュリア達も消えて行く。

 そして、光が収まった中から出て来たのは、巨大な8枚翼の天使? いや、女神様か?

 見覚えがあると思ったら、聖楯の表面に描かれている(推定、光の)女神様だった。

 慈愛に満ちた笑みを浮かべ、胸の前で祈るように手を組む姿は、正に女神としか形容の出来ない美人である。そして、圧倒されるほどの巨大さ……宙に浮いているのもあるが、外壁よりも大きい。8枚翼を広げたら、ディゾルバードラゴンと良い勝負かもしれない。

 女神様だけでなく、8枚翼が後光のように光っているので、周囲が昼になったかのように輝いている。それを見た者は皆跪いて天を仰いだ。


 皆の注目が集まる中、女神様が組んでいた手を花咲くようにして開くと、そこから小さな光の玉が沢山出現した。女神様が天を仰ぐように手を広げると、両手の間には無数の光の玉が浮かび上がる。

 そして、背中の八枚翼が羽ばたき、風を舞い起す。


 風に乗って無数の光の玉が飛び上がって行き、同時に翼から羽根が舞い散った。

 周囲は幻想的な雰囲気に包まれる。空から多数の光の玉と、無数の数の光る羽根が舞い落ちて来ているからである。


 先に1枚の羽根が俺の元へと舞い落ちて来た。それに手を伸ばしてキャッチしようとしたが、触れた途端に霧散化して俺の身体に吸収された。これが〈ファイナリティ・キュアレシア〉の回復効果だろう。身体にあった疲労感や、魔力の使い過ぎによる頭痛がスッと消えて行ったからである。


・〈ファイナリティ・キュアレシア〉:ジョブが英雄系に限り使用可能となる。神に祈りを捧げ、慈愛と癒しを賜る。

 指定範囲内の味方全員のHP、状態異常、デバフを完全回復する。死後6時間以内ならば、蘇生も可能であるが、亡くなった時と同じ龍脈上でなければならない。また、遺体が残っていない者、寿命が尽きた者には効果が無い。


 周囲の皆も、羽根に触れて驚きの声が上げている。特に、ギャラリーの中からも大声を上げて土下座をするお爺さんが居た。


「おおお!! 昔、魔物に喰われた腕が生えて来たぞい! 万年痛んどった腰痛もじゃ!

 光の女神様……感謝、感謝致しまする!」


 かなり巨大な魔法陣だったので、ギャラリーの多くも対象になったのだろう。それにしても、古傷まで治してくれるとは思わなかったが……テオとプリメルちゃんも何処かに居るのか? この効果で怪我が治っていると良いのだけど。


 周囲を見回すが、流石に人が多すぎて見つける事は出来ない。そうこうしているうちに、光の玉が遺体置き場へと降り注いだ。無秩序に落ちるのではなく、どの遺体に落ちるのかが決まっているように、吸い込まれて行った。

 一人に付き1つの光の玉が吸い込まれた次の瞬間、遺体が淡く光り、身体が修復されて行く。殆どの者は、布で隠されているので詳細は見えない。しかし、頭が無い等の欠損している者は分かりやすい。頭の部分の布が盛り上がり……飛び起きた。蘇生された彼は、被さっていた布を剥ぎ取り、周囲を見渡している。状況は分からないのだろう。


 同じように、遺体置き場にあった全ての人が次々に蘇生されて行き、起き上がった。中には上半身裸で悲鳴を上げる女性も居て……確かあの辺りは、溶岩に巻き込まれた人だったような? 服までは復元されなかったようである。まぁ、掛けられていた布で身体を隠しているし、友人らしき人達が外套を掛けたので大丈夫だろう。

 他にも、蘇生した騎士が、同僚の騎士達に生還を祝われて揉みくちゃにされている。そんな光景が至る所で起きた。



 光の玉と羽根が全て落ち切る事で、効果が終了したのだろう。光の女神様も霧散して消え始めた。周囲の光量が落ちて、夜に戻り始めると、皆も気付く。夜の闇に霧散していく残光に対し、改めて祈りを捧げるのだった。


 完全に夜へと戻り、しんと静まり返るなか、エディング伯爵が宣言を言い渡す。


『これにて追悼式、改め蘇生の儀を終了する。奇跡を授けて下さった光の女神様と、精霊の皆さまに感謝の祈りを捧げると共に、祝勝会の開催を宣言する!

 酒蔵を開け! 街を守った英雄たちに勝利の美酒を届けるのだ!

 今宵の宴は、領主である私の奢りである!

 皆、大いに騒ぎ! 生きている事を実感せよ!』

「「「「「「うおおおおぉぉぉ!!」」」」」」


 その場にいた全員が、喜びの声を上げ、お祭り騒ぎになるのだった。いや、元々お祭り期間なので、再開と言った方が正しいか。いつの間に手配していたのか、舞台の周囲にヴィントシャフト家のメイドさん達が列をなしてやってくると、アイテムボックスから酒樽を取り出して並べ始めた。


 酒と聞いた騎士達が群れを成して移動し始める。他にも蘇生した人と無事を喜び合う人達も盛り上がりを見せている。

 南門前が熱狂の渦に包まれる中、更なる燃料が投下された。ダンジョンギルド前に居た受付嬢や職員の皆さんが、広場に屋台を広げ始めたのである。


「はいはーい! ダンジョンギルドからも、お酒とお肉を提供します! 屋台を広げるから、ちょっとスペース開けて!」

「避難物資として確保した食材が余っているからな! ウチのカフェテリアの料理人達が腕を振るうぜ!

 おい、つまみも頼むぞ!」


 受付嬢の皆さんが屋台の準備を始め、さっそく飲み始めたギルドマスターが料理人につまみを催促する。

 それを聞いた商業ギルドも声を上げた。


「屋台を出店していた者に依頼する! 大通り沿いに屋台を出展させるのだ!

 どうせ、午後からの食材が余っているだろう?! 必要経費は領主様に請求するので、配った数だけ売り上げになるぞ!

 さあ、屋台の場所は早い者勝ちだ! 急げ急げ!!」


 その声に、商売っ気が逞しい店主達が我先にと動き出した。避難する時に屋台ごとアイテムボックスへ格納していたのだろう。大通りの両脇には、先を争うようにして屋台が設置され、ランタンでライトアップされて行く。


 こうして、蘇生の儀式の熱が冷めやらぬまま、夜の祭りへと移行した。各所でお酒が配られ、屋台料理が振舞われる。今夜だけは無礼講の様で、貴族らしき人達も街の人達と乾杯して大笑いをしていた。人が多過ぎて座る場所もないが、皆さん立ったまま飲み食いして騒いでいる。

 それもそのはず、〈ファイナリティ・キュアレシア〉で疲れが吹っ飛んだから、皆元気いっぱいなのだ。

 更に舞台上では、劇団『妖精の剣』の音楽隊がライブを始める。女性ファンが舞台に詰めかける等、夜のお祭りは大盛り上がりになって行った。



「ザックス様、私達も行きましょう! ホラ、あそこの屋台、以前に入れなかったお店ですよ!」

「ミーア、わたくしも行きます! ザックス、これだけ込み合っているのです、腕を離してはいけませんよ」


 俺もソフィアリーセをエスコートしつつ、レスミアに手を引かれて屋台へ繰り出した。





 その晩……深夜過ぎに家に帰って寝る前に気付いたのであるが、新しいジョブが増えていた。


・基礎レベル48→50     ・アビリティポイント53→54

・騎士レベル48→50     ・トレジャーハンターレベル47→49

・ニンジャレベル46→47   ・賭博師レベル45→46

・街の英雄レベル1【NEW】  ・近衛騎士レベル1【NEW】


 騎士がレベル50になった事で、サードクラスの近衛騎士が増えている。そして、待望だった英雄系のセカンドクラスもだ!



【ジョブ】【名称:街の英雄】【ランク:2nd】解放条件:村の英雄Lv30、滞在している街の住民の認知度(自身の名前)が80%以上。もしくは、自身よりLv40以上高い敵を単独で倒し、街の住民の8割から感謝される。

・街を守りし英雄。彼が居れば、どんな脅威が来ても街は安心だと、住民が安堵する程である。

 高いステータス補正に、光属性と雷属性のスキルを多数覚える為、同レベル帯では一線を画す強さを誇る。

 しかし、まだまだ道半ば。更なる高みを目指して研鑽しよう。


・ステータスアップ:HP大↑、MP大↑、筋力値大↑、耐久値大↑、知力値大↑、精神力中↑、敏捷値中↑、器用値中↑

・初期スキル:村の英雄スキル、無我の境地、雷光閃、HP自然回復量中アップ



 ……この解放条件、もっと小さな街だったら楽に取得出来たんじゃね?

 よりにもよって、領内で一番大きい領都で達成するとは。






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小ネタ

 解放条件に『街の住民の認知度(自身の名前)』なんてありますが、

 『第391話、騎士の叙勲式とデモンストレーション』の小ネタで折れたフラグが、ここの事でした。


 391話は叙勲式の最中、ギルドマスターの計らいで白銀にゃんこのケーキ販売の宣伝をした回です。

 その為、ザックスの名前よりも、白銀にゃんこの名前の方が売れてしまったのですね。

 ケーキ販売は元より、その後のブラックカードの納品についても、白銀にゃんこの名前が先行してしまった為、街の英雄を取得出来ませんでしたw

 ここでケーキ販売ではなく、銀カードを販売する『ザックス工房』として名前を売っていたら、違った展開になっていた事でしょう。多分、ケイロトスお爺様との一騎打ちや領都防衛戦は、もう少し楽になっていたと思うw



 街の英雄の品評と、初期スキルの詳細、そして近衛騎士のデータは次回をお待ち下さい。

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