第560話 精霊達の助力

 バスケットボールサイズの赤い光の玉……その中に居る火属性の精霊が、両手を合わせて合掌し軽く頭を下げた。


『(祝福を持つ者よ。魔物に捕らわれていた我を開放してくれた事、感謝致す)

 (なれど、魂魄結晶に封印するのは、些か乱暴ではないか? 力を弱めていた我には丁度良かったともいえるので、不問にしよう)』

「火の精霊様! 魂魄結晶に固めたのはすみません。聖剣 天之尾羽張にそんな機能が備わっているとは、知らなかったもので……元気になられたのなら、良かったです」


 水の精霊よりも大きく出現したのは、魂魄結晶の宝玉をエネルギーとして取り込んだからだろう。ちょっと勿体無い気もしたが、使い道が無い事を考えると、精霊が取り込める事が分かっただけで良いと思おう。どうせ、棚ぼたで手に入ったた物であるからな。

 ただ、今回も俺の言葉は通じないようであった。ライオン獣人な火の精霊は、腕組みをすると首を傾げる。


『(声が届かぬとは……あれ程の魂魄結晶を浄化できる者にしては、位階が低いのか?)

 (しかし、あれだけの魂魄結晶を貰ったとあれば、祝福を授けるだけでは、足りぬな……)』


 鎧武者見たいな恰好をしている辺り、義理堅い武人なのだろうか?

 向こうの声は聞こえるが、こっちの声が届かないのがもどかしい。悩みモードに入ってしまった火の精霊を見守っていると、不意に肩を叩かれた。いつの間にやらレグルス殿下が近くに来ていたようだ。


「ザックス、これは本当に精霊様なのか?

 報告に有った光の玉よりも、大きいではないか?」

「あ、ハイ。火の精霊様です。ディゾルバードラゴンを倒した後に出来た魂魄結晶を取り込んで、大きくなったみたいで……」

「ザックスは精霊様の声が聞こえるのよね?

 水の精霊様だったら、わたくしにも聞こえたのかもしれないのに、残念だわ」


 ソフィアリーセも舞台に上がり、耳に手を当てて耳を澄ましていた。精霊の声が聞こえる云々は、以前風の精霊の声を聞いたトゥータミンネ様の経験談である。祝福を得ている者は、その属性の精霊の声を聞くことが出来ると推察して報告書にまとめておいたのだ。ただ、n=1なので断定出来ないところである。


 暫し悩んでいた火の精霊だったが、地面に広がる〈ファイナリティ・キュアレシア〉の魔法陣を見ると、何かを思い付いたように手を叩いた。


『(蘇生の魔法陣に、大量の死体か……なるほど、我を取り込んだ魔物との戦闘で亡くなった者達か。他の者を救いたいと願う心意気は天晴れなれど、高位の蘇生魔法を扱うには位階が低過ぎる。

 ……ならば、我が力を貸そうではないか!)』


 火の精霊がふわりと浮かび上がり、俺の少し上を旋回した。赤い光の粒子が降り注ぎ、聖剣クラウソラスも勝手に出現して光の粒子を取り込んで行く。火の祝福が貰えたのだろう。ただし、ここからが少し違う。聖剣クラウソラスの柄に纏わりついた火の精霊は、それを宙に飛ばし、俺が持っていた聖楯にはめ込んだ。


『(火属性の使い魔を呼ぶのだ! 我の仮初めの身体としてやろう!)』

「……あっ、これか?〈プリズムソード〉!」


 聖楯に鞘ごとマウントされていたので、使い魔と言われれば直ぐに合点がいった。〈聖剣共鳴〉の力を使い、火属性を指定して紅玉のヴァルキュリアを召喚する。

 聖剣の鍔にある赤い宝石から光が飛び出す。その光は人型へと姿を変え、純白の翼の生えた女性騎士が姿を現した。祝福を受けたせいか、武器が槍に変わっている。そんなヴァルキュリアに火の精霊が重なるようにして吸い込まれて行った。暫し、静止してしまったヴァルキュリアだが、直ぐに動き出す。槍を持っていない左手を開いたり閉じたり、「あー、あ~」と発声練習をした。

 なるほど、『我の仮初めの身体』とはこの事か。


「ええと、中身は火の精霊様になったのですよね?」

「うむ、ようやく声が聞こえたのである。使い魔の身に宿る事で、一時的に精霊の輪より外れ、個に存在を落としたのだ。

 ……では改めて、我を救った礼の代わりに、彼等の蘇生を手伝ってやろう。

 聖剣の力を借り、この地の龍脈に干渉して魂を呼び戻すのだ」


 ……情報量が多い! ついでにライオンの重厚な声から、美女の澄んだ美しい声に変わっているのも違和感が凄い。

 鬣があるから元は男だよな? 美女の姿にTS(trans sexual)しているのに、全く動じていない。

 いや、元々精霊に性別があるのかは分からないか。深く考えないで、武人口調な女騎士と思っておくか。


 そんな火の精霊は、聖剣クラウソラスに手を伸ばすと、鍔にあるアメジストを軽くノックした。すると、その衝撃で押し出されたかのように、紫色の光の玉が転がり出て来る。確か、カメレオントールを倒した後に出て来た雷の精霊だ。


「ああ、やはり居たな、雷の。話は聞いていたのだろう? 手伝え」

『(私も魔物から解放してもらったから、手伝いたいのは山々だけど、マナと祈りが足りないわ。無理……他の私に頼んでちょうだい)』


 火の精霊にキャッチされた雷の精霊は、その手の中で弱々しく点滅した。まだ、カメレオントールから解放して数時間、弱ったままの様だ。しかし、こんな時こそ使い道が少ないアレを使う場面だろう。ストレージから魂魄結晶の粒を取り出して、雷の精霊へ差し出した。ただし、雷の精霊に俺の声は聞こえないので、火の精霊へ通訳を頼む。


「この魂魄結晶で力を回復させる事は出来ませんか?」

「おお、まだ持っておったのか。丁度良い。

 おい、献上品だそうだ」

『(あらあら、悪いわね。ちょっと小さいけど……これなら少し力を貸すくらいは出来そうよ)』

「うむ、では祝福を持つ者よ。今一度聖剣を使い、雷の使い魔を呼び出すのだ」


 砂粒サイズの魂魄結晶を取り込んだ雷の精霊は、少しだけ光の玉が大きくなった。そして、火の精霊の指示通りに、〈プリズムソード〉を使い、紫水晶のヴァルキュリアを召喚すると、それに雷の精霊が乗り移る。


「うん、千年ぶりくらいの現界だけど、悪くはないわね。

 でも、私達2属性じゃ、龍脈に干渉するのは難しいわよ?」

「それに関しては、聖剣に掛けられた祝福の縁を使い。我が残りの属性を引っ張ってこよう。

 なに、我は貰った魂魄結晶のお陰で、力は潤沢なのでな。近くにいる精霊を引き寄せるくらいは出来る筈だ」


 そう言った火の精霊は、クラウソラスの鍔の宝石の一つに手を触れた。そして、手を赤く光らせ力を籠めると……引っこ抜くようにして、青色の光の玉を取り出した。

 急に取り出された水の精霊は驚き、光の玉の状態で暴れ始める。


『(何事じゃ!! ……おい、火の。無理やり呼び寄せるとは、どういった了見か! つまらぬ理由ならば、その炎を消火してやるぞ!)』

「落ち着け、水の。実はだな……」


 水の精霊が体当たりをしていたが、ヴァルキュリアの身体に入って居る火の精霊はビクともしない。その状態で簡単な説明をすると、何とか落ち着いてくれたようだ。無理矢理呼ばれた水の精霊も少し弱っているらしいので、魂魄結晶の粒を進呈し、〈プリズムソード〉でヴァルキュリアの身体を用意した。


「ふむ、泉に居る私が世話になったようである。龍脈に干渉する手伝いくらいはしてやろう」

「あ、もしかしてルイヒ村近くの泉で祝福をくれた精霊様ですか? お久しぶりです」

「記憶を共有しているだけであり、私であって私ではない。精霊とは個にして全、全は個でもある」


 ……クラウドサーバーにでも繋がっているのかな?

 人魚のような姿は見えず、青い光の玉のままだったので半信半疑だったが、違う個体だったようだ。



 こんな調子で、火の精霊は他の精霊を引っこ抜いて呼び付けた。

 俺はその度に魂魄結晶の粒を献上し、ヴァルキュリアの身体を用意する。途中でMPが足りなくなったので、充填待機させていた〈ファイナリティ・キュアレシア〉の魔法陣をキャンセルし、魔道士のパッシブスキル〈魔力回収〉の効果でMPを回復させた。


【スキル】【名称:魔力回収】【パッシブ】

・自身が充填した魔法陣をキャンセルする際、魔力を回収してMPを回復する。



 こうして、火、水、風、雷、氷の5種類の精霊が揃った。

 残るは土と光だけなのであるが、祝福を貰っていない種類なので、聖剣を媒介にして呼び寄せる事は出来ないらしい。

 良い機会なので、残りの精霊にはどこに行けば会えるのか聞いてみた。


「うむ、精霊はその属性が色濃くなっている場所に居る事が多い。我であれば、調理場や鍛冶場、火山などであるな。ただ、前者であるほど弱く薄い存在の精霊である。意思疎通が取れるかは微妙なところだ。

 土の精霊であれば、地面があればどこにでもいる。出来れば龍脈の近くが良い。勿論、土魔法で作られた石の都も例外ではない。

 ……ちょっと探ってみようではないか」


 知りたかった情報ではあるが、『その属性が色濃くなっている場所』が分かり難いのだよな。

 そして、『土魔法で作られた石の都』とは、〈ストーンウォール〉の石材で作られた石田畳や、建物、外壁の事を差すようだ。こっちはこっちで、身近過ぎて気付きもしなかった。


 火の精霊はしゃがみ込んで石畳を触り、手を赤く光らせ力を籠める……少し時間が掛かったが、茶色の光の玉を引っこ抜いた。例に及ばず、無理矢理連れてこられた土の精霊は怒っているが、その怒りは他にもあったようだ。


『(あっ! てめえ、火の野郎! よくも俺の縄張りを荒らしやがったな!)』

「む、済まぬ。我を取り込んだ魔物の仕業であるが、我の力が土地を火属性に固めてしまったのは、弁明もしようがない。その上で、力を貸してもらいたいのだが……」


 火の精霊が説明をするのだが、土の精霊は怒ったままである。詳しく聞いてみると、どうやら外の溶岩が問題らしい。

 既に溶岩は冷え固まっているのだが、属性的に火属性らしく、元々あった地面(土属性)の力が弱まっているそうだ。冷えてしまえば岩なので、何百年か放っておけば火属性が抜けて土属性へと変異するらしいが、気の長い話である。

 しかし、問題が溶岩ならば、除去すれば良いだけじゃないか?

 そんな提案をしてみたところ(火の精霊が通訳)、エディング伯爵も助け舟を出してくれた


「ドラゴンが吐いた溶岩を除去するのであれば、我が騎士団が後始末をしましょう。

 土の精霊様には感謝をしております。今後とも、この地の実りにお力添えを頂けるようお願い致します」

『(……チッ! 仕方ねえなぁ。

 人の理など知らないが、最近何百年かはここいらのダンジョンは安定している。人間の管理が上手いお陰だろう。

 それに免じて、今回は力を貸すぜ)』



 エディング伯爵だけでなく、代々の経営が褒められた事で、側近の皆さんまで喜びの声を上げた。

 そして、魂魄結晶の粒を受け取った土の精霊は力を回復させ、俺達の頭上を旋回する。すると、茶色の光の粒子が俺とエディング伯爵に降り注いだ。

 もしかすると、エディング伯爵も土属性の祝福が貰えたのかもしれない。そんな話をしたら、エディング伯爵は誇らしげに笑みを浮かべた。

 ただし、それを聞いていた土の精霊から『(祝福してやったが、縄張りを元に戻さなければ後で取り上げるからな)』と釘を刺されてしまった。




 土属性、虎目石のヴァルキュリアの身体を召喚した事で、6属性が揃った事になる。ただ、残る光属性が問題なのだ。既に日が落ちているので、召喚の媒体に使えないのだ。街灯の魔道具による光じゃ弱すぎて駄目らしい。

 6色のヴァルキュリア達がアレコレと話し合った結果、ダメ元で試す手段を提案された。


「光の奴は、気まぐれであるからな。機嫌が良ければ手伝ってくれるかも知れぬぞ?」

「無理矢理呼び出した時点で、不機嫌にならないかしら?」

「どの道、呼びかけてみるしかないか。誰か光魔法を使える者は居ないか? それを媒体として繋げるので、出来るだけ強い魔法が良い」

「あー、一応使えますけど、ランク0とランク1しか使えません」


 村の英雄では、ランク1止まりなのだ。〈ライトクリーニング〉は大人気で銀カードも飛ぶように売れるのだが、魔法としては便利魔法のランク0である。弱過ぎるか?

 しかし、他に使い手となると、ハイムダル学園長を呼んでくるほかない。蘇生まで6時間と制限がある中で、王都から連れてくるのに間に合うか?

 そんな話をエディング伯爵と相談していると、レグルス殿下が割り込んできた。


「ああ、光魔法が使える者ならば、私の部下にも居るぞ。アンスブラント、来い!」


 すると、周辺を警戒していた騎馬が1人やって来た。騎乗しているのは黒い鎧の騎士なので誰だか見分けは付かないが、乗っている馬に見覚えがあった。他の馬より一回りほど大きく、白い馬鎧を纏っている……それは、ディゾルバードラゴンに体当たりをして指揮所から吹き飛ばし、更にその腹を後ろ蹴りしていた馬だった。


「緊急事態だった故に、話すのが遅れたな。

 第0騎士団で初めて聖騎士のジョブを得た私の従弟、アンスブラントだ」


 ……先を越された!?

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