第559話 勝利宣言と儀式の準備
ディゾルバードラゴンを切り捨て、そのまま壁走りで頂上へと辿り着く。直ぐさま振り返り、胸壁の上から見下ろしてディゾルバードラゴンが霧散していくのを見届けた。霧散化したマナの煙は、天之尾羽張のエネルギーブレードに集まり吸収されていく。そして、深紅のエネルギーブレードは、ディゾルバードラゴンのマナを全て吸収すると、ルビーの如く輝きを放つのだった。
〈敵影感知〉の反応も消え、ようやく討伐した事に実感が湧いた。上は大丈夫だったのか?と、領主の館4階にある指揮所へと目を向ける。すると、沢山の人達が上のバルコニーから顔を覗かせていた。その中から、レスミアとソフィアリーセが弾ける様な笑顔で手を振ってくれているのを発見し、手を振り返す。
「ザックス様、お疲れ様です! 格好良かったですよ~」
「疲れているところ悪いけど、上に登って来なさい。お父様がお呼びよ!」
「分かった、直ぐに行く!」
領主の館の側面、窓ガラスの無い部分を壁走りで登り、バルコニーへと上がった。すると、指揮所に居た人たちや劇団員の皆さんから、拍手で迎え入れられた。少し照れてしまうが、ぱっと見ここには被害者は居なさそうでほっとする。いや、バルコニーが半壊状態なのを見たら、心配もするわ。ディゾルバードラゴンが着地した跡なのだろう。一番外側にある手すりは見る影も無く崩れ去っており、石造りの床までドラゴンの足型に陥没しているくらいなのだ。
恐竜の足跡の化石みたいで、少し格好良いかも?などと考えていると、レスミアとソフィアリーセが寄ってきて抱き着いて来た。そして、奥の部屋からもエディング伯爵とレグルス殿下が顔を出した。
「ザックス、よくぞドラゴンを討伐した! お主を一族に迎え入れた事こそが、この街を救ったと言っても過言ではあるまい。さあ、街を守った皆に向けて、勝利宣言をするのだ!」
「うむ、あれ程の戦いを見せたのだ。一番活躍した者が宣言するべきであろう」
レグルス殿下が合図をすると、メガホンみたいな拡声器の魔道具を持った騎士2名が俺の元へと駆け寄ってくる。そして、レスミアとソフィアリーセが離れた後に、俺の左右に付き口元へとメガホンを掲げた。
急に勝利宣言と言われても困るが……取り敢えず、目立つようにルビー色に染まった天之尾羽張を垂直に掲げる。気が付けば夕方になり、夕日で空が赤く染まっている。その夕日の赤に負けないよう、剣を軽く回してから再度、上に突き上げた。
『侵略型レア種、ディゾルバードラゴン、討ち取ったり!! 勝鬨を上げろ!!!』
「「「「「おおおおお!!!」」」」」
俺が勝利宣言叫ぶと同時に、劇団の宮廷楽師達が勝利のファンファーレを奏でた。すると、中央付近から歓声と万雷の拍手が起こり、それは外壁の左右へと伝播した。昼過ぎから夕方まで、半日もの長時間の戦いだったからな。皆、勝利を喜び、無事に乗り切ったことを喜び合った。
そして、騒ぎが少し落ち着いたところで、エディング伯爵が拡声器の魔道具で声を上げる。
『ヴィントシャフト領主、エディングである!
侵略型レア種を討伐したのは聖剣使いザックスであるが、他の皆も良くぞ戦った! あれ程の数の魔物を防ぎ切ったのも、街を守らんと一丸となったお陰であろう。
このまま祝勝会と行きたいところではあるが……先に命をとして戦った者達の追悼式を行いたい。
全員に最優先の指示をする! 亡くなった戦友達の亡骸を南門前の広場へ集めよ!
特に外で亡くなった者や、外壁から落ちた者の回収を急がせるのだ! 日没が近い、騎馬隊は馬を走らせよ!
街中の方は避難した住民達にも知らせ、捜索に当たらせよ!』
エディング伯爵の指示の元、怪我人以外が慌ただしく動き始めた。馬車の中で俺が相談した事ではあるが、追悼式という名目にしたようだ。まぁ、間違ってはいない。
俺も南門前の広場へ向かおうとしたところ、天之尾羽張が邪魔で屋内にも入れない事に気が付いた。
……どうやったら、『神威抜刀』状態を解除出来るんだ? 特殊アビリティ設定から外すしかないのかね?
などと考えた事がキーになったのか、天之尾羽張の鍔が動き始めた。
元々鞘が二つに割れて鍔になっていたのが、元に戻ろうと閉じ始めたのである。それも、ルビー色に輝くエネルギーブレードを飲み込んでいく。何というか……掃除機のコードとか、伸ばした巻き尺を戻す感じか?
20m以上あったエネルギーブレードを飲み込んで行くにつれ、天之尾羽張自体もルビー色に輝き始める。夕焼けの光に負けない程に閃光を放ちながら、鞘が閉じた。すると、今度は天之尾羽張全体の光が凝縮し、鞘から柄へ移動し、柄頭にて丸く排出された。
地面に落ちた赤い光は徐々に薄くなっていき、そこに残されたのは、虹色に淡く光る丸い宝石だった。
「あれ? これって、魂魄結晶か?」
拾ってみるとテニスボール大、手の平サイズであるが、ずっしりと重く感じる。虹色に淡く光っているのは、ネクロドッペルミラーを聖剣で破壊した後に生み出される魂魄結晶と同じに見えた。ただし、真ん中にルビー色が残っている感じがする……
取り敢えず、〈詳細鑑定〉をしておくか。戦闘が終わったので天之尾羽張をポイントに戻し、〈詳細鑑定〉と〈MP自然回復量極大アップ〉、〈無充填無詠唱〉をセットした。
【元素】【名称:魂魄結晶の宝玉】【レア度:S】
・龍脈の歪みを浄化した後に出来る結晶体。偏りの無い純粋なマナの塊であり、精霊や天使といった上位存在のエネルギー源にもなる。ただし、高密度に圧縮されている為、定命の者に扱える代物ではない。
現在、※※※を中に取り込んでしまっている。
……何か忘れていると思ったが、ディゾルバードラゴンが取り込んでいた精霊!
天之尾羽張がドラゴンのマナごと吸収して、魂魄結晶の中に固めてしまったようだ。多分、中心にあるルビー色の部分だよな?
中から出てこないかな?と、ノックをしたり、魔力を込めてみたり(反発して魔力は入らない)したが反応は無い。レスミアとソフィアリーセにも見せて一緒に考えてもらっていると、レグルス殿下に呼ばれた。
「ザックス、例の件の打ち合わせをしながら、下の広場へ降りる。其方も一緒に来い」
「はい、直ぐに行きます」
取り敢えず、魂魄結晶の宝玉に付いては後回しにした。ストレージへ放り込んでおき、俺達も下に向かう馬車に乗り込んだ。
馬車には行きに乗ったメンバーが乗車しており、打ち合わせが始まった。俺がディゾルバードラゴンと戦闘をしている間に、エディング伯爵は先んじて指示を出していたようで、平民街と貴族街の両方で亡くなった方の捜索が始まっていたそうだ。
「うむ、6時間と言う制約があるのだ。ならば、防衛戦の序盤で亡くなった者から処置しなければ間に合わぬであろう?」
「あの溶岩弾の攻撃で、私の第0騎士団にも被害が出ている。順番は後でも構わぬが、確実に蘇生を頼む。
騎士団に所属している以上、団員は命を掛ける覚悟をしているが、犠牲が出ないことに越したことはない。
こちらに持ち込んだハイマナポーションは、全て提供して構わぬ……いや、回復時間を考えたら、先程使っていた聖剣に魔法を吸わせ方が早いかもしれないな」
「あー、アビリティポイント的にぎりぎりですけど、聖楯と天之尾羽張の同時使用は出来ますね。ただし、魔力を込めるのは自力で行わないといけないので、〈無充填無詠唱〉とハイマナポーションの組み合わせと、どちらが早いか……いや、〈魔法切り払い〉で魔法を吸収して、回復してから特殊アビリティ設定を切り替えて〈無充填無詠唱〉を使うのも有りか? 少し手間ですけど。
どちらにせよ、1回使用するのに、どれだけのMPが要るかに依ります」
蘇生と言う文言が出たので察せる話だと思うが、亡くなった方への追悼式とは出まかせであり、正確には蘇生式である。
まぁ、事情を知らない一般人の皆さんに『犠牲者が沢山出たけど、蘇生するから安心してね!』なんて話しても、信じてもらえる訳が無い。教会(司教ジョブ)でも欠損を治すまでしか出来ず、死者蘇生なんて伝説上の出来事であるからだ。
(※第3話にて、エヴァルト司教が蘇生魔法を語っている)
そして、この話の要となるのが聖楯の固有スキル〈ファイナリティ・キュアレシア〉である。〈スキル鑑定〉の結果は以下の通り。
【武具】【名称:
神の金属と呼ばれるオリハルコン製の盾。どのような攻撃であっても、傷付く事は無い。
単独でも強力な付与スキルで追随を許さないが、コストも重いので相応のレベルがなければ扱う事すら出来ない。また、聖剣と名の付く武器を同時に装備する事により真価を発揮する。
【破壊不可】【盗難防止】【自動回収】
・固有スキル〈聖剣共鳴〉〈ファイナリティ・キュアレシア〉〈ディヴァイン・テリトリー〉〈全状態異常耐性極大アップ〉
・〈聖剣共鳴〉:『聖剣』と名の付く武器を、聖楯の裏にマウントした場合に効果を発動する。
聖剣クラウソラスの場合、〈プリズムソード〉の数だけヴァルキュリアを召喚し戦わせる。
・〈ファイナリティ・キュアレシア〉:ジョブが英雄系に限り使用可能となる。神に祈りを捧げ、慈愛と癒しを賜る。
指定範囲内の味方全員のHP、状態異常、デバフを完全回復する。死後6時間以内ならば、蘇生も可能であるが、亡くなった時と同じ龍脈上でなければならない。また、遺体が残っていない者、寿命が尽きた者には効果が無い。
・〈ディヴァイン・テリトリー〉:英雄系フォースクラス以上に限り使用可能となる。戦闘空域の上空に魔方陣を展開し、神性を持つ者、及び英雄系ジョブの全ステータスを神威へと引き上げる。また、神性を持たない敵のステータスを大幅に下げ、更に聖鎖で拘束をする。
以前、〈ファイナリティ・キュアレシア〉を試した時は、MPの大半を注ぎ込んで魔法陣の半分しか溜まらなかった。(※『第416話、強力なのに使えない特殊武具達』より)
あの時は村の英雄をセットしていなかったので、満タンに貯めても発動は出来なかっただろう。そして、俺のMPを200%充填すれば、蘇生させられると思う……実際に使うのは今回が初めてであるが、〈スキル鑑定〉さんが蘇生出来ると言っているので、それを前提として今回の計画が練られた訳である。
まぁ、〈ファイナリティ・キュアレシア〉の魔法陣は、範囲魔法と同じくらいの大きさだ。直径5mの円の中に遺体並べて蘇生すれば、多少人数が多くても、6時間制限の間に生き返らせられる……筈。
馬車内で話し合いを続け、式の段取りを決めた。
下の大通りに到着すると、エディング伯爵は用意されていた仮設舞台に上がり、部下に指示を出していく。レグルス殿下は教会に話を付けてくれるそうで、フェリスティ様や護衛騎士を引き連れて大通り沿いにある教会へと向かって行った。
南門前には簡易的な演台が設置され、大通りにはロープが張られていた。ロープの内側には遺体が並べられており、担当の騎士以外は立ち入らぬように、制限されている。俺もストレージに格納していた遺体(カメレオントールに頭を喰われた人達)を引き渡しておいた。
そこへ周辺の捜索に出ていた者達が戻って来ては、黒焦げの遺体を並べ、隠すように布を掛けた。
騎士達の会話が少し聞こえたのだが、どうやら溶岩弾が外壁を溶かした際、階下に居た後方要員が巻き込まれたそうだ。この他にも、開け放たれた南門から騎馬隊が戻ってくると、バラバラになった遺体を置いていく。こちらはバウンスハルピュイアに落とされた人達らしい。あまりにも無残な遺体には、全身を隠す大き目の布が掛けられる。
予想以上に犠牲者が多い。俺は街中で戦っていたせいか、多くても100人くらいかと推測していたけれど、実際は集めている途中で数倍を超えていた。
この頃になると、ギルドに避難していた人達が、続々と戻ってくるようになる。自宅や職場の被害状況確認や、遺体の回収に向かっていた人達だ。中央門も特別に解放されたようで、平民街からも続々と人が集まってくる。
そんな彼らの目的は、防衛戦に参加していた家族や友人の安否確認だ。しかし、騎士団側も団員の安否確認が把握出来ていない状況で住民達が押し寄せたので、混雑に拍車が掛かった。それと、遺体に布が掛けられて、誰か分からないのも不安を煽ったようである。
遺体置き場を担当している騎士が説明しているが、人数が足りない。その状況を見かねて、壇上で指示を出して回っていたエディング伯爵が、拡声器の魔道具で周りに呼びかけた。
『我が街の者達よ、静まれいっ! ヴィントシャフト領主、エディングである!』
その言葉を掛けただけで、喧騒が一気に静まり返った。流石は領主様である。周囲が聞く体勢に入ったところで、エディング伯爵は状況説明をする。
『街を襲いに来た大量の魔物軍団、及び侵略型レア種は討伐したが、未だ被害状況の調査をしているところである。
それまでは勇敢に戦った家族の、仲間の無事を祈るのだ。この後、精霊の力を借りた儀式を行う予定である。光と闇の神に祈りを捧げ、その配下である精霊に助力を願うのだ』
すると、手前に居る住民達が一斉に跪いて祈りを捧げ始める。恐らく貴族街の人達だな。遅れて跪いたのは平民街の皆さん。ちょっと戸惑いが見えたが、他の人をまねて祈りを捧げ始めた。
因みに、『精霊の力を借りた儀式』等と言ったが、実際は聖楯の〈ファイナリティ・キュアレシア〉を使うだけである。聖剣と同じく、聖楯も精霊から授けられた特別な武具として説明するために、こんな儀式めいた事になったのであった。
既に日が暮れ、魔道具の街灯が点灯されていく。レグルス殿下は教会への説明を終えて、法衣を着た司教達と共に戻って来た。そして、南門から戻ってくる騎馬隊も少なくなってきた。遺体の回収リミットが近い。
そんな折、俺の出番が回って来た。最初に〈ファイナリティ・キュアレシア〉を使って蘇生をして見せるのだ。試し撃ちともう言う。そして、成功したのならば、精霊から授けられた特別な武具と紹介するのである。
壇上に上がり、聖楯を掲げる。そして、〈ファイナリティ・キュアレシア〉の点滅魔法陣を出した。遺体置き場の一番手前を指定し、6人分を範囲に入れると充填を開始する。1回使用するのに、どれくらいの魔力と時間が掛かるのか把握する為、最初は素の状態で準備をする。
最大MPの半分を注いだところで、ハイマナポーションを1本飲み干す。この時点で、十分の一くらいしか充填出来ていない。
……不味い。このペースだと500%ぐらい注がないと完成しないぞ。対象人数が多いので、必要魔力が増えたのか?
このまま続けるにしても、天之尾羽張を利用した魔法吸収に切り替えた方が良いかも。
などと考えていた時、正面に黒い窓が開いた。いや、ストレージの黒枠である。
そこから飛び出て来て宙に浮かんだのは、淡く虹色に光る魂魄結晶の宝玉だった。いや、少し色が違う。中心にあったルビー色が大きく広がっているのだ。
そのルビー色が点滅し、閃光を放つ……その光量に、思わず手を翳して閃光を遮る。
夜の闇を掻き消すほどの閃光を放った後には、バスケットボールサイズの赤い光の玉が出現していた。その中には、燃える
「火の精霊様ですか?!」
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