第558話 栄達落魄、竜が失墜する時
膝くらいまで溜まっていた溶岩を掻き分けて、ディゾルバードラゴンへ近づく。溶岩溜まりを抜けたところで、軽く身体を払うが、泥のように張り付いて取り難いな。まだ赤い溶岩なので、取り除かないとブラストナックルを外す事は出来ない。
〈ライトクリーニング〉を掛けて浄化しようと考えた時、地響きがした。
ディゾルバードラゴンがまた1歩下がったのである。見上げてみると、「GRUGRU」と唸りながら、睨み返された。先程までの狂乱状態は解除されたようであるが、向こうも戸惑っているようである。殺したいけど、殺せない相手をどうするか迷っている感じだ。
取り敢えず、この隙に〈ライトクリーニング〉。身体に付いた溶岩を浄化する。
綺麗さっぱりしたところであるが、戦闘は続行だ。俺としても逃がすわけにはいかないからである。鑑定文には『この個体は憎悪に満ちており、世界の全てを吸収、燃やし尽くすまで止まらない』なんて書かれていたのだ。精霊を開放する事も考えたら、ここで倒す以外の選択肢は無い。
逃げられないように、足止めの戦術を……と睨み合っていると、突然ディゾルバードラゴンがバランスを崩して尻もちを付いた。巨体の尻が落ちた事で地響きが起きる。その揺れに負けない音量で、奥の方からケイロトスお爺様の声が響き渡った。
「ハハハハハッ! 尻尾を切り落としてやったぞ!!
何人も馬ごと吹き飛ばした報いじゃ!!!」
俺が正面戦闘を続けている間、ケイロトスお爺様が率いる騎馬隊も戦い続けていたようだ。
2本脚で立っていたディゾルバードラゴンは、バランサーとして長い尻尾を使っている。その尻尾を先端から三分の一くらい長さで切り落とされた為、体勢を崩したのであった。
そのチャンスを作ってくれた事に内心感謝を送りつつ、〈緊急換装〉を再度使用する。ブラストナックル無しの元のセットに戻し、俺は間合いを詰めた。祝福の楽曲のバフ強化は続いているので、走れば直ぐである。魔物の死体が転がっており、その流した血や溶岩で舗装された地面を駆け抜けた。
そうして、投げ出された後ろ脚の間に入り込み、目的である腹の口へと近付いた。都合よく開いており、縦に裂けたような唇や牙を覗かせている。元々は上の口に対して行う戦術であるが、尻もちを付いた状態では届かない。しかし、腹の口なら十分に届く。腹の口でも内側が粘膜ならば、試してみる価値はあるだろう……溶岩を吐き出す辺り、粘膜も熱耐性は高そうだが……
ストレージの『劇物』フォルダに入れてあったゴーストペッパーを1袋、デリンジャーレモンを1袋、獣避け玉3個を連続で投擲する。少し距離はあるが〈投擲術〉のコントロールと、バフで強化された筋力値のお陰で、全て腹の口の中へと叩き込んだ。
因みに、獣避け玉はギルドの売店で買っておいた緊急離脱用の物である。
【薬品】【名称:獣避け玉】【レア度:C】
・薄く球状に作られた樹脂の中に、劇薬を詰め込んだ物。敵や地面に投擲する事で破裂し、劇薬を撒き散らす。
その効果は獣系のみならず、亜人型、昆虫型、植物型など、様々な魔物に通用する。ただし、閉所で使うと、臭いが充満して非常に危険。使用する際は、仲間を巻き込まないよう注意しよう。
・錬金術で作成(レシピ:ゴーストペッパー+シトロネラ+デリンジャーレモン+硬化マナ樹脂)
先に投げ入れたゴーストペッパーとデリンジャーレモンの袋を破壊する勢いで、獣避け玉を三連射で投げ入れた。すると、腹の口の中から凄まじい刺激臭が立ち登り始める。それを確認してから、巻き込まれないようにバックステップで距離を取った。
後ろ脚の間から抜け、少し様子を見る……効かなかったか?と不安に感じ始めた1分後、立ち上がろうとしたディゾルバードラゴンが腹を押さえて苦しみ始めた。
「GOGaaa……GRUuuuuu!」
「全員距離を取れ! 踏み潰されるぞ!」
ディゾルバードラゴンが腹の口から溶岩を溢れさせながら、ひっくり返った。すると尻尾側に居た騎馬隊は、それに巻き込まれ掛けて蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。
悲鳴を上げながら転がっていたディゾルバードラゴンだったが、途中からうつ伏せになり、咳き込み腹の口から溶岩を垂れ流す存在になってしまった。流石は、購入時に取扱注意と説明される劇物たちだ。ドラゴンにも効くとは……商品の説明文句としてポップアップを付けたら、買う探索者が増えそうだ。
そんな益体もない事を考えつつ、俺は攻撃を再開していた。
ディゾルバードラゴンが俺に脚を向けて倒れたので、そのまま後ろ脚を〈二段斬り〉を連打して切り刻んでいるのである。竜鱗を切り裂けるようになった天之尾羽張のエネルギーブレードは赤みが増し、色が深紅へと変貌している。この状態で斬り付けると、竜鱗どころか内側の肉も楽々切り裂き、骨に当たる感触が返って来た。そこから〈二段斬り〉を含めた十連撃を叩き込むと、骨を両断し後ろ脚ごと斬り飛ばした。
……これで、逃げる事も出来まい!
しかし、念には念を入れて追撃する。〈ダイスマジック〉で硬直をキャンセルし、〈フェザーステップ〉で側面へ移動。そして、背中の翼へ攻撃を開始した。重くなって飛べなくなったとはいえ、万が一空を飛ばれたら不味いからである。
飛膜(風を受ける薄い膜、翼膜とも言う)は楽に切り裂けるが、骨の部分は少し固めだ。空を飛ぶ為に頑強に出来ているのだろうが、深紅の天之尾羽張の一撃は骨にも傷を付ける。〈二段斬り〉2回の4連撃を同じ場所に加えると、翼を切り落とした。どんどん切れ味が良くなっている!
その勢いで前脚の根本を切り付けてみると、骨を断ち切る感触だけ残し丸ごと切り飛ばした。ついでに腹横の中脚も切り捨てる。俺の身長よりも太い脚が転がり落ちると、身体の支えが無くなったディゾルバードラゴンが横倒しに倒れた。左側の脚全てが切り落とされては、最早立ち上がる事も出来まい。ここに勝勢は決したと言えるだろう。
……もう、ここまで攻撃力が上がれば、頭か心臓みたいな急所を攻撃して止めを刺した方が早くないか?
即死効果はまだ発動していないが、それに固執する必要もない。惜しむらくは、弱点の位置が分からない事ぐらいか。闇猫の〈狩の本能〉があれば……いや、レベル差が大きいと効かないので、結局は無理だな。
取り敢えず、生物の弱点である首を取ろうと、回り込むことにした。今なら横倒しになっているので、天之尾羽張の長さで十分に届く。それに、脚を切ってからというものの、ディゾルバードラゴンが動きを止めているのだ。劇物で咳き込んでいたのも止まっている。
それを、弱っているサインだと判断し、頭側へと急いだ。
「GRUUuuuuu、GRUUuuuuu」
長い首を丸め、頭を抱え込んで横たわったディゾルバードラゴンは動きこそ止めているが、唸り声を上げていた。寝ている訳ではなさそうだが、それが何を意味しているのかは理解が及ぶところではない。ドラゴン語とかあるのか知らんけど。馬みたいに手懐ければ、騎士のスキル〈騎乗術の心得〉で心を通わせられるかもしれないが、討伐すべきレア種では考える意味もない。
さっさと介錯をするべく、大上段に振り上げた天之尾羽張を振り下ろした。
長い首の真ん中あたりを狙った一撃は、空を切り地面を叩く。攻撃が当たる直前、ディゾルバードラゴンの全身が爆発したかのように煙で隠されたのだった。
驚いて剣を構え直し、周囲を警戒。煙で視界が遮られているので、〈敵影表示〉と〈敵影感知〉で敵の位置を探るが、動いた様子はない。再度、首があった辺り……今度は首の根本辺りに剣を振り下ろしてみるが、それも空を切る。
気配はするのに、攻撃が当たらない。俺が戸惑っていると、天之尾羽張の赤いエネルギーブレードの付近だけ煙が薄くなっている事に気が付いた。
……姿を隠すための煙幕とかじゃなく、マナの煙か? でも、討伐した訳じゃないよな?
気配はあるので、倒してマナの煙へと霧散化したとは考え難い。
今度は横一文字に薙ぎ払いを仕掛けてみる。これならば、ディゾルバードラゴンのデカい身体のどこかに当たるだろう。そう考えて、剣を振るってみたのだが、またしても空を切った。
それも、こちらの薙ぎ払いを避けるかの如く、上に飛び上がったのだ。その影響で、周囲に風が吹き荒れる。煙が吹き流され、ようやく状況が見えた。〈敵影感知〉の反応に従い、真上を見ると……そこには翼を広げたディゾルバードラゴンの姿があった。
目に見えた光景が信じられず、手で擦ってから2度見をしたが、確かに切り落とした筈の翼や脚が復活している。その代わりに、全長が半分くらいに小さくなっていた。
「……魔法を吸収してデカくなれるのだから、その逆も可能なのか?!
傷付いた部分を捨て、残ったマナで身体を再構成したんだな!」
先程のマナの煙は、再構成に不要と捨てられたマナだったのだろう。
慌てて天之尾羽張を振り上げるが、エネルギーブレードの長さでは足りずに空を切った。既に俺の攻撃範囲外の上空へと飛び上がっているようだ。
俺はその場で垂直飛びをして攻撃を試みるが、羽ばたいたディゾルバードラゴンは更に上に飛び回避した。そればかりか、俺の方を一瞥しただけで無視すると、そのまま飛び去ろうとする。
その方向は外壁、ヴィントシャフトの街の方角だった。
「こら! 俺を無視して、逃げるな!! 最後まで戦え!!!」
〈挑発〉を込めて叫んでみたが、振り向く様子もない。最初に掛けた〈挑発〉も、身体を再構成したときに解除されたのか?
……不味い、俺を脅威と見做して逃げたにせよ、逃げた方角には皆が居るじゃないか!
魔法で迎撃が出来ないので、苦戦は必須である。それどころか、人を食べてマナを回復させるつもりに違いない。
そう考えると、足が自然に走り出した。
すると、後ろから馬の足音とケイロトスお爺様の声が聞こえてくる。
「ザックス! 後ろに乗れ! ドラゴンを街に入れさせる訳にはいかぬ!!」
「……っ! 走った方が早い! このまま先に行きます!!」
祝福の楽曲の音楽は未だ続いている。〈コンセントレーション〉で強化されたバフを信じ、全力を足に込めた。
騎馬隊やケイロトスお爺様の声を振り切り、走る。外壁までは200mもないのだ。ニンジャのパッシブスキル〈
しかし、空を飛ぶディゾルバードラゴンと、地上+外壁を掛け上がる俺では距離的に不利だ。俺が壁走りを始めた頃には、ディゾルバードラゴンが急降下して、指揮所へと突貫を仕掛けていた。
……後、10秒もあれば!
上から地響きがして、同時に悲鳴も上がる。上の様子が見えないのが、不安を煽っていた。人生の中で一番長い10秒だ。少しでも早く前に進もうと、呼吸すら忘れて突き進む。
その時、直上にディゾルバードラゴンが吹き飛ばされるようにして姿を現した。背中を向けてこちらへ落下してくる……一緒に騎馬が1人と、3人の黒騎士が落下して来ていた。特に白い鎧を纏った馬が凄い。ディゾルバードラゴンの腹を足場にして身を翻し、後ろ蹴りでドラゴンを突き放していたのだ。
その騎乗していた黒騎士が俺の方を見て叫ぶ。
「我々の事は気にするな! ドラゴンに止めを!!」
「「「〈騎士の護り〉!」」」
恐らく、ディゾルバードラゴンを上から押し出す為に、捨て身の突撃を敢行したのだろう。〈騎士の護り〉でダメージを1回無効化出来るからこその、無茶だ。ビルの屋上から飛び降りるようなものであるが、スキルのお陰で無傷で生還できると思う。
その一方で、俺は上に走りながら位置取りを替えて、タイミングを計っていた。落ちてくる騎士と馬を避けて、ディゾルバードラゴンに一撃を入れなければならないからである。長い剣なので刺突は無理。斬撃に巻き込んだら〈騎士の護り〉が切れてしまうからな。
不安定な垂直の足場、それに巻き込んではいけない人達。集中しすぎて時間の流れすらゆっくりに感じながら、一筋の剣閃を振るった。
「これで、終わりだああああぁぁぁ!!!」
下から振り上げた一撃は、騎士達の隙間を縫うようにしてディゾルバードラゴンを袈裟斬りに両断した。
既に骨を断つ程の威力になっていた深紅のエネルギーブレードである。それに対し、全長が半分になる程マナを減らしていたディゾルバードラゴン。どちらが勝つのかは言うまでもない。
〈火属性即死〉が発動したらしく、落下するディゾルバードラゴンは、断面からマナの煙へと霧散化して行った。燃え尽きる花火のように煙を吹き出し落下したドラゴンは、地面に落ちる前に完全に煙へと消え去る。
そして、そのマナの煙は全て天之尾羽張へと吸収された。
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