第556話 30億円の大盤振る舞い

 バイクをストレージに格納し、天之尾羽張のエネルギーブレードを上に向けて構える。見上げると首が痛くなる程であるが、目測としては20m程。そして、開いた鞘/鍔の端から端間まで幅1.5m、両手を広げたくらい大きさだ。手元で見ると幅も広いが、長さと比較すると細長い。魔力製の刃なので長くなっても重さが変わらないのは助かる。ただ、長い分だけ扱いにくいので、バイクを降り両手持ちで戦うつもりだ。お爺様にバスタードソードの使い方を習っておいて良かった。


 そして、相対するディゾルバードラゴンは後ろの2本脚で立ち上がると30mクラスと思われる。まだ少し距離はあるが、見上げる姿は山の様……は言い過ぎか。せいぜい10階建てのビルくらい……十分大きいわ!

 アレと比較すると俺の聖剣は、はしご車のはしごくらいか? 胴体から生えて来た腕には届きそうだが、頭には届かんな。

 接敵する前に、銀カードで〈詳細鑑定〉を使っておくか。



【魔物、幻獣】【名称:吸魔皇炎ディゾルバードラゴン】【Lv70】

・ファイアドレイクが変異した侵略型レア種。***を取り込み、あらゆるマナを吸収する力を得た。龍脈に干渉する程の力はないが、全属性の魔法及び魔力由来のスキル攻撃を吸収し、魔物や人間を喰う事で巨大化する。そして、貯め込んだマナを火属性へ変換、口から巨大溶岩弾を放つ。これは火属性マナを超圧縮した溶岩であり、鉄や岩どころかミスリルすら溶かし尽くす。

 この個体は憎悪に満ちており、世界の全てを吸収、燃やし尽くすまで止まらない。

・属性:火

・吸収属性:火、水、風、土、雷、氷、木、光、闇

・耐属性:無し

・弱点属性:無し

【ドロップ:無し】【レアドロップ:***】



 知ってはいたが、やはり精霊入り。妖人族が暗躍していたに違いない。

 それは兎も角、ディゾルバードラゴンの見た目は西洋型のトカゲベースの火竜である。ただし、巨大化したので胴体が大きめのデブドラゴンだ。頭には大きな2本角が天に向けて生えており、その口には鋭い犬歯が立ち並ぶ。背中には大きな翼も備えているが、巨大化した後は羽ばたいて飛べなかった事を考えると、天狗族のように自重を軽くして飛べないのだろう。魔法が吸収される為、空を飛んで街中に入られたらアウトだった。そう言う観点からすれば、巨大化させて地上戦に引き摺り下ろしたのは良かったかも知れない。


 そして、巨大化した身体を支える為に、4つ脚の真ん中辺りから追加の脚が生え6本脚に変貌している。その爪も太く鋭いので注意が必要であるが、一番気になるのは腹に追加された口の方だ。巨大化した際に腹が縦に割れ、牙が生えそろった口へと変貌している。恐らく、腹の口からも溶岩弾を撃ってきそうだ。足元で戦う事になるから、上の口だけでなく、腹の口にも注意が必要だな。




 防御陣地付近に居た魔物の生き残りに対して、ランク7魔法が過剰な程に撃ち込まれ、殲滅された。ただ、一部の魔法は打ち込む位置を間違ったのか、ディゾルバードラゴンまで範囲に入っている。それらの魔法は、ドラゴンが腹の口を開けると、吸い込まれるようにして吸収されて行った。

 少し迂闊だったと思うが、吸収された魔法はそれほど多くない為、ディゾルバードラゴンの大きさは変わっていない。溶岩弾を撃った分が補充されて程度だろう。

 これで、雑魚魔物は殲滅された。空白地帯となった防御陣地へ、ディゾルバードラゴンは歩みを進める。そこに進めば魔法が喰えるとでも思ったのかも?



 暫し、待ち時間だ。何故なら、防御陣地の内側に入らないと呪いの踊りのデバフが効かないからである。ただ、こちらが一方的に有利になるわけでもない。外壁までの距離が近いため、下手をすると溶岩弾が外壁を飛び越えて街中へ落ちてしまう可能性もある。その辺は、俺が〈挑発〉して囮になるしかない。


 待つ間にジョブを見直し、バイクを使わないので騎士から戦技指導者へと変更した。デカい剣を扱う為、少しでも身体を動かしやすくなるように〈身体操作の心得〉を取ったのである。


【スキル】【名称:身体操作の心得】【パッシブ】

・身体を動かす行動全般に小補正が付く。体幹が強化され、バランスを崩し難くなり、思い通りに身体を動かす事が出来るようになる。


 これでセットしてある5つのジョブは、村の英雄レベル30E、賭博師レベル46、ニンジャレベル47、戦技指導者レベル40、トレジャーハンターレベル49である。


 セットしていたジョブのレベルが1上がっているが、多分ケイロトスお爺様達が突撃で蹴散らした分の経験値が入ったのだろう。俺も沢山倒したけど、全部天之尾羽張に吸わせたので経験値は取得していない筈だからな。

 そして、レベル49だった騎士ジョブはレベル50に上がっていた。ジョブ一覧には【NEW】マークが付いている……恐らくサードクラスが入手出来たに違いないが、後のお楽しみに取っておこう。




 ディゾルバードラゴンが防御陣地を踏み越えて、最後の戦場へと足を踏み入れた。重そうな足取りの2足歩行であるが、サイズが大きいので一歩が大きいようだ。

 それと同時に、背後の外壁の方で演奏が始まり、俺の身体に力が溢れてくる感じがした。万能感を得るほどのバフは、一時休憩に入っていた祝福の楽曲が再開しただけではない。ここからは俺一人の独壇場になる為、〈コンセントレーション〉を使った祝福の楽曲になるのだ。


【スキル】【名称:コンセントレーション】【アクティブ】

・スキル使用後、次に使用する楽曲スキルの対象を一人に絞り、効果を大幅に上げる。


 このスキルは元々の対象が多いほど、集約するバフの効果もアップするのだが、それに宮廷楽師のスキル〈ステージ開幕〉が合わせたのだ。その効果は、パーティーメンバー以外にも祝福の楽曲の効果を与え、更に宮廷楽師の数が多いほど効果範囲が広がる……つまり、外壁上に居る人達に掛かる筈のバフ、それら全てを〈コンセントレーション〉で束ねて俺へのバフにしたのである……筈だ。いや、流石のヘラルダ座長も、この規模で〈コンセントレーション〉した事は無いらしく注意を受けている。


「あまりに沢山のバフが掛かると、身体が振り回される事があるので気を付けなさい。もっとも、あの神話級の巨大なドラゴンに立ち向かうには、貴方も物語の英雄にならなければならないわ。いえ、多少の無茶は押し通して、英雄になってきなさい。私達の音楽と踊りで盛り上げてあげますからね」


 なんて言っていた通り、後ろから聞こえるのは勇壮な音楽である。アップテンポなので、戦いに赴くテンションを上げる良いチョイスだ。

 音楽で上がったテンションのままに、天之尾羽張のエネルギーブレード構え直した。そして、後ろの皆に見えるように上で振り回してから、その切っ先をディゾルバードラゴンへ向け、宣戦布告をする。


「俺は村の英雄ザックス! 聖剣の使い手にして、お前を倒す者の名前だ!

 お前を倒してドラゴンスレイヤーザックスと名乗るのも一興だな!

 吸魔皇炎ディゾルバードラゴン! この聖剣の光を恐れぬのならば、掛かって来い!!」


 アクティブスキルの〈挑発〉だけでなく、自身の名乗りの言葉を付け加える事で、パッシブスキルの〈名乗りの流儀〉効果を上乗せした。これで敵に狙われる効果は倍増した事だろう。現に、ディゾルバードラゴンは俺に気が付いて下を向くと、そのまま溶岩弾をチャージし始めた。

 狙い通りである。後は、打ち出した溶岩弾を避けつつ、〈魔法切り払い〉が効くか天之尾羽張で切ってみる……と算段を付けて、ディゾルバードラゴンが首を振って溶岩弾を射出した瞬間に、横に全力でジャンプした。〈フェザーステップ〉では飛距離が足りない。大きな溶岩弾を避ける為に全力を足に込めたのだが、予想の3倍くらい跳躍してしまった。


「おおっ! バフが効き過ぎだ!!」


 思わず声に出してしまった程である。一飛びで20mくらい飛んだら、驚きもするわ。しかし、驚いたものの、着地は難なくこなせた。バフは全ステータスに入って居るので器用値や耐久値も強化されているのと、戦技指導者の〈身体操作の心得〉辺りが良い仕事をしてくれたに違いない。

 取り敢えず、初撃は躱した。予想以上のバフに身体を慣らす為、全力でディゾルバードラゴンの足元へと走った。


 全力疾走とはいえ100mくらいの距離はある。しかし、それもバイクよりも速く走ればあっという間である。ついでに、ディゾルバードラゴンの横を通り過ぎながら、剣を振るい真一文字の斬撃を腹に叩き込んだ。


 ……チッ、やっぱ切れないか!

 通り過ぎてから、地面を踏ん張り制動を掛ける。そして、攻撃箇所に目を向けたのだが、薄い線傷が入った程度だった。

 つまり、保持しているマナの総量は、あっちが上だと言う事だ。ただし、一撃入れた事で〈MPドレイン〉の効果で少しは吸収して奪えた筈。これを繰り返して行くだけの話だ。


 俺の攻撃を嫌がったのかは定かではないが、ディゾルバードラゴンが再度溶岩弾をチャージし始める。しかし、今度は溶岩弾のチャージが途中の状態、小さいままで発射してきた。

 〈フェザーステップ〉で軽く横に10mくらいジャンプして躱す。ステップの域を超えている気がするが、こっちの方が使いやすいので助かる。

 小型の溶岩弾が連打で降り注いでくるが、〈フェザーステップ〉でジグザグに避けた。ついでに小型の溶岩弾を切り払ってみたところ、両断は出来たが溶岩を巻き散らす結果に終わった。切った際、少しはマナの煙が出て吸収しているようだが、物理的な溶岩は残るっぽい。厄介だ。


 そうして、ディゾルバードラゴンの正面まで来た時、今度は腹の横から生えた腕が振り下ろされた。


「そんな大振りの攻撃が当たるかよ! 〈ダーツスロー〉!」


 バックステップで爪の射程の外へ逃げながら、その手にダーツを投擲した。途中で3本に分裂したダーツは、全て腕に当たり、ディゾルバードラゴンを硬直させた。魔法攻撃は吸収されてしまうが、ダメージがないスキルなので効果が適用されたのかな?

 ともあれ、チャンスには違いない。叩きつけて来た腕を攻撃したいが、長い天之尾羽張では近すぎる。剣の切っ先が攻撃しやすい胴体腕の二の腕辺りを狙って剣を連続で振るう。


「〈二段斬り〉!〈二段斬り〉!〈二段斬り〉!〈二段斬り〉!〈二段斬り〉!〈ダイスマジック〉!」


 〈二段斬り〉で×の字斬りを連打した。いや、魔力を纏ったスキルでは吸収されてしまうので、初期スキルに頼るほかなかったのだ。〈一刀唐竹割り〉や〈稲妻突き〉辺り、セカンドクラスになるレベル帯から魔力を使ったスキルばかりだからな。魔剣術とか抜刀術なんて、全部駄目。

 その点、〈二段斬り〉は身体が勝手に動くだけで、攻撃は只の斬撃だ。しかも、自動で動くだけに、5連×の字斬りも寸分たがわず同じ場所を攻撃した。現状、線傷しか入らないとはいえ、同じ個所を攻撃すれば……竜鱗を切断し、少し血を流させる事に成功した。あ、連続攻撃だったからニンジャの〈連撃の真髄〉で攻撃力が上がったお陰もあるかも? 検証している暇は無いが。


 そして最後に、連続攻撃を可能にしてくれたニンジャのパッシブスキル〈波状の攻め立て〉のデメリットを帳消しにする為、〈ダイスマジック〉を使ったのである。出た目は『10』、今日の俺は運が良い。光属性魔法ランク1〈ライトボール〉がダイスから発射され、デメリットの『使ったスキルのトータル秒数×2倍硬直』を踏み倒した。

 どの道、魔法攻撃は敵に吸収されてしまうので、威力の低い〈ダイスマジック〉を使った訳だな。現に、〈ライトボール〉は弾ける事もなく、ディゾルバードラゴンに当たると消えて行ってしまう。



 一旦バックステップで距離を取り、ディゾルバードラゴンの出方を見る。そのついでに、尻尾の方に攻撃を加えている騎馬隊の皆さんが目に入った。

 馬による突撃で、槍を突き刺しているようだが……何本かミスリルスピアが刺さっているようだが、ディゾルバードラゴンは意に介した様子はない。それどころか、無造作に尻尾が薙ぎ払われると、馬ごと吹き飛ぶ騎馬が何人も居た。


 ……もっと、俺に注目させてやらないと!

 再度、攻撃を仕掛けるが、ディゾルバードラゴンも小型の溶岩弾による攻撃を再開した。俺を近付けさせないように、溶岩弾が行く手を阻む。それを〈フェザーステップ〉で避けつつ、搔い潜り接近する。

 そして、先程と同じ状況がやって来た。腹腕が振り下ろされ、バックステップで避ける。そこに〈ダーツスロー〉!……しかし、一陣の風が吹き荒れると3本のダーツを吹き飛ばし、あらぬ方向へと軌道を捻じ曲げたのだった。

 ダーツが地面に落ちた瞬間、俺の身体が動かなくなる。外した場合のペナルティは10秒の停止だ。

 そして、硬直しながらも先程の風の正体を悟る。ディゾルバードラゴンの背中の羽根が羽ばたき、風を起こしたのだった。

 その翼は、今度は上に振り上げられる。その反動でディゾルバードラゴン身体が倒れ掛かって来た。大質量のドラゴンによるボディプレス。硬直して避ける事も出来ない俺は、成す術もなく押し潰された。




 次の瞬間には、空へ転移していた。最早、最近の定番になって来た〈空蝉の術〉による回避だ。

 ディゾルバードラゴンが地面に倒れているので、それほど高度は無い。自由落下する間にペナルティの10秒が過ぎ、身体が動くようになると、そのまま敵の頭へと着地した。〈着地爆破演出〉で頭を小爆破しつつ、近くにあった大きな2本角を斬撃する。


「〈二段斬り〉!〈二段斬り〉!〈二段斬り〉!〈二段……おわっ!」


 ちょっと欲張り過ぎたようだ。人の背丈ほどある大角に、深い線傷が残せたものだから、切断できるかもと連打してしまった次第である。その途中でディゾルバードラゴンが頭を振ったため、宙に放り出されてしまった。しかも、〈二段斬り〉3回分×2倍の硬直付きである。元々1秒程度しか硬直は無いが、6秒はちょっと長い。そんな宙に放り出された俺を追撃するべく、ディゾルバードラゴンが上の腕を振り上げ、鋭い爪を振り下ろした。


 動けない俺は、腹に爪の斬撃を喰らい、地面に叩きつけられ……冗談な程にバウンドして、再度宙に舞い上がった。

 うん、言うまでもなく〈リアクション芸人〉による、ダメージの無効化と派手なリアクションの結果であるな。そこから華麗に着地を決めて、バックステップで逃げると、追撃は来なかった。ディゾルバードラゴンと目が合ったが、変な物でも見たかの様な目を向けられたからである。


 まぁ、大ダメージな筈の攻撃を2回無効化されれば、魔物でも驚くようだ。俺としても、貴重な保険を使ってしまったが……ここからでも入れる保険は有るんだぜ!

 腰に身に着けているポーチから2枚の大金貨を取り出し、腕に嵌めていた魔道具を使用した。


「〈運命神への奉納〉! ……もう一度〈運命神への奉納〉!」


 ビガイルが使用していたアクセサリー『運命神のバングル型賽銭箱』を使用して、〈空蝉の術〉の『1戦闘に一回のみ』と〈リアクション芸人〉の『4時間に1回だけ』という使用制限を解除した。これで、保険が再使用出来る。

 これが、俺一人でディゾルバードラゴンと戦う事にした理由だ。敵の攻撃を無効化出来るのは俺自身への攻撃だけなので、仲間がいては戦い難いからな。


 因みに、使用した大金貨はビガイルが盗んでいた錬金術師協会の物である。エディング伯爵に盗品だと届け出をしたうえで、この戦術に使いたいと許可を貰い、軍資金として貸与して貰ったのである。勿論、ポーチの中に入りきらない分はストレージに格納して持ってきている。約300枚、30億円分の大金貨を大盤振る舞いして、勝ちに行こうじゃないか!

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