第553話 吸魔皇炎ディゾルバードラゴン

あらすじ:ヴィントシャフト騎士団+第0騎士団の総力を結集した同時魔法攻撃を、ドラゴンへ叩き込んだ。勝ったな!



 多数のランク7魔法が発動し、それぞれの効果が吹き荒れる。ドラゴンの姿はそれらのエフェクトに隠れて見えなくなってしまった。

 しかし、本来なら1分程続く効果である筈なのに、10秒経過したところで変化が現れた。〈トルネード〉とは違う渦が現れて、魔法を吸い込み始めたのだ。〈エクスプロージョン〉の火球が球形を保てなくなり、渦に触れた所から吸い込まれて行く。10本ある極太の〈プラズマブラスト〉のレーザーも、渦に触れた所から吸い込まれて行った。この他の属性魔法も同様である。唯一、物理的な〈グランドファング〉で打ち上げられた岩牙があったが、渦に触れると失速し、そのまま地面へと墜落した。


 渦に魔法が吸い込まれ始めてから、徐々に渦の位置が高くなっていく。それと共に魔法のエフェクトも薄くなっていき、その原因が姿を現す。

 それは、5倍くらいに巨大化した赤いドラゴンであった。大口を開けて、渦から魔法を丸呑みしていくにつれ、徐々に大きくなっていく。膨れていくドラゴン……後ろ脚で立ち上がり、首を上にして魔法を喰らっているのだが、姿まで変え始める。横腹辺りから新しい脚(腕?)が生え、更に腹が縦に裂けたと思えば、内側から牙が生えそろった口になった。そして、腹の口からも魔法を吸い始める。


 長い首を周囲に動かし上の口で魔法を喰らい、腹の口は吸引力が強いのか大きい渦で吸収していく……程なくして、あれ程の数の魔法は全て喰い尽くされてしまうのだった。

 その結果、せいぜい馬車の2倍、4m程の大きさのドラゴンが巨大化し、30m程の怪獣へと変貌していた。対比は近くに転がっていた馬車型魔物である。横腹に出来た腕が馬車を掴み上げ、腹の口に持っていくとバリバリと食べてしまったのだ。馬車が小さく感じるほどの大きさなのである。



 その一部始終を見ていた俺達は、唖然として動けないでいた。よもや、あれだけの魔法が通じないどころか、喰らってパワーアップするとは誰が予想できただろうか?

 そんな中、毅然としたレグルス殿下の声が、拡声器の魔道具で響き渡った。


『作戦は失敗だ! 全軍、攻撃停止! 情報を集めて対処法が決まるまで、ドラゴンには手を出すな!』

『下の魔物共とも距離はある。下の騎馬隊は小休止! 今のうちに休息に努めよ。

 上に居る魔導士達は、防御陣地に壁魔法と地雷魔法を張り直せ!

 〈ミラーシールド〉を使う魔物が居る為、間違っても範囲魔法は使わぬ事だ!』


 レグルス殿下に続いて、エディング伯爵が指示を出した。取り敢えず、情報収集と時間稼ぎを優先するようだ。伝令の天狗族を呼び、〈詳細鑑定〉が使える位置まで飛んで調査を指示する。すると、物見の騎士が割って入った。


「報告します! ギルドマスターグントラム様が、単身飛んでドラゴンに近付いております!

 彼に鑑定するよう、指示されては如何でしょうか?」

「なに? いつの間に……『グントラム! 魔法を喰らうドラゴンでは、お前でも分が悪い! 鑑定して情報を持ち帰れ!』」


 拡声器の魔道具から声が響くと、空を飛んでいたギルドマスターにも聞こえたようだ。手に持ったブラックカードを振り、了承したと反応を返す。


 そんな時、馬車型魔物を食べ終わったドラゴンが動き始めた。その巨大化した翼をはためかせて飛び……上がれなかったようだ。自重が重すぎて飛べなくなったのかもしれない。これで、直ぐにでも飛んでくる事は無くなったと、俺は胸をなでおろす。

 そこに、重低音の咆哮が響き渡る。


「GAAAAAAAA!!!」


 飛べない事に憤ったのか、ドラゴンは大口を開けて炎を吹き出し始めた。否、放射するブレスではなく、吹き出した炎は口の直ぐ前に球状に膨れ上がる。それはどんどんと大きくなり、ドラゴンの顔よりも大きくなった。

 そして、首を後ろに反り、ボールでも投げるかのように火球を打ち出す。それは、山なりに飛んで俺達の方へと向かってくる。


『ドラゴンからの攻撃だ! 直線上に居る者は退避せよ!』

『エディング様、ここも直線上でございます! お逃げ下さい!』


 側近の騎士の声が混じった。拡声器の魔道具ごとエディング伯爵を抱えると、退避し始めたからである。同様に、レグルス殿下やフェリスティ様が側近に先導されて階下へと走った。そんな中、先にソフィアリーセを逃がしたカーヴィスお義兄さんが、劇団員達にも避難指示を出していた。


「早く逃げるんだ! ここに落ちてくるぞ!」

「上位貴族の貴方が逃げないと、私達が逃げられないでしょうが! 皆、バルコニーから飛び降りなさい!」


 ヘラルダ座長はカーヴィスお義兄さんの背中を押して側近の騎士に押し付けると、そのまま横に走っていき外へとダイブした。4階と少し高めではあるが、高レベルの探索者ならステータス補正も相まって、飛び降りても大丈夫だと判断したのだろう。

 下への階段は避難する人でいっぱいなので、俺達もヘラルダ座長に倣うことにした。


「レスミア、ヴァルト、フィオーレ! 俺達も飛び降りるぞ!」

「はい!」「おう!〈城壁の護り〉!」「ちょっと~、流石に高いって!」


 尻込みするフィオーレをレスミアがお姫様抱っこして、飛び降りた。闇猫は〈猫着地術〉があるので問題無い。ベルンヴァルトは耐久値アップのスキルを使用していた。俺もジョブにニンジャをセットして飛び降りようとした時、待機させていたヴァルキュリアに指示を出していない事に気が付いた。彼女達にも避難指示を出そうと振り向くと、赤いヴァルキュリアと目が合い手を振られた。それは、シッシッと『早く行け』と言うジェスチャーであり、残りの2体、白と紫色のヴァルキュリアは、羽根を広げてジャベリン魔法を連打して、火球を迎撃している……ただし、効いた様子はない。すると、ヴァルキュリア達は武器を構えて突撃結界を身に纏う。


「ザックス様! 急いで!」

「今降りる!

 時間稼ぎ、ありがとうございます!」


 スキルで呼び出した使い魔といえど、身を挺して守れ等とは言い難い。しかし、自発的に動いてくれたと言う事は、それだけヤバい火球なのだろう。この場は任せて、俺も階下へと飛び降りた。


 下では周囲の人達が、領主の館から離れるように避難している。それと、着地に失敗した劇団員さんが何人も居たのか、他の人が肩を貸しているが、人手が足りなさそうだ。俺達も怪我人を運ぶのを手伝いつつ、その場を離れた。



 ある程度の距離を取ってから振り向くと、斜め上から落ちてくる巨大火球をヴァルキュリア達が結界で受け止めるところだった。

 結界にぶつかった火球は爆発する事はなく、まるで粘性のある水のように変形する。大部分はそれで失速し、ヴァルキュリア達ごと飲み込んで下へ落下して行った。しかし、結界で受け止められなかった部分は、飛沫となって周囲に降り注いだ。


 その時、領主の館から外に避難してきた魔導士や騎士が餌食となった。降り注ぐ炎の飛沫が身体に当たると、服が燃えるどころか身体が焼け爛れて炭化し魔導士が絶命する。ミスリル製の鎧を着た騎士は、同じくミスリル製の大盾を上に構えて、炎の飛沫から他の者を守る……のだが、受けきった後に大盾を放り投げた。


「熱い! 持っておれん!」

「おいっ! お前の盾、ボコボコに溶けかけているぞ!」


 俺達の方にも炎の飛沫が降り注いだが、ギリギリ範囲外だ。こっち側には被害者は居ないが、炎の飛沫が落ちた石畳に穴が開いて、ブスブスと煙を上げていた。それと同時に、周囲の気温が急激に上がり、冬だというのに夏場のような気温になる。

 原因は炎の飛沫だろう。近場に落ちた小さい炎に〈ウォーター〉で水を掛けてみたところ、ジュウジュウと音を立てて蒸発し、それが収まると中には黒い石が残った。


 ……液体っぽく見えたが、もしかして溶岩か何かか?

 魔法由来の火球ブレスとかなら〈ミラーシールド〉で跳ね返せるかも?と期待していたのだが、物理的な溶岩だと多分無理だろう。先程の騎士が『ミスリル製でも溶けた』と騒いでいた事からも、チャレンジして失敗したら即死コースだ。

 対処法を考えていると、ドラゴンを監視していたDダイバーが声を上げた。


「ドラゴンが次弾を発射したぞ! 狙いは……右翼だ!」

『右側、火球の着弾予定地に居る者は、一目散に逃げよ!

 それ以外の場所にいる魔導士は、魔法で迎撃出来ないか試すのだ!』


 領主の館から出て来たエディング伯爵が、拡声器の魔道具で指示を飛ばした。

 しかし、ドラゴンの位置が遠いから、着弾まで時間はあるものの魔法を充填するには短い。結局、ジャベリン魔法が撃たれたり、着弾予定地付近に〈アクアウォール〉が3つ建てられたりした程度であった。

 それも、火球改め溶岩弾には効果が薄い。ジャベリン魔法は効いていないうえ、横から当てるのは難しい。〈アクアウォール〉の水壁は、着弾と同時にブクブクと沸騰して消えてしまっていた。


 俺達の居る場所から距離があるのでよく見えないが、石畳に大穴が出来て、下の騎士団本部まで貫通したらしい。被害が大き過ぎる。外壁内部の騎士団本部全体にも避難指示が出たようだ。



 そして、俺達が慌てふためいているのを嘲笑うかのように、3発目が発射された。今度は左側。すると、今度はレグルス殿下の声が響いた。


『左翼! 着弾位置から避難せよ!

 そして、高火力の炎ならば、凍らせればよい! 〈コキュートス〉!』


 〈コキュートス〉、氷属性ランク7魔法と聞いている。その効果は、猛吹雪を起こして効果範囲内の者を凍らせる。

 その猛吹雪は溶岩弾を飲み込み、炎を掻き消した。周囲から歓声が上がり、沸き立つのだった……が、猛吹雪の範囲内を貫通してきた黒い岩玉が、外壁の左翼へと着弾した。

 着弾と共に、黒岩が粉々に砕け散り、中から赤い溶岩がぶちまけられる。またもや、外壁に大穴が出来てしまったようだ。





 5発目で、どうにか対処に成功した。〈コキュートス〉で冷やしてから、着弾点に多数の〈アクアウォール〉を立てて受け止め、更に着弾と同時に〈ツナーミ〉3発で津波を起こして、外壁の外へと押し流すのだった。

 魔導士の人海戦術で、何とか被害を押さえられたのだ。


 こちらの被害が小さかったのを見ると、ドラゴンは溶岩弾を撃つのを止めて、移動を開始した。巨体故に歩みは遅い。

 それを機に、俺達は領主の館付近に集まって、再度作戦会議を開いた。

 その頃には、ギルドマスターも帰還しており、〈詳細鑑定〉の結果を紙に書き写し展開する。

 その内容は下記の通り。



【魔物、幻獣】【名称:吸魔皇炎ディゾルバードラゴン】【Lv70】

・ファイアドレイクが変異した侵略型レア種。***を取り込み、あらゆるマナを吸収する力を得た。龍脈に干渉する程の力はないが、全属性の魔法及び魔力由来のスキル攻撃を吸収し、魔物や人間を喰う事で巨大化する。そして、貯め込んだマナを火属性へ変換、口から巨大溶岩弾を放つ。これは火属性マナを超圧縮した溶岩であり、鉄や岩どころかミスリルすら溶かし尽くす。

 この個体は憎悪に満ちており、世界の全てを吸収、燃やし尽くすまで止まらない。

・属性:火

・吸収属性:火、水、風、土、雷、氷、木、光、闇

・耐属性:無し

・弱点属性:無し

【ドロップ:無し】【レアドロップ:***】



「『全属性の魔法及び魔力由来のスキル攻撃を吸収』だと!?

 あの巨体を物理攻撃のみで討伐しろと言うのか!!」


 周囲の者が絶句する中、エディング伯爵が吠えた。魔導士の天敵であるからな。

 そして、苦々しく口元を歪ませていたレグルス殿下が、苦渋の決断をしたかのように話し始めた。


「すまぬ……私の判断ミスだ。最初の魔法攻撃さえしなければ、あれ程の巨体にならずに済んだのだからな。

 ……我々第0騎士団が責任をもって、討伐に乗り出そう。

 誰か! 下の騎馬隊に伝令! 直ちに集結させよ!」

「お待ち下さい、レグルス殿下!

 あの状況では、あれが最善だと思ったのです。止めなかった我々も同罪ですぞ。

 ヴィントシャフト騎士団の騎馬隊も、戦力にお使い下さい」


 『魔力由来のスキル攻撃』なので、騎士が使う〈氷龍破〉や風の結界を纏う〈スパイラルウインド・チャージ〉もNGだろう。そうなると、本当に槍を構えて直接攻撃する他無い。


 ……いや、怪獣相手に戦車や戦闘機無しで、槍で戦いを挑むようなもんだぞ。

 あまりに無謀な戦いになる事は、想像に難くない。どれだけ被害が出る事やら……

 そう考えたら、俺の案の方がまだマシに思えた。作戦会議が続く中、流れをぶった切るように、俺も発言した。


「俺にも良い考えがあります。

 聖剣だよりの綱渡りになりますが、試してみませんか?」


 皆の視線が集まる中、特殊アビリティ設定を変更し、聖剣 天之尾羽張あまのおはばりを取り出した。

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