第552話 空を焼き焦がす紅炎とヴィントシャフトの全力攻撃
〈念威爪甲〉を纏ったフェリスティ様を見ていると……近くに来ていたレグルス殿下に肩を叩かれた。じろじろと見過ぎたのは不味かったかと、ビクッと反応してしまったが、レグルス殿下は模様の入った薬瓶を数本、俺に差し出してきた。
「ザックス、ハイマナポーションだ、飲んでおけ。回復量が多いから、直ぐ戦線に復帰出来よう。
お前の呼び出したヴァルキュリアは、規格外に強いようだ。いつでも追加出来るようにしておくのだぞ」
「あ、有難く頂きます」
……高級品と噂のハイマナポーションを支給してもらえた!
レグルス殿下が指さした先ではヴァルキュリア達が突撃しており、近場に居たパウンスハルピュイアを次々と撃墜している。彼女らの活躍が目に入ったお陰のようだ。
因みに〈詳細鑑定〉するMPも勿体ないので、後で鑑定した結果がこちら。
【薬品】【名称:ハイマナポーション】【レア度:B】
・MPを大回復させる薬品。本来ならば鉱物化している魔結晶を荒らしマンドラの効能で分解し、走りメイジキノコの幼体のMP回復効果を増幅させている。高濃度のマナを人体に取り込みやすく調合されているが、回復には少し時間が掛かる。MP+60%(3分)
・錬金術で作成(レシピ:走りメイジキノコの幼体+魔結晶+氷結樹の実+荒らしマンドラ+魔法瓶)
〈相場チェック〉では1本【30万円】である。普通のマナポーションがMP+30%(5分)で5万円なので、6倍もするお値段。ただそれでも、回復量が倍で、回復時間も短いのは魅力的である。
ヴァルキュリア3体で9割のMPを消費したので、さっきから頭痛が酷い。早速1本飲んでみたところ……味は微妙だった。苦みのあるニンジンジュース+氷結樹の実のハスカップな甘酸っぱさが混じったような感じなのだ。うーん、不味いとまでは言わないが、確実に美味しくはない。風邪シロップなマナポーションの方がマシだとは……
こういう時は、味わわずに一気飲みするに限る。上を向いて飲み干したところ、丁度上の方から飛来する魔物の姿を発見した。ヴァルキュリアに迎撃を……と思ったが、3体とも少し離れた所で突撃している。急降下して来る魔物を突撃結界で迎撃しながら飛んで行くので、俺からどんどん離れてしまっているのだ。
今急降下して来ているのは、ヴァルキュリアが過ぎ去った後に、それよりも上の高度に居た奴が、突撃して来たようである。狙われたその先は……俺達の後ろに布陣した、緑色の隊服を着たヴィントシャフト騎士団の魔導士っぽい女性だ。
「上から魔物が来ます! 迎撃出来る人は頼む!」
俺は聖剣+聖盾を装備しているので、アビリティポイントに余裕はない。ジョブはトレジャーハンターと魔法戦士のみなので、魔法の充填にも時間が掛かるのだ。〈無充填無詠唱〉が使えないと、本当にもどかしい。
周囲の魔導士達も一様に〈エクスプロージョン〉を充填中なので、迎撃は出来ない。護衛騎士の誰かが、〈炎龍破〉でも使えないかと聞こうとした時、白い影がステップを踏んで、魔導士達の前に移動した。フェリスティ様である。
「女性を狙う卑劣な魔物め……わたくしが迎撃します! 手出しは無用ですよ!
……ここです! 〈虎流天爪斬〉!」
急降下する魔物の直線位置に割り込んだフェリスティ様は、スキルを使用すると弾丸の如く飛び上がった。〈念威爪甲〉で纏った足爪のせいで、石畳が割れる程の跳躍である。そして、右腕に纏った巨大な爪でアッパーカットを放つ。対する魔物も、緑の魔法陣を付けた足の鉤爪を下に向けて激突……すると思いきや、あっさりとフェリスティ様が打ち勝った。
アッパーカットで振り上げた爪は、易々とパウンスハルピュイアを5分割し、次の瞬間には回し蹴り(足爪付き)で薙ぎ払われて25分割にされていた。あのバグったような挙動には見覚えがある。武僧の〈双竜脚〉と同じく、瞬時に連撃を叩き込むスキルのようだ。
鎧袖一触に魔物を返り討ちにしたフェリスティ様は、軽やかに着地するや否や、バックステップでパウンスハルピュイアの残骸から身を躱していた。身に着けた白い鎧も、返り血無しである。汚したのはスキルで生み出した爪だけとか……相手も鳥型なので防御力は低めだとしても、一方的に瞬殺するとは姫様強い。守って貰った女性魔導士だけでなく、周囲の女性騎士からも黄色い声援が上がる辺り、只の王族としてではなく実力も人気の内なのだろう。
後続の馬車が続々と到着し、そのまま左右に分かれて増援に行く。魔物の話が伝達されているのか、中に居る魔導士達は一様に赤い魔法陣を充填していた。
領主の館手前に布陣した俺達の所にも、パウンスハルピュイアが急降下して攻撃してくる。騎士が〈カバーシールド〉で防御している為、空に連れ去れた者はいない。ただ、魔物が盾に攻撃すると同時に使用する風魔法亜種〈バウンスゲイル〉は非常に厄介だ。爆風で吹き飛ばされて隊列が乱される。幸いだったのは、ノックバック無効のスキル〈城壁の護り〉や〈アースアンカー〉で、盾役が他の人の盾になると被害を抑えられる事か。
途中でベルンヴァルトが面白い事をした。早速〈ミラーシールド〉を使ってみたかったのか、使用した状態で〈カバーシールド〉をする。すると、〈バウンスゲイル〉が反射されて、パウンスハルピュイアのみが地面に叩きつけられる結果となったのだ。空中から引き摺り下ろせば、こちらのものである。前衛陣が攻撃して止めを刺した。
こうして、パウンスハルピュイアの攻撃を防いでいると、魔導士達の準備も整っていく。領主の館付近の部隊だけであるが、レグルス殿下の合図で一斉に、空へと〈エクスプロージョン〉を放った。
「各自、上空のハルピュイアを狙え! 狙いが重なっても構わん、確実に数を減らすことを考えよ!
行くぞ! 3、2、1、「「「「「〈エクスプロージョン〉!」」」」」」
上空に赤く丸い炎の結界が20以上出現した。一部青白い炎になっているのは、同じ敵をロックオンしていた為に連携魔法になったのだろう。花火のように空を埋め尽くした炎の結界であるが、花火のように直ぐには消えない。一部のパウンスハルピュイアが飛び回って炎から逃げようとするが、本体がロックオンされているので結界ごと引き摺って移動してしまう。そいつ等に巻き込まれないよう、ロックオンされていないパウンスハルピュイアが上空で逃げ惑う。そんな奴らを、突撃結界を纏ったヴァルキュリア達が轢き殺して行った。
約1分後、圧縮された〈エクスプロージョン〉が大爆発を起こし、領主の館付近に居たパウンスハルピュイアを焼き尽くした。しかし、まだ横に長い外壁の左右上空には、多数残っている。それらを倒すべく、エディング伯爵が行動を開始する。
領主の館のバルコニーに姿を現したエディング伯爵は、拡声の魔道具を使用して左右に声を届ける。
『ヴィントシャフト領主、エディングである! 私が王都に行き不在の間、よくぞ魔物の襲撃に耐えきった! 流石はヴィントシャフトの子達であると、感嘆するばかりである!
魔物のレベルも50を超えてきている。後少し、力を貸して欲しい!
黒い鎧の騎士団は、王都から救援に来た第0騎士団である! 下の魔物は彼らに任せ、我らは上空に嘲笑う鳥型魔物を先に殲滅せよ! 弱点は火属性! 魔導士は〈エクスプロージョン〉を充填開始だ!』
その演説が終わると共に、音楽が流れ始めた。何かと思えば、先に上がった劇団『妖精の剣舞』の皆さんが祝福の楽曲を弾き始めたのである。曲は聞きなれた〈魔道士のラプソディ〉であるが、様々な楽器が使われており、オーケストラの様である。ボーカルの声も響き渡ると、左右の戦場でも反撃が始まった。
左右の上空でも〈エクスプロージョン〉の花火が花開く。中央でも残敵掃討として、爆破が繰り返された。
増援の数も多かったので、俺達の出番は最初しかなかったな。ヴァルキュリア達はオートでお任せ状態。その為、MP回復も兼ねて小休止にした。
屋上の所々に、木属性魔法〈ヒーリングツリー〉で生やしたという木が生えている。葉っぱの裏側が緑に色に光っており、木陰?でその光を浴びると、HPとMP自然回復量がアップするらしい。祝福の楽曲のMP回復効果も合わさって、MPバーが目に見えて回復していく。
……この光を浴びていると、ホッと安らぐ感じがするし、MPも回復する。良い魔法だ。俺も早く覚えたい。
そんな休憩だったが、直ぐに中断されてしまった。エディング伯爵に付いて行ったソフィアリーセから伝言が届いたのだ。と、言っても呼びに来たのはルティルトさんだけど。
「うむ、下の魔物を掃討するために、ヴァルキュリア殿の力を借りたいそうだ。4階の指揮所に行くぞ」
そんな訳で、領主の館の4階へと案内された。
そこは、四方が開けた会議室……だけでなく、何故かバルコニーで呪いの踊りを踊っている劇団の皆さんも居る。宴会の余興なら分からんでもないけど、手前で行われているのは会議だからなぁ。シュールな光景だ。
そこでは、エディング伯爵とカーヴィスお義兄さん、レグルス殿下(+それぞれの側近)が地図を広げて議論を交わしている。俺達も参加して話を聞いたところ、先程まで攻めて来ていたレベル50未満は、増援に来た第0騎士団が一掃したらしい。
ただ、まだ奥からはレベル50以上の魔物が列を成して進行して来ている。物見の騎士からの報告を受けて、レベルと魔物の名前が書かれた紙と駒が地図上に置かれていく。
「中心に居る牛頭の巨人が20体、ミノタウロスはタフなだけだ。弱点属性を何発が撃ち込めば倒せるだろう。厄介なのは、その周囲に居る氷人形共だな。〈詳細鑑定〉によると、騎士ジョブの〈ミラーシールド〉を使う個体が混じっているそうだ。そいつらを排除しなければ、範囲魔法を打ち込むのも危ない……ザックスの使い魔であるヴァルキュリアに、間引きを頼めるか?」
恐らく、小角餓鬼のように、ジョブに似た力を使う魔物だろう。俺も外の様子を〈モノキュラーハンド〉で確認する。白っぽい人形は沢山居るものの、どれも一緒に見える……盾持ちが騎士ジョブの魔物かな?と推測出来る程度だ。一匹ずつ〈詳細鑑定〉するには数が多い。
……ヴァルキュリアの皆に盾持ち優先で討伐指示を聞いてもらえるかな?
そんな考えを巡らせていると、物見の騎士が大声を上げた。
「奥の森から、多数の馬車が出現! ……20台以上居ます!」
その声に俺も〈モノキュラーハンド〉の見ている位置を変える。奥の方、〈詳細鑑定〉も届かない距離であるが、確かに多数の馬車が横一列に走ってきていた。ただし、引っ張っている馬には首が無い。いや、御者にも首が無い。その代わりに、何故か箱馬車の4隅にランタンの如く吊るされている髑髏があった。どう見ても、アンデッドである。
しかし、現れた敵はそれだけではなかった。
上空から飛来した巨大な影が、戦場の奥を横に横断する。それは赤いドラゴンであった。西洋風のデカいトカゲ型である。そいつは低空を横断しながら、馬車の一団をなぎ倒した。横一列に並んでいた馬車の前を通り過ぎながら、そのデカい爪で、薙ぎ払ったのだ。馬が両断され、馬車が吹き飛び、転がり倒れる。
……同士討ち?
そんな疑問が頭に浮かぶが、ドラゴンは更に変な行動を取った。倒れた馬車の元に着地すると、徐に大口を開けて食べ始めたのだ。木製と思わしき馬車をバリバリと食べ、首の無い馬や御者、ランプのような髑髏も食べる悪食である。
「ん? ドラゴンが大きくなっている?」
最初は馬車の2倍程度の大きさだったはず。しかし2体目の馬車を食べ始めたドラゴンが、最初より1.5倍くらい大きくなっていたのだ。思わず俺が呟くと、それを聞いていたレグルス殿下が慌て始め、物見の騎士に詳細報告を求めた。彼も、確かに大きくなっているように見えると報告する。
「不味い! 侵略型レア種の中でも厄介な暴食タイプだぞ! アイツらは魔物でも人でも、食べた物のマナを吸収して巨大化、強化されて行くのだ! 早めに倒さなければ、手が付けられなくなる!
拡声器の魔道具を貸せ!」
エディング伯爵が許可を出し、最大出力の音量でレグルス殿下の指示が外壁の上から下まで響いた。
『ラントフォルガー王国、第三王子レグルスである!
奥に現れた赤いドラゴン、奴が今回の魔物の侵攻を起こした侵略型レア種と推察する! 更に、暴食タイプ故に周囲の魔物を食べて巨大化するのだ! 手が付けられなくなる前に、一斉魔法攻撃を仕掛ける!
ランク7魔法が使えるものは充填を始めよ! 1分後に一斉攻撃の合図する!』
そんな指示の元、外壁の上でも下でも、魔法陣が多数展開された。
俺としては〈詳細鑑定〉が効く距離まで近付いてから、もしくは誰かが調べに行ってから、弱点属性で攻めた方が良いと提案してみたのだが、却下された。
「あの馬車型魔物を喰い尽くすまでは、近寄って来ないだろう。それならば、巨大化する前に攻撃を仕掛けた方がよい。
なに、多少の耐性があろうとも、多数の魔法で圧殺すれば良いのだ」
レグルス殿下は、以前似たようなタイプの魔物で痛い目を見たそうだ。経験に裏打ちされた戦術ならば、従う外無い。
俺はヴァルキュリア達を呼び戻してから、〈エクスプロージョン〉の準備を始めた。うん、〈詳細鑑定〉が届かない程に距離があるが、広範囲魔法であるランク7魔法ならばロックオン出来ずとも効果範囲には入るようだ。
1分後、レグルス殿下の号令で、この戦場に居る魔導士が一斉にランク7魔法を撃ち放った。
〈エクスプロージョン〉による爆発、〈アシッドレイン〉による霧雨、〈トルネード〉による竜巻、〈グランドファング〉による岩牙射出、〈プラズマブラスト〉による紫電レーザー、そして効果範囲内を凍らせる〈コキュートス〉。
多種多様な魔法が多数撃ち込まれる。その猛攻は、多重の魔法効果でドラゴンの姿が見えなくなる程であった。
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小ネタ
ツッコみ禁止ワード:『やったか!?』、『流石のレア種でもひとたまりもあるまい』『鑑定してから攻撃しろよ』
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