第550話 外壁上のライブとダイナミック乱入

 前回に引き続き、3人称視点で外壁上や外の戦闘状況をお届けします。

 戦況は一進一退に見えるが、徐々に押し込まれている。


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 領主の館4階にある指揮所では、領主代行を務めるカーヴィスが方々からの報告や陳情を受け、その対処に追われていた。その多くは物資(マナポーションや銀カード)が足りない、人手が足りないである。特に、魔物の侵攻が真ん中に偏っているせいで、中央付近の負担が大きい。当初推測されていた、街を迂回しようとする魔物の数が少ないのだ。

 東と西のレース会場に設置された騎馬隊の拠点、その防衛部隊のみで簡単に殲滅できる程度の数しか攻めて来ていない。その為、外壁上の両端には人員の余裕が生まれている。彼らを中央へと移動させることで、戦力を補充させた。


 そんな戦況を見ながらカーヴィスと、その側近達が指揮を出していると、中には不味い報告もあった。


「先程、街中で起きた爆発ですが、錬金術師工房や魔道具店が爆破されたようです。そして、周辺には魔物が出現し、様子を見に行った騎士団が討伐を開始しております」

「いえ、それだけではありません。領主夫人トルートライザ様の工房も秘密裏に破壊されたようで、大型の錬金釜が割られていました。こちらは、魔物は出ておりません」

「なんだとっ?! 母上の工房は、騎士団本部の端にあるのだぞ!? 潜入されたというのか?」


 カーヴィス驚きの声を上げた。何故なら、今いる外壁内の施設だからである。その話を聞いていた古株の側近が、推測を話す。


「……領主夫人が新年会議に参加されている間、工房の職員達には休暇が出されていました。恐らく、その隙に潜入されたのではありませんか? 今朝方、脱獄した妖人族が怪しいですな。仲間が救出に来たついでに、破壊工作していったとも考えられます。

 それよりも、錬金釜を破壊されたとなると、追加の薬品が作れないのが痛い……戦闘が長引けば危ういかも知れませぬ」


 長丁場になれば、危うい。その言葉がカーヴィスの肩に圧し掛かり、顔色を悪くした。

 現状、魔法での殲滅が主となっている為、マナポーションや上位版のハイマナポーションは出し惜しみ無しで配布され魔導士達を支えているからだ。

 ……このペースで消費していては、2日と持たない。

 そんな考えがカーヴィスの頭を過ったが、直ぐに頭を振って追い払った。最悪の状況を考える事も必要であるが、指揮官が不安な顔を見せていては、部下達に不安が伝播してしまう。そう考えたカーヴィスは、それくらいは許容範囲内だと、問題ないように指示を出した。


「物資は十分に備蓄されているから、新たに作る必要などない。魔物のレベルの上がり方から推測するに、日を跨ぐ程の長丁場にはならないだろうからな。それに、王都の第0騎士団には救援要請をしてあるのだ。彼らの救援物資も有る筈であろうし、足りなければ他領から購入しても良いのだ。

 この件は戦後の案件として後回しにする。戦闘後で良いが、被害にあった工房には損害報告をさせよ。何が作れなくなったのか把握しなければ、復興指示も出せん」

「ハッ! 畏まりました!」




 それからしばらくして、下の騎馬隊が忙しく走り回り始めた。魔物のレベルが更に上がり、防御陣地を乗り越える数が増えたからである。

 〈スパイラルウインド・チャージ〉を連続使用する事は可能なのだが、実際に走る馬の消耗も考えなくてはならない。いくら〈騎馬強化〉のスキルで馬も強化し、軽騎兵のスキル〈ライト・エクスペディション〉で乗っている者の重量を半減したとしても、延々と走り続ける事は出来ないからだ。

 その為、馬に疲れが見えたパーティーは外側へ走り抜け、東か西の拠点で交代要員と入れ替わった。拠点には馬の世話をする場所も設置されており、水や餌だけでなく、ブラッシングによるマッサージ要員も居てケアしてくれる。更に、騎士団では数が少ない宮廷楽師も配置され、スタミナを回復される祝福の楽曲〈活力のバディヌリー〉を聞かせて回復を早めるのだった。



 そんな状況の中、指揮所に来客が訪れた。劇団『妖精の剣舞』のヘラルダ座長である。

 燕尾服のような衣装を着たヘラルダ座長は、騎士のようにピシりと貴族の礼を取り挨拶を始めると、カーヴィスは待ったを掛けて本題に入った。


「緊急時故に、挨拶は省略で構わん。領主代行のカーヴィスである。妹であるソフィアリーセから、話は聞いているな?

 使用できるバフとデバフにつて報告せよ。それで、戦略を決める」

「ハッ! こちらの紙に、有用と思われる順に記載して参りました。確認願います。

 それと、呪いの踊りは敵を認識していなければ、十分な効果が出ません。踊る場所の確保もお願い致します。

 祝福の楽曲は音と歌が聞こえれば良いので、後ろでも構いません」


 劇団としては、元々ジゲングラーブ砦にてレベリングに参加する予定だった為に、他パーティーへの援護案が作られていた。規模としては、今回の襲撃の方が桁違いに大きいが、援護の仕事としては同じである。


 渡されたリストに軽く目を通したカーヴィスもまた、内心安堵していた。何故なら、懸念点であった不足するマナポーションを補うスキルがあったからである。祝福の楽曲スキル〈巡りしマナのロンド〉、聞いている者のMPを徐々に回復させる効果があった。



 まとめられた資料を基に話し合いは迅速に進められた。踊る場所と演奏場所が決まると、ヘラルダ座長は劇団員に指示するべく下に降り、カーヴィスの側近達は慌ただしくバルコニーを片付け始めた。壁下の魔物まで見る事が出来る場所となると、ヴィントシャフトで一番高い場所である指揮所にあるバルコニーが最適だったからだ。

 4階の三分の一はバルコニー(伝令の天狗族の発着所)になっており、2パーティー12人が踊るには十分な広さがある。そして、魔物の多くは真ん中に集中しているので、その直上に当たるバルコニーは効果範囲の中心にするには丁度良い。

 そのような理由があり、ライブ会場にするには打って付け場所だった。


 領主の館の外に待たせていた劇団員の内、剣舞王子と剣舞姫を連れて、ヘラルダ座長が4階へと戻ってきた。バルコニーにあった長椅子や観葉植物が片付けられ踊るスペースがある事を確認すると、12人の配置を決める。そして、各々の受け持つ呪いの踊りを発表した。12人居るので、12個のスキルで魔物達を妨害出来るのだ。


 バルコニーの端から下を見ると、防御陣地を突破した魔物が多数押し寄せている。騎馬隊も突撃を繰り返して討伐しているが、止まる暇も無い。

 それを見たヘラルダ座長は、劇団員を鼓舞する声を掛けると、スキルを発動させた。


「下の広場では、街を守らんと戦う英雄達が苦戦をしている! 我らの踊りで、彼らの英雄譚を勝利へと導く! 舞え! 「「「「「〈舞踊劇開幕〉!!」」」」」」

「〈魅了のエスメラルダ〉!」


 劇団員達が踊り始めると、〈幻影舞踏-ドゥ〉の効果で幻影も出現し群舞になった。しかし、幻影が現れたのは、ここだけではない。下の戦場にも踊り子の幻影が出現し、魔物達を誘うように踊り始めるのだった。〈魅了のエスメラルダ〉中確率で敵を魅了する効果がある。そして、魅了された者はMPを少し吸収され、幻影を追いかけてしまう。

 更に〈イリュージョン・エフェクト〉の効果が拍車を掛ける。これは、呪いの踊りに沿ったエフェクトを発生させるスキルであり、幻影のエスメラルダを派手に演出していた。ドレスが派手になり、踊りて腕を振るとキラキラと光の粒子や花弁を舞い散らせ、魅了する確率を上げていた。


 このコンボにより防御陣地を突破した魔物の半数は、幻影のエスメラルダに魅了されてしまった。南門へと突撃する事も忘れて、フラフラと幻影を追いかけまわすのである。


 無論、呪いの踊りによる妨害はこれだけではない。悲しみを与えて闘争本能を奪う〈嘆きの泉〉、敏捷値を低下させつつHPを徐々に削る〈衰弱の白鳥〉、眠りに誘う〈眠りの森のオーロラ姫〉、足が動けなくなる呪いを掛ける〈囚われのメドゥーラ〉、魔法の充填を邪魔する〈語らいのブルーバード〉等々。

 防御陣地の内側へ入り込んだ魔物達は、もれなく呪いの踊りのどれかの効果に引っ掛かり、勢いを失った。


 そのチャンスに、各騎馬隊が突撃を掛けて殲滅していく。この時、領主の館から左右300m程の位置で、宮廷楽師による祝福の楽曲が演奏され始めていた。真ん中だけでなく左右に振り分けたのは、少しでも多くの味方にバフを届ける為である。

 特に、スタミナを回復する〈活力のバディヌリー〉は馬に走る元気を蘇らせ、敏捷値アップの〈狩人のフーガ〉で突撃速度を上げた。

 そして、外壁上の魔導士達には〈巡りしマナのロンド〉でMPを回復させ、〈魔道士のラプソディ〉による知力値アップで魔法ダメージの底上げをする。これで、魔法による殲滅力がアップした。

 これらの祝福の楽曲の援護が入ったことは伝令を通じて、各所に報じられる。外壁上の魔導士の中には『妖精の剣舞』のファンも居たらしく、聞こえてくる曲と歌声に耳を澄ませるものまで居た。


「〈魔攻の増印〉!〈エクスプロージョン〉!

 ……リーダー、次の魔法を充填している間は、見学に行っても良いですよね?」

「待て待て、持ち場を離れるな。歌ならここでも聞こえるから良いだろう? MPが減って休憩に入ってからにしろ」

「え~私、明日の公演のチケットを苦労して手に入れたんですよ! どう考えても、この状況じゃ明日の劇は中止じゃないですか。なら、少しくらいヘラルダ様の踊っている姿が見るくらい……早めにMP減らして休憩に入ります!

 正面の亀っぽい魔物を狙うから合わせなさい!〈サンダーストーム〉!」

「っ!〈トルネード〉! ……あっぶねぇな、連携魔法がズレる所だったじゃねーか。

 まぁ、劇は知らんが、歌は良い感じだな。やる気が出てくる感じだ」



 劇団によるバフデバフ作戦が功を成し、人類側が勢いを取り戻し、魔物の軍勢を押し返し始めたのだった。





 それから30分ほど優勢が続く中で、外壁上に居たDダイバーの女性が〈敵影表示〉がおかしい事に気が付く。胸壁から身を乗り出して下を確認するが、壁に近付いている魔物は見当たらなかった。しかし、〈敵影表示〉に映る赤い光点は、徐々に壁の方へと近付いている。

 その矛盾に気が付いたDダイバーの女性は真上を見上げ、声を上げた。


「真上から敵よ! 鳥の魔物が……キャアッ!」


 視認したのも束の間、高速で降りて来た鳥型の魔物は地面直前で脚を広げると、Dダイバーの肩に着地した。爪が食い込み、悲鳴を上げる。それと同時に、魔物が脚先に充填させていた魔法を発動させた。

 魔物とDダイバーを中心に爆風が吹き荒れ、周囲の者を吹き飛ばす。仲間の重装歩兵は盾を構えて耐えたものの、反撃に出る前に魔物は爆風の反動も使って空へと舞い上がっていた……その脚でDダイバーをがっちり掴んだまま。


「え?! 待って、待って! こんな所で落とされたら!? きゃあああああーーーーー」


 反撃の矢が届かない程の上空に舞い戻った魔物は、掴んでいた獲物を外側へと放り投げた。そこは、外壁の外側である。数瞬の間の浮遊感を得た後、重力に引かれた身体は落下を始めた。絶望に彩られた表情を見せたDダイバーは、魔物の脚を掴もうと足掻き……空を切り、そのまま地面へ消えて行った。

 その様子を見た魔物は、美しいを邪悪に歪ませて喜ぶと、次なる獲物を見定めて急降下を開始した。



『空から降ってくる魔物は、パウンスハルピュイア、レベル55! 火属性が弱点だ!

 女を攫う嫌な習性がある! 重装歩兵は〈カバーシールド〉で守れ! 

 天狗族は、落とされている者の救助だ!』


 〈詳細鑑定〉に成功したカーヴィスの側近が、指揮所から拡声器の魔道具で指示を出す。しかし、現場は混乱の渦に陥りかけていた。パウンスハルピュイアは何十羽も急降下して来ており、各所で爆風を起こして隊列を乱し、女を上空へ攫って行っている。攫われた者はもれなく、地面行きである。機転を利かせた伝令の天狗族が救助する場面もあったが、定員1名で偶々近くに居ないと救助できない。この奇襲で多くの女性魔導士や司教、司祭が犠牲になった。


 厄介なのは奇襲だけでなく、その見た目もである。パウンスハルピュイア、英語で言えばハービーと言う。鷲の翼と下半身を持つが、頭と胴体は人間の女性にそっくりであり、初めて見た者は人類と見間違えて躊躇してしまうのだ。天狗族と違って鳥の部分が多いので、知っていれば見分けるのは簡単である……が、美しい顔と大きな乳房(羽毛で南半球は隠れている)に見とれてしまう男は多い。初撃の対応が遅れた理由だ。



 呪いの踊りを踊っている劇団員の所にも3羽の襲撃はあった。ただ、こちらは多数の幻影が居た事により、攻撃を外していた。運悪く本体を狙われた者も居たが、パッシブスキル〈幻影回避〉により踊り子と幻影を入れ替える事で、難を逃れている。

 直接の攻撃は回避したものの、爆風により幻影が掻き消され、何人も吹き飛ばされた事により、踊りが中断されてしまっていた。


 同じように、宮廷楽師のパーティーでも被害者は居なかったが、爆風で演奏が中断されてしまっている。


 こうして、戦線を支えていたバフとデバフが一時的に消え、更に魔導士の数が減った事により魔法攻撃の密度が下がる。更に、パウンスハルピュイアを迎撃する為に、魔導士の魔法が使われる。 〈エクスプロージョン〉で空を薙ぎ払おうとする者も居たが、パウンスハルピュイアの飛び回る速度は速く、ロックオンした1羽以外は効果範囲から逃げて、中々撃墜出来ない。


 これらの要因が重なり、魔物の軍勢が勢いを取り戻した。そこかしこで防御陣地を突破し、雪崩れ込む魔物が増えていく。レベルも50近くに上がっている為、騎馬隊の突撃に耐える魔物も出始めている。

 その数は騎馬隊だけで抑えきれるものではなくなっていき、ついには〈スパイラルウインド・チャージ〉を張り直す隙を突かれて、馬ごと犠牲になる騎士まで出た。


「いいな! 真ん中から左右に掃射せよ〈プラズマブラスト〉!」


 前領主ケイロトスの号令により、南門前に居た部隊から、何本もの紫電のレーザーが薙ぎ払われた。切り札として温存されていた〈プラズマブラスト〉の銀カードである。薙ぎ払う事により多数の魔物を麻痺させ、魔物の進軍を足止めした。

 しかし、銀カードである為、その威力は半減しており枚数も多くはない。魔導士だけでなく、他のジョブの者まで総出で〈プラズマブラスト〉撃ち放ったが、倒した魔物の数は三分の一程度である。麻痺した魔物を踏み越えて、続々と後続が迫る。


 ケイロトスは覚悟を決めて突撃するか、迷っていた。このままでは、じきに抑え込めなくなる。命が惜しければ、左右の拠点に逃げ込むのだが、自身の後ろには最後の砦たる南門しかない。ここまで攻められた事例がないため、どれだけ門が耐えてくれるのか不明である。ここを突破されては、街が滅ぶ。


 前領主である故に、逃げる選択は取れなかった。少しでも時間を稼ぎ、魔物を道連れにすると、部下たちに号令を掛け……ようとした時、戦場の左右から極太の紫電レーザーが薙ぎ払われた。本来の威力である〈プラズマブラスト〉は左右から10本ずつ放たれ、魔物の群れを一掃した。後続は居るが、まだ距離があるので直近の危機は去ったと言える。


 ケイロトス達が歓声を上げる中、左右から黒い鎧の騎馬隊が増援として走って来ていた。




 同時刻、外壁上にも増援が到着していた。

 スロープから何台ものゴーレム馬車が現れると、一緒に飛来した赤いヴァルキュリアが、パウンスハルピュイアに向けて突撃して行く。更に、馬車の護衛である騎乗した黒騎士3名も赤い光剣を3本ずつ射出した……第0騎士団所属の魔導剣士による〈エレメンタル・ソード〉である。


 1体と9本の援軍がパウンスハルピュイアを撃墜して行く合間に、馬車の一団は領主の館へと向かう。走りながらも内側から扉を開けられると、中の乗客が飛び出してくる。最初に出て来たのは、ザックスだ。


「予想以上に、ハルピュイアの数が多い! ヴァルキュリアを追加召喚します! 〈プリズムソード〉!」

「私も援護しよう〈エレメンタル・ソード〉!

 エディング伯爵は、早く屋敷に入れ! 指揮権の移譲と状況把握をしてくるのだ!」

「頼みましたぞ! 護衛の半数はレグルス殿下に付け! 決して負傷させるでないぞ! 〈エクスプロージョン〉!」


 続いて出て来たのは、王都から増援に来た第3王子レグルスと、同じく新年会議で王都に行っていたエディング伯爵である。彼らの側近達も戦線に加わり、パウンスハルピュイアへの反撃が始まった。

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