第547話 雷の祝福

 ……遠くから子守唄が聞こえる。

 優しい歌声に目を覚ました。レスミアかと思ったが、声色が違う。それに、伴奏付きなんて豪華な歌……と、考えたところで、状況を思い出した。雷の鉄槌を喰らったものの、属性ダメージを〈リアクション芸人〉で無効化出来た。ただ、長々と続いた電撃が身体に走り、痛みに耐えている内に気絶してしまったのだ。リアクションで吹き飛べば効果範囲から逃げられたかもしれないが、上から下への攻撃だったので逃げられなかったのである。

 視界に映るHPバーは3割減。いや、じりじりと回復しているのは、祝福の楽曲の効果か?

 その隣には麻痺を示すアイコンも点灯している。通りで身体が動かない訳だ。抗麻痺剤を飲んで予防していた筈なのに、貫通して麻痺るとは余程の雷だったに違いない。


 付けっぱなしで良かった〈無充填無詠唱〉、これがあれば声を発せずとも回復出来る。自分に〈ディスパライズ〉と〈ヒール〉を掛けて回復した。とは言え、麻痺った身体は直ぐには動かない。身体の感触が戻ってきて、自分が片膝を突いて座り込んでいた事が把握できる。そして、目を開けると、一面が火の海になって……いや〈エクスプロージョン〉の火球の中か。熱くもなくダメージも受けていないので、恐らくソフィアリーセが撃った魔法だろう。

 肝心のカメレオントールは〈エクスプロージョン〉の炎だけでなく、足元からの火炎放射で炙られて、身体を丸めて耐えているようだ。流石に弱点となった火属性魔法を浴びては、身を守らざるを得ないのだろう。


 そして、一緒に前衛に立っていた2人も動いていない。ベルンヴァルトは紅蓮剣を地面に突き刺して、寄りか掛かったまま。ルティルトさんは俺と同じように、カイトシールドを支えにして跪いている。ジョブを入れ替える次いでに〈パーティー状態表示〉をセットしてみると、パーティーに入っていないベルンヴァルトは分からないが、ルティルトさんも麻痺しているようである。HPも7割減で、かなりの大ダメージ。

 取り敢えず、〈遠隔設置〉で〈ディスパライズ〉と〈ヒール〉を2人に掛けて回復しておいた。



 〈エクスプロージョン〉の火球が収束していき範囲外に出た為、視界が元に戻る。身体の麻痺も解けて来たので、剣を杖代わりにして立ち上がり振り向く。すると、後ろに居た暗幕がパッと消えて、後衛が姿を現す。レスミアとソフィアリーセは、充填している赤い魔法陣を振りながら声を上げた。


「ザックス! 無事なら一旦下がりなさい!

 わたくしの魔法で時間を稼ぎます!」

「心配掛けた! でも、〈エクスプロージョン〉の爆発の後に、このまま畳みかけるぞ!

 敵は火属性魔法を嫌がっているから、魔法を重ね続けて押し切る!

 ルティとヴァルトは、少し下がって回復に専念しろ!」


 矢継ぎ早に指示を出す。フィオーレはノリノリでギターを弾いているが、聞き慣れた〈魔道士のラプソディ〉なので〈コンセントレーション〉付きの知力値アップを掛けてくれているようだ。

 そんな中、ピシッと何かが割れる音がすると、その直後に爆音が轟いた。〈エクスプロージョン〉の収束が終わり、大爆発を起こしたのだ。爆風が吹き荒れるが、敵味方識別があるので俺達には影響がない。持ち替えたワンドの先に充填済みの魔法陣を展開しつつ、暫し様子を見た。その合間にマナポーションも1本飲んでおく。


 煙が晴れて行くと、蹲ったカメレオントールが姿を現した。〈エクスプロージョン〉一発では、宝石鱗に損傷は見られない。しかし、弱点属性なのだから属性ダメージは通っている筈。タイミングを合わせるよう、後ろに聞こえるように魔法を発動させた。


「行くぞ! 〈魔攻の増印〉!〈エクスプロージョン〉!」

「続きますわ! 〈魔攻の増印〉!〈エクスプロージョン〉!」

「私も……〈フレイムスロワー〉!」


 2重の巨大火球がカメレオントールを包み込み、足元から火炎放射が噴き出した。その炎に驚いたのか、またもやうつ伏せの防御形態に移行する。

 動かないつもりならば、そこを火葬場へと変えてやろう。〈無充填無詠唱〉の力を借りて、魔法を連打した。


「〈フレイムウォール〉! 〈ファイアジャベリン〉! 〈フレイムウォール〉! 〈ファイアジャベリン〉! 〈フレイムウォール〉! 〈ファイアジャベリン〉! 〈フレイムウォール〉!

 〈魔攻の増印〉!〈フレイムスロワー〉!」


 何時ぞやも使った、壁魔法で檻を作る戦法だ。3mの壁魔法で周囲を……上から見たら『井』みたい形状で囲うのである。真ん中がカメレオントールだから『丼』の陣だな。焼いても喰えそうにないが。

 〈ファイアジャベリン〉を挟んでいるのは、同一魔法は連打出来ない制約を回避する為である。炎の壁の向こうなので、当たっているかは分からんが、貫通力はあるので宝石鱗の破壊に期待してジャベリンにしたのだ。

 そして、魔法の制約といえば、範囲魔法も効果発動中は連打出来ない。最後を〈フレイムスロワー〉にしたのはそのせいだ。これがなきゃ、MPが尽きるまで〈エクスプロージョン〉連打出来るのにな。



 これだけの火魔法を重ねたのは初めてだ。最早、炎が乱舞して地獄の釜の底にでも居るかのよう。中心にいるカメレオントールは何重もの炎に包まれて姿すらも見えない。〈エクスプロージョン〉の火球が収縮していく中、駄目押しをする為に火炎放射が切れたら〈フレイムスロワー〉のお代わりしておく。ソフィアリーセとレスミアも真似を始めたので、噴出花火祭り状態になった。


 ただし、これだけ魔法を叩き込んだのに、〈敵影表示〉の反応は赤く点灯したまま。「やったか!」と、フラグを立てる必要も無いほどに、しぶといようだ。

 火球の収縮が終わり、2重の大爆発が巻き起こる。しかし、それでも反応は残ったままだ。

 爆風が収まりかけた状態で、俺は更なる一手を仕掛けた。


「〈ウォーターフォール〉!」


 爆心地の上から滝の如き、水の瀑布が降り注ぐ。石畳が赤熱化する程の温度の中に降り注いだ水は、ジュージューと水蒸気を吹き上げ、バキバキと音が鳴る。その水蒸気すら押し流し、周囲の温度を一気に下げた。

 これは、この後に近接戦闘を仕掛けられるように、温度を下げる目的である。そして、もう一つ……〈ウォーターフォール〉の滝が終了し、その中心に居たカメレオントールが姿を現す。その姿は見るも無残な物へと変貌していた。宝石の如く煌めいていた鱗が、バキバキにヒビ割れてしまったのだ。

 そう、高温で熱膨張させた後、急冷却による収縮する原理を使い、防御力の元である宝石鱗を破壊したのである。これなら、宝石鱗の防御力を突破して、致命傷を与えられる筈だ!


「〈ダーツスロー〉! ヴァルト! 攻撃だ!」

「おおっ! 待ってたぜ! さっきのお返しだ!」


 カメレオントールの背後に駆け寄りながら、大上段に構えた紅蓮剣を振り下ろす。その一撃は、カメレオントールの尻尾を切り飛ばし、その下の石畳を破砕する。更に、地面を叩いた反動で紅蓮剣を振り上げると、〈フルスイング〉でカメレオントールの胴体を薙ぎ払った。

 宝石鱗が砕け散り、カメレオントールが吹き飛んで行く。地面にバウンドし、鱗の破片を巻き散らした。最早、堅牢だった鎧は無い。そして、反対側で待ち構えていたルティルトさんが、盾を振り上げて殴りかかる。


「ヴァルト! 吹き飛ばすから、合わせろ! 〈シールドバッシュ〉!」

「おおよっ!」

「いや、突き刺せ!」

「おお?!」


 時間稼ぎに何度となく使ったノックバックによるお手玉であるが、そろそろ〆で良いだろう。俺の指示に、ベルンヴァルトが若干迷いながらも、紅蓮剣を突き出す。そこに、ノックバックで吹き飛んできたカメレオントールが衝突し、突き刺さった。先ほど宝石鱗が破損した箇所であり、弱点の火属性、且つアダマンタイトで出来た紅蓮剣ならば喰い破るのは容易い。


 俺は〈ボンナバン〉も使ってベルンヴァルトの元へ駆け寄ると、隣に並んで紅蓮剣の柄を握る。そして、流せるだけの魔力を剣に流し込んだ。


「コイツで終わりだ! 燃え尽きろ!」


 紅蓮剣に付与された〈紅炎〉の効果を発動させたのである。


・〈紅炎〉: 刀身に魔力を込めることで自動発動。武器に火属性を付与し、属性ダメージを極大アップさせる。また、刀身から炎を吹き出し、射程を延ばす他、敵に突き刺せば内側から焼き尽くす。


 刀身から吹き出た炎がカメレオントールを内部から燃やし始めた。『属性ダメージを極大アップさせる』効果も付いた炎なので、先程の魔法連打に匹敵するくらいの威力が見込めるのだ。

 身を焼かれる痛みにカメレオントールが悲鳴を上げて逃げようとするが、突き刺した紅蓮剣を2人掛かりで押さえ付ける。程なくして身体の各部、割れた宝石鱗の隙間から炎を吹き出すと、動きを止めるのだった。〈敵影感知〉の反応も消えた。


 動かなくなったのを確認してから、ミスリルソードを掲げて、後衛の皆に聞こえるように勝鬨を上げた。


「レア種の魔物、カメレオントールを打ち取ったぞ! 俺達の勝利だ!」

「「「おおお!!!」」」「「「やった~!!」」」


 劇団員の皆さんも踊りや演奏を中断し、喜びの声を上げた。


「はぁ、キツイ2連戦だったぜ。特に最後の雷は、死を覚悟したぞ」

「ああ、お疲れ。対策はしていたから、即死は無いと思ったけど、麻痺ったのが危なかったな」


 ベルンヴァルトと2人して座り込み、拳を合わせて健闘を称え合う。すると、カメレオントールの死骸から、紫色の光の玉が抜け出て来た。水の精霊とは違い、雷の精霊の姿は見えずに光の玉のままである。弱々しく点滅する光の玉は、俺達の頭上を旋回し、光の粉を振りまいた。


「(ありがとう。ついでに、ちょっと休憩させて)」


 勝手に出て来た聖剣クラウソラスにも光の粉が吸収されるのだが、今回は精霊の光の玉自体も聖剣へと吸い込まれて行く。鍔に並んでいる宝石の内、アメジストの中に入って行ったのだ。

 ……ホテル扱いかな?

 紅蓮剣をポイントに戻し、改めて聖剣を取り出す。弱っているなら、魂魄結晶の粒をあげようと考えたのだ。ただ、鍔のアメジストに呼びかけても、ノックしても、魂魄結晶の粒を押し付けても反応無し。

 ステータスを確認したところ、雷属性の適性が★マークになっていたので、精霊の祝福は貰えたようだ。精霊とのコミュニケーションは上手くいかなかったが、当初の目的は果たしたので良しとしておこう。

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