第544話 増援の劇団員達

 冒頭は3人称視点で、ソフィアリーセ達の様子からです。

 途中の※※※からザックス視点に戻りますので、ご注意願います。


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※※※


 ダンジョンギルド第1支部の前の広場では、劇団『妖精の剣舞』の団員達がゴーレム馬車に乗り込み、出発を始めたところであった。この頃になると、空中からの魔物の襲撃は殆ど無い。第3波として襲来したスパイラルイーグルの殆どが倒された証左であった。大通りで戦っていた探索者達も、街中で暴れる(妖人族が放った)魔物の討伐へと向かっていく。


 しかし、空を飛ぶ魔物が居なくなったからと言って、魔物の襲撃が終わった訳ではない。むしろ南門の外では陸上の魔物が押し寄せ、戦闘が激化している。それは〈エクスプロージョン〉等の魔法の爆発音が多数響いている事から、察せられる事だ。


 外壁の上では、街を守る有志を持った探索者や騎士達が戦いを繰り広げている。それを援護する為、劇団員達を上に送り届けるのが、ソフィアリーセの仕事であった。

 ただ、用意できたゴーレム馬車は4台のみ。元々数が少ないうえ、外壁の上までの物資輸送や人員の移送に使われているので、直ぐに準備出来たのがこれだけだったのだ。御者も魔導士でないとMPが足りないのだが、魔導士の多くは外壁上で迎撃に出ている。その為、第1支部に避難していた年配の引退した探索者にも協力を募ったのだった。こういう時は、領主の娘という肩書が役に立った。


 劇団員の中でサードクラスなのは6パーティー、36名。1台に乗せられるのは6人までなので、2パーティー分足りないのである。人数は多い方が良いが、残った12人に歩いて上まで行け、とは言えない。上ではスキル発動の為に、延々と演奏や踊りをしなければならないので、移動で疲れさせる訳にも行かないからだ。

 その為、ゴーレム馬車には往復してもらう手筈になっている。ついでに責任者であるソフィアリーセも、無事に全員送り出すまで、ここで足止めされてしまう。待つのも仕事だとはいえ、このような状況で無為に時間を過ごしてしまう、その焦りがソフィアリーセの心を乱していた。


 更に、動き出した馬車を見送る為に大通りの方へ顔を向けると、側道の先、ザックスとレスミアが向かった方向の空に変な物が浮かんでいる。出現しては光って消える、を繰り返しているので、気にならない筈がなかった。

 ソフィアリーセは、護衛のルティルトへ問いかける。


「ねぇルティ、あの空に浮かんでいる物は何かしら?」

「……私にも分かりかねます。少なくとも、ザックスの資料にはなかった現象かと……いえ、先程のヴァルキュリアのように、秘匿された情報もあるので驚くことも多いのですが……フィオーレ、君は見覚えあるか?」

「さあ? ダンジョンでは見た事ないね~」


「……ザックスとミーアが無事だと良いのだけど」


 視線の先に浮かぶルーレットが光を放って消えて行く。その下では、ザックス達が絶賛苦戦中であるが、ここからでは知る由もない。ソフィアリーセの呟きに、ルティルトとフィオーレも視線を同じ方向へ向けるのだった。


 そんな時、4台目である最後の馬車が動き出し……ソフィアリーセの直ぐ傍で停車した。馬車側面の窓が開いており、中からヘラルダ座長が顔を出す。


「では、ソフィアリーセ様、私共は先に上に行ってライブを始めております。乗れなかった団員は、上での交代要員にしますから、多少遅れても問題はありません。ゴーレム馬車が往復するまでの間、指揮権は貴女に預けておきますね……ええ、使って下さい」


 笑顔で報告するヘラルダ座長は、最後の一言を強調していた。その一言で気が付いたソフィアリーセは、問い返す。


「では、彼らの演奏と踊りによる援護を、先に体験させて頂いてもよろしくて?」

「ええ、勿論どうぞ。50層代でも戦える装備品を支給してありますが、踊りと演奏優先の動きやすい軽装なので、前衛には立たせないで下さい。

 ……貴女の紡がれる物語が、私の劇団の演目になるよう期待しておりますよ」


 少し遠回しな会話であるが、『婚約者の元へ援軍に行っても良いですよ。それがドラマチックなら演劇にしますからね』と言うだけである。

 ヘラルダ座長がこんな提案をしてきたのは、フィオーレが『聖剣使い』の話を聞かせていたせいであるが、それを知らぬソフィアリーセは笑顔で了承して返した。劇団故に、物語の題材となるエピソードを集めているのだと、軽く考えたのである。


 ゴーレム馬車を見送った後、白馬に二人乗りしたソフィアリーセは、劇団員12名を集める。そして、空に光るルーレットを指差して、援軍に行くと宣言した。


「あの下では、わたくしのパーティーメンバーが魔物と戦っています。ヴァルキュリア……強力な聖剣のスキルを持ってしても苦戦する程の敵です。この街を守るため、貴方達の力を貸して下さいませ!」

「「「「はいっ!」」」」




※※※


 俺とベルンヴァルトが錬金術師協会の前の広場に戻ると、カメレオントールはお食事中だった。あまり直視したくないが、遺体の頭をバリバリと食べている。

 ただ、こちらへ積極的に攻撃を仕掛けてくる様子ではないのは助かる。レスミアと司教さん達は、無事怪我人を避難させたようだ。歩けるほどに回復した人が、他の人と肩を貸し合って隣の建物へと避難していく姿が見える。

 レスミアと司教さんは俺達の姿を見付けると、こちらへ合流しようと向かってきた。


 さて、ヴァルキュリアは消えてしまった事であるし、カメレオントールが食事中に作戦を立てないと……念の為、銀カードで〈詳細鑑定〉を仕掛けた。


【魔物、幻獣】【名称:紫水晶獣カメレオントール】【Lv62】

・カメレオン型魔物の希少種。***を取り込み、全身の鱗を宝石に変えて雷属性に強化されている。その頭と背中にはアメジストの角が生えており、それを媒介として***の力を利用し雷魔法を多用する。また、カメレオン由来の擬態化能力にも優れており、周囲の色に溶け込み奇襲を得意とする。主な攻撃方法は手足の爪撃に噛み付き、それと槍のように尖った長い舌を伸ばして獲物を突き刺し、絡め取る事も出来る。

・属性:雷

・耐属性:火、水、風、土、光、闇

・無効属性:雷、氷

・弱点属性:無し

※一時的にHP、MP、筋力値、耐久値、知力値、精神力、敏捷値、器用値のステータスが大幅に上昇している。

 また、戦闘終了時まで全属性耐性が1段上がっている

【ドロップ:無し】【レアドロップ:***】



 ……耐属性がめっちゃ増えとる! しかも、元々耐性のあった雷と氷属性は無効になっているとか、強化されすぎだろ!

 弱点の木属性は1段上がり、ノーマル耐性になったので記載が無いのだろう。まぁ、木属性を使う攻撃手段が無いので、意味の無い情報であるが。

 さて、どうしたものか。ヴァルキュリアを召喚したとしても、この耐性に全ステータスアップのバフ付きでは、苦戦は必須だろう。囮に使って、聖剣クラウソラスで戦うか? いや、レベル62の精霊付きレア種で、全ステータスアップのバフは楽観視して良いものではない。


 先ずは、バフをどうにかしないと……一旦逃げるのも手であるが、雷の精霊を取り込んだレア種を放置するのは不味い。あの雷の鉄槌魔法、あれを街中で連射されては被害が拡大するし、外壁上にでも撃たれたら上の騎士たちが挟撃されることになる。それに、精霊の祝福をゲットする機会を逃したくないという、私欲もある。

 ただ、手持ちのスキルだと、使えそうなのは1つしかない。他にはフィオーレの呪いの踊りくらいか?

 後は、魔法効果って事で、〈レイディスペル〉で解除出来たりしないだろうか?


 そんな考えを巡らせていると、普段より格段に足の遅いレスミアが到着した。ボテボテ走る司教さんは、もっと遅い。ルーレットの全ステータスダウンの影響だろう。


「ザックス様、無事だったんですね! こっちも息の有る人は助けられましたけど、青のヴァルキュリアさんがやられちゃいました!」

「ああ、妖人族は倒してきたから、残る敵はあのカメレオントールだけだ。

 ところで……〈レイディスペル〉! レスミア、掛けられたデバフは解除出来た?」

「え?! ……いえ、身体は重いままですね。

 それより、マナポーションはまだありますか? 私の分は司教のおじさんに分けてしまったので、もうありません」


 〈レイディスペル〉で解除出来るなんて、そう都合よくは行かないか。

 ストレージからマナポーションの在庫を取り出して、レスミアに渡しておく。ルーレットの【2:HP、MPが半減する】を喰らってからも、救助活動をしていたので、MPが足りないそうだ。特に司教さんは2回も半減を喰らっていたので、マナポーションも足りなくなったらしい。

 追いついてきた彼にも、マナポーションを5本渡し、その代わりにお願いをしておいた。


「向こうに居る3人組の治療もお願いします。特に友人のテオが、腕が千切れる大怪我なんです。仲間の司祭が治療をしている筈ですけど……」

「ああ分かった、司祭の〈ヒール〉では治せない程の怪我だな。ただ、私の〈キュア〉では腕をくっ付けることは出来ても、再び動かせるかは運による。動かせない場合は、もっと上位の司教に〈リジェネレイト・キュア〉を掛けてもらうしかないぞ。……すまん、私はレベル52しかないので、まだ使えないんだ」

「いえ、先ずは生き残る事が優先です。それでお願いします」


 確か、欠損も治す回復の奇跡〈リジェネレイト・キュア〉だったか。レベル60で覚えると、エヴァルト司教が得意げに話していたのを思い出した。まぁ、今回の襲撃が終わってから、エディング伯爵にお願いして治療要員を手配してもらえばいいだろう。


 司教さんを送り出すと、その先の道路の向こう(大通りの方)から、一団を伴った白馬がやってくるのが見えた。見覚えのある白馬……ヴァイスクリガー君に騎乗しているのは、ルティルトさんである。彼女に向かって手を振ると、徒歩である10数人を置き去りにして馬が走り出した。

 近くまで来ると、ソフィアリーセも一緒に同乗しているのが見える。そして、俺達の近くにやってくると、ソフィアリーセが馬から飛び降りるようにして抱き着いて来た。俺とレスミアをまとめてハグする。


「よかったわ! ザックスとミーア、無事だったのね!

 空に変な物が浮かんだり消えたりを繰り返していたから、心配したのよ」

「あはは、本当に変なスキルでしたけど、ザックス様が倒してくれました」

「はいはいソフィ、はしたないから離れなさい」


 下馬したルティルトさんが、ソフィアリーセを引き剝がした。少し頬を膨らませて、「感動の再開を喜ぶくらい良いではありませんか!」「他の人の目があるでしょう?」と言い合う。

 俺としても和みたいところではあるが、まだ魔物が残っている事を忘れてはいけない。軽く手を叩いて仲裁すると、カメレオントールの方を指差して、現状を話す。


「ここに居た妖人族2人倒しました。でも、そいつらが持ち込んだレア種の魔物が残っているんだ。しかも、バフを沢山掛けられた強個体……フィオーレは一緒じゃないのか? 呪いの踊りのデバフに期待したいところなんだけど……」


 そんな話をすると、ソフィアリーセは胸を張って得意気に、後続の一団を指差した。


「それなら、丁度良いわ。馬車に乗り切れなかった『妖精の剣舞』の団員を連れて来たのよ。サードクラスの剣舞姫と王子が6人、宮廷楽師が6人の2パーティー分も居るから、呪いの踊りのデバフも祝福の楽曲のバフも存分に使えるわ!」


 言われて見ると、半数はフィオーレみたいな派手な踊り子衣装、残りの半数はオーケストラの演奏者のように、黒い燕尾服や、シックなドレス姿の人達だ。

 確かにサードクラスなら、カメレオントールのバフを何とか出来るスキルを持っているかもしれない。彼らを迎え入れて、対抗策を講じることにした。

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