第543話 目には目を、いかさまにはいかさまを

 ビガイルによるルーレット連打は10回目を迎えていた(振り直しはカウントせず)。〈運命のルーレット〉の効果が終了すると同時に、再発動させるので、俺達は殆ど動くことが出来ない。まだ、マナポーションを取り出そうとして、ポーチに手を入れたところだぞ。

 ルーレットが回転中、俺達は動けないが、術者であるビガイルは例外のようだ。流石に攻撃とかはしてこないので制限があると思うが、〈運命神への奉納〉で大金貨を捧げては、スキルを再使用可能にしているのでズルい。そのせいで、こっちは眺めているしかできないのだ。いや、ステータスを見たり、特殊アビリティ設定を変更したり出来るので、打開策は検討中である。


 そして、ルーレットの効果で、こちらはかなり不利になっていた。最初の全体に【2:HP、MPが半減する】を皮切りに、俺に【3:一定時間、全ステータスを大幅に下げる】、ベルンヴァルトに【4:毒、麻痺の状態異常に掛かる】、救助活動をしている司教さんに2回目の【2:HP、MPが半減する】、テオに【6:全属性耐性を1段下げる】、青のヴァルキュリアに【3:一定時間、全ステータスを大幅に下げる】等々。


 ベルンヴァルトが状態異常になったのは不味かったが、ルーレット合間を縫って治しておいた。〈無充填無詠唱〉の力があれば、合間の1秒でこっそり〈ディスポイズン〉を掛け、次の合間で〈ディスパライズ〉掛ける事で治すことは出来る。効果発動の光は出たものの、ビガイルは上のルーレットばかり見ていたので、気付かれていないと思う。麻痺している筈のベルンヴァルトが動けるのは、奇襲にはなるかも? ただし、合間の1秒じゃ流石に時間がなさすぎる。俺が〈無充填無詠唱〉で魔法を使うのも1回切りの奇襲にしかならない。直ぐさま〈運命のルーレット〉で動きを封じられるのが落ちだ。決め手に欠ける。


 そして、レア種であるカメレオントールの方はパワーアップしていた。最初の【11:HP、MPが全回復する】だけでなく、【10:一定時間、全ステータスを大幅に上げる】、【7:全属性耐性を1段上げる】と、3回も当たる豪運を見せ付けている。

 相対するヴァルキュリアも全ステータスダウンを受けているので、このまま戦闘になったら危ない。




 そうして、10回目のルーレットが止まる。今度はベルンヴァルトに【4:毒、麻痺の状態異常に掛かる】が当たったが、「そいつには、先程も当たったな」と〈いかさまの妙技〉で一つズラされて【3:一定時間、全ステータスを大幅に下げる】に変更された。

 その途端に、ベルンヴァルトが駆けだそうとするが、次の〈運命のルーレット〉で行動を止められる。


「(チッ! チャンスだったのによ!)」

「(ヴァルト、落ち着け。チャンスは必ずある)」


 ベルンヴァルトの着ている武者鎧の付与スキル〈デバフ反転〉の効果で、【3:一定時間、全ステータスを大幅に下げる】が反転、全ステータスが大幅アップの状態になったのだろう。この状況下で敵に知られずに強化されたのは、心強い。ただし、それもルーレットの連打を止めないと意味は無い。


「〈運命神への奉納〉!

 ううむ、なかなかザックスに当たらぬな。確実に殺すためにはHP半減をもう1回当てておきたい。毒麻痺の状態異常もだな」


 なんて呟きが聞こえた。敵ながら、念入りに石橋を叩く慎重さは嫌になる。もう少し格下だと油断してくれても良いだろうに。

 現状、敵のルーレットを眺めているしかないが、ここまでの敵の行動を見てある推測を立てた。


 ルーレットを連打し、良い出目ならそのまま。ピンポイントに当たらなくとも、ニアピンならいかさまスキルでズラす。そして、外れならば振り直しスキル。

 一見、隙の無いチートに見えるが、不審な点があった。

 それは、いかさまスキルを1度に1回しか使わない事である。ビガイルの使う〈いかさまの妙技〉だけでなく、賭博師の初期スキルである〈いかさまの拙技せつぎ〉がある筈なのに?

 スキルに○○初級とか中級と付いている場合は、上位互換を覚えた時点で上書きされてしまう。しかし、その法則によると、〈いかさまの拙技〉の上位互換である〈いかさまの妙技〉を覚えても残っていると推測する……実際に覚えているわけではないので、断定は出来ないが。


 仮に両方のいかさまスキルが使えるのならば、ルーレットの出目を2つ動かすとか、対象を決める1つ目で1回いかさま、効果を決める2つ目でも1回いかさました方が効率は良い。

 何故、やらないのか? 大金貨を火事場泥棒して余裕があると言っても、試行回数を無駄に重ねる意味は無い。


 ……つまり、いかさま出来るのは、ギャンブルスキル1回に付き1回のみ?!

 仮定の上での話であるが、現状ではこれに掛けるしかない。俺はその後の戦闘用にジョブを入れ替え、チャンスを待ち続けた。




 14回目、ようやくチャンスが回ってきた。ルーレット1つ目の対象は【ビガイル】、2つ目の効果は【6:全属性耐性を1段下げる】が当たる。当然、ビガイルは振り直しスキルを使おうとするが、その前に俺が介入した。


「チッ! 振り直しだ!〈運命「〈いかさまの拙技〉!」……なんだと?!」

「胴元がいかさまするのに、客がいかさましちゃ駄目だって話はないだろ!

 スキルの説明には、ギャンブルスキルの結果が出た時に使えるってある。つまり、俺でも出目を動かせるって訳だ!」


【スキル】【名称:いかさまの拙技】【アクティブ】

・ギャンブルスキルの結果が出た直後のみ、使用可能となる。50%の確率で、ギャンブルスキルの結果を一段階良い方へすり替える。ただし、外した場合一段階悪くなる。

 まだまだ、未熟な為、このスキルが発動できるのは2時間に1度のみ。


 止まった筈のルーレットがゆっくりと動き始める。確率は50%、右に一マスか左に一マス動くのか。命を預けるにしては、この確率は心臓に悪い。神に祈りたくなる気分が分かるというものだ。この場合、光の女神様に祈るのか、運命神に祈るのか、どちらが正解かは知らん。


 ルーレットが1マス動いて効果が確定した。

 それは……【5:レアドロップ確定(人間の場合は対象の一番の貴重品を落とし、戦闘終了時まで拾えない)】であった。

 ビガイルは狼狽して振り直しスキルを使用しようとしているが、不発に終わる。


「〈運命神の加護〉! 〈運命神の加護〉! 馬鹿な! 何故振り直し出来んのだ?!」

「運命神様は二重のいかさまは許さないって事だろ! さあ、レアドロップを落とすんだな!」

「ああああ、陛下に賜った秘宝が!?」


 ルーレットが霧散していくと、マナの光がビガイルへと振り注ぐ。そして、ビガイルが左腕に付けていた腕輪……今まで散々大金貨を喰わせてきた〈運命神への奉納〉、そのスキルが付与されたと思しき豪奢な腕輪が、腕から擦り抜けて地面へと落下した。慌てて拾おうとするビガイルだが、腕輪に触ることが出来ないでいる。〈丁半博打〉で剥ぎ取った場合と同じく、触れないのだろう。

 効果が確定したので、俺達の身体も自由になる。ただし、デバフを受けたままの身体は重い。その枷を取り払うべく、更なるギャンブルスキルを使用した。


「〈ブラックダイス・ブラスト〉!

 ヴァルト! 行け!」

「おうっ!」


 6面ダイスを3つ投げる。出た目は【6】、【1】、【2】で合計【9】。【13】未満で敵にダメージを与える事が出来るスキルだ。無論、ダメージなんてオマケである。本命は〈勝ち逃げからの踏み倒し〉で、俺に掛かったデバフを解除するのだ。


 標的にしたビガイル周辺が爆発する。その爆発に紛れて、ベルンヴァルトがハルバードを構えて突進した。こっちは〈デバフ反転〉のお陰で強化され、普段の5割増しに早い。大幅ダウンのデバフだっただけに、その効果も高かったのだろう。


「〈ダイスガード〉!」


 しかし、ハルバードが届く直前に、ビガイルが10面ダイスを2個振った。出た目は【4】と【9】。その内の【9】が光ると、10面ダイスの形をした半透明な結界が彼を包み込み、ハルバードの突き攻撃を受け止める。その一撃で、パリンッと結界が割れたのだが、勢いはかなり減じていた。ビガイルに当たったものの、金属音がして受け止められてしまう。

 ビガイルはネクロドッペルミラーで年配騎士の幻影を纏っている為、その下に何を装備しているのか分からない。賭博師系のジョブなので、重装だとは思えないが……


 ハルバードの一撃に耐えた後、バックステップで距離を取ると、再度ダイスを投げた。


「鬼畜生風情が、邪魔をするな! 〈ダイストラップ〉!」


 今度は6面ダイスが2個振られた。出た目は【2】と【6】。その内の【6】が光ると、ベルンヴァルトの足元にトラバサミが出現して喰いついた。武者鎧の具足のお陰で怪我はしていないようだが、動きが止められる。


「くそっ! こんな罠で足止めしやがって!」


 先程からダイスを2個振っているが、もしかしたら良い方の出目を採用するスキルだろうか? ギャンブルなのに、保険を掛け過ぎだろ。少し羨ましいが。


 ビガイルはベルンヴァルトから距離を取りながらも、追いかける俺を睨んでいる。すると、懐から黒い球体の魔道具を取り出し、何かのスキルを連続使用した。


「赤毛のザックス! 貴様だけは殺していく!

 〈確変昇格〉! 〈奪魂呪印〉!」


 魔道具が黒い光を発して……何も起きなかった。俺は警戒しながらも間合いを詰め、ベルンヴァルトの足元のトラバサミに聖剣を突き入れて破壊する。そのまま駆け抜けようとした時、声を掛けられた。


「お、おい、リーダー! 何か、腹の所に黒い魔法陣が出てるぞ!」

「は?」


 思わず視線を自分の腹……ウーツ鋼製の追加装甲に目を向けると、確かに黒い線が走って魔法陣を描いている途中であった。それを見た途端、背筋に寒気が走る。

 ……さっきの黒いスキルか!? 何をされたのか分からないが、魔力由来の効果なら消し去るのみ!


「〈レイディスペル〉!……足りない?! もう一度〈レイディスペル〉!」


 咄嗟に使った1回目は、込めた魔力が足りずに不発したようだ。ならばと2回目は〈無充填無詠唱〉の力を使って、かなり多めの魔力で押し切り、黒い魔法陣を消し去った。

 ほっと胸を撫で下ろし、前を見ると大口を開けて驚愕しているビガイルと目が合う。歯ぎしりが聞こえそうな様子であるが、直ぐさま黒い魔道具を再使用した。


「〈確変昇格〉! 〈奪魂呪印〉!」

「同じ手が通じると思うなよ!

 ……あれ? ……ヴァルトそっちだ! 〈レイディスペル〉!」

「お? なんか知らんが助かったぜ!

 あの野郎、このまま逃げるつもりだ。追いかけるぞ〈ランスチャージ〉!」


 ベルンヴァルトに掛けられた黒い魔法陣を解除していると、その隙にビガイルは背中を見せて逃げ始めていた。よもや、隊長格が尻尾を巻いて逃げ始めるとは誰が思っただろうか? しかも、手にしていた黒い球体の魔道具を投げ捨てている……いや、霧散化し始めていたから、使用回数を使い切ったのだろう。使用済みの銀カードと同じだ。鑑定したかったのに、もったいない。


 俺が少し気を取られている間に、ベルンヴァルトはハルバードを構えて〈ランスチャージ〉で加速する。それを追って、俺も〈ボンナバン〉で前に跳んだ。



 通りの奥に逃げるビガイルだが、普通に走って逃げるだけなので、スキルで速度が出せる俺達の方が早い。しかし、悪足掻きをするビガイルに、中々決定打を決められずにいる。〈ランスチャージ〉の一撃は〈ダイスガード〉で阻まれ、〈ボンナバン〉で近寄った俺は〈ダイストラップ〉の落とし穴に落とされた。罠術スキルはダンジョン外で使えないのに、〈ダイストラップ〉が街中で使えるのはズルくないだろうか? 道路に大穴を開けるとか、今後の復興を考えるといい迷惑だ。

 ニンジャの〈壁天走り〉で落とし穴から駆け上がると、逃げながら黄色の魔法陣を充填するビガイルの姿が目に入った。


 ……黄色は光属性……もしかして〈インビジブル〉で姿を消して逃げるつもりか?

 〈第六感の冴え〉で察知出来るとはいえ、逃げに徹せられると面倒だ。充填が完了する前に邪魔をする。咄嗟に思い付いたのは、ここまでの道中でレベル45になり覚えたニンジャの新スキルだ。試し打ちもしていないぶっつけ本番であるが……


「逃がすかよっ! 〈多連装手裏剣の術〉!」


 ビガイルの背中に向けて、手裏剣を投げるように左手を振りぬく。すると、左手から半透明な魔力製の手裏剣が発射された。しかも、〈ガトリングアロー〉のような連射である。

 いや、手裏剣を投げるような動作は要らなかったな。振りぬいた軌道上にも手裏剣が飛んで行って、ベルンヴァルトにまで当たるところだった。



【スキル】【名称:多連装手裏剣の術】【アクティブ】

・無属性の魔力手裏剣を生み出し、連射する。基礎レベルの半分の数まで連射する事が可能であるが、威力は低い。敵の牽制用やヒット数稼ぎに使おう。



 予想以上の弾数に驚きながらも、狙いを付ける。すると、ビガイルの背中に連続ヒットした。金属音が連続で鳴り響き、足を鈍らせる。手裏剣の弾(22発)が切れる頃には、ベルンヴァルトが追い付いた。


「この私が、こんな田舎で死んでたまるか! 〈ダイスガード〉!」

「3度目は喰らわねぇ! 〈フルスイング〉!」


 ビガイルがダイスの結界に包まれる。しかし、それを読んでいたベルンヴァルトはハルバードを突き入れるのではなく、両手持ちでフルスイングした。その一撃は、前を走るビガイルのに命中し、後ろへとノックバックする。交通事故にでもあったかのように吹き飛ぶ……その先は俺の目の前だった。


「たああああっ!」


 聖剣クラウソラスを真一文字に一閃した。

 類稀なる切れ味を誇る聖剣は、着ていた鎧ごと人体を輪切りにする。上半身と下半身に分かれたビガイルは、血と内臓をまき散らしながら転がった。


 ……殺人犯の赤字ネームだけど、自分の手で切るのは気持ちが良いもんでもないな。

 聖剣のお陰で、斬った感触が豆腐と同じなのは幸いか?


 しかし、ビガイルはまだ生きていた。上半身だけの状態で、足掻くようにして10面ダイスを2個放り投げる。


「〈ダイスヒール〉……ここで【10】を引けば……助かる」


 血の海に転がったダイスが動きを止める。出た目は【1】と【1】。ギャンブルスキルの場合、数が大きいほど良く、低いほど悪い。つまり、ファンブルだ。ここまで、いかさまを繰り返して好き放題していたのに、最後の最後でツキに見放されたな。

 【1】のダイスが光り、霧散化していく。その光がビガイルに降り注ぐと、「街ごと滅べ……」と恨み言を残して死亡した。




「うっし! どうなるかと思ったが、何とかなったな!」

「ああ、ギャンブルスキルが敵になると、こんなに面倒になるとかな。最後の〈フルスイング〉は良い判断だったよ」


 ベルンヴァルトと拳を合わせて、互いの健闘を褒め合った。

 しかし、のんびりしている暇は無い。何故なら、後方で落雷音が響いたからだ。

 空から落ちる雷の鉄槌。その落ちた先には翼の生えた……青のヴァルキュリアが飲み込まれて行くところだった。


 ……しまった。まだ、ルーレットで強化されたカメレオントールが居た。

 逆に弱体化したヴァルキュリアが頑張って時間を稼いでくれていたのだろう。俺とベルンヴァルトは、ビガイルを追いかけて、少し離れてしまっている。〈ボンナバン〉も使って、慌てて元の場所へと戻った。

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