第542話 VSビガイルと運命のルーレット

 そのまま、駆け抜けて、赤点の魔物へ向かう……のだが、途中で赤い武者鎧のベルンヴァルトが居る事に気が付いた。

 いや、〈敵影表示〉では緑の光点だったので、気が付かなかったのだ。パーティーメンバーなら青の筈なのに?

 ベルンヴァルトの近くで停車すると、彼もボロボロなのが見て取れた。後ろのレスミアも銀カードで準備していたのか、回復の奇跡を掛けてくれた。


「〈ヒール〉!

 ヴァルト、お疲れ様。救援に来ましたよ!」

「後は、あのトカゲっぽい魔物だけか。さっさと終わらせよう。

 そっちの司教さん! 怪我人の回復をお願いします!」


 魔物の居る方向、人が沢山倒れている中で、救助作業をしている者が3人居る。その中にエヴァルト司教と同じ服装の人が居たので、司教と断定してお願いをしておいた。向こうも充填中の魔法陣が付いた杖を振り返してくれたので、話は通ったと判断する。


 ただ、突撃を仕掛けた青のヴァルキュリアだったが、未だに倒せていないようだ。キュクロプスも一撃で貫通した威力なのだが、トカゲ魔物は左手1本千切れただけである。こっちにも念の為、〈詳細鑑定〉を仕掛ける。



【魔物、幻獣】【名称:紫水晶獣カメレオントール】【Lv62】

・カメレオン型魔物の希少種。***を取り込み、全身の鱗を宝石に変えて雷属性に強化されている。その頭と背中にはアメジストの角が生えており、それを媒介として***の力を利用し雷魔法を多用する。また、カメレオン由来の擬態化能力にも優れており、周囲の色に溶け込み奇襲を得意とする。主な攻撃方法は手足の爪撃に噛み付き、それと槍のように尖った長い舌を伸ばして獲物を突き刺し、絡め取る事も出来る。

・属性:雷

・耐属性:氷

・弱点属性:木

【ドロップ:無し】【レアドロップ:***】



 ……なるほど、中級属性だから、初級の水属性では通りが悪いか。しかも、精霊入りの強化個体と来たもんだ。そうなると、ヴァルキュリア1人で倒せるか分からない。残念ながら木属性の〈プリズムソード〉はないので、上級の光属性を援軍に呼んでおこう。


 そう判断して、聖剣の柄を握ったところ、ベルンヴァルトに肩を掴まれて向きを変えられた。


「リーダー、話を聞けって! その辺に姿を消した現神族が居る。動きを止めるダーツを使う厄介な奴だ!

 アイツから先に殺らねぇとヤバいぞ!」


 ベルンヴァルトの切迫した声に、先程の判断を棚上げして、再度考えを巡らせる。〈敵影表示〉……いや、透明化しているのが本当ならば、表示されない。透明化している1点だけでなく、現神族は厄介な魔道具を使うので、先に潰しておいた方がいい。バイクから降りてストレージに格納しつつ、指示を出す。


「レスミア、魔物の周辺に倒れている人達が居る。向こうの司教さんと協力して、生きている人だけでも避難させてくれ!

 ヴァルト、ちょっと盾になって」

「はいっ!」「は?! おい!何だってんだ?」


 動きを止めるダーツ……ギャンブルスキルの〈ダーツスロー〉だとしたら、面倒だ。特殊アビリティ設定を変更している間だけ、ベルンヴァルトの背中に隠れて準備を整える。背中合わせにしていれば、どの方角からダーツが飛んできても、どちらかが察知できる筈。


 姿を隠した状態だと〈詳細鑑定〉が効かないので、透明化を解除しないといけない。それには、ジョブ2つでは足りないのだ。聖盾をアビリティポイントに戻し、その20pを割り振る。ジョブ5つに増やし、ジョブを再設定。ヴァルキュリアは〈プリズムソード〉で召喚した存在なので、聖剣さえ出していれば消えることはない。


 剣客レベル40、トレジャーハンターレベル43、司祭レベル40、罠術師レベル40、賭博師レベル40の5つである。

 トレジャーハンターのレベルが上がっているのは、道中のキュクロプスを倒したからだ。


 それは兎も角、剣客の〈第六感の冴え〉で、隠れた敵の位置を割り出す……〈敵影表示〉に小さな緑点が灯ると同時に、嫌な予感も駆け抜けた。〈心眼入門〉の効果である。その予感に従いベルンヴァルトの背中を思いっきり肘打ちし、その反動で前に離れた。ベルンヴァルトも前のめりになり……俺達の間を見覚えのあるダーツが3本通り過ぎて行った。


 ベルンヴァルトから苦情の声が上がるが、後回し。〈ダーツスロー〉を外したと言う事は、術者は10秒停止するのだ。その時間を使い、ダーツの飛んできた方向、〈敵影表示〉の緑点の位置から敵の位置を推測して、スキルを発動させた。


「〈遠隔設置〉〈レイディスペル〉!」


 永続効果のある魔法やスキルを打ち消す〈レイディスペル〉は強力だが、手が届く範囲でないと効果を発揮しない。それを、罠術師の〈遠隔設置〉を使うことにより、離れた場所で発動させたのだ。


 虚空から人の姿が浮かび出てくる。それは、ヴィントシャフト騎士団の隊服を着た、年配の騎士だった。

 ……いや、ネクロドッペルミラーで変装しているな。

 続けざまに、銀カードで〈詳細鑑定〉を発動させた。


【妖人族】【名称:ビガイル、95歳】【基礎Lv60、シュピーラーLv55】 (赤字ネームのため攻撃可)


 ……ビガイルって、確かバルギッシュが言っていた隊長格! しかも、以前白銀にゃんこに来た時と姿が全然違う。つまり……


「その姿! また殺した人の姿を乗っ取ったな!

 ……お前達妖人族が、この襲撃の犯人だとバルギッシュが吐いた!

 それに、お前の部下は既に3名討伐済み! 切り札の精霊を使ったカメレオントールも、倒されるのは時間の問題だ!

 最早、お前に打つ手など無い! ネクロドッペルミラーを外し、大人しく縛に付け!」


 本当なら問答無用で殺すべきなのだろうが、一応隊長格なので降伏勧告はしておいた。この世界に戦時国際法があるかは知らないが、野蛮人ではないのなら言葉くらいは交わしておくべきだ。

 そして、少し離れた場所で戦っているヴァルキュリアは優勢である。ちらりと見ただけなので詳細は分からないが、カメレオントールの鱗がボロボロになっていた。空中から槍で攻撃して、背中の角を破壊しているようだ。


 一方、降伏勧告を受けたビガイルだが、忌々しそうに俺を睨み返して来ている。


「私の可愛い部下を3人も殺すとは、貴様の方こそ外道ではないか?

 赤毛のザックス……我らの計画を何度も邪魔する愚か者め。貴様の存在こそ害悪である!

 部下の仇として、嬲り殺しにしてくれる! 〈運命のルーレット〉!」


 ビガイルが聞いた事の無いスキルを使った。その瞬間、俺の身体が動かなくなる。いや、首だけは動くし、声も出るのだが、それ以外は動かすことも出来ない。周囲を見ると、近くのベルンヴァルトだけでなく、逃げようとしていたテオ達や、救助活動をしているレスミアと司教達、それにカメレオントールとヴァルキュリアも静止している。


「おい、どうなってんだ?!」

「ビガイルのギャンブルスキルだ! 上を見ろ!」


 奴の右手から閃光が走り、上に飛んでいくと……上空に巨大なルーレットが2つ並んで現れた。カジノにあるような、ボールを転がしてマスに入れる本格的な物ではなく、人生ゲームの簡易な物の方だ。出目が書かれた円形のマス目に、真ん中には摘まんで回せそうなルーレットが付いている。赤く目立つ矢印が付いているので、止まったマスが当たりなのだろう。ただ、2つもルーレットがあるのは良く分からない。詳しく観察する前に、ルーレットが回転を始めた。


 ビガイルのジョブ【シュピーラー】は、恐らく賭博師のサードクラスか、その発生クラスに違いない。〈ダーツスロー〉だけでなく、今度のルーレットもどう見てもギャンブルスキルだからだ。


 左程時間は掛からず、2つのルーレットの回転が遅くなってきた。そして、1つ目の止まった出目は……【紫水晶獣カメレオントール】と書かれている。次いで2つ目のルーレットが止まり、ビガイルが笑い声を上げた。


「ハハハハッ! 当たったのは11番【HP、MPが全回復する】だ! そこの天狗族の頑張りも、無駄になったな!」


 上空のルーレットが霧散して消えて行くと、そのマナの光がカメレオントールへと降り注いだ。すると、ボロボロだった宝石鱗が綺麗に傷無しの状態へ戻っていく。更に、ヴァルキュリアの突撃で消滅した筈の腕まで生えてきた始末である。

 ……ボス格がHP全快するとか、卑怯過ぎる! バランスを考えろ!


 ルーレットの効果が終了したのか、ようやく身体が動くようになる。青のヴァルキュリアが再度飛翔して、突撃を開始した。しかし、ここまでの戦闘を考えれば、現界していられる時間も長くはないだろう。現在のMPは6割弱、1体に付きMP3割は要るので、1体なら呼べる。直ぐにでも追加召喚しなければ……そう考えて、特殊アビリティ設定画面を表示した時、ビガイルが先に行動をした。その左手の豪奢な腕輪を見せびらかすように掲げると、右手の指には大金貨を挟み持っている。


「まだ終わっていないぞ! 私は大金貨を捧げ〈運命神への奉納〉を発動する!

 この効果により、使用制限を無視して再度〈運命のルーレット〉を使用する!」


 腕輪から一対の光の羽根が現れると、大金貨を包むようにして消滅していった。その直後、〈運命のルーレット〉の効果で身体が動かなくなり、上空にルーレットが出現する。

 遊び人のスキル〈緊急登板〉だと、金貨1枚でクールタイム半減なのに、使用制限無視は卑怯なまでに強い。大金貨(1千万円)も使うだけのことはある。


 そうこうしているうちに、ルーレットの1つ目が停止する。出た目は【敵全体】だ。

 他の出目を見ると、俺の名前やパーティーメンバーだけでなく、テオや知らない名前(多分、救助活動している司教さん達)、ビガイルとカメレオントールもある。その中でも際立っているのが、【敵全体】と【味方全体】のマス目だ。敵味方の区別は、術者であるビガイルの視点になる筈なので、【敵全体】は俺達が対象になるのか?


 そして、注目の2つ目の出目は……【1:レベルが1下がる】

 その内容にも驚いたが、ビガイルは更なるスキルで俺達に嫌がらせをしてくる。


「レベルが下がるだけではつまらん! 〈いかさまの妙技みょうぎ〉!

 この効果で、私の好きな方へ出目を一つずらす。したがって、お前達全員【HP、MPが半減する】だ!」


 止まった筈のルーレットが不自然に動き、隣の2番を差した。

 名前からして、いかさまの拙技せつぎの上位互換のようだ。拙技は50%の確率なのに、〈いかさまの妙技〉は直ぐさま反映されているように見える。文字通り、ズルいスキルだ。


 ルーレットが霧散して消えて行くと、そのマナの光が俺達に降り注ぐ。その途端に身体が重くなり、頭も重くなる。HPが半分になり、MPが3割を切った影響である。

 ……やられた。これではヴァルキュリアを追加するMPが足りない!

 ポーチからマナポーションを取り出そうとしたところで、またもや〈運命のルーレット〉を発動され、身体の動きを止められてしまった。しかも、ルーレット中に〈運命神への奉納〉が使われており、〈いかさまの妙技〉まで再使用可能状態にしている。


「勝つ為とは言え、大金貨3枚も使うとか、ブルジョアか!」


 思わずツッコんでしまった。いや、停止中はスキルも使えないし充填も出来ないが、声は出せるからだ。

 俺の声を聞いたビガイルは、ルーレットを仰ぎ見ながら大笑いをする。そして、腰の後ろに手を回すと、掴み出した大金貨を周囲にばら撒いた。


「ハハハハハハッ! 金など幾らでもあるわ!

 ここの錬金術師共は、よほど阿漕に稼いでいたようでな。支配者である我らが接収したのだ!」

「……只の火事場泥棒じゃないか!」

「元奴隷種族の財産など、我ら現神族の物と言っても過言ではあるまい!

 どうせ、この街は滅ぶ! ならば有効活用してやるのが道理であろう!」


 完全に泥棒の理論で話が通じない!

 そんな押し問答をしている内にルーレットが止まった。今度は、【ビガイル】が対象で【4:毒、麻痺の状態異常に掛かる】である。

 思わずガッツポーズをしたくなるような結果だったが、ビガイルは直ぐさまスキルを使用した。ただ、出目をズラす〈いかさまの妙技〉ではなく、新しいスキルである。


「〈運命神の加護〉! この効果でルーレット自体を最初からやり直す! 更に〈運命神への奉納〉」

「振り直し?! 最早、ギャンブルじゃないだろ!」

「ハハハッ、私に有利になる効果が出るまで、やり直す! これが私の必勝法よ!」


 止まっていた筈のルーレットが再度回転し、【テオ】が対象で【7:全属性耐性を1段上げる】が当たった。しかし、それも〈いかさまの妙技〉で一つズラされて【6:全属性耐性を1段下げる】に変更される。


 ……もうチートじゃないか!

 泥棒してきた大金貨を使用して、スキルの連続使用、出目ズラし、振り直しが使いたい放題なのだ。

 このままでは、ビガイルの独壇場である。何か打開策を考えないと……


 因みに、何度かルーレットを観察することで、2つ目の出目を把握することが出来た。上空の小さい文字なので、把握するのに、時間が掛かったのだ。全部で12種類の効果があり、メリットデメリットは半々ずつ。


1:レベルが1下がる。

2:HP、MPが半減する。

3:一定時間、全ステータスを大幅に下げる。

4:毒、麻痺の状態異常に掛かる。

5:レアドロップ確定(人間の場合は対象の一番の貴重品を落とし、戦闘終了時まで拾えない)。

6:全属性耐性を1段下げる。

7:全属性耐性を1段上げる。

8:戦闘終了時まで装備品を強化する。

9:状態異常とデバフに掛からなくなる。

10:一定時間、全ステータスを大幅に上げる。

11:HP、MPが全回復する。

12:レベルが1上がる。



 ……さて、どう対処しよう。

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