第540話 VSカメレオントールとバグラーダと(後編)

 今回も三人称視点、テオパーティー+ベルンヴァルトのボス戦続きからです。ピンチ!


あらすじ:ダブル〈シールドバッシュ〉で敵を吹き飛ばし、〈アクアウォール〉で絡め捕る作戦を仕掛けた。ただし、妖人族のバグラーダは余裕の笑い声をあげる。

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「クハハハ! その程度の浅知恵が効くか! 〈アースアンカー〉!」


 バグラーダの身体が茶色のオーラに包まれると、ミスリルシールドで2枚の盾の〈シールドバッシュ〉受け止め切った。

 重装歩兵の防御スキル〈アースアンカー〉は、一定時間動けなくなる代わりに耐久値を大幅に上げる効果がある。動けなくなる=ノックバックも無効するのだ。騎士の〈城壁の護り〉の類似品であり、スパイラルイーグルに対して行っていた戦法をそのままやり返される形になっていた。


「雑魚共が! 〈フレイムクラッシュ〉!」


 バグラーダが右手のミスリルソードで、真一文字に攻撃をした。それは、ベルンヴァルトの大盾とテオの盾に深い線傷を残す。さすがにミスリル製武器といえども、ウーツ鋼の大盾を両断する威力はない。ただし、その深い線傷は赤く赤熱化し、次の瞬間に爆発を起こした。


「うおっっ!! 何が起こった!?」「クッ……痛ぅ!」


 ベルンヴァルトは吹き飛ばされそうになりながらも、たたらを踏んで耐える。テオは軽く吹き飛ばされた尻もちを突いていた。その様子を見たバグラーダは、ベルンヴァルトの方が脅威だと悟る。

 そして、〈アースアンカー〉の効果が切れて、動き出せるようになると、直ぐに追撃に出た。


「その自慢げな赤い鎧、切り刻んでくれよう! 〈アーマークラッシュ〉!

 ハハハッ! 男は斬ってもつまらんのだがなぁ!」


 ベルンヴァルトはその一撃を大盾で防御した……のだが、敵のミスリルソードは大盾を軽々と両断し、持っていた左手の籠手まで切り裂かれた。ただし、斬られた筈の左手に傷は無い。重装歩兵の〈アーマークラッシュ〉は、その名の通り防具類のみ絶大な威力を発揮するが、それ以外には傷も負わせられないピーキーな効果のスキルなのだ。


 驚いたベルンヴァルトはバックステップで下がりつつ、体勢を立て直す。それをフォローするべく、剣を構えたテオが立ちはだかった。

 ただ、既にテオを脅威と見ていないバグラーダは、いたぶって遊ぶことにしたようだ。ミスリルシールドの裏にある魔道具を発動させて、新たなスキルを使用する。


「さて、手足のどれが当たるかな? 〈四肢縛鎖印ししばくさいん〉!」


 テオの足元に黒い円が出現した。それは黒い錬金文字が連なったものであり、途中で解けてテオの右腕へと絡まり始めた。


「今度は何だよ! 取れねぇ、手に絡み付いて来やがる!」


 帯のような文字列は、蛇のように絡み付くが、手で擦ったところで取れるものではない。敵にデバフを掛ける特殊なスキルなのだ。その効果は一定時間、対象の手足のどれか1本を行動不能にする。


 テオの右腕は文字を消そうと左手で擦っている時に固まってしまった。右腕を斜め前にかざした状態から動かせなくなり、ピクリとも動かせない。もちろん、剣も握ったままである。


「クハハハ! 滑稽な姿だ! 〈フレイムクラッシュ〉!」


 バグラーダが再度、剣で切り掛かってくる。その一撃を咄嗟に剣で受け流そうとして、腕が動かせずに胴鎧を撫で斬りにされてしまう。ウーツ鋼の鎧である為、真っ二つになることはなかったが、斬られた線傷が赤熱化して爆発した。吹き飛ばされたテオは転がって倒れ伏す。


 ベルンヴァルトはテオを庇える位置に移動し、上半分になった大盾とハルバードを構えて立ちはだかる。その頼もしさに感謝しながら、後衛の女子2人は準備していた行動をとった。


「今、回復させるわ! 〈ヒールサークル〉!」

「邪魔する! 〈ストーンウォール〉!」


 プリメルがバグラーダの目の前に石壁を作り出し、時間稼ぎをする。流石に石壁を破壊して乗り越えて来るほどの脳筋ではなかったようで、回り込んでくるまでの時間を稼いだ。その合間にピリナが駆け寄って、追加で〈ディスパライズ〉を掛けようとするが……


「〈ディスパライズ〉! どう?」

「いや、駄目だ、動かねぇ。状態異常って感じじゃねーな。〈影縫い〉みたいに魔力で縛られている感じだ」

「魔力の縛り……おい、こいつを使ってみろ」


 ベルンヴァルトは大盾の後ろに隠していた銀カードを1枚取り、ピリナへ投げ渡す。彼女は困惑しつつも、藁にも縋る思いで銀カードに魔力を込めた。


「これって、あたしがまだ使えない奇跡……〈レイディスペル〉!」


 司祭レベル40で覚えるスキルなので、ピリナは未取得である。その効果は、継続発動する魔法やスキルを解除する物であり、テオの右腕に絡み付いた黒い文字を消し去ったのだった。


 その頃には回り込んで来たバグラーダとベルンヴァルトの戦闘が再開していた。ただ、1対1では分が悪く〈アーマークラッシュ〉により、盾や鎧が削られていく。その様子を見たテオは撤退を考えるも、プリメルとピリナが諦めずに魔法陣の充填をする姿を見て言い淀む。

 まごまごしているテオに気が付いたピリナは発破を掛けた。


「テオ! ヴァルト一人じゃ抑えきれないの! 早く行って!

 ……大丈夫、4対1なんだから、私達なら勝てるわよ!」

「そう、勝つ」

「……っ! ああ、やってやるよ!」


 女性陣の言葉に、テオは自身の頬を叩いて折れかけた心に活を入れると、戦線へと復帰した。





 カメレオントールを中心とした戦いと、バグラーダとテオパーティーの戦いは一進一退……ではなく、徐々に押されていった。

 元探索者達の攻撃では、カメレオントールの宝石鱗を削るのが精いっぱいである。更に弱点であるはずの木魔法は、拘束力が追加効果にあるものの、威力は低めだ。拘束したうえで、これらの攻撃を重ねて鱗を何枚か破壊、ようやく本体に傷を負わせられる状況にまで持ってきた……のだが、そろそろ背中のランク8魔法が完成しそうなのだった。


 テオパーティーも苦戦中。バグラーダが魔道具により重装歩兵以外のスキルを使用するので、その対処に追われていた。特に〈四肢縛鎖印〉を喰らうと治療に下がらないといけないので、残った方の怪我や防具破損が増える。幸いだったのは、〈四肢縛鎖印〉の魔道具の使用回数が3回だった事か。奇しくも〈レイディスペル〉の銀カードの使用回数も3回。互いに使用回数がある事は知らないものの、回復役のピリナは〈四肢縛鎖印〉を途中で使ってこなくなった事に、内心安堵していた。




 戦局が大きく動いたのは、錬金術師協会が2度目の爆破をされた後だった。


 カメレオントールと戦っている元探索者達は、驚きながらも攻勢を続けた。魔物の魔法陣が完成しそうだからである。その中の一人、軽戦士の男性が鱗を破壊したところを狙い、渾身の突きを放つ。突剣スキル〈ハートブレイク〉は、その名の通り心臓を貫く事で、対象を即死(中確率)させるのだ。魔物は常識では測れないところがあるので、心臓が複数あったり、強靭な心臓で穴を空けた程度では死ななかったりする。今回も心臓の位置辺りを狙った、起死回生の一撃なのだ。


 しかし、軽戦士は突きを放とうとした体勢で硬直してしまった。カメレオントールは、目の前で無防備な姿を晒した獲物を見逃さない。拘束されていない腕を振るい、アメジストの爪で軽戦士を鎧ごと切り裂いた。

 仲間達に動揺が走る。何故棒立ちになったのか、近くにいた者でも訳が分からず攻撃するのを躊躇して戦列が崩れたのだ。

 そこに、後ろにいた魔導士が、暴れるカメレオントールを拘束しようと魔法を放とうとした。


「何で止まった?! 拘束するぞ〈アイヴィボー……〉」


 しかし、発動キーワードである魔法名の途中で硬直してしまった。隣にいた同僚の魔導士が「おい、どうした?!」と声を掛けるも、反応すらしない。

 その隙をついたカメレオントールは、長い舌をビュンと伸ばす。その舌の先端は槍状に尖っており、数m先に居た硬直している魔導士の額を貫いた。

 ここまで舌による攻撃を温存していたカメレオントールによる奇襲である。鑑定文には舌攻撃があると書かれていたのだが、ベルンヴァルトが伝えたのは弱点属性のみ。この情報を知らなかった故に、後衛担当が「拘束しているから」と不用意に射程内で陣形を作ってしまったのだった。


 2人が殺られ、完全に瓦解した。特に拘束を担当していた魔導士が欠けてしまったので、カメレオントールが解放されてしまったからである。ウーツ鋼を切り裂く両爪が自由になったせいで、迂闊に近寄ることも出来ない。これにより、チクチクと邪魔が無くなり背中の魔法の充填が早まった。

 完成間近だった事もあり、程なくして魔法陣が紫の閃光を放つ。


 〈トールハンマー〉の対象は、先程までチクチク攻撃して、カメレオントール自慢の宝石鱗に傷を付けた者達である。上空に出現した雷で出来た巨大なハンマー……鉄槌が振り下ろされた。





 広場を中心に落雷音を数十倍にしたかのような爆音が轟く。

 背後の惨劇にちらりと目を向けたバグラーダは、一人残念そうに呟いた。


「チッ、所詮は魔物か。こっちに撃ってこれば、楽だったのにな」


 相対するベルンヴァルトからも、〈トールハンマー〉は見えていた。何の魔法か分からずとも、あれを喰らって元探索者パーティーが無事だとは思えなかった。あの魔物がこちらに参戦して来る前に、目の前バグラーダを倒さないと逃げる事すら出来ない。

 そう判断したベルンヴァルトは、切り札を切る決断をした。

 バグラーダが一瞬だけ目を逸らした隙に、右手のハルバードを手放して、ベルトに差していたサブウェポンのダガーの柄を握る。そして、ガントレットに仕込んでいた銀カードを発動させた。


「〈一閃〉!」


 剣客のスキルであるが、実は刀でなくとも納刀状態の刃物なら発動可能なのだ。ただし、駆け抜けた後の自動納刀はされず、硬直の隙も大きい。その為、実戦では主力にはならないものの、奇襲として一撃必殺を狙うのならば十分に選択肢に入る。


 急加速したベルンヴァルトは、ダガーによる神速抜刀斬りを仕掛けた。刀とは違いリーチは短い。しかし、それでも鬼人族の長い腕は、バグラーダの首筋に届……く直前に停止した。

 停止していた時間は僅か2秒。一歩横にズレるには十分な時間である。

 攻撃が不発に終わったベルンヴァルトは、そのまま駆け抜けて振り向くと、効果が終了して長い硬直に入ってしまう。


 更に、同時攻撃をしようと踏み込んでいたテオも停止している。こちらの停止時間は4秒。無防備な姿を晒すテオの胴体に、真一文字の〈フレイムクラッシュ〉が叩き込まれ、爆発で後ろに吹き飛ばされていった。


 ピリナの回復の奇跡が直ぐに発動している。ベルンヴァルトは、スキル後の硬直のまま、考え込んでいた。先程、身体が停止した感覚にデジャヴがあったからである。本来、こういった分析はリーダーであるザックスの仕事なのに……と考えたところで閃いた。


「おい! ダンジョンの赤いサボテンが使ってきた動きを止めるダーツスキルだ! タイミング的に、他に誰か隠れているぞ!」


 正確には賭博師の〈ダーツスロー〉と、それを3本に増やす〈ワンスロー〉の効果であるが、テオ達に伝わるように赤いサボテン……乱れ緋牡丹を例に出して伝えた。

 隠れていると聞いたプリメルは、うさ耳を揺らして索敵をする。


「あっ! 確かに足音がする! え?! 正め……」


 言葉は最後まで紡がれなかった。〈ダーツスロー〉による停止ではなく、口封じの為にのどを切り裂かれたのだ。

 プリメルの細い首から、声になる筈だった息が漏れる。痛みに気が付き俯いて手で喉を押さえるが、その隙間からとめどなく血が溢れ始めた。

 その様子に気が付いたピリナが駆け寄るが、つい先ほどテオに〈ヒールサークル〉を掛けたばかりなので、充填には時間が掛かる。


「プリメルっ! 手を放しちゃ駄目よ! 充填できるまでポーションで応急処置を……きゃあっ!」


 法衣のポケットからポーションを取り出したピリナだったが、目に見えぬ襲撃者による攻撃を受ける。ポーションを持っていた手を切り裂かれ、更に右肩から袈裟斬りの斬撃を喰らってしまった。

 しかし、気丈にも倒れることはなく、血塗れの手でプリメルを抱えると、後ろに下がって距離を取る。斬撃を受けた法衣は切り裂かれてしまっているが、その下から黒いチェーンメイルを覗かせていた。


 それを見た透明な襲撃者は笑い声を上げる。


「ハハハッ! 法衣の下にチェーンメイルとは、無粋な女だ!

 殺さぬ程度に肌を切り裂いてやろうとしたのに、手加減するのではなかったな!」

「クククク、隊長も良い趣味をしておられる。

 ああ、そっちのウサギは俺に下さいよ。犯しながらうさ耳を切ったら、どうなるのか楽しみにしているんだ」

「ああ、お前は獣人が好きだったからな。喉を切っただけだから、後は好きにしろ。

 次の作戦まで少しは時間がある。私も僧侶の女を刻んで楽しむとしよう」


 透明な襲撃者……その正体は、今回の襲撃の主犯の1人であるビガイルだった。錬金術師協会の爆破はコイツの仕業であり、元探索者やベルンヴァルトの動きが強制停止させられていたのも、〈インビジブル〉で姿を消したうえで、こっそり〈ダーツスロー〉で邪魔をしていたのである。


「俺の仲間に手を出すな!!」


 下種な会話を聞いてしまったテオは激高し、倒れていた状態から飛び起きて剣を振るった。そこは、先程まで声がしていたと思わしき場所であるが、ビガイルは既に移動している。剣は空を切り、振り回しても当たる筈もない。

 更に、背を向けてしまったせいで、バグラーダの接近に気が付けなかった。


「お前はもういい、死んどけや。〈ライジングスマッシュ〉!」


 バグラーダが下段から救い上げるように剣を振り上げる。それは振り向いたテオの胴鎧に当たると、上方向にノックバック、2m程の高さにかち上げた。そして、テオが落ちてくるタイミングを合わせて、剣をフルスイングする。

 空中で逃げることも出来ない極限状態において、テオは咄嗟に右腕でガードを試みた。しかし、ここまでの戦いで〈アーマークラッシュ〉で傷だらけの防具では、ミスリルソードのフルスイングを防ぐことは出来なかった。


 〈ライジングスマッシュ〉の2撃目、フルスイングが直撃したテオはノックバック効果もあって吹き飛ばされ、地面を転がる。その近くには切断された右腕も転がって行った。


「いやあああぁぁぁぁ!」


 ピリナの悲鳴が響き渡る。動かないテオに〈ヒールサークル〉を掛けようとするも、充填は完了していない。更にプリメルも首から血を流したままだ。〈ヒールサークル〉が範囲回復であっても、2人は離れすぎているので、一度には回復できない。

 ぐったりとしたプリメルを抱えて、テオの元へと駆け寄ろうとするが……それを嘲笑うかのように、〈ダーツスロー〉が飛んできて、ピリナの動きを停止させた。



 妖人族2人の笑い声が響く中、硬直が解けたベルンヴァルトは投げ捨てたハルバードを回収し、反撃に出ようとしていた。

 ただ、テオ達の更に奥の通りから、バイクが走ってくるのが見えると、安堵の息を吐く。


「おっせーよ、ウチのリーダーは」



 青い閃光が一陣の光となって戦場を駆け抜ける。槍を抱えるように飛ぶ青のヴァルキュリアは、円錐型の結界を纏ったままバグラーダに接触、頭を消滅させた。通り過ぎたヴァルキュリアは、次の目標であるカメレオントールへと突進して行った。


 少し遅れてバイクを走らせてきたザックスが到着する。テオ達の手前で減速すると、回復の奇跡を発動して声を掛けた。


「〈ヒールサークル〉! ピリナ、回復したら後退しろ!

 残りの敵は俺達が相手をする!」






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小ネタ

 タイトルに(後編)なんて付けたのに、『と』が一つ多いのは、ビガイルが増援に来ていたからでした。


 次回は時間を少し前に戻し、援軍に来る前の状況をザックス視点でお送り致します。

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