第538話 騎士団の裏切り者と擬態
今回も三人称視点にて、テオパーティー+ベルンヴァルトの戦いです。
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テオ達は魔物と戦っている他のパーティーを追い抜かし、雑魚戦(スパイラルイーグル)を最小限にすることで、南門付近にまで一番乗りで辿り着いていた。正面の南門は固く閉ざされている。ここから左右の通りのどちらに向かうか……
左(東方向)はダンジョンギルド第1支部の横の通りであり、ダンジョン関連の店が立ち並ぶ。右(西方向)は最高級品を置くツヴェルグ工房、その奥に錬金術師協会や劇場、高級レストラン、有名錬金工房等がある歓楽街だ。
どちらの方向でも奥の方で煙が上がっているが、どちらの煙の本数が多いかと言えば西の歓楽街である。軽く相談してから、貢献が稼げそうな進路を西に取った。
ツヴェルグ工房は、通りに面したショーウィンドウにシャッター……頑強そうな鎧戸が降りており、商品のみならず店には猫一匹入れない程の隙の無さである。万が一、近辺で戦闘になったとしても店を守るための備えなのだろう。
その横を通り過ぎ、側道へと入る。祭りの賑わいなど嘘のようにガランとしており、人通りなど殆どない。
「ん? この先で戦闘が起きてる。なんか言い争いみたいな声と、鎧の動く音が……裏切り者?」
プリメルが長いうさ耳を揺らして聞き取った事を報告する。種族専用ジョブではないので、闇猫の〈猫耳探知術〉ほど精度は高くないが、常人よりは耳が良い。
「この先なら、錬金術師協会か? 急ごうぜ」
その時、空に紫の閃光が走った。皆が足を止め、思わず上を見ると……雷で出来た巨大な円柱が、落下して来ている。
数瞬後、落雷音を数十倍にしたかのような爆音が轟くと、プリメルは両耳を抑えてしゃがみ込んでしまった。
他の者も似たようなものである。少し先の広場に落ちた落雷の音に足が竦んでしまっていた。
通りに静寂が戻るが、誰も動くことが出来ない。そんな中、うさ耳を放して周囲を伺っていたプリメルが声を上げる。
「誰か助けを求めている人が居る! 麻痺して動けないって!」
「……僧侶の出番ね! 行きましょ!」
ピリナが杖の先に〈ディスパライズ〉の魔法陣を出し、充填しながら先に進……もうとしたところを、テオに手を掴まれて止められた。その顔には怯えが浮かんでいる。
「おい、ちょっと待てって!
今の雷、見ただろうが。俺達の手に負える状況じゃねぇっての!」
「……だからって、見過ごせる訳無いでしょ! 助けられる人が居るなら助けるのが女神様の教えなのよ!
ほんと、最近変よ? 昔なら、いの一番に走って行ったのに……」
「周りが見えるようになったんだよ!」
2人の押し問答は続くが、平行線である。そこに助け舟を出したのはプリメルだ。ピリナを引き留めているテオの腕をうさ耳で叩いて、力を緩めるように促す。
「テオ、私達の役割はサードクラスの援護。直接戦わなくても良いんだよ?
後ろから魔法を撃つとか、〈ヒールサークル〉で回復させるだけ」
「ま、ここで逃げ出すのは簡単だけどよ、貢献にはならんぜ。魔物の情報収集くらいはしとかんとな。
ウチのリーダーから〈詳細鑑定〉の銀カードを貰ってっからよ、コイツで弱点くらいは見てこうぜ」
ベルンヴァルトは鎧に隠していた銀カードを取り出して、見せびらかす。
そうして、皆に説得されたテオは、ピリナを掴んでいた手を放して、溜息を突いた。
「死にに行くんじゃないからな。ヤバそうなら、直ぐに撤退だ。
知らない奴より、お前らの方が大事なんだからな」
「それでこそ、私達のリーダーね! 行くわよ!」
「おい、ピリナ! 司祭が盾役より前に出るんじゃない!」
2人はいちゃつくように押しのけ合い歩き出す。ベルンヴァルトとプリメルも後に続くのだが、その先の惨状を音で聞いていたうさ耳娘は、少し顔をこわばらせていた。麻痺を訴えていた者の声が、掠れた悲鳴に変わっていたからである。
錬金術師協会の建物は、柱に人型の彫刻が彫られ、壁には装飾付きのガラス窓が整然と並んでおり、まるで美術館のような豪奢な外観をしている……いや、正確にはしていた。妖人族の錬金窯破壊作戦により、大型魔道具を陳列販売していた3階は爆破され、瓦礫と化しているからだ。爆発の余波で、1階2階の装飾付きガラス窓も割れてしまっている。
しかし、そんな状況を気にする余裕がある者は近辺に居ない。
錬金術師協会の前の広場には、3つのグループが存在していた。1つは、広場に倒れたままの10数名の騎士団員や探索者達である。先程の雷の鉄槌、雷属性ランク8〈トールハンマー〉が直撃した者達だ。全員サードクラスの為、即死した者は少ないが属性ダメージと、感電による麻痺で動ける者は居ない。
2つ目は、〈トールハンマー〉の射程外に居て、難を逃れた者達だ。騎士団員の後衛メンバーや、年配の元探索者達10数名の集団である。彼らは、倒れた者達を助けようとしているのだが、迂闊に近寄ることが出来ずにいた。
何故ならば、3つ目のグループ……ヴィントシャフト騎士団の隊服を着た1名……が倒れた者達に剣を突き立て、止めを刺して回っているからだ。
その男はつい先ほど、錬金術師協会の爆破現場に援軍として来た騎士団の1人である。しかし、発見した魔物と交戦する直前に離反、仲間達に襲い掛かったのだ。その後、魔物の放った〈トールハンマー〉で、騎士団員達諸共に雷の鉄槌を受けたにも拘わらず、1人だけ無事に立っていた。更に、麻痺して倒れた者達に止めを刺して回っている。
2つ目のグループの者達は、「何故、仲間を裏切ったのか?」そんな疑問を抱きつつも、敵と判断して遠距離攻撃を仕掛けている。しかし、弓術スキルは盾で防御され、ジャベリン魔法は回避される。魔導士は、拘束する為に木属性魔法ランク1〈アイヴィボール〉を放っていたが、裏切り者の〈ミラーシールド〉で跳ね返され、逆に拘束されてしまっていた。
そんな中、司教が癒しの奇跡〈キュアサークル〉……〈ヒール〉の上位である〈キュア〉の範囲版……で、裏切り者ごと倒れた者達を癒そうとする。
「ここからでは麻痺は治せませんが、傷を癒す事なら……我が祈りを捧げ、神の慈愛の奇跡を賜らん……〈キュアサークル〉!」
「クカカカカ! 判断は良いが、甘い!〈ミラーシールド〉!」
裏切り者は自身が効果範囲に居る事を逆手に取り、回復の奇跡すら跳ね返してしまうのだった。範囲回復自体が跳ね返され、術者を中心に怪我をしていない2つ目のグループの者達が癒しの光に包まれる。そんな時、別の方角から声が響いた。
「〈ヒールサークル〉!」
「〈ファイアジャベリン〉!」
4つ目のグループ、テオパーティーの援護である。
虚を突いた癒しの奇跡は、まだ生きている者達の傷を癒す。プリメルの放ったジャベリン魔法は裏切り者に回避されたが、倒れた者達から少し離す事に成功した。
そして、ベルンヴァルトが手にした銀カードの〈詳細鑑定〉を使用した。
【妖人族】【名称:バグラーダ、55歳】【基礎Lv60、重装歩兵Lv60】(赤字ネームのため攻撃可)
「そいつは、赤字ネームの妖人族……変装した現神族だ!
レベル60のサードクラス、重装歩兵だから魔法で攻めりゃ、一人くらい勝てるぞ!」
声を張り上げて、先に居た元探索者パーティーに鑑定結果を知らせた。しかし、向こうから反論する声が上がる。
「おい! 人殺しのクソ野郎違いはないが、アイツ〈ミラーシールド〉を使って魔法を跳ね返して来たんだぞ?! 騎士系のジョブの間違いじゃないか?!
それと、彼奴の向こう側に、姿を消した魔物が潜んでいる! むやみに近付くな!」
〈詳細鑑定〉に間違いはない。そんな信頼を寄せていただけに、驚いてテオと顔を見合わせる。
「……ヴァルトの読み間違いじゃねーよな?」
「間違えるか! あー、そういえば
「うへ~、魔法反射なんて卑怯~。私、役立たずになっちゃうじゃん」
「いや、〈ミラーシールド〉は連続で使えないから、魔法で畳みかければ……」
「それより、プリメル。向こうの人が言っていた姿を消している魔物、音で分からない?」
ピリナは広場に向けて警戒した様子を見せていたのだが、魔物を発見出来ないでいた。プリメルがうさ耳を揺らし、索敵をすると……
「あっ! 確かに何か居る! 足音だけじゃなくて、何かを引き摺る音が……あの辺」
プリメルが指さしたのは、敵であるバグラーダの10m程後方だ。そこに注目してみると、石畳の一部がモザイク調に動いているのを発見した。そこに向かって魔法を撃つために、魔法陣を展開して充填を始める……すると、それに呼応したかのように、モザイク調の部分にも魔法陣が出現した。
そして、隠蔽が切れたのか、魔物の姿も見え始める。モザイク調の下から出てきたのは、二足歩行の煌びやかな爬虫類だった。宝石の様な鱗を持ち、猫背に背中を丸めながら尻尾を引き摺っている。魔物にしてはそれ程大きくなく、全高2m程度。目玉が飛び出したようなカメレオンの顔に、頭と背中にはアメジストのような宝石の角を多数背負っていた。
ひと際大きな頭の角の先端にある魔法陣が充填されていく。
その様子に脅威を感じたベルンヴァルトは、再度銀カードの〈詳細鑑定〉を発動させた。
【魔物、幻獣】【名称:紫水晶獣カメレオントール】【Lv62】
・カメレオン型魔物の希少種。***を取り込み、全身の鱗を宝石に変えて雷属性に強化されている。その頭と背中にはアメジストの角が生えており、それを媒介として***の力を利用し雷魔法を多用する。また、カメレオン由来の擬態化能力にも優れており、周囲の色に溶け込み奇襲を得意とする。主な攻撃方法は手足の爪撃に噛み付き、それと槍のように尖った長い舌を伸ばして獲物を突き刺し、絡め取る事も出来る。
・属性:雷
・耐属性:氷
・弱点属性:木
【ドロップ:無し】【レアドロップ:***】
ベルンヴァルトは鑑定文を斜め読みして、息を飲んだ。レベルの高さだけでなく、表記されている【***】について、ザックスの魔物データをまとめた資料で見た覚えがあったからである。
ただ、それらの疑問は後回しにして、得た情報を叫んで周囲へ展開した。
「魔物の弱点は木属性だ! サードクラスの魔導士が居るなら頼む!」
「……木属性か!? こっちには2人居る! 少なくとも足止めはするぞ!」
騎士団の後衛と元探索者のグループから返事があった。そちらから、黄緑色の魔法陣が展開されて、充填が始まる。
しかし、先に行動していたカメレオントールの方が早い。アメジストの角が光を発し、急速充填されていく。それは、プリメルの魔法陣よりも早く完成し、放たれた……ただし、その対象はバグラーダ。頭上と地面に現れた2つの魔法陣に挟まれ、その間を雷が乱舞する。雷属性魔法ランク3〈サンダーストーム〉は、範囲の中心であるバグラーダだけでなく、倒れた騎士達にも落雷が等しく降り注ぐのだった。
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小ネタ
戦力の配置について。本編内に入れるには不自然だったので、ここで解説しておきます。
サードクラスは南門に集まれって召集されていましたが、ミスリル装備を自前で持っている者は街の外か外壁上に配置されました。大群が相手になるので、しょうがない。適材適所で配置が決まった後で、街中で爆破が起きたのでした。
なので、街中の魔物に対処している者は、サードクラスでもちょっと弱め。〈トールハンマー〉1発で全滅してしまう程度のモブさん達でした。
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