第537話 帰還した者と増援に行く者

 今回は三人称視点にて、中央門付近の戦況です。キュクロプスみたいな魔物が街の各所で暴れているので、対応に追われています。


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※※※


 中央門の横の地下へのスロープを降りると、メタリックレッドの大鳥居……転移ゲート(出口)が設置されている。その広間は大型の馬車が転移ゲートから出て来てもいいように、部屋の左右に駐車スペースが設けられていた。しかし、現在は満車の状況だ。何故ならば、魔物に襲撃されていると知らずに転移して来た他領の商人達が避難する際に、置いて行ったのである。アイテムボックスに余裕がある者は馬車ごと格納し、馬は預けて避難して行く。騎乗して逃げるにしても、鳥型魔物の速度では追いつかれて危険だからだ。


 この状況は魔物の襲撃を撃退し終えるか、転移ゲートで繋がっている各地へ連絡出来るまで続く。貴族街にある転移ゲート(入口)から各領地へと伝令が向かい、ヴィントシャフト領への移動を制限するのである。

 ここを担当している見習い騎士達は、外の戦闘に参加するにはまだ早いと判断されたファーストクラスの者達だ。参戦出来ずに口惜しい思いをする者や、逆にホッとする者、先輩騎士達を信じて自分の仕事をする者。それぞれの思いを抱えながらも、各々の役割を果たす。預かり品に札を付けて管理したり、馬の世話をしたり、手狭になって来たので馬を地上の厩舎へ移動させる計画を練るのである。


 そんな時、メタリックレッドの大鳥居が光り、内側に銀色の渦が出現した。誰かが転移してくる前兆である。

 見習い騎士の1人が説明の為に転移ゲートに駆け寄る……のだが、出て来た人を見て思わず驚き、急停止した。


 見慣れぬ赤い武者鎧を着込んだ巨漢の鬼人族であり、左手にウーツ鋼のタワーシールド、右手にウーツハルバードを握った様は、このまま戦闘に突入できる援軍の様にも見えた。ただ、援軍にしては彼一人であるし、背中には大きな木箱を3つも立て積みにしているのがちぐはぐである。

 銀の渦が消えた事により、後続が居ないと判断した見習い騎士は、疑問をひとまず置いておいて説明の為に話しかけた。


「ようこそ、ヴィントシャフトへ! と、歓迎したいところではありますが、申し訳ございません。

 現在、ヴィントシャフトは魔物の襲撃を受け、領主様より緊急事態宣言が出されております。

 街の防衛の為、戦える者は助力をお願い致します!」


 本来、「戦えない者はギルドに避難を」と付け加えるのだが、見た目からして強そうな鬼人族に対しては最初から救援要請が出された。頭を下げて願い出る見習い騎士に対し、鬼人族は困惑しながらも自らのセカンド証を見せる。


「魔物の襲撃だと?!

 おいおい、新年早々何だってんだ……まぁ元々、ここのギルドで騎士の叙勲を受けたからな、参加して恩を返しておくぜ。

 『夜空に咲く極光』パーティーのベルンヴァルトだ。ウチのメンバーが、ギルドの前で白銀にゃんこの屋台を開いている筈なんだけどよ。アイツ等がどうしているか分かるか?」

「いえ、すみません。私はここの担当でして、外の状況までは把握しておりません」


 実家にて幼馴染であるシュミカとの婚約が許されたベルンヴァルトは、予定より半日早くヴィントシャフトへと帰って来ていた。パーティーリーダーであるザックスと、ナールング商会に相談事が出来た為の前倒しなのだが、魔物の襲撃と聞いて優先順位を改める。見習い騎士から現状を聞き、自身が背負っていた荷物を預ける事にした。


「はい、こちらが荷物の預かり札となります。この場で騎士団が守りますので大丈夫だとは思いますが、万が一戦場になった場合は保証出来ません。ご了承下さい」

「ま、そりゃそうだな。街中に入った魔物を倒せなきゃ、何処に置いても同じだぜ。

 中身は俺の地元の酒だ。魔物の群れをぶっ飛ばしてから、勝利の美酒と洒落込もうじゃねぇか!」


 荷物を預けたベルンヴァルトは、軽く伸びをしてから戦闘準備を始めた。既に装備してきた『血魂桜ノ赤揃え』やハルバードと大盾はそのままで良いとして、ダンジョン用のポーチの中を確認する。中には緊急用の薬品類の他に、束になった銀カードが入っていた。これは帰省に際して、お節介なリーダーに持たされた分である。普段の〈ライトクリーニング〉や〈ヒール〉等だけでなく、各種魔法や他ジョブのアクティブスキルの中からベルンヴァルトでも扱えそうな物を銀カード化した物だ。


「実家までは街道を通るんだから、使う機会なんてねぇぞ?」と返したものの、「山賊が居るかも知れないし、野生動物だっているだろ。万が一の時があるから持って行けって」と押し付けられていた。そのザックスが、ここ数ヶ月で2回も山賊と交戦しているので、それを理由にされたのだった。

 とは言え、拠点の街に帰ってきてから使う機会が訪れるとは……と、ベルンヴァルトはお節介なリーダーに感謝しつつ、使い勝手の良さそうな銀カードを鎧の各部や大盾に裏に仕込んだ。特に鎧は各部を紐締めしてあるので、仕込み易い。


「先ずは、中央門の騎士団の指示を仰いで下さい。セカンドクラスの貴方は、街中での魔物退治が任務になる筈です。

 ……ご武運を!」

「おう! 折角婚約したとこなんだ。貢献を稼ぐためにも、ちょっくら街を救いに行って来るぜ!」


 戦闘準備を整えたベルンヴァルトは、見習い騎士達に見送られて、地上への坂を上って行った。





 中央門前の大通りでは、そこかしこで戦闘が発生している。しかし、戦っている探索者達の表情には悲壮感など無い。むしろ、積極的に声を掛け合って戦っていた。あるパーティーは〈ダウンバースト〉で魔物を叩き落し、又あるパーティーは螺旋結界を纏って突撃する魔物を盾役が受け止め集中攻撃する。他にも騎乗した者が魔物を釣り出したり、木の上から投網を投げて鷹型魔物を拘束しようとしたりする者まで居た。

 魔物を倒したパーティーは楽し気に声を上げる。


「よっしゃー! これで4匹目!」

「またレベルが上がったわ! これなら、あと数匹倒せば30まで上げられるわよ!

 あ、次のも飛んで来てる!アレも落としましょ!?」

「待った、待った、魔法の充填が終わってない! 隣に譲るぞ。

 おーい! お隣さん! 次のは任せた!」

「ああ! 任せろ!

 こっちに降りてきやがれ! 〈城壁の護り〉!」


 ある意味でお祭り騒ぎになっていた。どこぞの奴が「レベル上げの良い機会だぞ!」なんて発破を掛けたせいでもあるが、ベルンヴァルトは知る由もない。目に付く所では窮地に陥っているパーティーも無く、自身のパーティーメンバーも見当たらない。ついでに、白銀にゃんこの屋台も見当たらない事を確認すると、中央門へと足を向けた。




 普段なら検問スペースが設けられているが、緊急事態ゆえに取り払われている。大きく開け放たれた門の一角では、30名ほどの探索者が集まっていた。その前には年配の騎士団員がおり、指示を出している。号令と共に、探索者達は貴族街の方へと入って行った。

 しかし、その一団の中で動かない者が3名居た。ウーツ鋼の軽鎧を装備した茶髪の青年、ポンチョを着た白髪のうさ耳少女、ラケットのようなメイスと法衣を纏った黒髪の女性。テオ、プリメル、ピリナの3名であった。

 ベルンヴァルトの姿に気が付いたテオは、手を振って呼びかける。


「ヴァルト! 帰って来てたのかよ! 丁度良い、手伝ってくれ! 前衛が足りないんだ!」

「おう、テオ達じゃねぇか!

 俺はついさっき帰って来たとこでよ、状況が分からん。手伝っても良いが、ウチのリーダーが何処に行ったか知らねぇか?」

「知らないわよ? 私達もテオの家の近所の人達を避難させてから戻って来たのだけど、レスミアとザックスは居なかったもの」

「うん。砂漠の時みたいに誘おうと思ってたのに、残念」


 ピリナとプリメルが揃って首を振る。そんな時、「白銀にゃんこのザックスの事か?」と割って入って来る声があった。それは、中央門を指揮する年配騎士だ。彼は東の方で火事が起こった事、店が燃えているかもと、消火活動に向かった事を話した。


「その後、東の方に流星が落ちたが……まぁ、ギルドマスターが様子を見に行ってくれたからな。大丈夫だろう」

「……流星? あーーー、もしかしてアレか? 切り札だって言ってたのによ」


 ベルンヴァルト自身、ヴァルキュリアの試し打ちに参加していたので、察する事が出来た。ただし、詳細は語らずに留めた。何故ならば、切り札が必要な程の強敵と戦闘になったと推測出来たからだ。更に言うと、あの出鱈目な強さの戦乙女が出たのなら、戦闘も終わっただろうと。

 唸るベルンヴァルトは置いておいて、年配騎士は話を進める。


「それよりも、ギルドマスターからの指示である。貴族街に飛行型以外の魔物が入り込んで、街を破壊しているらしい。

 南門に集めたサードクラスは、外壁上や街の外に配置されたので、対処できる人数が足りんのだ。

 中央門の探索者の中でもレベルが高目な者には、それらの魔物の討伐、もしくはサードクラスの援護に向かって欲しい。

 ベルンヴァルトと言ったな。ギルドに認められた騎士のジョブならば、その義務を果たせ」

「おう、了解したぜ!

 テオ、簡易ステータスを出せ。そっちのパーティーに入るからな」

「ああ、助かる。簡易ステータス!」


【人族】【名称:テオ、18歳】【基礎Lv35、重戦士Lv35】

 ・パーティー:プリメル・ヴァロール男爵、ピリナ 【追加】


 ベルンヴァルトはテオの簡易ステータスから【追加】ボタンを押して、パーティーに加入した。こうする事でザックスの夜空に咲く極光パーティーから自動で抜け、新しいパーティーへと編成されるのだ。

 新たにパーティーを組んだ一行は、貴族街の大通りを南へと進んだ。



 貴族街の大通りでも、そこかしこで戦闘が起こっていた。先に進んだパーティーが、スパイラルイーグルに狙われているからだ。そんな中、テオのパーティーは積極的に戦うのではなく明確に狙われてから迎撃している。上空から斜めに急降下して来たスパイラルイーグルの螺旋結界をベルンヴァルトが大盾で受け止めた。


「〈城壁の護り〉! からの〈シールドバッシュ〉!」

「止めは任せろ! 〈ホークインパルス〉!」


 ベルンヴァルトが大盾を振りかぶり、螺旋結界ごと叩き落す。地面にバウンドして結界が解けるスパイラルイーグル……そこにテオが剣を振り下ろして、止めを刺した。螺旋結界への対応方法は、中央門前で戦っていた探索者の真似をしたものである。

 周囲の上空を警戒していたピリナが呟く。


 「他に向かって来る魔物は居ないわ……即席のパーティーだけど、何とか戦えそうね」


 何気ない一言であったが、それを聞いたプリメルは杖の先で充填中の魔法陣を見て、溜息を突いた。


「うん、ゴメン。充填、間に合わなかった」

「ああ、プリメルを責めた訳じゃないのよ。ヴォラートが居ないから索敵がねって話よ。

 私も補助の奇跡を忘れていたし……ヴァルトさんに掛けておくわ。

 揺蕩たゆたうマナの光よ、慈悲深き女神の名のもとに集まりて、悪意を退ける光の盾とならん。〈ホーリーシールド〉!」


 ベルンヴァルトの防具類が淡い光に包まれ強度を増した。

 先程の戦闘からして防御バフが無くとも大丈夫そうだとベルンヴァルトは感じていたが、善意で掛けてくれたことに感謝を返す。そのついでに、ここには居ないメンバーについて聞いた。


「あんがとよ。

 そういや、あの犬族の執事は居ないのか? 確か、お前らの護衛役じゃなかったか?」

「あー、それはそうなんだが、護衛なのはダンジョンに行く時だけな。屋台のバイトにまで付いてこねーよ。

 それに、多分実家……ヴァロール男爵家を守りに行ったか、男爵家の私兵として騎士団に助力に行ったかだな」


 大抵の貴族家では、騎士団とは別に私兵を召し抱えている。それは、家族の護衛であったり、家計を支える採取パーティーであったり、子供の教育や先導役だったりする。そして、今回の魔物の襲撃のような有事の際には、領主への援軍として出す戦力でもあった。

 当然、サードクラスのヴォラートも援軍に出ている。特に、神使狼しんしろうという脚力に優れたジョブである為、騎馬隊にも付いて行けるとして、街の外に出ているのだった。


 ただ、そうなると戦力的に困るのがテオパーティーである。彼は前衛であるだけでなく、〈敵影感知〉や〈罠看破中級〉といった索敵、警戒要因でもあったからだ。(追加メンバーの2名は帰省中で居ない)


 中央門で貴族街への応援を頼まれたものの、戦力不足を理由に後方支援をするつもりであったのだが、偶々ベルンヴァルトが姿を見せたのは僥倖であった。騎士ジョブという強固な前衛だからである。

 後は、街中なので罠が有る訳無い。魔物の接近に関しては、周辺を警戒するしかない。そんな算段を話しながら、テオパーティーは先に進んだ。


「それにしても、やっぱ騎士は固いな。羨ましいぜ」

「本当は馬に乗っていた方が強いんだけどな。そっちはまだ叙勲出来ないのか?」

「受付嬢からは「もうすぐですよ」なんて言われて……「あれはリップサービスじゃない?」「うん、デレデレしてた」

 ……まだ貢献が足りないから、この機に活躍しておかないとな!」


 女性陣のツッコミを受けながら、テオは自身に発破を掛けるのだった。

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