第532話 先行偵察(殴りこみ)と軍議の様子
グントラムが撃ち放った〈バキューム・スマッシャー〉の2本の竜巻は、追いすがるスパイラルイーグルの群れを掃除機の如く吸い込み切り刻んでいく。魔法使い系では習得できない、天狗族専用の亜種魔法である。高レベルで覚えるそれは抜群に威力が高く、同じ風属性でダメージを半減する筈のスパイラルイーグルを容易く鳥ミンチに変えていた。ただし、効果範囲はそれほど広くはない。遠くなる程に吸引力が弱くなるからだ。
それでも敵の群れに穴が出来た。その隙に、天狗族の部下も〈ダウンバースト〉の魔法を後ろに撃ち放ち、迫っていた魔物を風の鉄槌で叩き落とす。
それで何とか魔物の群れを引き離す……しかし、後続が迫ってくる。鷹型の魔物だけに、飛行速度は天狗族を上回っているからだ。
逃げ続ける天狗族達の状況は、外壁上の魔導士達にも伝えられている。丁度、彼らの正面に位置する2名の魔導師が、互いの杖をクロスさせ、掛け声でタイミングを合わせて魔法を発動した。
「「3、2、1、〈エクスプロージョン〉!」」
その瞬間、青白い炎の結界が展開され、先鋒を飛んでいた何十羽ものスパイラルイーグルを包み込む。魔導師のスキル〈連携魔法〉で強化された〈エクスプロージョン〉である。
炎の結界が収縮していく毎に中の温度が上がり、耐えきれなくなった魔物が炎で羽毛を焼かれて墜落していく。そして、バスケットボールサイズにまで圧縮された結界が、大爆発を起こした。
〈連携魔法〉で火力と効果範囲を強化された爆発の中から、3人の天狗族が飛び出して来る。爆風に押された訳ではなく、ランク7魔法に標準搭載されている敵味方識別機能で、影響を受けずに逃げ切っただけである。
その背後では〈連携魔法〉を皮切りに、至る所で〈エクスプロージョン〉の爆発が花開いた。最初の爆発を迂回しようとした魔物を、通さぬように放たれたものである。
その隙に、天狗族達は外壁へと辿り着き、そのまま領主の館に向かう。そして、4階のバルコニーを揺らすほど荒々しく着地すると、戦闘の興奮冷めやらぬ様子で指揮所へと踏み込んだ。
「グントラムだ、斥候より戻った。通せ!」
「は、はい! お疲れ様です! あ、宜しければ、支給品のハイポーションが……」
「怪我などしておらん。全て返り血だ」
ひと睨みで物見の騎士を退かせる。それは、全身だけでなく自慢の黒い翼までもが血塗れだったからである。
その様子を見たカーヴィス(嫡男)は状況の悪さを悟りながらも、それをおくびに出さず笑顔で迎え入れた。
「良くぞ戻った!……その様子ではジゲングラーフ砦まで辿り着け無かったようだな。魔物の進行状況について、報告せよ」
「あ、その前に〈ライトクリーニング〉! 地図が汚れてしまいますわ」
ソフィアリーセが気を利かせて、ブラックカードを使用した。女性らしい気遣いに、グントラムは一礼だけ返し、報告を優先する。地図を一瞥し、魔物を示す駒を1点に置く。
「ジゲングラーフ砦との中間地点辺りで、烏型の魔物と遭遇。雑魚だったので、そのまま突破したところ、その先にて陸上を進む大量の魔物を発見した」
「うむ、烏型の魔物は第1波として、殲滅済みだ。少し突破されたが第2波の蜂型もな……陸上部隊の規模は把握出来たのか?」
そう問われたグントラムは、配置されていない魔物の駒を鷲掴みにすると、地図の上にぶちまけた。
「街道周辺の平野部を覆い尽くす程の数だ。これ程の数を見るのは初めてだからな……数千なのか数万なのかは分からん。
ただ、良い情報も有るぞ。その大半は雑魚共だった。威力偵察を兼ねて、突撃して蹴散らしてやったわ!」
「いや、それは偵察ではなく、遅滞戦闘ではないか?」
なんでも先頭集団に突撃し、自慢の翼を刃に変えるスキルでバッサバッサと無双してきたそうだ。更に、途中から相手にするのが面倒臭くなりブラックカードの〈プラズマブラスト〉で、薙ぎ払ってきたらしい。
武勇伝を語るグントラムに対し、部下の天狗族が補足をする
「はい、奥に行けば行くほど魔物のレベルが上がっていたのは、私が〈詳細鑑定〉で確認しました」
彼は覚えている限りの魔物の情報を書き出し、地図上へと並べていく。その情報を元に話し合いは続き、今回の魔物襲撃の種類が特定された。
決め手だった情報は、魔物の群れが統率されたように街を目指している事である。
「只の氾濫であれば、溢れた魔物は四方八方へと出て行く。よって、今回の襲撃は指揮官とも言うべき、統率する魔物……侵略型レア種が出現したと断定していいだろう」
「ただ、この数の魔物です。ここ数日に発生したとは考え難い。余程長い事、侵略用の魔物を生産していたのか……私の第3騎士団が管理するダンジョンからは、異変など報告されていないのです。未知のダンジョンが隠れていた可能性も無い訳ではありませんが……むう」
軍議に参加していた第3騎士団の団長は、唸り声を上げる。街とジゲングラーフ砦の間に出来たダンジョンは、街に近いものは潰し、それ以外は貴族用に管理されている。その為、今回の襲撃は自分達の不手際が招いたのかと戦々恐々としていたのだ。
そして、内心で不安がっている者がもう一人。ソフィアリーセも嫌な予感がしていた。何故ならば、グントラム達が報告してきた魔物の群れの位置、その先には彼女用の管理ダンジョンもあるからだ。
それらの話はカーヴィスも気が付いていたが、優先ではないと後回しにして、先に防衛計画の話を進めた。
「グントラム、その侵略型レア種を先に討伐する事は可能だと思うか?
ヴィントシャフトの中でも上位の者を10パーティー程集め、お爺様か其方をリーダーとして、元凶を討つ……」
「……いや、無理だな。レベル30以下の魔物群れならば、無理矢理突破して大将首を狙う事も出来るだろう。
ただし、レベル50以上が群れていた場合は、こちらの方が危ない。加えて、敵の大将の位置まで分からんと来たもんだ。
セオリー通り、ここの外壁を頼りに防衛した方が良いだろう」
元々、駄目元の意見だったのか、カーヴィスは「そうか」と、軽く溜息を付いただけで、頭を防衛戦へと切り替えた。元々出ていた案なだけに、矢継ぎ早に指示を出す。
「第3波を討伐次第、陣地構築を行う! 迎撃に参加していない魔法使い系と錬金術師系に対して、緊急招集を掛けろ!
敵の陸上部隊が来る前に、終わらせるぞ!」
この場合の陣地構築とは、魔法で壁を築く〈ストーンウォール〉等の壁魔法、落とし穴を作る〈ベリィ・ピット〉、地雷を設置する〈ファイアマイン〉等の事である。
いちいち危険な前線、外壁の向こうに行かずとも、遠隔で設置できる為、魔法が多用されるのだった。特に壁魔法ならば、ファーストクラスでも使えるので、人海戦術で防壁を建設するのである。
因みに、無秩序に壁を作っても効果は低いので、陣地構築の心得がある領主一族が指揮を取る。
「左翼で騎馬隊を招集しているお爺様にも、伝令を出しておけ。右翼は……」
「それは私が行きましょう。右翼には第3騎士団サードクラスを集めておりますゆえ」
第3騎士団の団長は、自らの側近を連れて足早に退出して行った。
外壁の外側、東と西のレース場に集められている騎馬隊は遊撃担当である。
侵略型レア種は、人が多い場所へ向かう性質があると言われている。ヴィントシャフトの街での迎撃を進めているのは、その為だ。しかし、統率された魔物の数が多い場合、外壁を迂回しようとしたり、街の先にある他の村へ向かったりする魔物も少なからず居る。それらを狩るのが騎馬隊の役目だ。街の外に出る危険な役割なので、サードクラスの精兵だけで構成されている。
方針が決まれば、軍議は驚く程に早く進む。各々が緊急時用の役割を把握し、部下に指示を出し持ち場へと向かう。
そんな流れの中で、取り残されて居るのはソフィアリーセである。まだ学園生である彼女には、緊急時の役割が割り当てられていないからだ。しかし、彼女は彼女で自分の役割を見出している。それを兄に告げて、許可を得ようとしていた。
「お兄様、わたくしから提案させて頂きます。王都から公演に来ている劇団『妖精の剣舞』へ協力を要請しましょう。祝福の楽曲と呪いの踊りで、戦う皆を援護するのです!」
「待て、ソフィ。我が騎士団にも宮廷楽師は居るから多少は知っているが、曲によるバフはパーティー内だけの話であろう? 迎撃しているパーティーに組み込むのは、不和の元にならないか? メンバー間の連携が崩れる」
「いえ、宮廷楽師だけのパーティーにすれば、他のパーティーにも効果を与えられるそうですわ」
ソフィアリーセは『妖精の剣舞』の座長ヘラルダさんに聞いた話を熱弁した。レベル60の6人パーティーで組んだ、剣舞姫と宮廷楽師は、ジゲングラーブ砦で通用するものだと。
その熱意に押されたカーヴィスは、大いに揺れた。シスコンの弱点である妹のおねだり……もとい、戦力になるのならば、藁にも縋る思いなのだ。それだけに、父から託された領主代行のプレッシャーは重く圧し掛かっていた。
「しかしだ……その劇団は領外の者達だ。ヴィントシャフトの為に戦えとも命令は出来ん。参戦させるには新たな契約が必要になるだろう。このような緊急事態に、どれだけ請求されるのかと考えると、簡単には頷けんな。ソフィは、公演の契約にも関係していたな。どれくらいの予算が要るか、試算は出せるか?」
領主代行の立場からすれば、予算は掛けたくない。防衛に参加した者への報奨金も必要であり、犠牲者が出れば遺族への弔慰金も必要になる。建物に被害が出れば、その復興予算もだ。
大領地を治めるヴィントシャフト家には、領内の経済活動や税金から入って来る収入は多いものの、金食い虫なジゲングラーブ砦を維持するのに支出も多い。そこに、この魔物の襲撃が加わるのだ。戦後を見据えて、予算の無駄遣いを押さえたい。
そんな意図の言葉を投げられたソフィアリーセだったが、懐からブラックカードを取り出すと得意気に笑った。
「交渉にはお金ではなく、このダイエットカード……〈燃焼身体強化〉のブラックカードを使いましょう。
劇団『妖精の剣舞』の団員の7割は女性と聞いています。加えて、舞台に立つ役者の皆さんですから、見た目や体重の悩みには敏感だと思います。きっと、二つ返事で了承を得られる事でしょう」
「ん? それは、もう在庫が少ないのではなかったか? 母上が溜息を付いていたのを覚えているぞ?」
「ふふっ、わたくしのザックスが、追加で量産して下さったのよ。数も十分にあります」
「彼奴め……そんな事でソフィのご機嫌を取るとは小賢しい」
その後も、ソフィアリーセ自身が交渉しに行くと言うが、
「では、お兄様、行ってまいります」
「ああ、街中とはいえ、護衛騎士から離れるのではないぞ。気を付けてな」
ソフィアリーセがルティルトを伴い退出して行った。それを見送ってから、防衛計画を練り直す。
劇団を何処に配置するのか話し合う……その途中で、爆発音が響き渡った。〈エクスプロージョン〉の爆発音ではない。しかも、その爆発音は街の方から多数響いて来たのだ。
その音に驚いたカーヴィスは、物見の騎士に詰め寄った。
「何事だ?! 報告せよ!」
「街のあちこちで爆発があったもよう! 多数の煙が上がっています! いや、火の手も上がり火災が発生しています!」
それは、魔物の襲撃に呼応した妖人族の作戦、第2段階の発動を知らせる狼煙であった。
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