第530話 時計塔の鐘が鳴り響く……
新年明けて3日目、白銀にゃんこの屋台を再開した。
従業員として雇ったみんなも、間の休みで英気を養って来たのか、欠けることなく集まってくれた。
加えて、年末に唐揚げ棒を買ったリピーター客も詰め掛けて来てくれて、朝から行列が出来ている。初日に匹敵する程の盛況っぷりだ。どうやら、前に早仕舞いしたのが効いているらしく、「売り切れる前に食べに来たよ!」と公言する、唐揚げのファンになった人まで居た。
正午を回っても、売れ行きは好調だ。この調子なら、14時前後には売り切れるだろう。俺とレスミアは15分の小休止を取り、軽く昼食を取っておいた。店じまいしてから屋台巡りをするので、軽く小腹を満たす程度で良いのだ。あ、他の人達は、ちゃんと交代で休憩を取っているからな。ウチは店の名前と同じく、ホワイト企業なのだ。
2人してサンドイッチをパクつきながら、屋台のパンフレットを見て、行きたい屋台の目星を付けている……と、不意に時計塔の鐘が鳴り始めた。思ってもみなかった音に驚き、時計塔の方を見上げてしまう。
「ん? 13時の4の鐘にしては早いよな?」
「ええ、そうですよね?」
懐中時計で確認しても、12時半だ。レスミアと首を傾げ合うが、その間も鐘は鳴り続ける。時刻を知らせるにしても、鐘を鳴らす回数が多すぎるのだ。
確か、何かを知らせる鐘だと、教えてもらった気がする。緊急事態だというのは、何となく覚えていた。ど忘れしていたので、フォルコ君辺りに聞こうと屋台へ戻ると……販売を一時停止して、呼び掛けていた。
「魔物接近警報により、販売を中断します!
騎士団の指示に従って下さい! 不安な方は、先にギルドへ避難を!」
フォルコ君の言葉に、お客さん達もざわめきが止まらない。
「避難つっても、直ぐそこだから、急ぐ必要もないよな?」
「騎士団からの説明があってからでも良いんじゃね?
確か、10年くらい前に鳴った時は、鳥の魔物1匹だったんだろ?」
「あー、そんな事もあったような? 幼年学校の頃だから覚えて無いわ」
「おい、誰かダンジョンギルドか中央門に行って聞いてこいよ」
前の方に並んでいた若者グループは、結構呑気な事を言っていた。鐘が鳴り響く中、避難を始めたのは2割程だけである。特に、綿菓子の列に並んでいた親子連れは、子供に累が及ぶ危険性を鑑みたのか、ゾロゾロと抜けて行く。
残りの8割は列に並んだまま、ざわついている。
そんな中、フォルコ君と相談して、屋台を片付ける事にした。
避難をするにしても、屋台が邪魔だからな。ストレージに格納し、従業員の皆を集める。
「安全が確認できるまで、屋台の営業は中止する。皆はギルドに避難していてくれ。
レスミア、ジョブを料理人から闇猫に変えるから、アイテムボックスの中身を出してくれ」
「はい、〈アイテムボックス〉!
でも、ザックス様、私の装備品は家に置いたままです。取りに帰った方が良いでしょうか?」
「いや、そのメイド服は花乙女の花弁製だから、戦えなくもないだろ? 武器は俺のを貸すし、索敵と避難誘導を頼む。それに、この混雑具合じゃ、逸れたら合流も難しいだろうし……フィオーレの奴は何処をほっつき歩いてるんだか」
帰省しているベルンヴァルトは兎も角、戦力に成りそうなフィオーレは、ここには居ない。新春確定スロットのお陰で儲けた彼女は、貴族街に豪遊しに行くと朝一に出掛けていったからである。多分、屋台巡りか、貴族街の演劇舞台をはしごしているに違いない。
ここに居ないメンバーの事を嘆いてもしょうがない。レスミアのジョブを変更し、自分のジョブや〈緊急換装〉のセットを見直しておく。
すると、切り替えた途端に〈敵影表示〉に変化があった。周囲は緑の光点でいっぱいだが、その南から赤い光点が高速で迫ってきていた。
周囲の祭り客の中からも、「魔物の反応が近付いて来てるぞ!」と、声を上げた者も居る。スカウト系ジョブだったのだろう。
その一方で、レスミアは猫耳をピコピコ動かし、索敵をしていた。
「南の上空から、羽音が3つ接近中です! 多分、虫系!」
その言葉に、迎撃方法を考える。空を飛ぶ魔物なら〈ダウンバースト〉で叩き落とすのが鉄板だが……人でごった返す中に、叩き落とす訳にはいかないよな? 範囲魔法も然り。
周囲への配慮も視野に入れると、対空迎撃に則したスキルは一つしかなかった。
レスミアの警告から10秒後、中央門の上を飛び越えて3匹の蜂型魔物が姿を現した。以前、村ダンジョンに居たウインドビーに似ており、その速度はかなり速い。
その中の1匹が急旋回する。人が密集して居る所を狙って来たのか、お尻の針を突き出し、急降下を仕掛けてきた。
「キャーーーーー!」
「こっちに来るぞ! 逃げろ、逃げろ!」
「おい、退け退け、道を開けろ! 〈カバーシールド〉が使えんぞ!」
「〈プリズムソード〉! 行け!」
俺は抜刀した聖剣クラウソラスを掲げ、スキルを発動。召喚した光剣3本を、蜂型魔物をロックオンして射出した。
精霊の祝福を得た属性の光剣は、誘導性能もアップしている。急降下して来た1匹を祭り客の頭上で両断し、残りの2匹……上で魔法陣を充填していた奴らに命中した。
しかし、これで一件落着とは行かない。〈敵影表示〉に映る赤点は、遠くから追加が接近しているし、先程の死骸が落ちた先でパニックが起こりかけていた。特に、先程悲鳴を上げた女性が、人波を押し分けて逃げようとしているのだ。その恐怖が周囲へと広がり掛けていた。
この人混みで、将棋倒しが発生したら目も当てられない状況になってしまう。
……一旦落ち着かせるには、アレしかないか。
本来は騎士団の役目なのだが、こういう時に限って、買い食いしている見廻り騎士が居ない。仕方がないので、俺が代役をするしかない。先日、『聖剣使い』の作者が提案していた名乗りをアレンジしよう。
先ずは、屋台の空き地に〈ストーンウォール〉を立てて、上に上がる。そして、聖剣を掲げて、その先に〈赤き宝珠の激励〉の勾玉を召喚した。
【スキル】【名称:赤き宝珠の激励】【アクティブ】
・勇猛に前に進み、耐え忍ぶ勇気の象徴、赤い宝珠を召喚する。対象の上空で、一定時間光り輝く。この光を浴びた者は、勇気が奮い立ち、筋力値、耐久値が少し上昇する
この光を浴びれば、恐怖心は和らぐだろう。更に駄目押し。左手に持っていた聖剣の鞘も振り上げ、頭上の刀身にぶつけて金属音を打ち鳴らした。キィー―ン!と甲高い音が鳴り響き、広場に居た者全ての注目を集める。
そして、芝居をするように意識して聖剣を掲げると、その左右に光剣を呼び戻す。
「総員、傾注!
飛来した魔物は、俺の聖剣で打ち倒した!
この程度の魔物、どれだけ来ようとも、鎧袖一触で倒してみせよう!」
その言葉の直後、追加の蜂型魔物が5匹飛来する。
それに合わせて〈プリズムソード〉を追加し、計5本の光剣をロックオンから射出して撃墜した。
それを見た観客から、歓声が上がる。先程パニックになっていた女性も押し退けるのを止めて、こちらに注目していた。
「俺の名はザックス! 白銀にゃんこのオーナーにして、領主の御息女ソフィアリーセ様の婚約者でもある!
領主一族に連なる末席として、この場は俺が守る!
子供や御老人、戦えぬ者から安心して避難してくれ!
急ぐ必要はない! 前の方から順次、歩いてギルドへ行ってくれ!」
……ニンジャの〈名乗りの流儀〉の効果の後押しが有ったとはいえ、恥ずかしい台詞である。
ただ、恥を忍んで宣言した甲斐はあったようだ。皆さんパニックにならず(興奮している様子の人も居るが)、避難が開始された。レスミアを始めとした白銀にゃんこのメンバーや、ボランティア精神の有る若者達が率先して周囲を先導し始め、子供や女性、老人から移動して行った。
緩やかであるが、確実に避難が進んで行く。後は、宣言通りにここを守るだけである。
【魔物】【名称:クレストランスビー】【Lv25】
・槍の様に大きな針と、羽の魔法陣模様が特徴の蜂型魔物。高速移動による毒針刺しと、風魔法〈ウインドジャベリン〉を使用する。本体の毒針に刺されると、高確率で状態異常の毒に陥るため、解毒薬は携帯しておこう。魔法を使う際は止まるので狙い目だが、充填速度はかなり早い。
・属性:風
・耐属性:土
・弱点属性:火
【ドロップ:無し】【レアドロップ:無し】
散発的に蜂型魔物が飛んでくるが、光剣を投射するだけで、難無く倒せていた。同時に6匹以上来なければ、問題ない。それに〈敵影表示〉に映る赤い光点は、貴族街方向で消滅して居るのも出始めた。壁の向こう側でも戦闘が始まったのだろう。
ただし、少し困った状況にも追いやられている。
俺は〈ストーンウォール〉の上に乗ったままなのだが、その足元の石壁付近に若者が集結しているのだった。
「次に魔物の群れが来た時は、魔道士の俺も範囲魔法で手伝うぜ! ワンドを携帯しておいて正解だったな!」
「重戦士だから、〈カバーシールド〉で守れるよ!
盾は持ち歩いて居ないけど、この鉄板入りの可愛いバッグを盾代わりにするからさ!」
「あー、誰か弓矢を持ってないか?
まぁ、無くても、投石で援護くらいならやるぜ」
「白銀にゃんこのザックス殿だけに任せるのではなく、俺達の街は俺達で守るぞ!」
「「「「「おお!!!」」」」」
魔道士は兎も角、他の人は装備を取りに行けと言いたいが、盛り上がりに水を差しかねない。そもそも、俺が指揮していい事なのか、騎士のスキル〈中隊指揮〉で指示を聞いてもらえるのか?
どうしたものかと悩んでいると、追加の赤い光点が接近していた。ついでに、その前を緑の光点が高速で移動している。
……動きからして、追われている?
その進路上に光剣を移動させておき、迎撃準備を取る。すると、中央門の向こうから現れたのは天狗族の男性であり、4匹の蜂型魔物に追われていた。
すかさず、カーソルを動かしてロックオン、即射出。天狗族をギリギリ避けるように飛来した4本の光剣は、蜂共を撃墜するのだった。
『おおおおっ! 何だ何だ?! 魔法の光か?!
誰か知らんが、助かった!』
天狗族から、拡声器の魔道具のアナウンスが響いた。それも聞き覚えがある。スカイループルーフで実況していた男、騎士団広報部のガナールだったか?
彼の言葉は止まらない。未だ人の多い大通り付近を旋回しつつ、アナウンスを続けた。
『伝令! 騎士団からの伝令を、平民街の住民に伝えるぜ!
現在、南の彼方より、魔物の軍勢が進行中! 戦えぬ者は、各ギルドへ避難せよ!
事はヴィントシャフト存亡の危機である! 力ある者は、騎士団に助力せよ! これは強制である!』
軍勢とは……予想以上の事態に、周囲がざわめき始める。空飛ぶ魔物が飛来しただけではなかったようだ。アナウンスは続く。
『戦えるサードクラスは戦闘準備を整え、貴族街の南門前に集結せよ!
同じくセカンドクラスは戦闘準備を整え、中央門に集合! 街に侵入した飛行型魔物の討伐、及び避難民の誘導と警護に当たれ!
ファーストクラスの者は戦闘準備を整え、ダンジョンギルドへ行け! 避難先の警護に当たれ!』
その指示を聞いた住民は、早速動き出す。四方に散って行くのは、装備品を取りに行ったのだろう。中には、最低限の装備をしている者もおり、そのまま中央門向かうようだ。
『天狗族には、別の伝令を伝える!
現在、東と西の外壁外のレース会場に多くの観客が取り残され、避難中である! 飛べる者は、運搬用ハーネスを準備して、避難を手伝え!
良いか?! 現地までは、出来るだけ低空飛行をするように! 高度を上げると、俺みたいに魔物に追われるぞ!』
と、大声でアナウンスしていたせいか、蜂型魔物が接近して来たので、そいつ等も撃墜しておいた。ある意味〈ヘイトリアクション〉になっているので、囮になるな。
アナウンスを終えたガナールはアナウンスを繰り返しながら、更に北の方へと飛んで行った。
周囲の住民は指示に従い、移動している。その中から、ふわりと浮き上がる者も居る。近くで避難誘導していた、レルフェちゃんとヤパーニちゃんだ。アナウンスの助言の通り、3mくらいの高さで飛んでいこうとした2人を呼び止めた。
すると、「急いでんのに、何~?」と、ふよふよと〈ストーンウォール〉の近くにまで来てくれたので、銀カードを数枚ずつ渡しておく。
「念の為に、銀カードを持って行って行きなよ。
怪我人用に〈ヒール〉、防御用の〈ストーンシールド〉、迎撃用の〈ファイアボール〉だ。好きに使って良いから、勿体無いとか、温存とか考えなくて良いぞ」
2人は戦闘要員ではないので、レベルも低い。これくらいの保険は合ったほうが良いだろう。低ランクの魔法なのは、少ないMPで使用できるからである。
「わっ! ザックスってば太っ腹~! ついでに、汚れるだろうから浄化のカードも欲しいな~、駄目?」
「……ほら、追加であげるから、無理はするなよ」
「わーい! ザックスの聖剣も格好良かったよ! でも、間違って天狗族には攻撃しないでね!」
「〈敵影表示〉も使っているから、間違えないさ!
そっちも気を付けてな」
「「行ってきまーす」」
姦しいギャル天狗は、低空飛行で路地へと飛んでいった。
フォルコ君達にも避難誘導を切り上げて、ギルドへと逃げるよう指示しておく。すると、一旦、俺の近くにまで集合して、手を振ってくれた。
「ザックス様、御武運を!」
「ミーアも気を付けてね!」
「ギルド内にて、炊き出しをやろうと思います! 休憩が必要なら逃げて来て下さい!」
周囲からは、続々と避難民が押し寄せてきている。ダンジョンギルドから、遠い位置に居た人達だろう。
やはり、俺は戦力が戻って来るまで、迎撃に勤める必要があるな。レスミアには近接護衛、背中を守るようにお願いし、改めて聖剣を構え直す。おっと、MPを使い過ぎているから、マナポーションも飲んでおいてっと。
こうして、領都防衛戦が始まった。
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