第529話 劇団『妖精の剣舞』からの誘い

 劇団『妖精の剣舞』の舞台が始まると、別世界へと誘われた。

 いや、比喩表現ではない。オーケストラが音楽を奏で、歌手が朗々と詠うと、舞台の上に草原が出現したのだ。書割だとかセットなんてちゃちなものではなく、忽然と草原になっていたのである。しかも、詩が耳元で聞こえると、その情景の通りに草が風に吹かれて揺れる。

 その草を踏み分けて、子役の男の子と女の子が現れた。先程の詩兼ナレーションによると、騎士を目指す2人の剣戟ラブロマンスらしい。子役……多分ビルイーヌ族だろうけど……子供とは思えない程の剣舞を見せた。クルクルと舞い踊り、木剣を交える。カンッ、カンッと木剣が音を鳴らし、それに負けじと2人は激を飛ばし、訓練を続けた。そして、最後は草原に寝っ転がって夢を語り合う。


 ただ、次の場面へ移り、歌手のナレーションが始まると舞台が一変し、訓練場へと変化した。その後も場面が変わる度に街中、ダンジョン、お城などへ舞台も変化する。

 成長した2人は騎士に認められ、お姫様の護衛騎士へと取り立てられる。そこからは三角関係が始まるのだが、お姫様が凄かった。なにせ、自己紹介の時には花を背負っていたのだ。物理的にではなく……何というか、漫画表現みたいな感じ?……ここまで見て来て分かったけど、多分魔道具かスキルで幻影を投影し、演出をしているのだろう。姫様と女騎士が踊るシーンなんて、花弁が舞っていたからな。2階席にまで飛んで来た花弁を掴んでみようとしたところ、掴めずに手をすり抜けて行った。


 他にも、魔物との戦いでは、騎士の剣が光を纏っていた。剣閃が残像として残るので舞台映えするうえ、魔物を切り裂くと、血を吹き出して消えて行くのだ。最早、ここまで行くとCGを多用した映画のようである。


 役者とオーケストラは本物のようだが、それ以外は全て幻影による演出と言う凄まじい舞台に飲まれ、最後まで夢中になって観劇してしまった。





「わたくしも『妖精の剣舞』の舞台を見るのは3回目ですが、今回のお話も素晴らしい出来でしたわ。お父様に進言して、誘致したのは正解でしたね」

「幼馴染同士の恋が実ったシーン、キュンとしちゃいました」

「私はお姫様の踊るところが可愛かったと思うにゃ~。くるくる回って、スカートを膨らませて、ジャンプの度に花が散ってたのにゃ!」

「舞台劇も面白かったですけど、それ以上に演出が凄過ぎだったね。あれ、魔道具かスキルで幻影を生み出しているんだろうけど、どうやっているんだろうな?」


 舞台が終わり、個室の中央にあるカフェスペースへと移って感想を言い合っている。大きなソファーだが、座っているのは4人だけ。順にソフィアリーセとレスミア、スティラちゃん、俺だな。他の白銀にゃんこの面々やルティルトさんも部屋内には居るし、観劇もしていたのだが、体面上は使用人や護衛騎士なので周囲に待機しているのだ。いや、フロヴィナちゃんとか、物凄く語りたそうにしているけどな。レスミアの「キュンと来た」って発言に、うんうんと頷いていた。


 そんな中、オマケで観劇していた筈のフィオーレが、俺の言葉に反応する。手摺りに寄りかかり、舞台を眺めて余韻に浸っていた様だったが、こちらに駆け寄ってくるとソファーの背もたれをバンバン叩いて、興奮気味に話す。


「私、知ってるよ! クヴァンツコーチから聞いたけど、サードクラスのスキルなんだって!

 幻影だって言うから、透けている奴かと思いきや、あんなにリアルな演出になるなんて良い意味で予想を裏切られたよ!

 ザックス、私達もちゃちゃっと、レベル50に上げようよ。私もあのスキルを使ってみたいから……ぐぇ!」

「そこまで……フィオーレ、如何にパーティーメンバーといえども、場所を弁えなさい。貴女は招待客ではないのだから、使用人として大人しく立っている事だ」


 ペラペラと喋っていたフィオーレだったが、背後から来たルティルトさんに首根っこを押さえられて、壁際へと引きずられて行った。


 暫し、劇の感想に花を咲かせると、来客を告げる呼び鈴が鳴る。ドアの外を立哨していた騎士から報告が有り、ソフィアリーセが面会の許可を出した。そして、中に招かれたのは2人の男性……いや、片方はアラサーくらいの男装の麗人である。執事服のようなパンツルックをピシッと決め、騎士のような佇まいは宝〇歌劇団にでも居そうな雰囲気の人だった。

 2人はソフィアリーセの前で跪き、挨拶を交わす。女性の方が劇団『妖精の剣舞』の座長ヘラルダさん、男性が舞台監督だそうだ。

 彼女は座長でありながらも、役者として舞台に立つこともあり、ソフィアリーセは以前の公演でファンになったと、先ほどの雑談で聞いていた。その為か、少し興奮気味に握手をしてもらい、喜んでいる。観劇が趣味だとは聞いていたが、ミーハーな部分もあると初めて知れた。


「今日の演目も素晴らしかったわ。不在にしている母にも、この感動を伝えておきましょう。そうすれば、新年会議も早く終わらせて帰って来る……いえ、手が空いた時点で、抜けてくるかも知れませんわ」

「フフッ……トルートライザ様からは、熱烈なラブコールを頂きましたからね。今日より1週間、公演は続きますので、会議が終わってからでも間に合います。わたくし共も、お待ちしていますとお伝えください。

 ところで、ソフィアリーセ様に確認させて頂いてもよろしいでしょうか?

 こちらの公演が終わった後の予定なのですが……」


 その言葉に対し、ソフィアリーセは自身の側仕えに目を向ける。すると、マルガネーテさんが地図や計画書等の資料を差し出した。それを舞台監督の男性が受け取りると、話が再開される。


「ええ、領主である父の名代として答えましょう。

 ジゲングラーブ砦までの馬車の手配、宿泊場所の確保に食料品の手配なども済んでいます。勿論、劇団員を守るための護衛騎士もね。今はお祭りのレースや剣闘大会で腕を競っているところですが、『妖精の剣舞』の移動に合わせて、彼らを砦への護衛として付ける予定です。詳細は、そちらの資料を確認して下さいませ。

 ただし、砦に赴けるのはサードクラスのみと、徹底して下さい。セカンドクラス以下の者は、街で待機させるように……レベル50以下は足手纏いでしかありませんから」

「ハッ、畏まりました。

 ただ、街に残す団員に関して、相談させて下さい。こちらの劇団との交流を図ったり、ダンジョンへ行く事の許可を頂けたりすれば……」



 ……劇団がジゲングラーブ砦に? 慰問公演かな? 前線基地なのだから、娯楽には飢えているだろうし。

 ただ、そんな状況であっても、南の外壁を超えて砦に行けるのはサードクラスだけらしい。ルールとはいえ、徹底しているな。


 ヘラルダ座長との話は、事前計画の確認が殆どであったが、細かいところの擦り合わせが行われた。

 若干、俺達が同席して良いのか疑問が頭を過る。その疑問の答えは、最後にやって来た。砦への計画の確認が終わった後、ヘラルダ座長から勧誘の話が切り出されるのだ。


「そう言えば、クヴァンツから聞きましたよ。ソフィアリーセ様のパーティーに、活きの良いビルイーヌ族の娘が居ると。

 よろしければ、紹介して頂けませんか?」

「……わたくしのパーティー? ああ、フィオーレの事ね。紹介するのは構わないけれど、引き抜きは駄目よ」

「勿論です……でも、臨時団員くらいなら良いですよね?」


 少し迷っていたソフィアリーセだったが、俺に目線を向けて来たので、首肯して返す。一応、リーダーの俺を立ててくれたのだろう。俺としても、本業に差支えのないバイトくらいならば、束縛するつもりもない。今だって、劇団でレッスンを受けているからな。


 俺の後押しを受けたソフィアリーセが、手招きしてフィオーレを招き寄せる。すると、未だに首根っこを掴まれたままだったフィオーレは、リードの外れた犬のように駆け寄……もとい、ステップを踏んだ。壁際から部屋の中央まで、華麗に回転ジャンプをして着地、決めポーズのまま自己紹介をした。


「アタシがクヴァンツコーチの弟子、フィオーレです! ソードダンサーレベル41、楽師もレベル41! 得意な楽器はギター!

 臨時でも代役でも構いません、舞台に立たせてくれるんですか? 演奏側でもOKです! 明日からでも行けます!」


 アピールが凄い。しかし、ヘラルダ座長も負けてはいない。決めポーズのままのフィオーレに近付くと、手で押して倒れないか確認したり、身体のあちこちを触ったりしている。


「……クヴァンツに鍛えられているだけの事はあるな。体幹も良いし、筋肉と身体の細さのバランスもまずます。もうちょっと、筋力を付けた方が良いと思うが、レベルの高さで補っているか……

 それにしても何? ソードダンサー向きの身体なのに、楽師も育てているの?」

「あははっ、ギターはお母さんから習ったから、辞めたくなかったんだ。それに、どっちも育てておけば、役が貰える確率も2倍だよ!」

「そんな単純な話ではないけどね。まぁ、合格。

 貴女、フィオーレと言ったな? レベル50を超えてサードクラスになったら、ウチの劇団の臨時団員にならない?」

「え?! 直ぐの話じゃなく、サードクラスから?

 あっ、もしかして、さっきの公演の演出に使った幻影のスキルが使えるようになってからって事?」

「フフッ、惜しいな。あの舞台演出のスキル、〈イリュージョン・プロジェクション〉と〈イリュージョン・エフェクト〉の事なら、レベル60で覚えるから、貴女にはまだまだ先の話だ」


 ヘラルダ座長が語ってくれたのは、先ほどのジゲングラーブ砦行きも絡む話であった。

 舞台演出のスキルは、劇団『妖精の剣舞』にとって象徴とも言える。ただし、今日の舞台ほどの幻影を出すには、最低でもサードクラスの剣舞姫(王子)が6人1パーティー、そして同じくサードクラスの宮廷楽師も6人1パーティー。計12人のレベル60が必要になるそうだ。


「剣舞姫には、パーティー内の剣舞姫の数だけ効果を強化するスキルがある。宮廷楽師も同じだな。

 これだけの人数を集めるのが大変なのだよ。人手が足りない時は、座長の私まで舞台に出る程だからね。

 だから、ダンジョンに入ってレベル上げをする気概があるビルイーヌ族には、声を掛けているの」


 ジゲングラーブ砦へ行くのも、レベル50台の団員を育てる為だそうだ。なにせビルイーヌ族の専用ジョブはどちらも支援系なので、深層のダンジョンで戦うのも限度がある。

 その点、魔物の領域から敵を誘い出して戦える砦ならば、複数のパーティーで戦える。後方で祝福の楽曲や、呪いの踊りで援護しているだけで、経験値が得られるのだ。以前、ハイムダル学園長に聞いたレベリング方法だな。

 ふと、興味が湧いたので〈無充填無詠唱〉を使って、こっそりと〈詳細鑑定〉を仕掛けてみる。


【ビルイーヌ族】【名称:ヘラルダ・ホーラント男爵、72歳】【基礎Lv63、剣舞姫Lv63】


 ……つっよ! エディング伯爵のレベル61より上だぞ。

 〈人物図鑑登録〉で登録された鑑定図鑑で確認すると、近いレベルなのはクロタール副団長レベル62辺り。もう少しでレベル65勢(ケイロトスお爺様やレグルス殿下)に追いつく程の強者なようだ。

 俺が内心で驚いていると、ソフィアリーセが、誘致側の事情を補足してくれた。


「今回の一週間の公演も、『ジゲングラーブ砦での、レベル上げを斡旋する』と言う条件が入っていたのよ。

 砦を管理する騎士団との調整が大変だったと、お父様が嘆いていたわ。ケイロトスお爺様が、反対派だったもので……」


 騎士団としては、部外者を最前線に入れる事になる。更に、怪我人や死者を出しては、騎士団の沽券にかかわる。ついでに言うなら、経験値の取り分が減ってしまう……等々。

 それに対して、ヘラルダ座長も笑顔で返す。


「ええ、芸術に理解のある領主様で、助かりました。

 それでフィオーレ、ウチの臨時団員になれば、王都への通行許可証を発行できるよう手配しましょう。レベル50なら音響結界を覚えるので、代役くらいには成れると思う。勿論、レベル60以上になれば、客員待遇で迎え入れよう」

「あ、多分春までにはダンジョンを攻略して、王都に行けるから、通行許可証はソフィアリーセ様にお願いする事になると思います。王都に行ったら、何処に住むのかは未定だけど、代役でも練習でも喜んで参加させて下さい!」


 こうしてフィオーレは、有名劇団『妖精の剣舞』の臨時団員(仮)に内定したのだった。

 まぁ、俺達が王都に行くのは、学園に通うのが目的なので、貴族を目指さないフィオーレにとって渡りに船である。学園で勉強する間はダンジョンにも行けないだろうから、手の空いたフィオーレは劇団の方へ入り浸るつもりなのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る