第528話 お正月はゴロゴロ
年が明けて元旦になったのだが、起きたら昼前だった。昨晩、深夜までイチャイチャしていたせいである。〈ライトクリーニング〉でベッドの痕跡を浄化し、着替えて1階に降りる。すると、リビングのコタツでスティラちゃんが丸くなって寝ていた。
レスミアが揺すって起こすと目を覚まし、大欠伸をしてから寝ぼけまなこで言う。
「ふぁ~~~あぁぁ……あー、ようやく起きて来てた。ミーア姉ちゃん達、寝坊~。みんな出発しちゃったよー」
「っ! ええと、もしかして、部屋まで起こしに来てくれた?」
「んーん、ソフィお姉ちゃんが寝かしとけって言うから、放っといた。代わりに私が、領主様とソフィお姉ちゃんの見送りに行ったんだから、感謝してよね。お昼ご飯は私の好物にすると良いよ。魚のリゾットが食べたい……ふぁ~あ」
「はいはい、ありがとね。直ぐに用意するわ」
まだ寝ぼけているスティラちゃんはさておき、レスミアと視線を交わし合って、そっと息を吐いた。
……セーフ。ソフィアリーセが気を利かせてくれたみたいだ。
領主夫妻は朝一に王都へ出かける予定だったのだ。王族と領主が集まる新年会議だな。
それに便乗する形で、ソフィアリーセも王都へ向かった。彼女の方の目的は会議ではなく、王族へ婚約した事の報告し、承認を得る事らしい。なんでも、領地持ちの伯爵家のような大貴族の婚姻は、王族への報告が義務付けられているそうな。用事はそれだけなので、両親と一緒に王都の別邸で一泊、明日にはヴィントシャフトへ帰還する予定だと聞いている。
それと、ノートヘルム伯爵と話す時間も少なかったな。新年会議の準備で忙しそうだったので、大晦日の昼食会で挨拶をした程度である。まぁ、量産出来た分の〈詳細鑑定〉のブラックカードは渡しておいたし、トゥータミンネ様には色々話しておいたので、大丈夫だとは思う。
例年ならば、3日ほどで終わる新年会議であるが、今年はマークリュグナー公爵を更迭する議題がある。なんでも、裁判みたいな事も行うので、1週間くらいに会議期間が延びるそうだ。
ついでに言うのなら、お祭りの後半は、どこの領地も領主不在で運営しないといけない。どう見ても厄介事であるが、根回しが上手く出来たのだろうか?
上司の皆さん、本当にお疲れ様である。
「花火が凄かったにゃ!」と、特等席で見て来たスティラちゃんの話を聞いていると、来客を告げる呼び鈴が鳴った。
玄関に行ってみると、そこに居たのはフィオーレである。取り敢えず、迎え入れてあげたのだが、お腹の虫をグーグー鳴らしている様子から、なんとなく察せた。
「あははー、昔の定宿に行ったら満室でさ。仕方なく、大通りの高級宿に泊まったんだけど、そこが高くてねぇ。料理も少ないし、ミーアとトリクシーの料理より美味しくないし、踏んだり蹴ったりだったよ~。貴族街の方は屋台でも、結構いい値段するから、あんまり食べられないし。お陰で、この間貰ったお給料もかなり減っちゃった。何か食べさせて~」
「丁度、レスミアがお昼の準備をしているところだから良いけど……そりゃ普通の宿でも、4、5人前食べたら高くつくさ。少しは節制しろよ」
「前は出来たんだけどさー。ザックスのとこだと食べ放題だから、ついつい加減を忘れちゃうよね?」
「食事の前に、キャベツ1玉くらい食べさせた方が良いかもな……」
「それなら、お金がない時によくやったよー。あれ、生だと味気ないんだよね。マヨネーズか、最低限の塩かお酢は欲しい。もっと言うなら、ホットドッグとかタコスのキャベツ多目だと、なお嬉しい!」
食欲は相変わらずのようだ。昼食も3人分で用意していたので、フィオーレが入ると足りない。しょうがないので、ストレージの作り置き料理も出して、昼食となった。
昼食時の話題は、フィオーレの公演の事だ。移動して来た日と大晦日、午前午後の2回ずつ計4回公演して、結構な好評を得たらしい。以前、酒場や食事処で公演していた時のお客さんもリピートに来てくれたらしく、その時の10倍以上の客が聞いてくれたとフィオーレは喜んで話した。
「ダンジョンギルドでお世話になった受付嬢さんも来てくれてね、近況を話したらめっちゃ喜んでくれたんだ。
あ、ついでに会いたくなかったけど、前のパーティーとも会っちゃった。ほら、前に話したじゃない? 私を追い出したパーティー……アイツ等、私が大きくなった事に気が付かなくてね。レベル40だって簡易ステータス見せて自慢したら、顎が外れそうなくらい口開けて驚いてたよ!
アレは爽快だったね!」
追い出された……ああ、以前さらっと聞いたな。20層を攻略したところで、猫被りの性格悪い僧侶女と、それに騙されている事に気付かない愚鈍なリーダーに追い出されたって……ざまぁ系かな?
更に、今のパーティーはお金持ちだとも自慢して、高級宿に泊まっている事も自慢したらしい。
「……って、高級宿で散財したのは、只の見栄じゃないか」
「あははー、ま、そういう訳だから、内職で稼がせてよ。
大丈夫だって、ここに来る途中の教会でお祈りして来たし! 今日こそは当たるよ!」
昼食後、〈道楽者の気まぐれスキル〉のスロットチャレンジを行うことになった。万が一外れたとしても、自前のスキル(祝福の楽曲や呪いの踊り)が当たれば、それを銀カードに施して劇団に売る事が出来る。自動演奏や、自動踊りなので、人族の見習いが覚えるのに丁度良いらしい。
「ま、今日こそは当てるから、問題無いよ。
……あれ? いつものダイエットの剣じゃないの?」
「ああ、丁度〈詳細鑑定〉のカードを大量に欲しいって、領主様から依頼されててな。手伝ってくれ。
そっちでも、MP回復用のマナポーションを支給して「ポーション美味しくないから、マナグミキルシュが良い!」
しゃーない。仮に当たったら、諸々込々で、1枚5千円で買い取るよ」
マナポーションの方が作る手間も、原価も安いのだが、甘味には抗えないようだ。
フィオーレには〈詳細鑑定〉を〈フェイクエンチャント〉した投げナイフを、触媒として渡した。施した〈詳細鑑定〉を使い切ってしまうと崩れ去ってしまうが、使わずに武器として装備すれば問題ない。
意気揚々とナイフを掲げたフィオーレは、芝居掛かった様に高らかに声を上げた。
「世界を作り賜いし光の女神フィーア様! そして、居るか分かんないけど運命神様!
私の祈りを捧げ、ギャンブルの加護を願い奉る!
当たって! 〈道楽者の気まぐれスキル〉!」
運命神は、賭博師の鑑定文に掛かれている謎の神様だな。『運命神へ祈れ』ってあるけど、エヴァルト司教曰く、神は夫婦神の2柱と、ダンジョンを作っている邪神しか居ない筈なので、存在するかも不明な神らしい。
ともあれ、皆が食後のお茶を飲みながら見物していると、スロットマシーンの回転が遅くなり………………本当に〈詳細鑑定〉が当選した。
「やっっったー!! 本当に一発で当たったよ! 神様ありがとう!!」
両手で上げて飛び跳ね、そのまま踊り出すフィオーレ。神様への感謝の舞だろうか?
それにしても、当たる確率が良くなる(気がする)〈ダイスに祈りを〉を使わず、保険の〈いかさまの
折角なので、その流れに乗って俺もチャレンジしてみる事にした。今日は寝坊をしたので、日課のスロットをやっていないのだ。
ただ、〈詳細鑑定〉は自前で持っているので、催促されている〈燃焼身体強化〉狙う。飢餓ノ脇差を手に持ち、〈ダイスに祈りを〉のサイコロを振ってみると【9】が出た。これは本当に当たるかもと期待を寄せて、〈道楽者の気まぐれスキル〉のスロットマシーンを起動させると……マジで〈燃焼身体強化〉が当たった。
……新春確定ガチャかな?
確率が低いギャンブルに2連勝するとか、都合が良すぎて疑心暗鬼になりそうになったが、レスミアが喜んでくれたから良いか。
「ダイエットカードが当たったのですか?!
……ああ、でも、元旦なのに教会にお祈りに行かないのも、不敬じゃないかしら?」
「しかし、伯爵夫人からの依頼だからね。今日は量産を優先しようと思う。ウチのフィオーレが、神に捧げる踊りを披露したから、それで代用って事にならないかな?」
午後になって、義弟妹のトゥティラちゃんとアルトノート君が遊びに来た。二人共、午前中に両親を見送り、その足で教会に行ってきたそうだ。元旦の初詣みたいな行事らしい。
トゥティラちゃんにコタツを勧めて、お茶をし始めたのだが、話の流れで「教会にお祈りに行かないの?」と、問われたのだった。真面目なトゥティラちゃんは、この手の行事は欠かさず参加しているらしく、今年はジョブを得られたお礼を神様に言って来たそうだ。
ただ、俺としては、ダイエットカードの量産出来るのは半日しかないので、こっちを優先したい。身内ならば兎も角、不特定多数が訪れる教会じゃ、待ち時間とかに内職が出来ないからな。流石にお詣りに参列しながら、〈フェイクエンチャント〉を使ってみせるのは、機密的にも問題がある。
ともあれ、アレコレと理由を付けて内職しつつ、のんびりする事にした。
ソフィアリーセから借りて来た、王都のボードゲームやカードゲームで盛り上がった。親戚が集まってゲームするのも、今時のお正月だよな。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、翌日の昼過ぎである。ヴィントシャフトへ帰る時間となった。フォルコ君が馬車の準備をしてくれている間に、アルトノート君と、トゥティラちゃんが見送りに来てくれた。
「お兄さん、また遊びに来てね!
スティラお姉ちゃんも! 僕も手裏剣の練習をしておくから、次は負けないよ」
「にゃー? 来れるか分かんないにゃ。実家に帰るかもだし?」
「え~、そんなー」
アルトノート君がスティラちゃんに抱き着き、もふもふな手で頭を撫でられていた。昨日のゲーム中もくっ付いていた辺り、もふもふな猫族に嵌まってしまったようだ。
子供二人が戯れている横では、トゥティラちゃんが側近に指示を出していた。1頭の騎馬が走り去っていくと、笑顔をこちらへ向ける。
「ザックス、追加の〈詳細鑑定〉のブラックカードは、お母様の元へ届けさせますね……わたくしの側近も、ダイエットカードを欲しがる者が多くて、早めにお母様の割り振りをして欲しいのですって。
今後も量産をするのでしょうけど、偶には使用人ではなく、自分で持って来ると良いわ。お父様やお母様も喜ぶでしょうから……」
「……お心遣いありがとうございます。兎にも角にも、ダンジョンを攻略してからの話ですね。
まぁ、春に間に合うよう、頑張りますよ」
「ソフィお姉様も同じパーティーなのでしょう? 貴方が守ってあげてね」
言葉にはしなかったが、領主一族でも俺を快く思わない人も居たからな。ああいう人を相手にするには、こっちも爵位がないと話にならない。
そして、ソフィアリーセの事も心配するトゥティラちゃんには、「ああ、必ず守る」と宣言しておいた。
新年2日目の昼下がりなので、大通りの道も人通りが多く、混雑していた。これを見通して早めに出たのだが、ノロノロ運転過ぎて、歩いた方が早そうである。バイクだったらストレージに入れて運べるが、馬車だと馬が居るからなぁ。
臨時収入でかなり儲けたフィオーレが並走して歩き、屋台で買い食いし始めた。懲りない奴である。取り敢えず、離れ過ぎたら声くらいは掛けて、迷子にならないようにしてあげた。
中央門にある転移ゲート前で、ベアトリスちゃんとフロヴィナちゃんと合流する。4日間の短い休暇であったが、実家での英気は養えたようだ。なにせ、合流してから女性陣が喋りっぱなしである。その間に、転移ゲートの手続きをして、ヴィントシャフトへと飛んだ。
その際、銀の精霊の居る空間には行かず、門を潜ると瞬時に向こう側へと到着した。これが、普通の転移なのだろう。ダンジョンの指定階層に降りるゲートと同じだな。
出て来たのは、ヴィントシャフトの中央門地下にある、転移ゲート(出口)である。こちら側でも通行許可証を見せて、通してもらうのだが、担当の騎士にソフィアリーセと待ち合わせをしている事を伝えて、端の方に駐車させてもらった。大通りに出ても、お祭りで駐車スペースなんてないからな。
30分ほど待っていると、ルティルトさんが先導する馬車が転移して来た。軽く挨拶をしていると、横付けされた馬車の窓が開き、ソフィアリーセが顔を見せた。
「ザックス、ごきげんよう。積もる話はあるけれど、レスミアをこっちの馬車に乗せなさい」
「あー、はい。その節は、お気遣いありがとうございました」
妙にニコニコした顔からは、恋話したい!みたいな感じが溢れており、察してしまった。レスミアと上手くいったのは、トゥータミンネ様とソフィアリーセのお陰でもあるからな。根掘り葉掘り聞かれるのは仕方がない。
俺達の馬車内に声をかけ、レスミアを移動させる……ついでにスティラちゃんもくっ付いて移動しようとしたのだが、馬車の入り口でやんわりと止められていた。
「スティラには、まだちょっと早い話だから……ごめんね。レスミアと二人で話がしたいのよ」
「にゃ~? うん、分かった。私は皆とお喋りしてるよ」
そんな訳で、ソフィアリーセの馬車が先を進み、俺達の馬車もそれに付いて行く。護衛騎士が先導しているせいか、貴族街の狭まった大通りでも、そこそこの速度が出ていた。
そう、今日の夕方から観劇する予定なのだ。以前、話題になっていた王都の劇団『妖精の剣舞』が公演に来ているからだ。本来なら初日公演は、領主夫人のトルートライザ様が見る予定だったのだが、新年会議が忙しくなってしまったので、抜け出す時間も無いらしい。他の領主一族の皆さんも、お祭りの運営で忙しい。
その為、初日公演の特別席で見る権利をソフィアリーセがゲットしたのだった。
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