第527話 Birthday of the cat’s pajamas

後半の※※※から3人称に変わります。

本文中にちょっと官能的な表現が入りますが、直接表現ではないのでR12くらいでしょう。少女漫画よりマイルド。


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 レスミアは「ちょっと準備しますね」と化粧台に向かったので、俺は花火を見る準備をする。

 予め考えていた。花火を見るのに窓を全開に空けたいが、床暖房の魔道具が効いていても、流石に寒い。その為、ベッドを窓際に寄せて座り、二人でブランケットに包まる事にした。ついでに、懐炉代わりの陽鉱石入りの巾着を持てば、程よく暖かいだろう。


 外では花火が次々と上がっている。前回、俺とベルンヴァルトが上げた花火とは大分違う。色が増えているのは、炎色反応の情報から改良が進んだのだろう。そして、もう一つ驚いたのは、かなりの広範囲で花火が上がっているのだ。

 普通は下から投擲するので、花火が広がる場所は限られている。しかし、少し見た限りでも、街中の至る所の上空で花火が上がっていたのだった。


 人海戦術で、各所に配置しているのかな? なんて考えていたが、不意に花火の光の上に鳥の姿を見た気がした。翼を広げているのが光で浮かび上がったのだ。不審に思って望遠スキル〈モノキュラーハンド〉を使ってみると……鳥ではなく天狗族が、花火をバラ撒いているのが見えた。


 ……なるほど、下から打ち上げるのは投擲をミスると危ないが、上から落とすだけなら安全なのか?

 魔力を流すだけな錬金調合製なので、不発弾が出る心配もない(同じ物しか作れない為)。

 そして、天狗族は上空を飛び回れるので、広範囲に花火を撒けると言う訳だ。よく考えたものだな……まぁ、天狗族が花火に巻き込まれる可能性はあるけど、対火属性のアクセサリーとか、付与術の〈付与術・火属性耐性〉があれば大丈夫か?


 編隊を汲んで、絨毯爆撃するように花火を広げて行くのは面白い。ナイアガラみたいに、吹き出るタイプの花火があれば、絵的にも映えるかも知れないな。トゥータミンネ様にアイディアとして報告しておこう。


 そんな風に花火を楽しんでいると、ベッドが揺れた。レスミアの準備が整ったようだ。ブランケットを広げて、隣に招き入れようと振り返ると、予想外の姿に見とれてしまった。

 白い羽衣を着た天使……いや、白いネグリジェを着たレスミアである。透けている訳では無いが薄手の布らしく、身体の線が浮き出て扇状的な色気を醸し出してした。ベッドの上を四つん這いで近付いてくるので、自然とその胸元に目が吸い寄せられてしまう。大きく開いた胸元の谷間を、大胆に惜しげもなく晒していた。これで目が行かない奴は男じゃない。

 更に、零れ落ちそうな程の双丘の上には、ターコイズと百合花チャームが付いたペンダントが花火の光を反射している。


 ……確かアレは、俺がプレゼントしたペンダントだ。

 ランドマイス村を出る前夜、プロポーズをしながら渡した覚えがある。


「ザックス様……そんなに見られると、ちょっと恥ずかしいですよ。

 その……少し肌寒いので、ブランケットに入れて下さい」

「っ!……ああ、すまん! ほら、隣に座って」


 俺の隣に座ったレスミアの肩に、ブランケットを掛ける。お互いの体温が分かる程の距離なので、二人で包まっても十分に暖かい……いや、心臓がバクバクしていて、暑い程である。


 暗い部屋の中を、花火の光が照らし出す。レスミアの銀髪や白い肌が映し出されて、目が離せない。銀髪には、先程プレゼントしたコサージュが髪飾りとして付けられており、人耳にはカーネリアンのイヤリング揺れている。左右の耳、両方共だ。俺がプレゼントしたアクセサリーを全て身に着けてくれたようだ。

 その姿を見て我慢できなくなり、レスミアの腰に手を回して、抱きよせた。


「きゃっ……もう、ザックス様、花火見ないのですか? 綺麗ですよ」

「いや、花火なんかよりも、レスミアの方が綺麗だからね……そのイヤリング、両方とも俺がプレゼントした物だよな?

 ……って事だよな?」


 腰に回していた左手を、レスミアの腕をなぞりつつ上にあげ、耳元のイヤリングを撫でる。

 この世界の風習だな。女の子は母親から晴れ着用のアクセサリーを受け継ぐ。そして、婚約者は同じ部位のアクセサリーをプレゼントして、全部交換出来たら『貴方色に染められました。結婚しましょう』と言う意味になる。

 つまり、そういう事だ。


 耳まで真っ赤にしたレスミアが花火の光で映し出される。そして、恥ずかしそうにしながら、大きく頷き返してくれた。

 そして、先ほど腰を抱き寄せたお返しと言わんばかりに、俺の胴体に手を回して抱き着いて来る。恥ずかしいのか、顔を見せないように、話し始めた。


「……トゥータミンネ様にも色々言われましたけど、前々から花火もあってロマンチックな誕生日にって決めてました。

 それに、ソフィアリーセ様からも後押しを受けているんですよ。

 『わたくしが結婚するまで、夜は貴女が独占していなさい。先に恋人だったのは貴女なのだから、その権利はあるのですよ』って」


 俺もトゥータミンネ様に教えられた事である。貴族の男子、特に魔法使いの属性適性が高い者は、第2、第3夫人や、愛人を持つ事が推奨されている。魔法使いを増やすためだな。

 その為、成人(15歳)前後辺りから、メイドを愛人として宛がう事は、よくある事だそうだ。女に慣れさせて、正妻との夫婦生活を円満にする為でもある。


 個人的に、女遊びが推奨されるのは、どうかと思うが……レスミアは元より恋人なので、問題ない。誕生日に関係を進めるのも、良いシチュエーションだろう。

 抱きしめ合っていると、互いの鼓動が大きくて、花火の音など聞こえなくなっていた。

 花火の光に照らされたレスミアの唇は、真っ赤な口紅で着飾っている。じんわりと上気した頬も赤みを帯び、潤んだ瞳で視線を交わしあう。その存在全てが誘っているようで……そっと口付けを交わす。いや、それだけでは足りずに、赤い口紅を溶かすように長々と続け、舌を絡め合った。


 どちらからともなく口を離し、息を整える。しかし、互いの唇を繋ぐように唾液のブリッジが出来ている……それが切れそうになると、直ぐに口付けを再開した。

 こうなっては、我慢など出来る筈もない。そのまま、レスミアをベッドに押し倒した。







※※※


 時間は少し先に進む。新年が明け、元旦の深夜の事である。

 お祭りの最中とはいえ、日付が変わる深夜まで騒いでいる者は居ない。深夜営業の屋台や店はとっくに明かりを落とし、ヴィントシャフトの街は深い眠りについていた。


 それは南の城壁内、騎士団の本部でも同じである。最低限の夜番は居るものの、元旦から夜勤という貧乏くじを引いた者達からは若干の気の緩みも見えた。それは、連日の警戒のせいでもある。祭りが始まって5日、賊が侵入しているかもしれないと見回りや検問が強化されたのだが、今のところ異常は発見されていない。末端の兵士からすると、「もう賊なんて街の外に逃げて行ったんだろう」と考える者まで居る始末である。


 地下牢の見張り番も例外ではない。凶悪犯や重犯罪者を収監する最下層の牢屋には、受刑者1人しかおらず、そいつも連日の取り調べで疲れたのか大人しい。つまり、暇を持て余しているのだ。

 そんな見張り番の年配の騎士は、眠気覚ましにレースの小冊子を広げて読んでいた。昼間のレースで大穴が当たり、大いに儲けたらしく、明日のレースでも儲けよう画策しているのだ。


 そんな折、不意にキィィ……と小さな音がした。

 それを聞き逃さず、バッと椅子から立ち上がり、警戒態勢を取る騎士……通路の扉が開いているのを見付けると、通路の先や部屋の中を見回し、誰も居ない事を確認してから大きく溜息を付いた。


「なんだ、扉の締まりが悪かっただけか……驚かせやがって」


 扉を閉め直し、椅子に座り直す……その音に紛れて呟かれた言葉を聞き逃した。


「〈確変昇格〉、〈奪魂呪印〉」


 騎士の背中に、黒い線が走った。墨で描かれたように黒い紋様なので、光を発している訳でもなく、気付くことが出来ない。そして、呪いの紋様が完成すると同時に、騎士が胸を押さえて苦しみ始め……テーブルに突っ伏した。





 地下牢最奥の牢屋には、妖人族のバルギッシュが捕らえられている。

 度重なる尋問により手足は傷まみれであるが、サードクラスのタフさ故か本人の我慢強さ故か、牢屋暮らしに耐えていた。パンツ1枚の裸状態でブランケットに包まり、寒さに耐えて体力を温存させている。


 地下牢なので外ほど寒くはないが、中にはトイレ用の壺と天井に空気穴があるのみ。外の様子はおろか、今が何時なのかも分からぬ暗闇の中で、バルギッシュは待ち続けていた。


 そんな時、好機が訪れる。スカウト系サードクラス、Dダイバーのバルギッシュには〈敵影表示〉がある。手に魔封じの枷が付けられたままであるが、パッシブスキルは発動したままなのだ。

 ともあれ、その地図に緑色の光点が1つだけ近付いて来ている。尋問なら複数人で来るのが普通である。更に、朝晩しか支給されない食事には、まだ早い。

 そう考えたバルギッシュは、起き上がるとブランケットを丸めて持った。もし、中に入ってくるようであれば、奇襲を仕掛けるつもりである。



 緑色の光点が牢屋の前に到着し、ガチャガチャと鍵を開ける音がした。次いで、扉が開かれランタンの光が差し込む……バルギッシュは、人影に向かってブランケットを広がる様に投げ付ける。そして、本人も肩から体当たりを仕掛けようとしたのだが、扉の外から大きな何かが投げ込まれた。それは、広がったブランケットを巻き込み、バルギッシュを押し倒す。


 慌てて払いのけて、立ち上がろうとするが、飛んで来た物の正体を見て固まってしまっていた。それは、何度か食事を持ってきた年配の牢屋番の騎士の死体だったからだ。

 そして、中に入って来た者が、後ろ手で扉を閉める。ランタンの光に照らされたその顔も……年配の騎士。

 同じ顔の者が2名、片方は死体……普通なら驚くところであるが、ネクロドッペルミラーで変装しているのだと理解したバルギッシュは喜んで駆け寄った。


「変装で誰か分からんが、助けだよな? すまない、助かったぜ」

「魔封じの枷が邪魔だな。おい、下着を脱げ」

「は?……おい、下げるな! 分かった、分かったから自分で脱ぐよ」


 有無を言わせずパンツを脱がされる。そして、それを見届けた変装騎士は、スキルを使用した。


「〈丁半博打〉……半だ……むっ〈いかさまの妙技みょうぎ〉!」


 サイコロの出目の合計を偶数か奇数か当てる事で、装備を剥ぎ取るスキルである。一度外したものの、いかさまスキルで当たった事にすり替えると、魔封じの枷が地面へと落ちたのだった。

 その様子を見たバルギッシュは、驚きの顔を騎士に見せると、その場で跪く。


「ギャンブルスキルと言う事は……ビガイル隊長?!

 隊長自ら助けに来て下さるとは、ありがとうございます!」

「私は部下に優しいからな。偵察ついでであるが、助けにきてやったぞ。

 フェアズーフの隊だったら、見捨てられて居ただろうから感謝しろよ。

 それで、あのアホ息子が捕まったのは良いが、何故お前まで掴まっているんだ?」

「いや、それがですね……」



 バルギッシュは捕まった経緯を話し、ビガイルは計画の現状を話した。

 計画は順調。しかし、人手が不足していると、バルギッシュは新たな命令を下される。

 癒しの奇跡〈キュア〉で傷を癒してもらい、牢屋番の服を剥ぎ取り、〈潜伏迷彩〉で姿を隠し、一人で騎士団本部から逃げ遂せたのだった。




 翌朝、年配の牢屋番騎士に扮したビガイルは、上手い事演技を続けた。

 元より人通りなど皆無な職場である。交代できた騎士に「暇だから、昼勤を代行しましょうか?」などと持ち掛け、二つ返事で乗っかった交代要員を追い払えば、隠し通す事は難しくなかった。


 その為、牢屋に身代わりで入れられていた牢屋番の死体が発見されたのは、3日目の朝の事である。

 その頃、ビガイルとバルギッシュは更なる暗躍を始めていた。






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小ネタ

 タイトルを和訳すると『猫パジャマの誕生日』……ではなく、『最高の誕生日』です。

 戦前のアメリカの古いスラングで『the cat’s pajamas』は、『最高のもの、(感激するほど)素晴らしい人』って意味合いなのです。

 当時、若くてお洒落な女性を猫(cat’s)と表現し、同じく流行し始めたパジャマと合わせて、こんな意味合いになったとか。


 ネグリジェ(広義の意味でパジャマ)のレスミア(猫)って、このスラングの直訳みたいだなと気が付き、タイトルにしてみましたw



 そして、後半部分について、ビガイルは隊長らしく多数の魔道具を所持しています。作中で姿を消すのに使った光属性魔法の〈インビジブル〉、即死スキルの〈奪魂呪印〉辺りは本人のスキルではなく魔道具の力。ただ、貴重な魔道具なので、乱用は出来ません。

 まぁ、ボス格なので、高レベルスキルを使うくらいでないとね。



 そんな訳で、敵側の準備が整ったようです。

 平和だったお祭り編もボチボチ終了。長々と続いた2章、最後のエピソード、領都防衛戦へ参りましょう。

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