第526話 二人きりの誕生日
「はぁ……何とか乗り切った~」
「フフ、お疲れ様。無難に受け応えが出来ていたから、及第点くらいはあったわよ」
「いや、ソフィがメインで相手をしてくれたお陰だよ。俺はオマケ扱いされることが多かったし」
「それでも、奥様方には錬金術師として名が広まっていたじゃない。十分よ」
大晦日の昼、ソフィアリーセとの婚約復縁?を寿ぐ昼食会が、行われた。参加者はアドラシャフトの領主一族の皆さんなのだが、俺が面識ある人は領主夫妻とその子供2人しか居ない。更に、相手からするとザクスノートとして見知った顔なので、ザックスとして初対面の挨拶をすると怪訝な顔をされるコンボが生まれていた。特に男性からはその傾向が強く、同い年くらいには遠回しに嫌味を言われるほどである。まぁ、主役のソフィアリーセの婚約者として参加しているので、やっかみも多分にあったのだろう。
逆に女性、奥様方からは好意的に挨拶をされた。これは、ダイエットカードや各種発明品の恩恵を受けて来た人達であり、錬金術師仲間として見られているようだった。
そして、懸念していた『聖剣使い』の小説の影響も大いにあった。トゥータミンネ様が貴族版を派閥の中で広げているので、奥様方を中心に読者は多い。ただし、その内容はザクスノート君や俺の立場を復権させる為の、プロパガンダだと思われている節がある。とある奥様からは「侵略型レア種が出るとか、あんなに大袈裟に掛かれてしまって貴方も大変ね。でも、物語自体は面白かったわよ」なんて言われる始末である。一応、侵略型レア種との戦いは本当にあったと説明しておいたが、半信半疑でソフィアリーセが口添えしてくれなければ信じてもらえなかった。曰く、「20層なんて低層で、侵略型が出る筈がない」そうだ。
どうも、ヴィントシャフトの領主一族と比べると、アドラシャフトの方はアウェー感があるが。これは俺の活動実績……名声が無いせいだろう。ヴィントシャフトでは街中のダンジョン攻略や白銀にゃんこの評判、そしてケイロトスお爺様を一騎打ちで倒した等、評判も上々である。特に最後のは、ヴィントシャフトの領主一族への良いアピールだったからこそ、歓迎されたのだろう。
そんな訳で、挨拶回りが大変だったせいもあり、立食パーティーの食事を殆ど取れなかった。事前に軽食を食べていたから、腹の虫を鳴らす不作法は無かったけど、過去一で疲れた社交だった。
「お二人共、お疲れさまでした。
後は夜の花火だけですよね? ゆっくりしていて下さい」
レスミアとマルガネーテさんが紅茶を淹れてくれたので、そのまま休憩に入る。しかし、程なくしてお茶菓子を食べ終わったソフィアリーセは、軽く手を叩いて注目を集めると、夜の予定の変更を切り出した。
「トゥータミンネ様の計らいで、花火の特別席を用意して頂いたの。わたくしはグラウンドの特設会場に行くわね。その後は、トゥティラにお泊りしようと誘われたから、そっちに行くわ。
スティラ~、貴女も一緒に来ない? ぽかぽか暖かい魔道具のソファーで、ゆったり花火を見ましょう。それに、従妹のトゥティラも猫好きだから、きっと喜ぶわ」
「みゃ? ……その魔道具のソファーは、コタツとどっちが暖かいのかにゃ?」
「お外だけど、会場ごと魔道具で温めるから、寒くはない筈よ。それに、花火の眺めも特等席なんだからね」
「それなら、行ってみたいにゃ!
ついでに従妹ちゃんも、私のもふもふ冬毛でメロメロにしちゃうよ!」
特設会場は初耳であるが、俺は誘われていないので、来るなって事だろう。昼間のアウェー感からして、出しゃばるのはまだ早いからな。現状だとソフィアリーセのオマケだろうから。
「それじゃあ、着て行く服を決めましょう。スティラ用にも何着か持ってきたから、お着替えしましょうね~」
「え~、この間の服じゃ駄目かニャ? もうちょっと、コタツで寝たいニャ~」
「だーめ、ほら、出てきなさい。ルティ、手伝って」
「仕方ないわね……わっ、ふわふわの毛布みたい……あ、なんで逃げるの!」
「ルティお姉ちゃんは、鎧が固くて冷たいにゃ! 自分で歩くよ!」
コタツ(レスミアの私物)の布団から、顔だけ出したまま丸くなっていていたスティラちゃんだったが、ルティルトさんに無理矢理引きずりだされる。ただし、抱っこされてビヨーンと伸びた状態から暴れて、逃げ出した。
普段から真面目なルティルトさんが、口を開けて放心してしまったのは、少し笑ってしまった。
「私たちは上で着替えをするから、ザックス、覗きに来ては駄目よ?」
「いやいや、元々男子禁制の結界があるから、3階には登れませんって」
茶化したように言ったソフィアリーセは、階段に向かう途中でレスミアも捕獲して行くのだった。なにやら耳打ちされたレスミアと二人して、俺の方をチラリと見たのが気になるが……
5の鐘が鳴り、ソフィアリーセ一行は出かけて行った。スティラちゃんも付いて行ったので、離れに残されたのは俺とレスミアの二人きりである。恐らく、スティラちゃんを連れだしてくれたのは、ソフィアリーセが気を回してくれたのかな?
今日はレスミアの誕生日でもあるので、二人っきりで祝いたかったのだ。
暗くなると花火が始まってしまうので、いつもより早めに夕食を取る事にした。主賓であるレスミアに料理を作って貰うのは変かも知れないが、本人が作りたがったのでしょうがない。
朝から気合を入れて作っていたのは、中央の大皿にデデンッと鎮座する丸鳥のローストチキンのようだ。こんがりとキツネ色に焼かれた照りのある表面は、食欲をそそる。
「実家のお祝い料理、丸ごとローストチキンです。年末の誕生日なので、年越しはこれが定番なんですよね。昨日の牧場で丸鳥を買ってから、作りたくて仕方がなかったんですよ。
麦が好きなザックス様用に、お腹に押し麦を詰めてみました」
ぱんぱんに膨れた丸鳥だが、レスミアがナイフを入れると簡単に切り分けられていく。余程じっくりと焼かれていたのか、脚や手羽がするりと取れる程である。そして、膨らんだお腹を切り分けると、中から押し麦のチーズリゾットが溢れ出て来た。
レスミアはそれらと付け合わせの野菜を綺麗に取り分けて、俺の前に置いてくれた。自信作だから早く食べてと言わんばかりに、その顔は期待に満ちている。
「さあ、どうぞ。塩コショウと各種ハーブで味付けはしてありますけど、物足りない時はリゾットに絡めて下さいませ。こっちのチーズも昨日の牧場で買った物なんですよ~」
「ああ、美味しそうだ。頂きます」
先にチキンを頂くと、皮はパリパリに焼かれているのに、中の鶏肉は柔らかい。下手な物だとぱさぱさになったりするのだけど、肉汁が溢れ出てくる程である。そして、チーズリゾットは濃厚なチーズに、もちもちの押し麦が良いアクセントになっている。チーズの味が濃いが、付け合わせの野菜と合わせると、丁度良い。チキン、リゾット、野菜と順に食べて行くと、止まらなくなる程、美味しい。
そんな感想を言うと、レスミアはほっと一息ついてから笑い、自身も食べ始めた。
「うん、良い味になった! これはもう、お母さんを超えちゃったかもですねぇ」
「そうなのか? 確かに美味しいけど、前からレスミアの料理は美味しかったよ?」
「あはは、ありがとうございます。でもやっぱり、ザックス様に出会ってからの方が、腕が上がった気がしますよ。ここのメイド料理人の先輩や、トリクシーに色々教わりましたから……あ、作り甲斐が増えたのも一因ですね」
俺もレスミアの料理を一番食べているせいか、口に合うんだよな。時折使う高級食材を使った料理は美味しいけど、毎日食べるならレスミアの料理が良い。
美味しい料理を前に口数が減り、パクパクと食事を優先してしまう。しかし、目の前の恋人も美味しそうに食べている姿を見るだけでも、幸福な気分になった。
流石に2人で丸鶏1羽は多いので、食べ切れずに残す。フィオーレが居たら余裕だっただろうけど、アイツは帰ってきていないので、平民街に泊まっているのだろう。
気が付くと、外もかなり暗くなっている。そろそろ、花火を見る準備をしないといけないが、その前に準備していた誕生日プレゼントを渡しておいた。
「わぁ、可愛い百合のコサージュ!
ありがとうございます。なんだか、私ばっかり貰って悪いですよね」
「婚約指輪も必要だったし、誕生日はまた別だから気にしないで良いよ。
カーネリアン……庶民の宝石だから、貴族向けの服には使わない方が良いけど、普段のメイド服にも合うんじゃないか?
ああ、髪飾りにも使えるって聞いたな」
「白銀にゃんこのメイド服はフリルが多目だから、絶対似合いますよ。それに、赤いカーネリアンはザックス様の色ですから……髪に着けるのは、こんな感じかな? どうです?似合います?」
「ああ、とっても綺麗だよ」
そんな風にイチャイチャしていたら、外から「ドーン!」と響く音が聞こえ始めて来た。花火が始まってしまったようだ。
慌ててテーブルの上の食器や料理をストレージにまとめて格納し、2階の自室に急ぐ。レスミアの手を取って階段を上がった直ぐの部屋……なのだが、レスミアはそのまま通り過ぎようとした。
「ザックス様、3階の部屋の方がよく見えますから、そっちに行きましょう」
「いや、結界があるから俺は登れない……っていうか、どっちに向かっているんだ?」
レスミアが向かったのは階段ではなく、2階の廊下の奥である。良いから、良いから、と手を引っ張られて連れて行かれた先は、突き当たりの角部屋である。今までの滞在でも一度も訪れた事のない部屋なのだが、鍵は開いているようでレスミアは遠慮なく中に入って行った。
その中は、俺の部屋の3倍くらいある大きな部屋であるが、特に変わった様子はない。確かに窓は大きいので見易そうではあるが……
俺が花火の方を気にして外を見ていたのに対し、レスミアは反対側に設置されていたクローゼットを開けていた。訝しんで、その背中に声を掛ける。
「花火を見に来たんじゃないのか?」
「ちょっと待って下さい。ここの細工を動かして、鍵を……開いた!」
レスミアがごそごそとクローゼットの中を弄ると、その奥の壁が開き、中から階段が現れた。まるで忍者屋敷のようだ。
呆気に取られている俺の手を引いて、レスミアは階段を上り始める。
「あはは、昨日トゥータミンネ様に呼ばれたじゃないですか? その時に鍵をお借りしたんです。こういう作りの家は大抵、夫婦が行き来出来るように、隠し階段が作られているんですって。
ここは、結界が無いので、男の人でも3階に上がれるんですよ。あ、3階側は私の部屋で、先に鍵を開けておきました」
登った先もクローゼットの中だった。なるほど、隠し扉を閉めて鍵を掛け、クローゼットに服を沢山吊るしておけば、バレはしないのか。
男子禁制の部屋に入っていると考えると、ちょっと興奮する。恋人の部屋ならなおさらだ。
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本当は1話にまとめたかったのですが、長くなった&執筆に時間を掛け過ぎてしまったので、分割します。
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