第525話 貴族の婚姻の流儀

 あらすじ:上司の皆さんは、お祭り返上で出張中。


 一応関係者なのに、お祭りを楽しんでいた俺としてはちょっと心苦しい。まぁ、貴族への根回しなんて、俺に手伝える事ではないので、お任せするしかないけどな。取り敢えず、帰ってきたら美味しいものが食べられるようにと、お土産のキノコ飴を進呈する。もっとも、現物はレスミアに持って行かせたので、トゥータミンネ様に差し出したのは目録替わりの報告書だ。


「キノコ飴とは、懐かしいわね。ヴィントシャフトに居た頃には、新年を祝うスープに使われていたのよ。

 こっちに嫁いでからは、滅多に出回らないから、1本でもありがたいわ。

 ……料理長に、明日と明後日の料理に使うよう指示しておきなさい」

「畏まりました」


 頬を綻ばせて喜ぶと、早速側近に指示を出していた。

 おっと、お土産が1本のみと勘違いされてしまったようなので、訂正する。報告書には、歩きマージキノコの育て方から、胞子撒きの手順まで記載してあるので、これを実践すれば量産が可能だと説明して……


「あ、しまった。アドラシャフトのダンジョンで歩きマージキノコが出現するか、確認していませんでした。

 こっちでも、出ますよね?」

「……どうだったかしら? マナポーションに使う材料の幼体の方は流通しているから、どこかのダンジョンで出現していると思うけど……誰か、知っている者はいらして?」


 トゥータミンネ様は嫁いでから錬金導師にジョブチェンジし、それ以降ダンジョンに入っていないので、把握していなかったそうだ。ただ、調合の素材としては使っている(錬金術師協会から購入)ので、出現するのは確からしい。

 部屋の中に居る側近達へ声をかけ見回すと、扉を守っていた護衛騎士の一人が手を挙げた。


「はい、街中のダンジョンならば41層から。街の外、郊外にあるダンジョンならば31層だったと記憶しております。第2騎士団が採取している範囲ですので、そちらに話を持ち掛けては如何でしょう?」

「出現するのね、ありがとう。詳しくは、ノートヘルム様が帰って来てから相談しましょう。美味しいものが手に入るのならば、騎士団も断れないでしょうからね」



 キノコ飴に関して話したついでに、トゥティラちゃんへのお土産も渡してもらえるようお願いしておいた。お祭りの公務に出ているのであれば、会う機会が無さそうだからな。

 因みに、何をお土産にしたかというと、アクセサリーとかをしまう小物入れ……ヴィントシャフトの露店で見つけた小洒落た箱に、各種銀カードの詰め合わせを入れた物だ。〈ライトクリーニング〉や〈ファーストエイド〉、低ランク魔法だけでなく、〈燃焼身体強化〉ダイエットカードも入れておいた。

 いや、スティラちゃんが欲しがるくらいなので、女の子は欲しがるだろうと気を回したのだ。必要かどうかは別だけど。

 娘へのお土産なので、中身をチェックしていたトゥータミンネ様は目ざとくダイエットカードに気が付いた。どこからともなく取り出した扇子を広げて、こっそりと話しかけて来た。


「(ちょっとザックス、例のアレ、新しく量産出来たの? 出来たのなら、私も買うわよ?)」

「(いえ、前回作った在庫ですよ。あれから1度も当たっていないので……結構な枚数を購入されて行きましたけど、もう無いのですか?)」

「(身内や派閥内だけでも、欲しがる人でいっぱいなの。特に年末年始で一族が集まるから、身目を良くする為にカードを使ってシェイプアップした奥様は多いのよ)」


 つまり、大部分は使ってしまったらしい。女性の美へのこだわりは、本当に凄いな。

 取り敢えず、在庫は少ないと前置きしてから、10枚だけ譲る事にした。トゥータミンネ様へのお土産として渡したのだが、お返しに大銀貨5枚を握らされた。


「(お土産としてではなく、正式に買い取るわ。少し高めにね)

 ああ、そうだわ。ノートヘルム様からの指示が来ていたの。『〈詳細鑑定〉のカードを量産しておくように』と……王都にも賊が潜んでいる可能性があるから、多めに用意して欲しいそうよ。

 〈アイテムボックス〉……白紙のブラックカードを5箱分、貴方に渡しておきます。〈詳細鑑定〉を付与した分だけ、いつも通りに買い取りましょう。ええ、勿論、レアなスキルを付与するのにも使いなさい。そっちも高く買いますからね」


 暗に〈燃焼身体強化〉が当たったら、量産しておいてねって事だ。いや、〈詳細鑑定〉が必要なのも本当なのだろうけど、上手く捻じ込んできたな。俺の大事な収入源なので、断るつもりもない。

 これで、領主夫人の2名からお願いされている事になった。まぁ、ギャンブル運に依るので、催促されてもどうしようもないけどな。




 その後も話は続いた。俺達の攻略状況の話をしたり、アドラシャフト側のバイクの普及状況を聞いたり……バイクだけでなく、ボールペンやあぶらとり紙といった俺が提案した商品も、生産工房を増やして量産体制を整えているそうだ。特に後者の2つは新年会議に持って行って、他の領地にアピールして来るのだとか。商売熱心だな。

 そして、バイクに関しては執事さんが言っていたように、まだ領内での試験運用中なのは変わらない。なんでも、バイクによる事故……通行人や馬と衝突する事故も起きてしまったらしく、交通ルールも模索しているところだそうだ。

 今、外で行っているバイクレースも騎士団が主催しており、どこまでが安全で、どこからが危険なのかデータ取りを兼ねているそうな。


「ああ、そう言えば……貴方からランハートに連絡を取っているのかしら?

 1週間くらい前から、バイク工房に顔を出さず、自分の工房に籠っているそうなのよ。私達もお祭りの準備で忙しかったから、確認はしていないのだけど……」

「1週間前……ああ、試作品の魔導バイク2台の報告書を送ったくらいですよ。バイクも十分な性能になったから、バリエーションを増やすように……空力カウルを付けて格好良くとか、スクーターみたいに低燃費なのを作るとか、そろそろ4輪の自動車を作らないかって書いた程度で……もしかして、炊き付けてしまいましたか?」


 ……あり得る!

 思い返してみると、あのマッドは自動車の方に喰い付いて来たのだよな。基礎研究としてバイクを勧めたので、そっちの研究に嵌まり込んだ訳だけど。バイクの開発がひと段落したのだから、次のステップとして自動車に取り掛かっていても不思議ではない。

 いや、1週間も工房に籠り切りになるとは、思ってもみなかったのだ。

 そんな考察を放してみると、トゥータミンネ様は分かり易く溜息を付いてから、俺に微笑んだ。


「今は放っておきましょう。今はお祭りと新年会議で忙しいので、ランハートの相手をする時間はありません。お祭りが終わってからで良いわよね?

 あ、もちろんザックスにも協力をお願いするわ。また、設計図やら試作品を作って持ってくるのでしょうから、アイディア元の貴方の方でも検証に付き合ってあげなさい」

「……了解です。でも、ある程度の安全性が認められた物を寄こして下さいよ。〈騎士の護り〉がないと、乗れない様なのは失敗作ですからね」


 バイクの試行錯誤でも、出力が強すぎて壁に激突したなんて話も聞いているのだ。ダメージを無効化できるからといって、ダミー人形の真似はしたくない。ついでに、サードクラスのスキルなので、俺はまだ覚えていないのだ。




 そんな話し合いの最後に、貴族の婚姻に関してレクチャーを受けた。実際に結婚するのは、ソフィアリーセが学園を卒業してからになるので、1年以上先の話であるが……こっちの常識は偶に理解し難い事柄があって困る。

 困惑する俺に対し、トゥータミンネ様は厳しい目を向ける。


「貴方も貴族を目指すのなら、こちらの流儀に倣いなさい。

 ……レスミアにも説明は必要ですね。彼女を呼んで来なさい。

 それと、女同士の話になるので、男は全員退出するように」


 有無を言わせぬ物言いに、俺を始めとした男性の側近も部屋から追い出されたのだった。


 一緒に追い出された執事さんに案内してもらい、使用人用のキッチンへと赴いた。そこでは、レスミアとメイドさん達が料理談議に花を咲かせている。トゥータミンネ様がお呼びだとレスミアに説明し、執事さんに連れて行ってもらった。


 俺の方は今日の用事は終了である。キッチンにまで来たついでに、以前よりの預かりもの……ランドマイス村で買い取っていた新鮮野菜を、料理長に納品した。夏の終わりから秋に掛けての野菜なので、冬場の今に出せば、それだけで珍しい料理となる事だろう。

 これにて、本当にお仕事終了……なのだが、レスミアが戻ってくるまで待たせてもらっていると、メイド長から〈ライトクリーニング〉のお願いが入る。昼食を準備してもらえる事を条件に手伝うのだった。




「みゃ~? 二人ともどうしたのかにゃ? 顔真っ赤で睨み合って」

「あ、いや! なんでもないぞ」

「あははっ、スティラ、お昼ご飯を貰って来たから、直ぐに準備するよ。テーブル拭いておいて。

 私はお茶を入れてくるよ」


 本館から離れに帰ってくる間、俺とレスミアの間には、気恥ずかしさで距離が出来ていた。

 そんな微妙な変化を、リビングのコタツ(レスミアの私物)に入っていたスティラが見破ってくる。猫だからか、女の子だからか知らないが鋭い。

 キッチンに入って行くレスミアを追い、リビングから見えない位置で手を握る。そして、声を潜めて耳元で囁いた。


「(あー、トゥータミンネ様から聞いたと思うけど……練習、どうする? いや、俺は義務感でやるつもりはないけど、ちゃんとした形で……)」

「(ええっと……もう少し、心の準備をさせて! 明日の誕生日までには頑張りますから!)」


 やんわりと手を解かれ、身体を押されて離れる。拒絶された訳ではないので、落胆しないように自分に言い聞かせてリビングへと戻った……スティラちゃんには不審がられたけど、テーブルに昼食を並べる事で誤魔化した。



 昼食中も目が合うたびにギクシャクしてしまう……それでも、目で追ってしまうのはどうしようもない。

 スティラちゃんに怪しまれる中、アルトノート君が「近くの牧場に遊びに行こう!」と誘いに来てくれたので、午後は皆で出かける事にした。


 牧場では、メインとなる豚の丸焼きが振る舞われており、牧場で加工された肉類や乳製品の屋台が並んでいた。他にも、子供が喜びそうな動物ふれあい広場や、牛との綱引き対決、乳搾り大会などの催しが開かれていて、大いに楽しめた。普段、アドラシャフト家経由で購入していない希少部位のお肉やチーズがあったので、多めに購入したとかね。レスミアが、あれもこれもと欲しがるので、気風の良さを見せる為でもあったけど。

 アルトノート君とスティラちゃんなんて、護衛騎士を振り回す勢いで遊びまわり、夕方には疲れ果てて寝てしまう程であった。




 翌日、スティラちゃんとコタツでゴロゴロしながら、ボードゲームをしていた。ついでに内職もして、〈詳細鑑定〉のブラックカードを量産している。

 今日は昼食会に呼ばれているのと、ノートヘルム伯爵とソフィアリーセが来るのを待っている為、外には出ず、離れで待機をしているのだ。レスミアは朝からキッチンで料理を量産しているようで、偶に味見とストレージ保存に呼ばれる。久しぶりにゴロゴロするのも悪くない。


 そして、10時を過ぎた頃、ノートヘルム伯爵が帰参するとの先ぶれが来た。俺達も出迎えの為に身形を整えて本館の方へと向かう。すると、玄関前には多数の馬車が到着していた。その中に、見覚えのある馬車もある。ソフィアリーセの馬車だ。

 そして、その護衛に付いているルティルトさんも居るのだが、何故か白馬ではなく、茶色の馬に騎乗していた。声をかけて手を振ると、向こうも気が付いてくれる。ちょっとお疲れの様子で、顔が沈んでいるように見受けられた。


「お疲れ様です。その、ヴァイスクリガー君はどうかしましたか? もしかして障害物レースの方で何か?」

「ああ、良い所まで行ったのだけどね。2回戦をぎりぎり突破して、今朝の準決勝に出場出来たのだけれど、他の選手が吹き飛ばした丸太に巻き込まれてリタイアさ。ヴァイスクリガーも脚を怪我してしまった……やはり、馬術の腕だけではどうしようもない」


 サードクラスばかりの障害物レースは、かなり荒っぽかったらしい。幸いなことに、回復の奇跡で治る怪我だったらしく、ヴァイスクリガーも無事な模様。ただ、大事を取って、代車ならぬ代馬で来たそうな。


「来年こそは決勝に……いや、同じサードクラスになれば、優勝も狙える筈だ!

 ザックス、年が明けて祭りが終わったら、ダンジョン攻略を急ごうじゃないか!」


 そう言って、来年へ意気込みを見せるルティルトさんだった。

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