第524話 レグルス「お祭り視察と称して……4領地目。休みが欲しいぞ」
もふもふから引き剝がされたアルトノート君は、猫のようにだらんとしたまま持ち運ばれた。元の席に戻されると、明らかにテンションが下がった様子だったので、別の手段で気を引くことにした。シャルクレートさんに一言断ってから、お土産をストレージから取り出す。それは、以前も好評だった鉄の宝箱である。
鉄張りに銀の装飾が施された宝箱を見るなり、アルトノート君の起源はV字回復。またもや椅子から飛び降りて、宝箱へ跳び付いた。
「わぁ! この綺麗な宝箱、お姉様の誕生日にあげた物と同じですよね? 今度は僕が貰っても良いのですか?!」
「はい、ダンジョンで沢山手に入れてきましたから、どうぞ」
「前の宝箱も玩具を入れるのに使っているのですよ。これも格好良いので、並べて使いますね!
あっ! シャルクレート、開けて開けて。中に入りたいです!」
「またですか。今度は中にクッションを持ち込んで、寝てはいけませんよ」
……そんな事をしていたのか。まぁ、縁にゴムパッキンが付いている訳も無く、密閉性は低いと思うので大丈夫だとは思うが、窒息しかねないのはちょっと怖い。宝箱の蓋を開けたシャルクレートさんに、念の為に注意だけしておいた。
すると、その間に宝箱の中に潜り込んだアルトノート君が驚きの声を上げた。中に入っていた物に気が付いたようだ。
「中に小さな木箱が入っていました! これが宝物ですか?!」
「ハハッ、そっちもお土産ですよ。開けてみて下さい」
「……わっ、何これ格好良い~。刃がいっぱいあるナイフなんて初めて見ました。あれ? でもこれ、危なくて持てませんよ?」
「大丈夫、元々はレア種がドロップした手裏剣って名前の投擲武器なんだけど、刃を丸くしてあるから手に持っても平気だよ。ただ、鉄製だから、正しく使わないと怪我をする可能性もある。今から簡単に投げ方を教えましょう」
流石に部屋の中では、調度品を傷付けそうで怖い。皆を誘って、庭に出た。
因みに、この手裏剣はニンジャ餓鬼がドロップした物である。ピカピカ光るだけの効果しかなく、1枚だけ持っていてもしょうがないので、お土産として加工したのである。〈メタモトーン〉で刃を丸く加工しただけなのだが、レア度が落ちて、名前まで変わってしまった。
【道具】【名称:曳光子供手裏剣】【レア度:D】
・魔力を込め、投擲するとピカピカ光る四方手裏剣。刃を丸めてあるので、子供が握っても安心。しかし、黒魔鉄製である事には変わりがないので、人にぶつけるのは危険である。危険性を含めて、正しい投擲方法を教えよう。
庭の端の方に、木の板を立てかけて的にして、投げ方をレクチャーした。ただ、予め手裏剣に魔力を少し込めないと光らないので、そちらにも苦戦している様である。それでも5回、10回と繰り返していくと投げ方も様になり、少しだけ光らせる事が出来ていた。子供だからか、上達が早い。
「わっ、光った! 光りましたよね?!」
「ええ、お見事です。(なるほど、魔力を扱う練習にもなるのですね。魔道具や魔法を使う練習になって、良いかもしれません)」
「(ええ、必要魔力もほんの少しですから、子供には良いと思ったんです。投げナイフとは、少し違いますけど、投擲の練習にもなりますし……あ、一応金属なので、暴投したら危ないのは変わりません。大人がいる時にのみ、遊ばせるよう管理願います)」
「(畏まりました。ザックス様のお気遣い、有難く存します)」
アルトノート君が遊びに夢中になる間に、シャルクレートさんと密談をしておいた。子供だけなら危ないけど、領主の息子なので側近が常に付いている。玩具の管理は執事が行えば良いし、暴投すると危なそうな場所には、護衛騎士を配置しておけば大丈夫だと思う。
そんな折、光る手裏剣を目で追っているスティラちゃんに気が付いた。そわそわしている感じなので、混ざりたいけど、混ざって良いのか迷っている感じである。シャルクレートさんに一緒に遊ばせても良いか、こっそり確認を取ると許可が下りた。
スティラちゃんの背中を押してあげると、不意に振り向いて目が合う。それに頷き返してあげると、おずおずと歩み出た。
「面白そう……私もやってみたいにゃー」
「うん! スティラお姉ちゃんもやってみる? 僕が投げ方を教えてあげるよ!」
「よろしくにゃ!」
二人は楽しそうに遊び始める。丁度時間も良い所なので、後はシャルクレートさんに任せて、俺とレスミアは本館へと向かう事にした。
本館には話が事前連絡されているので、門番さんに挨拶するだけで通してもらえた。ただ、その後はレスミアと別行動である。俺は執事さんに連れられてノートヘルム伯爵の執務室へ向かい、レスミアはメイドさんに連れられて使用人用のキッチンへと向かう。以前お世話になったメイド料理人のお姉さん達への挨拶とお土産のキノコ飴を持って行ったのだ。
本館の2階へ上がり、一番奥の執務室へと向かう途中、外から歓声が聞こえて来た。何かと思い窓の外を見ると、グラウンドの方が盛り上がっているようだ。遠目に見えるそこには、先日見た障害物レースの様に小山が出来ている。そして、それをジャンプ台にしてバイクが飛び上がっていたのだった。
「んん? バイクでジャンプしている? あの、執事さん、こっちではレースが出来るほど、バイクが普及したのですか?」
「いえ、広く売り出している訳では御座いません。ある程度の仕様が決まった為、鍛冶工房を幾つかバイク量産用にして、騎士団へ配備を進めていると聞き及んでおります。
そこのグラウンドのレースは、騎士団が主導で計画した実験的な試みだそうです。ええ、多少無茶なコースであっても、サードクラスの騎士ならば怪我をしませんので……」
なるほど、〈騎士の護り〉でダメージを1回無効にできるから、事故っても平気って訳か。詳しく聞こうとしたのだが、それ以上の事は把握していないそうで「詳しくは奥様にご確認ください」と返されてしまった。工房関係なので、トゥータミンネ様なのかな?
そんな話をしていたら、執務室へと到着した。来客を告げるベルが鳴らされ、中へと案内される。
しかし、中に居たのはトゥータミンネ様と、その側近だけのようだ。ノートヘルム伯爵がいつも使っている執務机には、トゥータミンネ様が座っている。書類を持って側近に指示を出していたようだが、俺の姿を見つけると書類を文官に押し付けて、席を立つ。こちらに歩いてくる様子はご機嫌なようで、笑顔で手を振ってくれた。
それに対して、俺は貴族の礼を取り挨拶をする。まぁ、交わす言葉は形式ばったものであるが、立場を示すのに必要な事だ。
挨拶を交わした後、テーブル席に着く。
「先ずは、ソフィとの婚約おめでとう。これで婚約破棄された彼女の名誉も回復する事でしょう。
後は、貴方がダンジョンを攻略するだけね」
「はい、ありがとうございます。ソフィやレグルス殿下からダンジョン攻略は春までにと、せっつかれているので頑張ります」
つい、ソフィアリーセを愛称で呼んでしまったが、身内みたいなのものなのでセーフだろう。現にトゥータミンネ様は気にした様子も無く、側近のメイドさんから紙束を受け取っている。更に言うなら、そのメイドさんはボールペンを取り出して、メモを取るような準備をしているし、トゥータミンネ様も書類をテーブルに広げて、赤字で書かれた部分をチェックしている。
「まさか、氷壁伯のケイロトス様と一騎打ちになるとは思ってもみなかったけれど、2巻の最後の盛り上がりには良いかも知れないわね。
ここ、最初に〈ストーンウォール〉を張った時の、ケイロトス様の台詞があやふやなのよ。貴方は覚えている?」
「ええ……あー、確か『可愛い孫娘を奪おうとする若造が、吠えるなぁ!』だったかな?」
何かと思えば『聖剣使い』の2巻の取材だった。思わずテーブルに突っ伏してしまいそうになるのを堪えて、テーブルに広げられた書類を見る。それは、フィオーレやレスミア、マルガネーテさん等が提出した一騎打ちの報告書であった。
どうやら、複数人の証言をまとめて物語のベースにしているらしく、不明点を聞き出したいようだ。
そうして、決闘の最中からソフィアリーセに婚約を願い出るシーン、そして賊を捕らえる所まで、根掘り葉掘りと聞かれるのだった。途中から、メモを取っていたメイドさんまで熱が籠った様子で、アレコレ聞かれるとは思わなかった。周囲からでは分からない、俺の心情が丸裸にされるくらい聞かれたからなぁ。
1時間ほど質疑応答というか、ネタの採掘をされて、漸く終わった。
「……これで、全部のようね。どう? これだけあれば、書けるかしら?」
「はい! ザックスの心情が聞けたので、臨場感のある物語に仕上げられると思います!
お祭り返上で、書いてきますね!」
メモ取りメイドさんはトゥータミンネ様に一礼すると、書類を抱えて執務室を出て行った。どうやら、彼女が例の小説家(貴族版に改訂した人)らしい。後で聞いた話であるが、トゥータミンネ様の派閥の奥様であるが、側近ではない。俺が警戒しない様にメイド服を着せて、紛れ込ませたそうな。ただし、途中からアイディアが溢れて、アレコレ口出しして聞き込みをしに来たらしい。
精神的に疲れる時間ではあったが、こっちの聞きたい事はまるで聞けていない。最初に気になっていたノートヘルム伯爵の不在に関して聞いてみた。元々は、ノートヘルム伯爵とフォルコ君が調整した時間だった筈なのだ。
すると、トゥータミンネ様は苦笑しながら教えてくれる。
「ノートヘルム様ならば、他領に出かけているわ。明日の昼には戻っていらっしゃるから、挨拶はその時になさい。
貴方が捕らえた賊とフオルペルクのせいで、新年会議の予定が大幅に狂ってしまったのだもの。あちこちの領主へ根回しに行っているのよ」
「……あー、マークリュグナー公爵を糾弾するのでしたよね? エディング伯爵から少し聞いていますが」
細かいところまでは把握していなかったので、貴族側の状況を詳しく教えてもらった。
元々、新年会議にて銀カードと複合ジョブを正式に公表し、1年くらい時間を掛けてマークリュグナー公爵の権勢を削る予定だった。銀カードで魔道具のシェアを少しずつ乗っ取り、ジョブの解放条件や複合ジョブでダンジョン攻略やレベル上げを推進するのだ。(王族が実力主義のダンジョン攻略派、公爵がレベルは最低限で下々を働かせる権力世襲派)
しかし、死者の姿を乗っ取る賊……妖人族に、ステータスを偽装したフオルペルクが捕らえられた事で、状況は一変した。マークリュグナー公爵の権勢を削る前に、糾弾する必要性が出て来たのだ。テロリストを雇って、他領にちょっかいを掛けて来たようなものだからな。この罪状をもって、比較的マシな長男に領主の代替わりをさせる……のだが、他の領主への根回しが全く終わっていない。
その為、賊を捕らえた翌日には王族とエディング伯爵、ノートヘルム伯爵が会議を行い、そのまま根回しの巡礼に回っているそうだ。勿論、お祭りなんて参加している暇など無い。領主だけでなく、その側近達もがお祭り直前で抜けてしまった為、領主一族が総出でフォローしているそうな。
「ザックスに貴族籍が残っていたのなら、開会の挨拶とか任せられたのにね」
「いえいえ、仮の話としても学園1年生に任せる話じゃないですよ。
それにしても、王族も絡んでいるのなら、王都に呼び出してまとめて根回しすれば良いのに……いや、お祭り期間中だから難しいのか?」
「ええ、そんなところね。どこの領地もお祭りの運営で忙しいうえ、新年会議に向けての準備もあるわ。そんな中で、前倒しに王都に呼びつけられたら、いい気はしないでしょう。対マークリュグナー公爵で結束しようとしている時に悪手でしかないわ。それに、王都に集まると目立つから、各領地のお祭りに招かれたって体にした方が良いのよ」
お祭り期間中、俺は屋台経営とお祭りを楽しんでいたのだが、上司の皆さんは出張続きだったようだ。
貴族は根回しが重要だとは聞いていたが、本当にお疲れ様です。
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