第523話 アドラシャフトのお祭りと義弟の出迎え

 転移ゲートから出た所は、アドラシャフトの貴族街と平民街を隔てる中央門の中である。平民街の実家に帰るベアトリスちゃんとフロヴィナちゃんとは、ここで別れた。貴族街に入るには、身分証の検問があって面倒だからである。

 すると、もう一人馬車から降りた。フィオーレである。


「アタシも公演の準備があるから、先に行くね」

「ああ、行ってらっしゃい……って、泊まる場所、伯爵邸の離れの場所は分かるのか? 一度も行った事ないだろ?」

「あー、伯爵邸なら一度行ったから分かるけど、貴族街の端っこまで行くのは面倒だって。平民街にある、昔の定宿に泊まるよ。挨拶したい人も居るし、じゃーね~」

「祭り中なんだから、宿もいっぱいかもしれんだろ! 泊まる所が無かったら騎士団に相談して、伯爵邸まで送ってもらえよ!」

「迷子の子供か~!」


 そう言って、フィオーレは平民街へと消えて行った。

 その背中には、出会った頃に使っていた鞄を背負っていたので、着替えくらいは準備していたのだろう。ただ、着ている服が花乙女のフェアリーチュチュ……ダンジョン用の踊り子装備なので、注目を浴びていたけどな。

 まぁ、以前住んでいたのなら、大丈夫か? 行き当たりばったりな行動にも見えたけど。




 馬車に揺られ、アドラシャフトの貴族街へと入る。こちらの大通りも屋台が並んでおり、テラス席が設置されている為に道路が狭くなっていた。そろそろ開店時間なのか、屋台の人達が準備に追われている。ボチボチ、祭り客も増えて混み始める事だろう。


 レスミア姉妹と並んで、馬車の後ろから屋台の偵察をしていると、後方からバイクが走って来るのが見えた。大通りが狭く規制されており、人通りもあるので徐行している。乗っているのは、紺色の隊服……アドラシャフト騎士団のようだ。

 初めて見る騎士であるが、通行人を気にしながら走行している様子は、乗り慣れている感じがした。馬車を追い抜いていく擦れ違いざまに、バイクにも注目して見る。するとヘッドライトや、外付けの補助動力箱(魔水晶を入れる奴)、鍵、駐車用のスタンドが備わっている事が分かった。つまり、俺が持っているバイクと殆ど同じだな。違いは、車体が少し小さ目で、二人乗りのシートじゃなかったくらいだ。

 一緒になって見ていたレスミアが耳をピコピコ動かしながら、感心したかのように言う。


「今のバイク、ザックス様のと同じ奴ですよね? もう、普及しているのでしょうか?」

「一般に販売するのはまだだろうけど、試作品を騎士団が使っているとは聞いているよ。気になったのは、周囲の人の反応だな。バイクが通っても、誰も驚いた様子はないな。つまり、普段から騎士団が乗り回しているから、日常の光景として受け入れられているんだと思う」

「は~、街に広まっているの銀カードだけじゃないんだ。ザックス兄ちゃんは凄いニャ~」


 可愛い事を言う猫ちゃんの頭も撫で返しておいた。



 馬車が進んでいくと、高級住宅街を抜けて騎士団の地区へと入る。騎士寮だとか、訓練場……騎士団のグラウンドが幾つもある辺りだな。ここら辺になると、テラス席のある屋台は無くなり、白銀にゃんこのような食べ歩きスタイルの屋台だけになっていた。さらに進むと、その理由も判明する。訓練場でイベントを行っているようで、人が集まっていたからだ。見物客が気軽に買って観戦できるように、普通の屋台が増えているのかね?

 ただ、まだイベントも開始前なのか、アナウンスも何もない。人だかりを見て、何のイベントかな?等と話していたら、伯爵邸の近くに到着した。



 大きな伯爵邸を通り過ぎ、隣の離れの前で馬車が止まった。フォルコ君が御者席から顔を出し、到着を告げる。


「離れに到着しました。私は馬を厩舎に入れて、そのまま休暇に入らせて頂きますね。

 ザックス様、この2ヵ月間、とても充実した毎日を過ごせました。店の経営をするとは思いませんでしたが、ああも盛況に売れると楽しいものですね。また、来年も稼ぎましょう!」

「ああ、こちらこそいつもありがとう。執事としての仕事だけでなく、店長業までこなしてくれて本当に助けられているよ。

 来年もよろしく頼む」


 フォルコ君と笑顔で握手を交わし、厩舎に行く馬車を見送った。貴族間や商業ギルドとの調整を含めて、面倒な仕事を押し付けている気分だったので、やりがいを感じてくれているのなら良かった。これは、来年も事業を拡大して、お給料を上げた方が良いのかね? 今のところ、毎月ベースアップしているけどさ。ただ、今の人数で手が回るのは、現状でいっぱいな気もする。これ以上は人数を増やさないといけないだろう。


 まぁ、来年の事を言えば鬼が笑うとも言う。今は休暇でのんびりしよう。

 ウチの鬼(人族)は、酒が入ればよく笑うけどさ。



 離れの門が閉まっていたので、呼び鈴の魔道具を叩く。すると、程なくして家の中から執事さんが出て来て、門を開けてくれた。20前後の若い執事さんには見覚えがある。確か、アルトノート君の側近だ。


「お帰りなさいませ。ザックス様、レスミア様」

「ええと、シャルクレートさんでしたよね? 出迎えありがとうございます……どうしてこちらに?」

「事前の連絡で、使用人は不要だと伺いましたので、離れの鍵を渡しに来ました。

 先に中へどうぞ。アルトノート様がお待ちです」


 フォルコ君とノートヘルム伯爵側が調整する際、注文しておいた内容だ。

 従業員には休暇を与えると伝えたところ(貴族的な話として)身の回りの世話をするメイドを別に準備しようと打診があった。しかし、離れに滞在する4日間程度なら、俺とレスミアが家事を分担すれば良いだけの話なので、断った次第である。向こうも年末年始で忙しいだろうし、人員に余裕があるのならば、休暇を与えた方が使用人も喜ぶだろう。

 料理はレスミアが作ってくれるし、食器洗いや掃除洗濯等も〈ライトクリーニング〉で十分だからな。


「はい、それは旦那様も了承済みなのですが、最初と最後の鍵の受け渡しに関しまして、アルトノート様が立候補されたのです。どうやら、姉君でいらっしゃるトゥティラ様が公務に参加している事に対して、自分も手伝いがしたかったようです。鍵の受け渡しと挨拶だけなので、お付き合いください」

「そのくらいの事なら、もちろん構いませんよ」


 義妹であるトゥティラちゃんが13歳になったので、簡単な公務に参加するようになったらしい。年末年始のお祭りでは、各種イベントの貴賓席で観覧したり、選手に声掛けしたり、入賞者を表彰したりするお仕事だそうな。

 推測ではあるが、ザクスノート君が抜けた穴埋めもあるかも知れない……お土産を増やしておくか。



 離れの屋敷に入って直ぐの横合いにある応接室へと招かれた。そこには椅子にお行儀よく座るアルトノート君がおり、キリリと真面目な顔をしている……ただ、嬉しいという感情が隠し切れない程に、目がキラキラしているけどね。

 一応、主家の家族であるので、その場で跪いて貴族の礼をとり、挨拶をする。


「光の祝福が溢れる良き日、再会の縁が紡がれた喜びを神に捧げましょう。アルトノート様、お久しぶりでございます。探索者ザックス、ヴィントシャフトより帰ってまいりました。数日ではありますが、お世話になります」

「うん。共に女神さまに祈りましょう……ええと、この屋敷の鍵を預けます。好きに使っても良いって、お父様が言っていました!」


 ……ちょっと詰まったけど、最後まで頑張った! 花丸をあげたい。

 シャルクレートさんも微笑ましそうに鍵の束を受け取ると、俺の元まで持ってきてくれた。これを受け取れば、公務終了である。アルトノート君は畏まった顔は放り捨て、満面の笑みを浮かべて、席を進めて来た。


「はい、お仕事終了だよ! お兄さん、久しぶり~、座って座って!

 お母様から、かぼちゃの聖剣のご本を貰って読みました! あ、まだ習っていない漢字も多かったので、シャルクレートに読み聞かせて貰ったのですけど、物凄く面白かった! あれ、お兄さんの話なんだよね? でねでね……」

「アルトノート様、まだお客様の紹介が終わっておりませんよ。それに、ザックス様は本館の方に呼ばれておりますので、本の話はその後にして下さいませ」

「えーー、むう~」


 お茶とお茶菓子を用意しているシャルクレートさんが、興奮するアルトノート君を注意した。すると、興奮してテーブルに乗り出していたアルトノート君は、少し恥ずかしそうに座り直す。

 7歳なのに、聞き訳が良くて偉い。ただ、こんな子供にまで『侵略かぼちゃと村の聖剣使い』が布教されている事実に、頭がくらっとした。ただ、情けない姿を見せる訳にも行かず、直ぐに気合を入れ直して、隣に座った猫姉妹を紹介する。


「隣の猫人族の女性は、私の婚約者のレスミアです。『侵略かぼちゃと村の聖剣使い』にもヒロインとして出ていたので、ご存じかもしれませんが……」

「わっ! 本当だ! 銀髪の猫耳のレスミアだ! かぼちゃと戦ったり、花火作ったり、お兄さんと仲良しなんだよね?」

「えーっと、はい。多分、そのレスミアですよ?」


 貴族版は読んでいないので、レスミアも即答しかねたようだが、何とか笑顔で返す。

 くっくっく、恥ずかしがる仲間に引き込んだぞ。


「レスミアの隣は、その妹のスティラちゃんです。猫族ですよ」

「おお~、気になってはいたのですけど、初めて見ました!

 隣の国に居ると噂に聞いた通り、大きな猫さんなんですね」


 アルトノート君は椅子から飛び降りると、テーブルを回り込んでスティラちゃんの元へと駆け寄る。そして、躊躇なく手を伸ばして、その頭を撫でるのだった。


「うわぁ、もふもふだぁ。猫さん可愛い!」

「にゃーー、撫でるのは良いけど、君よりお姉さんだよ! 私、13歳! 猫さんじゃなくて、スティラお姉ちゃんと呼ぶにゃ!」

「えっ! 僕のお姉様と同い年なの? ……スティラお姉ちゃん、抱き着いても良いですか?」

「仕方ないにゃあ」


 7歳のアルトノート君と比べると、スティラちゃんは頭一つ分くらい大きい。抱き着くとすっぽりと収まるのだった。普段、抱きしめられることの多いスティラちゃんだけど、逆の立場は初めてだな。

 あ、念のために注釈しておくけど、猫族も服を着るからね。もふもふな冬毛なので、着る物は薄手だけど。


 その後、興奮してトリップしていたアルトノート君は、シャルクレートさんに引き剝がされて、猫のように抱っこされて席に戻されたのだった。

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