第522話 アドラシャフト領への帰省と銀の精霊(仮)
お祭り3日目の早朝、早めに朝食と身支度を済ませて馬車に乗り、出発した。お祭り期間なので、2の鐘(7時)を過ぎると人通りが多くなるので、馬車では移動し難くなる。それを避けての早朝移動である。
太陽が顔を出し、空が白み始めると、薄っすらとした朝霧が周囲に立ち籠めていた。濃霧と言う程ではないので、太陽が上がれば消えていくだろう。
この辺りは大陸の南の方なので雪は滅多に降らないと聞くが、それでも冬場なので吐く息が白くなる程度には寒い。そんな中、家から大通りに出て中央門経由で南門へ馬車は進む。領地間移動ができる転移ゲートの入り口は、貴族街側にあるので少し遠いのだ。
寒い中、御者をしてくれているフォルコ君に感謝しつつ、俺を含めた他のメンバーは幌馬車の中で雑談に興じていた。2ヶ月ぶりの帰省になるので、休みの間に何をしようかと話題が弾んでいる。
「私は地元の友達とお祭りかな~。牧場の出してる屋台が、どれも美味しいんだよね。それに、こっちの貴族街で買った、お洒落な服とアクセサリーを自慢して来るよ。ふっふ~、昨日の露店で買ったのが可愛くてね~」
フロヴィナちゃんは、耳元の髪をかき上げて、おニューなイヤリングをアピールした。屋台のバイト代を早速使ってきたらしい。なんでも、ヴィントシャフトの方が都会っぽいデザインなのだとか。俺もレスミアとソフィアリーセから貰ったサファイアブレスレットを身に着けているが、デザインも格好良いからなぁ。自慢したくなるのは分かる。アドラシャフトのデザインが田舎なのかは知らんけど。
「ヴィナ、自慢するのは良いけど、恋人から貰ったの?みたいに邪推されるから程々になさいよ。
私は実家の店の手伝いで料理するから、いつも通りね」
「え~、トリクシーってば、まだ料理するの? 少しは休みなよ」
「昨日は半日食べ歩きしたから、休憩は十分よ。再現出来そうな料理もあったから試しに作ってみたいし、キノコ飴とロブスターも貰ったから家族にも食べさせたいの。あ、新年の特別料理として常連客に出すのも良いかも?」
「あ、それならウチの家族誘って食べに行くよ。あの海老美味しかったからさ~」
ベアトリスちゃんは相変わらず料理三昧なようだ。お土産として、ヴィントシャフトで採れるダンジョン食材を持たせたので、家族に披露したいのだろう。
無論、他の面々にも、俺からのお土産を渡してある。従業員への福利厚生の一環だな。フロヴィナちゃんには、ご要望の花乙女の花弁や甘味類、環金柑のリキュールなど。フォルコ君は、特に要望が無かったので〈ライトクリーニング〉を始めとした銀カードの詰め合わせをプレゼントしておいた。
〈詳細鑑定〉やちょっとした怪我に使える〈ヒール〉、二日酔いに効く〈ディスポイズン〉、後は料理に使える〈フォースドライング〉〈インペースト〉〈パウダープロセス〉等々、ダンジョンに行かない人でも有ると便利に感じる銀カードセットである。お歳暮と考えれば、安いものだ。
「アタシは平民街にある第2幼年学校の舞台で 『侵略かぼちゃと聖剣使い』の公演をしてくるよ。
ふっふっふ~、持つべきものはコネだよね!コネ!
あっちの領主夫人のお陰で、10時と15時の2回公演するから、暇な人は見に来てね!」
「あ~、2校なら私達の母校じゃん。友達誘って行くよ~」
「げぇ、マジで広めるのかよ……これは平民街に近付かない方が良いな」
「ザックス様、残念なお知らせですが、貴族街の方は劇団が演劇を披露するそうです。貴族版に改訂、出版された『侵略かぼちゃと村の聖剣使い』が話題になっており、チケットも完売したと奥様が喜んでいたと聞いております……その、嫌がると思って、黙っていましたけど」
御者をしていたフォルコ君が、前のカーテンを少し開けて、そう言った。
……逃げ場無し!
空き時間に、アドラシャフトの屋台でも冷かそうと思っていたが、完全に行く気がなくなった。
俺の予定は、今日はノートヘルム伯爵への挨拶(報告)、明日の昼食に領主一族が揃うので、ソフィアリーセと一緒に参加して挨拶回りをするだけである。おっと、忘れてはいけないのが、本命の花火だな。大晦日の夜、日が沈んでから開演すると聞いているので、皆にも忘れず見るように伝えておく。
「あ、私もそれを見るのが目的にゃ! ミーア姉ちゃんが自慢していたけど、夜空に花が咲くんだよね!」
「スティラ、そこまで自慢はしてないでしょ?「え~、惚気てたよ~」
……今度は領主様が主催されているんですよね。前回も綺麗でしたけど、今度も楽しみです」
「花火用に、外で立ち飲み出来るスペースも作ろうかしら?」
そんな雑談をしていたら、南門へ辿り着いた。祭り期間中は門が開かれ、外で闘技大会が開かれているらしいが、早朝の為か閉まっていた。そんな南門の横合いのスロープから地下へと降りる。途中にある騎士団詰め所兼受付で通行許可証を見せ、奥に進む。すると、見覚えのあるメタリックブルーな巨大鳥居が見えて来た。
早朝だというのに、数台の馬車が順番待ちをしている。俺達と同じように、混雑を避けて早朝に来た商人なのだろう。
暫し待ちながら、前回の事を思い出す。転送事故かと思ったら、銀色の光の玉……精霊(仮)が出て来たんだよな。
『位階を上げろ』だとか、『聖剣の色を取り戻せ』だとか、『始まりの地を目指せ』だとか。
あれから2ヵ月、レベルを上げ、水属性の精霊の祝福を得る事が出来た。何らかのアクションがあると良いのだが……交渉材料もあるので、接触出来たら試してみたいところである。取り敢えず、ストレージから取り出しておいて、手の中に握りしめておく。
俺達の順番となり、〈ゲート〉のスキルを使用して転移ゲートを起動した。
相変わらずMP消費が無いのは、特殊スキルの恩恵だろうと判断しておく。先に行かせた馬車に続き、鳥居の中……精霊と会えるように祈りながら、銀の渦に入った。
すると、目論見通り真っ暗な世界へと誘われた。
明かり一つも無い。それどころか、立っているのかも定かではなく、体を動かすことも出来ないのは前回と同じ。
「(精霊さーん、いらっしゃいますか~?)」
何度か呼びかけ続けると、不意に光が出現した。銀色の光の玉なので、間違いない。
「(変な気配がすると思えば人間、またお主か。ついさっき出て行ったばかりなのに、何用じゃ?)」
「(こんにちは! レベルを上げて、水の精霊の祝福を得てきましたよ! 他の精霊が居る場所を教えて下さい!)」
「(うーむ、何を言っているのか分からん。位階が低すぎだと言ったのが、伝わらんかったか?
……いや、青の色が増えておるのか)」
虚空に出現した聖剣クラウソラスが、3つの光を発した。鍔に付いている7色の宝石の内、3つ緑、白、青色が点灯している。それぞれ、風属性、氷属性、水属性だな。精霊の祝福は木属性も得ているが、クラウソラスには対応していないので、光ってはいない。
「(……ふむ、色を得たのを報告に来たのか? たった一つでは意味がないぞ、7つだ、7つ。聞こえておるか?)」
「(聞こえていますけど、精霊の場所が分からないのです! これをあげるから、教えてくれませんか?)」
身体の感覚も定かではないが、交渉材料として手に握っていたはずの【魂魄結晶の粒】を差し出そうとする。すると、蛍の様に小さな光がふわりと浮かんで行く。銀色の光の玉と比べると、光が掻き消されそうな程の小ささである。
それを見た?銀の精霊は、軽く瞬いた。
「(なんじゃ、この小さな魂魄結晶は……ああ、聖剣で浄化した物か。お主のような低い位階で、無茶をするものだ。本来、歪みとの戦いは、全開放した聖剣の持ち主や天使が行うのである。位階を上げようと無茶をしたのか知らんが、時期尚早と言わざるを得んな。歪みを正すのならば、ダンジョンコアを破壊した方が良いぞ。位階も上げられて一石二鳥じゃ。
……儂には不要な物なので、持って帰れ。龍脈の中で仕事をしているのでな、マナは潤沢なのだよ。信仰が途絶えて弱った他の精霊ならば欲しがるだろうから、色を取り戻すのに使うと良い)」
小さな蛍の光が、俺の元へと戻って来た。交渉にもならなかったが、新たな情報……と言うか、確信は得られた。魂魄結晶は精霊との交渉に使える(銀の精霊以外)。ただし、肝心の精霊の居場所に関しては、話が通じないので交渉すら出来ない。
繰り返し話してみるが、銀の精霊は聞こえた様子も無く、一方的に話を打ち切られた。
「(もう一度言っておく。先ずは位階を上げよ。そして、聖剣の7つの色を取り戻せ。それで漸く、始まりの地へ行く鍵となる。よいな? 何度も来られると仕事の邪魔じゃ。位階を上げるか、7つの色を取り戻すまでは、ここに来るでないぞ)」
「(だから! その精霊は何処にいるんだよ?!)」
銀色の光の玉が、強く輝き始める。その光に飲まれる直前に、銀の精霊のボヤキが聞こえた。
「(やれやれ、銀の魔法くらい覚えてから来るのが、礼儀じゃろうに。最近の若いもんは、せっかちじゃのう)」
次の瞬間には、停車した馬車の後部に頭を打ち付けていた。転移先、アドラシャフトへ着いたようだ。
ゲート前で入国……入領か?……手続きをしてくれる騎士が紺色の隊服を着ているからである。頭をぶつけた所を見られて、ちょっと恥ずかしい。笑って誤魔化すと、騎士の方もにこやかに笑って「許可証の提示をお願い致します」と流してくれた。
そんな手続きをしながら、先程の交渉について考える。いや、交渉どころか、意思疎通も出来なかったけどな。レベルを10程度上げただけでは駄目な様だ。位階……レベルではなくジョブの事だったら、サードクラスに上げれば、多少は話せるようになったりしないかな?
さっきの物言いでは、向こうの条件に合致するまで、出禁になったっぽいけど……まぁ、サードクラスになったら、再チャレンジしてみるか。
そして、最後に言っていた【銀の魔法】。属性毎に、象徴する色があるのは知っているが、銀色は教わっていないのだよなぁ。
上級の光属性が黄色で、闇属性が黒。中級は雷属性(紫色)、氷属性(白色)、木属性(黄緑色)。初級は火水風土で、赤青緑茶色。計9種類の筈なのだが、銀色の隠し属性があったりして?
……うん、分からん事は、エヴァルト司教とリプレリーア(書痴)に投げておくか。
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