第521話 スキル有り障害物レース
障害物レースのパドック……顔見せが続くが、皆さんキチンとした装備品を身に着けているのが意外だった。金属製の軽鎧やガントレット、軽量化目的なのか革鎧っぽい人もいる。身体の露出など0である。(鎧の形状は女性的に丸くはある)
いや、スカイループルーフみたいに、可愛い衣装や際どい衣装とかもあると思っていたのだ。プロフィールに恋人募集を書いている人も多かったからな。
しかし、予想に反してレースへの意気込みを感じる程だ。選手の中には、観客に向かって意気込みを語る人も居た。
「今年こそは、1回戦突破するよ! 応援よろしく!」
「おお!頑張れよ!」「去年みたいに、攻めすぎて落馬すんなよ」
「〈ペネトレイト〉も覚えたんだから、イケるイケる!」
〈ペネトレイト〉は、騎士レベル35で覚える突撃系のスキルである。アレは、標的が居ないと発動できないスキルなのに、レースで使えるのか?
選手同士で攻撃し合って妨害……流石に危険過ぎるよな?
購入したプロフィール帳……もとい、小冊子に書かれているルールを確認すると、スキルに関しての記述もあった。
それによると、
・コース上には、木製の障害が設置してあるので、それに対してスキルを使う事が出来る。(植木や坂道、地面等は攻撃不可)
・他の選手に対しての直接攻撃、スキルを使うのは禁止。故意に行った者は失格とする。
ただし、木製の障害を破壊した際、その破片が他の選手に当たり妨害した場合はセーフとする。
なるほど。競馬+障害物+スキルによる突撃+間接的な妨害可能な競技のようだ。なんというか、スキルによるダッシュが使えるとなると、途端にゲームっぽく感じるな。RPGのミニゲームにありそうだ。
顔見せで客席を通り過ぎた選手達は、貴賓席を経由してコース中央の選手待機場所へと集まった。すると、馬券売り場の方から1人の天狗族が飛び立ち、アナウンスを始める。
『間もなく、スキル有り障害物レース女子、1回戦を開始致します。賭札の購入は、各レースが始まる前までとなっております。お気に入りの選手が居るならば、お早めに購入窓口へどうぞ。
なお、観戦出来る場所は、ゴール付近の観客席のみです。それ以外の場所は、木製の障害物の破片が飛んで来る危険性がある為、立ち入りを制限しております。係員の誘導に従ってください』
……破片が飛んでくるとか、想像以上に危ない競技だ。
ああ、それで選手の皆さんは、ガチガチに装備を固めているのか。女の子なのでジョブのステータス補正があっても、破片で怪我をするのは嫌なのだろう。
そんな説明がされている間に、コース上のスタート地点に第1レースの選手が集まっていた。その中には、ルティルトさんの姿も見える。その頭にはティアラを模したヘルメットを装着しており、トレードマークの金髪ポニーが後ろからぴょんと飛び出していた。イメージ的に自転車のヘルメットをスタイリッシュにした、アクセサリーって感じだな。頭の前面から上面しか守れず、隙間だらけなので上から液体が降ってきたら防御出来ないとデメリットも多いが、金属製にしては軽く見た目がティアラのように綺麗なので、貴族の女性探索者に人気がある装備だそうだ。
それに、お洒落な装備をしていると声援も増える。ルティルトさんは観客席からの声に応えて、幾度となく手を振り返しているし、第1レース本命のサードクラスの奥様……マルクート選手への声援も多い。あっちはメタリックグリーンなミスリル装備……ブレストアーマー等への追加装甲だけだが……が目立つからなぁ。
ミスリルヘルムの左右に取り付けられた、翼を模した飾りがお洒落。子供が居るとは思えない程、凛々しい奥様なので女性からの声援も多いようだ。羽根兜と相まって、死の先に導かれそうである。
『只今を持って、第1レースの賭札の販売を終了します。
やはり一番の人気はエントリーNo.4、サードクラスのマルクート選手ですね。出産育児の為に一線から退いていましたが、今回が復帰戦となるようです。以前は決勝戦の常連だっただけに注目が集まっています。
他の若い選手は、この歴戦の牙城を打ち崩せるか! 乞うご期待!
……それでは、選手は白線の位置に並んで下さい』
おおう、決勝常連だったとか相手が悪い。スタート位置に並んだルティルトさんは、隣のマルクート選手と言葉を交わしている。俺のいる観客席からは、何を話しているか分からないが、不敵に笑ってから前に向き直った。
すると、2人の係員がスタートの合図となる白黒の三角布がいっぱい付いた旗を持って来て、左右から遮断機のように構える。それが合図だったかのように、選手4人は右手に持った槍を構え直した。
『それでは、第1レースの開始を宣言します……位置について、 3……2……1……GO!』
上空からのアナウンスに合わせて、遮断器のような旗が振り上げられた。
各馬一斉にスタートを切り、走り出す。出遅れた者も居ないので、ほぼ横並び……少しだけルティルトさんとマルクート選手が先行した状態で、最初の障害物エリアへと入っていく。
「「ハアッ!」」
掛け声と共に馬が跳び上がり、生垣を乗り越えた。1m程の低い植木である。下手な馬が跳び損ねて脚を引っ掛けても大丈夫なように、隙間の多い生垣なんだとか。ただし、脚を引っ掛けた分だけ速度が落としたり、バランスを崩したりするので、跳び越えるに越したことはない。
そんな中、ルティルトの愛馬ヴァイスクリガーは、華麗に宙を舞った。他の者よりも手前で踏み切り、速度を保ったまま生垣を飛び越える。そして、危なげなく着地すると、そのリズムに乗って次の生垣へと走り跳び越えた。
騎手であるルティルトさんは、ジャンプするタイミングで声を掛け、空中でポニーテールを靡かせている。その一心同体なジャンプは、観客を魅了し歓声が上がる程だ。
そう言えば、俺と立体駐車場でレースした時も、華麗なジャンプを決めていたな。アレは、ジャンプを得意とするから、咄嗟に出来た芸当だったのだろう。
その一方、本命のマルクート選手も遅れずに付いてきてはいるが、ヴァイスクリガーと比べると、高く跳び過ぎているように見えた。素人目ではあるが滞空時間が増え、着地の減速が効き過ぎているのだ。ブランク明けだからか?
数ある生垣を跳び越え終わった頃には、ルティルトさんがトップになっていた。しかし、2位のマルクート選手とは1馬身、3位の選手も2馬身程しか差はない。4位は……生垣に何度も引っ掛けては速度を落としていたので、かなり遅れ気味。
『さあさあ、トップはNo.9ルティルト選手! 得意のジャンプを見せ付けて、会場も大盛り上がりです!
そして、カーブに設置された次なる障害【丸太の森】へと差し掛かる……おっと、早速スキル〈ペネトレイト〉を使って加速した!』
ええと、小冊子によると次の障害物は、コース上に立てられた沢山の丸太だそうだ。元々カーブの部分に、係員がランダムに丸太を立てているので、長い直線は無い。その為、丸太を避けつつ走らなければならないが、上級者は突撃系のスキルを上手く使う。カーブと丸太避けで速度が落ちても、丸太を標的として突撃スキルを使い加速するのだ。ただし、本当に丸太へ槍をぶっ刺すと抜けなくなってしまうので、端の所を掠る様に駆け抜けなければならない。
そんな勝負をルティルトさんは仕掛けたのだった。
円錐状の風の結界を纏った2騎が、丸太の間を駆け抜ける。
観客席からは、丸太が邪魔しているのもあって見え難いが、上空を飛ぶ天狗族のアナウンサーが実況してくれるので、大体の状況は把握できていた。
丸太エリアに入ってから、徐々に差を詰められているのだ。
奥様騎士の方が、丸太を何本か吹き飛ばしてショートカットしているからだ。
『ルティルト選手も巧みな馬術とスキル使いを見せていましたが、ここでマルクート選手が追い付いた!
やはり、サードクラスのスキル〈人馬一体〉は強い! 馬を手足の如く扱えるだけでなく、騎士スキルを馬にも反映させるのです。行く手を遮る邪魔な丸太を吹き飛ばしているのは、〈シールドバッシュ〉か〈ウインドバッシュ〉でしょう。
後続の邪魔もできる、常套手段ですね。決勝では良く見かけますが、1回戦で使われるのは珍しい。それだけマルクート選手が焦っている証拠でしょう!』
実況が語ったように、倒れた丸太は辺りに散乱し3位4位の邪魔をしていた。迂回したり、飛び越えたりしているが、更に差が広がっていく。最早勝負はルティルトさんとマルクートさんの、一騎打ちになっていった。
カーブを抜けて直線を少し走ると、3つ目の障害物に辿り着く。そこは【心臓破りの坂道】。ここは観客席から反対側なのでよく見える。かなり急な坂道がコース上に作られている……のだが、2騎は難なく登り、下っていった。スキルで強化された馬は凄い。
その下には、4つ目の障害物【底有り沼】があるが、これも下りの勢いから跳躍して飛び越えて行った。
一進一退のレースが動いたのは次の5つ目の障害物だった。【案山子の軍勢】と名付けられた障害物は、その名の通りコース上に多数の案山子が設置されて居るのだ。
丸太の時の様に避けて通るには案山子の数が多く、槍で薙ぎ払うか、馬体で押し退けるか……簡単なのは突撃スキルで掻き分けて進むのが鉄板らしい。
2騎がそれぞれ円錐状の結界を纏い、突撃する。しかし、これまでと違うのは、マルクート選手の結界が螺旋状に渦を巻いて加速したのだった。
「出た! 守護騎士の代名詞とも言える〈スパイラルウインド・チャージ〉だ!
螺旋の結界に触れた案山子を吹き飛ばし、急加速していく! ルティルト選手も〈ペネトレイト〉で追い縋るが、差は広がるばかりです!」
〈スパイラルウインド・チャージ〉……確か、お爺様も使っていたスキルだな。触れただけで、防御しようとした盾が吹き呼ばされたのは記憶に新しい。木の棒と藁で出来た案山子なんて、紙屑のように吹き飛ばされて行くのは道理だろう。
加速力も〈ペネトレイト〉より一段上、完全に上位互換だな。ルティルトさんも、螺旋結界の後に付いて追っているが、離されないようにするのが精一杯のようだ。
そして、カーブを抜けて最後の直線に入った。残る障害物は、最初と同じ生垣が5個有るだけだ。上空のアナウンスにも熱が入る。
『第1回戦から、ここまでの熱戦が見られるとは誰が予想出来たか! トップはマルクート選手! しかし、2位のルティルト選手必死に追いすがる! 得意とするジャンプで追い抜かせるのか!』
2騎はここまでの疲れなど見せずに疾走する。そして、生垣を跳び越える……マルクート選手の馬の跳躍が低めだったのか、生垣に爪先を引っ掛けて、ガサガサッと大きな音を立てた。2個目の生垣でも、脚を引っ掛けて生垣を揺らす。ここに来て、疲れが見えて来たようだ。
それに対し、ルティルトさんの愛馬ヴァイスクリガーは、序盤と同じく華麗な跳躍を見せていた。生垣を超える毎に、2騎の差は縮まっていく。既に観客席の前付近まで来ているので、周囲の応援にも熱が入る。選手2人
への声援が、レースを加熱していく。
『最後のジャンプを超えて、ルティルト選手がほぼ追い付いた! その差はほんの僅か!
さあ! 最後の直線でデッドヒートを繰り広げ…………今!ゴール!! 接戦を征したのは! マルクート選手!
上から見て、馬の頭1個分のリードで逃げ切りました!!』
……あぁ、惜しかった! 手に汗握るレースだっただけに、悔しいな!
まぁ、2位でも2回戦に進めるから、敗退した訳じゃない。
『好レースを見せてくれた2人に、惜しみない拍手をお願いします。
では、第2レースに入る前にコース整備を行います。係員の皆さんの作業が終わるまで、10分ほどお待ち下さい。
第2レースの掛札販売も間もなく終了です。お早めにどうぞ』
レースを終えたルティルトさんに声を掛けようとしたが、マルクート選手と握手を交わすと、貴賓席の方へ行ってしまった。まぁ、ソフィアリーセに報告するのが優先か。
健闘を称えるのは後にして、残りのレースも楽しむことにした。
因みに、ルティルトさんの最終倍率は1.6倍。掛札を買った人が多かったので、倍率も下がったようだ。
配当金は、2位だったので倍率半分の0.8倍になり、8千円戻って来た。2千円でこれだけ楽しめたのだから、十分だな。
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小ネタ
書き終わってから気付いたのですが、この話ルティルト視点の方が良かったな。
ザックス視点だと、只の競馬見に来たおっちゃんじゃんw
それと、本文内にもちょこっと書きましたが、決勝戦になると丸太や案山子が吹き飛び、(炎龍破で)炎上する、修羅のレースになる模様。丸太を吹き飛ばして他の選手に当てるとかよくあるそうな(建前は偶然の巻き込み)。ただし、当てられても〈騎士の守り(攻撃無効スキル)〉で守ったり、〈ウインドバッシュ(風の盾でシールドバッシュ)〉で打ち返しますw
決勝は大晦日なので、ザックス達は見られませんけどね
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