第520話 井闌車と競馬場
すぐ下の※※※部分はベルンヴァルト視点……と言うか、只の会話劇。小ネタなので、村の中の描写はばっさりカット。
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ナールング商会の屋台で豚足ソーセージなザンポーネを5個追加で購入しておいた。変わった料理なので、ベアトリスちゃんが研究(手羽先餃子の説明にも)に欲しがるだろうし、不在にしているベルンヴァルトも酒に合う摘みなら、食べたがるだろう。
ベルンヴァルトと言えば、そろそろ故郷に着いた頃だろうか?
※※※
「ヴァルト、なんで鎧なんて着込んでいるんだい。アタシの爺様に顔を見せに行くだけじゃないか?」
「ばっか、そりゃおめぇ、シュミカの爺さんがおっかねぇからだろ。子供の頃、何度怒られたか……それに、ウチのリーダーの時みたいに、喧嘩を吹っ掛けられるかも知れんだろ?
強くなったって、装備でもアピールすんだよ」
「アハハッ! そんなのは、貴族のお嬢様に限った話さ。
親父は『さっさと孫を見せろ』って感じだったろ。アタシとしては、もうちょっとダンジョンの冒険を楽しみたいのにねぇ。
それに、この子達でも稼げるようにしないと」
「シュミカ姐さんが孕んで抜けるとなると、前衛がねぇ」
「そーそー、男を加入させるのは、ちょっと怖いし……あ、ヴァルト君は姐さんが認めたからへーきだよ!」
「うんうん、頼りになる弟枠」「弟と言うには、デカいけどね」「むしろ、ウチに来なよ。盾役は歓迎するよ!」
「あーいや、俺はダンジョンを攻略するって、リーダー……ザックスと約束してっからな。まだ、そっちには入れねぇわ」
「はいはい、お喋りはそこまで!
さっさと爺様に挨拶して、村の祭りに参加するよ!
周りが酒飲んでいるのに、お預けは御免なんだから!」
「うっし! 行く「バカモンがっ! いつまで玄関前で喋っておるんじゃ! 早う入れ!」」
※※※
貴族街側から勝手口へ向かい、顔見知りの門番さんにセカンド証を見せて階段を使わせてもらう。普段は通り抜けるだけの通路であるが、その側面には『騎士団関係者以外、立入禁止』と掲げられた扉がある。今日はそこが解放されているのだ。
他の見物客と列をなして、石畳の階段を登っていく。外壁は3階建ての家より高いので、折り返し続く階段を登る。
頂上まで登ると、開けた青空が目に入った。ここより高い建物は、時計塔と南の外壁くらいなものだからな。ただ、街を一望と言うには、ちょっと低い。周辺くらいしか見えないが、壁際の凸凹……胸壁の間から下を見ると、我が家が丸見えであった。
ここから飛び降りたら、家に不法侵入出来そうだ。まぁ、普段は騎士団しか使えないので、気にする必要もないけど。
外壁上に登れるのは、お祭り期間中のみ。その為、多くの人が訪れていると聞く。しかし、実際に登ってみると、それほど人通りは多くない。
街の外が見える方へ行くと、胸壁の隙間ごとに外を眺める人達が居るが、中央門の大通り程の人混みではない。
ただ、その理由は直ぐに分かった。
「レースで賭けをしたい人は、下の券売所に行って下さい! ここでは買えませんよ~!
あ、そこの人、割り込みはいけません! 臨時に作った階段だから、人数制限を守って!」
女性騎士が案内している外側には、大きな木製の階段が設置されていたのだ。俺がショートカットを走るのに作った丸太階段とは比べるべくもない。櫓と言うか、攻城兵器みたいな物だ。何と言ったか……三国志に出て来た
案内をしていた女性騎士に、誰でも使えるのか聞いてみたところ、上に登って来れた人はOKだそうだ。
「ただし、下から登ってくる時は、再度身分証の確認をします。レースの見物客は平民も多いですからね。
階段の昇り降りが大変という方は、天狗族の輸送サービスをご利用下さい。有料ですけど……ああ、アレです」
お姉さんが指差したのは、壁下から飛び上がって来る天狗族だ。その身体からハーネスに繋がれたロープが伸びており、ブランコに座った女性が運ばれていた。
……渡し船ならぬ、渡し天狗って感じか。
階段の昇り降りならダンジョンで慣れているので、探索者ならどうって事はないが、一般人の御婦人にはキツイかもな。
ああ、スキルの恩恵が有れば、階段を使う手間も要らないが……ふと、気になったので、女性騎士さんに質問をしてみる。
「因みに、階段を使わず、壁を駆け上るのは有りですか?」
「えぇ、そんな質問をしてきた人は、初めてですよ。
……ああ、お連れの彼女さん、猫人族でしたか。ええと、壁登りのスキルがあったとしても、真似する人が出て危険ですので階段を使って下さい。壁越えをする天狗族も、事前に申請している人だけなのですから」
「それもそうか……だってさ」
「街中で、壁走りなんてしませんよ。
ほら、お姉さんを困らせていないで行きましょう」
ちょっとしたジョークだったのだが、脇腹に肘鉄を喰らってしまった。
お祭り期間中は観客が多いので、壁越えは目立つという事は分かった。簡易ステータスを偽装する奴らなら、態々壁を乗り越えたりはしないかな?
井闌車の階段を降りる。壁が無く、手摺りだけなので、スリルと景色は満点である。壁の外に目を向けると、大きな競馬場が出来ていた。楕円状のコースでは、鎧装備の騎士達がレースを繰り広げており、大きな歓声が聞こえてくる。どうやら、ゴール付近で波乱があった様だ。こちらでも拡声器の魔道具が使われているようで、実況アナウンスの声が響く。
「接戦を征したのは!57番ジョーサイア選手!! 明日の準決勝へ駒を進めました!
……これにて、本日のスキル有り長距離走部門は終了です。次の障害物女子は、隣の障害コースにて行われますので、移動をお願いします!
なお、配当金の引き換えは本日限りとなっています。交換忘れの無きよう、ご注意下さい」
すると、コースの円周に居た観客達が動き始めた。先程盛り上がっていた競馬場のようなコースを北側とすれば、反対の南側にもコースがある。比較すると、楕円形なサイズは同じに見えるが、そのコース上には生け垣が生えていたり、バリケードが設置されたり、山があったりする。なるほど、障害物だ。運動会でやるような障害物競争ならいざ知らず、馬の障害物レースは初めて見るので、少しワクワクする。
階段を降りきると、移動する観客の人波に巻き込まれた。丁度いいので、その波に沿って移動する。すると、観客の多くが小冊子を見ては、誰それが良いと話しているのに気が付いた。隣を歩いていたオジさんに聞いてみると……
「ああ、出場者のデータが載っているんだ。兄さんも賭けるなら、買っておいた方が良いぜ。ほれ、真ん中の券売所で売っているからよ。今年も美人が多いみたいだからな、選手の顔見せが始まる前に買っとかんと、混むぜ」
「……あそこか。ありがとうございます」
人の波から抜け出し、券売所へ向かった。そこは、窓口が幾つも並び、多くのお客さんが配当金の引き換えに訪れている。俺達も人の少ない列に並んだ。
「はいよ。スキル有り障害物レース女子のデータ表ね。1部千円。
各レースの掛札も1枚千円。今までの勝率とか出自、ジョブレベルを計算した倍率が載っているから、参考にして賭けると良いわよ。券の売上で倍率も少し変わるけど、素人は気にしない。賭けた選手が1位になれば、倍率通りの配当金が引き換えられるし、2位でも倍率の半分は貰えるよ。
この後の顔見せを見てからでも良いし、可愛い子に賭けるって人もいるわね。券の売上の一部は選手に入るから、貢いでアピールってね」
券売所のオバちゃんは、俺達が初めてなのを見抜くと、簡単に教えてくれた。
並んでいる間にレスミアと話して決めていたので、そのままルティルトさんに10枚、1万円を賭けておく。気分的には貢ぐというより、ご祝儀だな。
改めて客席に向かったのだが、コースに近い前の席は軒並み埋まってしまっている。まぁ、客席といっても、石の階段……横積みにした〈ストーンウォール〉……なので、地面に座るよりはマシって程度であるが。取り敢えず、高くて見やすそうな後ろの席に座った。
そして、顔見せのパドックが始まるまでに、購入したパンフレットを読んでみる。すると、一緒に覗き込んできたレスミアが、驚きの声を上げた。
「わっ、結構赤裸々に書くんですね」
「いや、個人情報を書き過ぎじゃないか?」
●No.9:ルティルト・セアリアス子爵、17歳。騎士レベル40。1回戦の倍率:1.8倍。
領主御息女の護衛騎士であり、学園2年生にして30層を攻略した実力者。去年は初出場ながらに2位に付け初戦突破、2回戦にて敗退。
眉目秀麗、長い金髪をなびかせてジャンプする様は白馬と白鎧も相まって美しく、会場を湧かせた。愛馬である白馬ヴァイスクリガーも、馬の全盛期である4歳であり、練習では力強い走りと体力自慢な一面を見せる。
ジャンプが多い競技の為、騎手は軽い方が良いとされる中、ダイエットに成功したと喜ぶ姿が散見されている。障害物レースに掛ける意気込みは十分なようだ。
※なお、溺愛する歳下の許婚が居る為、横恋慕してもフラレる可能性大。
以上のデータに加えて、似顔絵まで描かれている。最後の情報はどうかと思うが、他の選手を見ると『恋人募集中』とか、『貴族の妾希望』などと書かれている人までいた。冊子の前の方、番号が若い方から見直してみると、8番までは歳がアラサーで、守護騎士や軽騎兵といったサードクラスしかいない。そして、ルティルトさんの9番以降は、16~20歳前後でセカンドクラスの若い女性ばかり。
……なんか、婚活のプロフィールに見えて来た。似顔絵付きなのが、拍車を掛けているな。
いや、若い子はそうでもないけれど、20歳以上の殆どが『恋人募集中』と書かれているせいである。確か、この国では15歳で成人する為、女性は20歳で行き遅れ、25歳で年増、30歳で大年増だ。うん、触れない方が良さげな話題だ。
ええと、最初のページにルール説明があったので、そっちを確認する。
レースは4人グループで走り、上位2名が勝ち上がり。2回戦は祭り3日目、準決勝と決勝は年末の4日目に行う。
今日は1回戦のみで8レース、計32人の選手で覇を競うらしい。
ルティルトさんは……第1レースのようだ。初戦グループの中では、2番目に倍率が低い。1番低いのは守護騎士の女性、マルクート選手の1.2倍ようだ。サードクラスなだけに、本命扱いなのだろう。よく見ると、サードクラスの8人は別々のグループに配置されている。優勝候補はバラけさせているのかね?
「このマルクートって人、34歳既婚者らしいですよ。『子供に格好良い所を見せる為に参加』ですって。
子育てしてから、現場復帰とか凄いですよねぇ。でも、若いルティルト様なら、チャンスはあるかも?」
「歳の差は倍だもんな。現役の力を見せられるか……まぁ、初戦は2位までに入れば良いみたいだけど」
そんな話をしていたら、周囲から歓声が上がり始めた。何かと思えば、選手の顔見せが始まったらしい。騎乗した女性騎士達が1列に並び、手を振りながらゆっくりと練り歩いていた。なるほど、美人な女騎士が見られるから、最前列が取り合いになる訳だ。
その背中には番号が書かれた旗が、括りつけられている。番号順なので、分かり易い。若い番号の皆さんは、サードクラスなだけあって、派手な姿をしている、ミスリルの軽鎧であったり、ドレス装備であったり、ルティルトさんのような姫騎士のような装備である。そして、皆さん揃って化粧もばっちり決まっているので、余計に婚活をイメージしてしまう。
9番の旗を付けたルティルトさんが白馬に乗ってやって来た。薄く化粧をしたルティルトさんが、金髪ポニーを揺らしながら手を振ると、観客の若い男性が一斉に声を上げて盛り上がる。うん、アイドル扱いであるな。
俺とレスミアも後ろの席から、大きく手を振って「頑張れよ!」と声を掛けた。すると、それが聞こえたのか、俺達の方にも手を振り返してくれる……いや、途中で親指を立てて、「あっち、あっち」と言いたげにジェスチャーをする。その方向に目を向けると、いつの間にやらコースの内側に貴賓席が出来ていた。テーブルが並べられ、椅子に座ってお茶をしているので、分かり易い。その中の真ん中、護衛騎士に囲まれた青い髪の女性……ソフィアリーセが手を振っていた。
お祭り期間中は、色々なイベントに領主一族として顔見せしないといけないので、忙しいと聞いている。仕事ついでに、ルティルトさんの応援に来たのかも知れない。
その間に、パパっと周囲の人達を〈詳細鑑定〉……よし、賊はいないな。
ソフィアリーセに向かって手を振り、両手で丸を作って安全だとジェスチャーしておく。すると、それを見たソフィアリーセは、笑みを深めて優雅に手を振り返してくれた。
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