第519話 ナールング商会の屋台料理ザンポーネ

 貴族街への勝手口は、お祭り期間中にのみ、城壁の上に登れる階段を解放している(要、セカンド証)。その為、外壁の外で行われているレースを見たい人が詰めかけており、混雑していた。

 ナールング商会前の屋台は、その観客を相手に売り上げを伸ばしているようだ。白銀にゃんこ程の行列ではないが、数人並んでは、ひっきりなしにお客が訪れている。皆さん、お酒やフランクフルト、小さなピザを折りたたんだ半円状のカルツォーネを手にして、外壁の上に行くのだった。


 あんまり売れていなさそうな豚足が気になるものの、先に挨拶をする事にする。身内であるレスミアは何度も来ている為、門番さんに挨拶するだけで素通りさせてもらえた。すると、入った直ぐの庭の片隅に、タープテントが張られているのが目に入った。そこは、生垣を挟んで屋台の裏側……バックヤードとして使用しているようだ。大型の冷蔵庫や、木箱が大量に置かれており、休憩スペースとなるテーブルや椅子もある。丁度、休憩していた男女2人が俺達に気が付いた。銀髪に茶色のメッシュが入った大人なレスミア……リスレスさんである。一緒に居るのは初めて見る男性だ。赤い短髪に、優しそうな柔和な笑みを浮かべている。

 リスレスさんに手招きされて近付くと、向こうも隣の男性と腕を組んで立ち上がった。


「ミーア、ザックス君、いらっしゃい。そっちの屋台はどう? 順調かしら?」

「あはは、リース姉さんとレヒルン義兄さんも、お疲れ様~。白銀にゃんこは、売り切れで早仕舞ですよ。外の障害物レースにパーティーメンバーが参加するので、応援ついでに顔見に来たんだよ」

「まぁ! もう店仕舞いしたの?! まだ、日が沈むまで何時間もあるのに、勿体ない……仕込みの数が少なすぎたのではなくって? コカ肉に拘らずに、普通の鶏肉を使っていれば、ウチの商会から手配してあげたのよ?

 いえ、何だったら、ウチと提携して大々的に売り出せたのに……」

「はいはい、私達はリース姉さん程商売っ気は強くないから、売り切れたら終わりだよ。白銀にゃんこは、ちょっと手を伸ばせば届くくらいの贅沢料理って、位置付けなの。

 あ、普通の鶏肉で作っても、唐揚げは美味しいけど、量を作るのが大変……」


 姉妹でじゃれ始めたので微笑ましく見ていると、同じく微笑ましそうに見ていた男性に気が付き、目が合った。先程、『レヒルン義兄さん』と、レスミアが呼んでいたので、察しは付く。先んじて、挨拶をした。


「初めまして、レスミアの婚約者のザックスと申します。リスレスさんの旦那さんですよね?

 ナールング商会にはお世話になっております」

「ええ、こちらこそ初めまして。ナールング商会の商会長をやらせてもらっています、レヒルンです。

 ザックス君の噂もかねがね、リスレスから聞いていますよ。アドラシャフトで聞いた噂と全然違うので、驚きました。

 伯爵の後見を得る程の探索者だとか……義理の兄弟になるのですから、仲良くお願いします。何か、御入り用な食料品があれば、ナールング商会で手配しますから」

「勿論です……ん? アドラシャフトでの噂ですか?」


 握手を交わし……剣ダコも無く、身体の線が細めなので商人なのだろう……なんて、印象を得ていたら、聞き逃せない言葉があった。噂ってなんぞ?

 席を勧められたので、腰を落ち着けてから、詳しく聞いてみた。


 その内容とは、『ランドマイス村に左遷された影武者』とか、『記憶喪失になった嫡男が傲慢になり、管理ダンジョンを奪おうとした』とか。(詳細は293話、(閑話)手紙の行方(後編))


 ……百歩譲って、影武者は分からんでもないけど、強奪って何の話だ? 身に覚えが全くない。

 俺が首を傾げていると、レヒルンさんは、笑ってフォローしてくれた。


「下級貴族の使用人が話していた噂話だからね。面白可笑しく、捻じ曲げられたのだと思うよ。私が聞いたのも、2ヶ月弱も前の話だから、今はもう別の噂になっているさ」


 気にするなと言ってくれたのだが、2ヶ月弱前と言うと、フィオーレが合流する前である。アイツ『侵略かぼちゃと村の聖剣使い』を広めていたらしいからな。加えて、最近ではトゥータミンネ様が、貴族版に改稿して広めている。噂話が、どう変化しているのか、俺には想像もつかない。

 ……アドラシャフトに帰るのが、怖くなってきたんだが。



 話を逸らして、レヒルンさんの話も聞いてみた。リスレスさんは、毎週白銀にゃんこへ顔を出すのに、旦那さんの話を殆ど聞かなかったからね。すると、直近の1ヶ月は近隣の村や町へ出張し、お祭り用の買い付けをしていたそうな。


「ナールング商会は、契約している採取パーティーが貧弱だからね。あまり深い階層の素材は手に入らないから、近隣の村町の親族やお得意様と交易をしているのさ。

 特に年末のお祭りには欠かせない、豚足も仕入れる必要があるから、農村との交易も重要なんだよ。

 ウチの初代……曾祖父の故郷の村では、定番のお祭り料理だったらしくてね。ナールング商会の屋台では、毎年売っているんだ。うん、ちょっと待っていて」


 レヒルンさんは席を立つと、生垣の方へ歩いていく。そして、その奥の屋台とやり取りをしてから、竹筒を持って戻って来た。そして、テーブルに置かれて勧められたのは、水筒竹の空の器に入った豚足だ。


「ザンポーネって言う名前の、豚足料理だよ。中身を繰り抜いて、豚皮に色んな部位の挽肉やハーブを詰めた、変わり種ソーセージってところだね」

「あ~これ、結婚式の料理にも出てましたよね? 独特な臭いが気になりましたけど、ハーブを利かせてあるので、食べられなくはないって味でした」

「あれは一族用に伝統の作り方をしたから、内臓も使っていたんだ。今日のは内臓を使わずに、肩ロースやバラ肉を使ったソーセージだから、街の人でも気にならないよ。レスミアちゃんも、食べてごらん」


 料理が出て来たことで、レスミアが割って入って来た。

 なるほど、豚足を串焼きにするとか変な料理だと思ったが、骨も取り外されているそうだ。竹筒に入った豚足は、串が外されて、輪切りにされている。豚皮の厚さからして、見た目はイカメシのよう……ご飯の部分がソーセージ肉になっているが……取り外された串も一緒に付属しているので、爪楊枝替わりに刺して、輪切り豚足を食べるようだ。


「はい、レスミア、あーん」

「……姉さん達が居るのに、恥ずかしいですよ」

「いや、串が一本しかないからさ。ほら、あーん」

「……あ~ん」


 正面に座った義姉夫婦が、微笑ましいものを見るように笑っているが、視線を気にせず食べさせた。ただ、女の子の口には、少し大きかったかもしれない。大きなハムを折りたたむように口に入れて行く様は、ウサギの様に可愛い。本人は頬を少し染めつつ、尻尾で俺の背中を叩いてくるけど、そこも可愛い。


 俺も一口頂いてみる。外側の豚皮は、パリパリに香ばしく焼かれているが、皮自体が厚くもちもちとした触感だ。中身はハーブが効いた豚肉ソーセージなのだが、脂が多い。う~ん、ちょっとクドイ。多分、ビールで流し込むと、口の中もサッパリさせて美味しく食べられるだろうな。呑み助の鬼人族や天狗族は喜びそうだ。

 折角の御厚意で頂いたので、多少ボカして感想を返しておく。


「豪華なソーセージと言った感じで美味しいですけど、脂が凄いですね。エールが欲しくなります」

「はははっ、だろうね。これが好きな人は、大抵お酒好きなオジさんだよ。

 豚の脚の骨を外して肉を詰めるなんて手間が掛かるし、本数を準備するのも大変だから、お祭りの時にしか出せない伝統料理なんだ」


 まぁ、豚さん1頭に付き4本しか取れないのでしょうがない。事実として、レヒルンさんが方々の農村で調達して来たそうな。お祭り需要で、豚肉の流通が増える今でないと、数が揃わないそうだ。

 お茶で口の中を洗い流しながら、そんな話を聞いていたのだが、なんかデジャヴを感じていた。


 ……ああ、態々骨を外して肉を詰めるとか、手羽先餃子と同じ作り方だ。ソーセージと餃子なので食感は大分違うが、鶏の分だけ脂がアッサリしている手羽先餃子の方が好きかな?


 雑談ついでに、そんな話をするとレスミアが喰い付いた。日本の料理をうろ覚えで話す事はままある事なので、ボールペンを取り出してメモり始める。


「ザックス様が、うろ覚えなのはいつもの事ですからね。思い出した事を全部話して下さい。後で、トリクシーと再現できるかチャレンジしますから……はい、頭から絞り出して」

「……居酒屋で食べただけで、作った事は無いから細かいところは分かんないって……ええと、手羽先の骨を外して、空いた穴に餃子のタネ……ひき肉と野菜の微塵切りにしてコネたのを詰める。後は、フライパンかオーブンで焼くだったかな? 天ぷら鍋で揚げると爆発するなんて、ネタもあったから、避けた方が良いと思う。

 ああ、中に詰める物を変えて、変わり種にするのもあったな。野菜だけにしてヘルシーにしたり、挽肉とうずらの卵を入れたり、チーズを入れたり、ポテトサラダを詰めたり、海老を突っ込んだり」


 確か、創作料理の居酒屋だったので、色々あった覚えがある。ただし、普通の餃子と違って作るのに手間が掛かるので、どのメニューも数量限定とか予約必須だった。

 そんなレスミアからの尋問を受けていると、義姉夫妻も乗っかってくる。


「聞いた事も無い料理だけど、ザンポーネの鶏版か……美味しそうじゃないか。

 よし、お祭りが終わった後になるけれど、ウチの商会が手羽先を調達してあげよう」

「美味しく出来たのなら、次のお祭りメニューにするとか、系列料理店のメニューにしても良いかも知れないわね。

 ミーア、美味しいレシピが出来たら教えなさい」

「えー、レシピの研究も結構大変なんだよ?

 タダで教えなさいってのは、横暴「姉の特権よ」

 それこそ横暴だよ~。ナールング商会の商品を安くするとか、街に流通していない食材を回すくらいしてよ」


 途中から雑談なのか商談なのか分からなくなっていったが、姉妹は楽しそうである。そんな二人を見て、俺もレヒルンさんも笑うのだった。




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小ネタ

 お祭り2日目はさらっと流すはずだったのに、なんで手羽先餃子の話をしているんだろう?

 美味しいからしょうがないのだ。

 作中では手間が掛かると書いていますが、骨を外すのに慣れれば結構簡単。

 色々(余り物を)詰めて、片栗粉をはたいてから、エアフライヤーに敷き詰めてガーっと焼くだけ。結構な量の脂が落ちるので、あっさり食べられます。底に溜まった鶏油チーユは、他の料理にも使えますよ。


 ザンポーネはイタリアの正月料理。トマト煮にしたり、オーブンで焼いてからレンズ豆のソースを掛けて食べます。一度だけ宴会料理として食べた事がありますが、豚足のインパクトは凄い。

 なお、串焼きにしたのは私の創作なので、イタリア現地にあるかは知りませんw

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