第515話 ロブスターの殻の使い道と幼年学校

「わぁ! 大きな海老ですね! これだけ大きいと1匹で家族全員食べられそう……あ、でもこれが入るお鍋とか、オーブンがありませんよ。茹でる前に解体した方が良いでしょうか? 固そうな殻だけど、包丁入るかな?」


 レスミアが殻をコンコンとノックする。俺もここまで大きいと分からん。俺の知るロブスターなら、頭から両断して鉄板やオーブンで焼くとか、茹でた後に頭を捻ってからハサミで殻を解体するんだけどな。元が魔物なので、ちょっと不安である。レスミアもヴィントシャフトの乾物屋で買った小エビ以外は、地元の海老しか調理した事がないらしい。手の平大のロブスターなので……多分、ザリガニの事だろう。


 確か、表の屋台だと串焼きだった筈だ。切り分けて焼いているのかと女将さんに聞いてみたところ、待っていましたと言わんばかりに、笑顔で手をポンっと叩いた。


「ウーファーでは浜辺で焚火をして、丸焼きにするそうですが、街中では無理ですよね。少し味は落ちますが、先に解体する事をお勧めします。

 ただ、この大海老は殻が固いですからね。中の身だけを食べるなら、殻の隙間から切るだけでも良いのですけれど、全身美味しく食べる方法もあるのよ。

 ……宜しければ、解体方法を含めてレシピ交換をしませんこと?」

「ん? レシピですか? ああ、以前もウチのベアトリスとしましたよね。何か欲しいレシピでもありますか?」

「それは勿論、今屋台で売っている唐揚げ棒です!

 ウチの立ち飲みスペースに持ち込む人が多くて、皆さん『美味い!』『エールが進む!』『辛いが、美味い!』なんて、騒いでいるのですもの。気になって、仕方がありませんわ。

 ただ、ウチの者を買いに行かせたのですけれど、大量の油で温め直しているくらいしか分かりませんでした。贅沢な調理法もですが、あのカリカリ具合と、にんにくの効いた味……衣と味付けに秘密があるのでしょう?」


 ああ、唐揚げの2度揚げは美味しくなるけど時間が掛かるので、1回目を先に揚げて準備しておいたのが、功を奏したらしい。偶然ではあるが、レシピの解読を防いだようだ。

 タダで教えるのではなくレシピ交換ならば、こちらにも利があるのでやぶさかではない。ただ、俺のうろ覚えからレシピを完成させたのはレスミアとベアトリスちゃんである。取り敢えずレスミアと相談し、条件を追加する事で交換に応じる事になった。


 こちらから出す条件は、

・今回の祭り期間中は、唐揚げを販売しない。

・交換するのは基本レシピだけ(スパイシーは×、獄炎スパイスミックスの改良には手間が掛かっているので)

・宿屋のメニューにする時は『白銀にゃんこ直伝』と明記する事。


 ロブスターの料理法は欲しいが、滅多に手に入らない食材なので使いどころが限られる。それに対し、唐揚げは手に入り易い鶏肉で出来るうえ、他の食材にも流用出来るのだ。明らかにアンフェアなトレードになるので、条件を付けたした次第である。

 最後のは、どこが元祖なのか主張するためだな。基本的にお菓子屋の白銀にゃんこであるが、これだけ好評ならば来年の屋台でも唐揚げを出すかもしれない。こういった情報戦は仕掛けておくべきである。


 こちらの提案に、暫し考え込む女将さんだったが、直ぐに笑顔を返してくれた。


「ウチの食堂は、白銀にゃんこさんのケーキを仕入れているから、宣伝くらい構いませんわ。その条件で、是非お願い致します。ああそれと、商業ギルドがウーファーとの取引を増やすなんて噂も流れていますから、近所の魚屋でも乾物以外の海の魚貝類を売り出すかもしれませんよ」

「それは良いですね。ウーファー……今日のスカイループルーフの賞品にもなっていた、海と温泉の街でしたっけ?

 一度は行ってみたいですね。おっと、簡単に契約書を作ったので、署名をお願いします」


 喋っている間に、条件をまとめた契約書を作っておいた。マナインクのボールペンがあるので、パパっと書けるのが良い。〈契約遵守〉を取り交わした後で、ロブスターの解体講座が始まった。4匹の内、2匹はストレージに格納しておき、1匹をお手本、もう1匹をレスミアが実践する。


「先ずは、殻剥きから行きましょう。ロブスターの殻は固くて、鉄の包丁だと危険よ。切れなくはないけれど、刃も欠けるからおススメしないわ。ウーツ鋼製の包丁があればそれでも良いのだけれど、料理人のスキル……〈アデプト・シェラー〉!って、スキル任せにした方が楽よ」


【スキル】【名称:アデプト・シェラー】【アクティブ】

・熟練した殻剝きで、瞬時に殻や甲殻を剥き、分別する。


 一瞬にして殻が剥かれ、白く半透明な肉の塊と、殻に分かれるのだった。こんな大物に〈アデプト・シェラー〉するのは、砂漠フィールドで戦った大サソリ以来である。なかなかの迫力だ。レスミアのジョブも料理人にしてあるので、真似して殻剥きをしてから下処理に入った。


「このハサミのお肉が一番美味しいのよ。脚の肉も細目だから、そのまま串を刺して焼くのが簡単。

 胴体の方は、食べられない消化器系の内臓を取り除いて……ここから包丁を入れなさい」

「ふむふむ、ここですね」


 あれよあれよと言う間に、手足が落とされて、ブロック肉へと加工されていった。串焼きはハサミと脚だけでなく、胴体も棒状に切り分けて焼いているそうだ。いや、海老の串焼きと聞いて、四角い成形肉みたいな串焼きが出てきたらクレームものな気もする。まぁ、この大きさなら仕方ないけど。


 二人が解体作業を行っている間、俺は殻の方を見ていた。青い甲殻であるが、確か火を通すと赤くなるのだよな? 海老系ではよくある話である。

 鉄と同程度に固くて軽いなら、防具に使えそうか? いや、今更、鉄と同程度の武具なんて要らんけど。海産物臭いし。

 ……他には、煮込んで出汁を取るのは聞いた事があるな。味噌汁にデデンッと入っている奴とか。

 殻の利用法も聞いてみたところ、女将さんは殻を小突いて笑った。


「ええ、出汁を取るのにも使えるわ。ちょっと、手間が掛かるけどね。

 このままだと、固くて殻を切り分けるのが大変だから、先に天日干しにするかコンロの火で炙るの。そうすると、殻の色が赤くなって少しだけ脆くなるから、ハンマーとか鑿を使って小さくして、オーブンで焦げないように火を通す。ここまでやって、漸く使えるようになるの。そのまま煮込めば、美味しい海老出汁が取れるわ。

 ……一番簡単なのは、錬金術師に粉末加工をお願いする事ね。ウチは量が多いから、祭りが終わった後にまとめてお願いしているわ。料金は掛かるけれど、手間を考えたらねぇ」


 ……ふむ、錬金術師で粉末と言うと、アレか。

 この手の話は、ウチの料理人コンビにも頼まれる事が多いので、直ぐにピンッときた。二人が切り分けたロブスターの肉をストレージに保管し、調理台の真ん中に抜け殻を2個並べる。


「〈フォースドライジング〉!

 …………〈パウダープロセス〉!」


 最初の乾燥魔法の結界に包まれると、青かった殻が赤く変色した。熱風乾燥する火風魔法の亜種なので、加熱処理されたのだろう。そして、少し脆くなった状態で〈パウダープロセス〉を使えば、バラバラに粉砕されて粉状へと加工された。

 調理台の上に2匹分の海老粉が小山となると、それを見た女将さんが手を叩いて喜んだ。


「まあまあ! 錬金術師の粉末加工のスキルを、実際に見たのは初めてですわ!

 複数のジョブを持つと聞いていましたけれど、錬金術師も持っているなんて……そう言えば、白銀にゃんこでは薬品や銀カードを取り扱っていましたね。

 ところで、少しご相談が……」


 女将さんから提案されたのは、追加の取引だ。海老粉の使い方も教えるから、宿の方で保管してあるロブスターの殻を粉末化して欲しいとの事。

 レスミアと再度相談……するまでもなく、「知りたいです!」らしいので、その提案に乗る事にした。レスミアと女将さん(+料理人従業員)がレシピ交換で教え合う間、俺は隣の調理台で粉末加工を続けた。従業員の一人がアイテムボックスに殻をまとめて保管していたようで、10匹分を順次出してくれたのである。なんでも、殻から身を剥ぐと、冷蔵庫に入れていても長持ちしないらしく、翌日に使う分だけ解体して下拵えをして、残りは冷蔵庫に保管してあるそうだ。俺にも、『使わない分は、殻が付いたまま冷蔵庫に入れておくと良い』なんてアドバイスも頂く。

 ただ、折角アドバイスを頂いたのだが、俺には時間が止まるストレージがあるので、特に意味はない。社交辞令としてお礼を返すけど、この大きなロブスターが入る冷蔵庫は一般家庭には無いだろう。白銀にゃんこのケーキ用大型冷蔵庫はあるけど、ロブスターを入れたら磯臭くなりそうだからなぁ。

 ま、料理人コンビには、足が速い事を伝えておけばいいか。





 幸運の尻尾亭でのレシピ交換を終えると、既に1時間が経過していた。

 本当はロブスターを引き取るだけだったので、予定よりもかなりの時間をロスしたな。他の屋台を冷かしていくつもりだったが時間がない。レスミアと二人で足を速めた。

 目指すは平民街の北西の端の方……白銀にゃんこが屋台を開いている中央門付近を南とすると、我が家は南東の端。丁度、対角線上にある離れた場所なのだ。俺も始めて行く場所なのだが、外壁沿いなので間違えはしない。祭りで混雑しているので、走れないもどかしさを感じながらも速足で進む事20分。目的地へと辿り着いた。そこは三階建ての建物……民家と言うよりは公民館みたい……と、少し小さ目のグラウンドがある場所だ。グラウンドには舞台が作られ、子供達が出し物をしていた。


「わぁ、流石は都会の幼年学校ですね。大きな校舎です。グラウンドは私の母校の方が大きいですけど、田舎だからですからねぇ」

「あー、俺は幼年学校を見るのは初めてだからなぁ。いや、アドラシャフトの訓練場の方が大きかったような?」


 そう、ここはヴィントシャフトの平民街側の幼年学校である。所謂、小学校だな。7歳から12歳までの子供が通い、言語や算数などの一般常識を習い、ジョブを得られるよう訓練をする場所である。

 子供にはあまり縁がない俺達が、何故ここに来たかと言うと……


『はい、次の出演グループは……貴族街にある劇団から来てくれた訓練生の皆さんです!

 ここら辺では滅多に見られない、優雅な踊りと剣舞を披露して頂きましょう。どうぞ~』


 拡声器の魔道具……ではなく、メガホンで声を張り上げて進行しているのは、先生だろうか?

 アナウンスの声に呼ばれて、舞台袖から色とりどりのダンス衣装に身を包んだ10人の少女が列をなして登場して来た。その中には、ダンジョン装備である『花乙女のフェアリーチュチュ』を着たフィオーレも居る。

 彼女達は、貴族街にある劇団のダンス教室の生徒だ。要は発表会みたいな物なのだが、劇団前に作られた特設舞台に出演できる人数は限られている。実力不足だったり年若だったりする者は、こうして平民街の方でしか発表会に出られないそうだ。

 フィオーレはつい最近入ったばかりなので、元々貴族街の方の舞台には立てなかったそうな。まぁ、ダンジョン用のソードダンスを教わっているだけなので、舞台用じゃないから仕方がない。


「あっ! 右の方にフィオが居ましたよ! もうちょっと見やすい場所に行きましょう」


 舞台の前にある座席(只の木の椅子だが)は、保護者らしき人達でいっぱいである。俺達はその後ろの立ち見席から、観劇するのだった。

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