第514話 野生化
白銀にゃんこの屋台は、スカイループルーフでの宣伝効果もあって、売り上げを伸ばしていた。お客さんの中には、ヤパーニちゃんとレルフェちゃんから試食を貰った人も多く、接客を(意図して)担当していた二人は声を掛けられたり、握手を求められたりとアイドルのような状態になっていた。
ついでにヤパーニちゃんが頭に被って変形させていたキノコ雲は、屋台の方の綿菓子オブジェと合体して、おでん串の様になっている(三角と丸)。順番待ちの子供たちが、笑って叩いていく程に好評のようだ。
祭りの飲食屋台が一番込むお昼時も行列でいっぱいだったのだが、13時を知らせる4の鐘が鳴る頃には漸く勢いが落ちて来た。午後からは、騎士団主催のレースの予選が始まるからである。街の外壁の外に作られた特設会場にて行われるので、観客も移動して行ったのだ。ただ、街中でも小規模なイベントや出店は多く、レース(+ギャンブル)に興味のない人も多く残っているので、客足が0になる事はない。
俺達も交代で休憩を取る……のだが、休憩に入るフォルコ君に「相談が」と呼ばれて、俺も休憩スペースへと入った。売り上げを管理していた彼によると、好調過ぎるのが原因で問題が発生しているようだ。
「先程、揚げ物担当に渡してきた分が、予定していた今日の分の最後です。今のペースでは、30分程で売り切れてしまうでしょう。すみません、ここまで売れるとは予想していませんでした……私としては、初日の昼で売り切れにするのは勿体ないです。売り上げ的にも、宣伝的にも。
そこで、ザックス様に保管して頂いている、明日の分使わせてもらえないでしょうか?」
事前に1度揚げした唐揚げは、4等分して各日に使える様にストレージに保管してある。つまり、残り3日分はあるので、売る物は有るのだ。ただ、前倒しで使うと、後半に売る物が無くなるが……
「そうだな……俺としても賛成だけど、追加は0.5日分までにしておこう。それくらいなら、コカ肉の在庫はあるし、改めて調理して、在庫を補充する事が出来ると思う……ベアトリスはどう思う? 出来そうか? 一日中調理させて申し訳ないけど……」
「ふふっ、私は一日中料理が出来て、幸せですよ?
まぁ、それはさておき、今夜にでも、女の子達全員でお肉を切り分けと、味付けの下拵えをしておけば大丈夫ですよ。揚げるのは、最終日までに合間を見てやれば良いですし……ただ、もも肉は使い切った筈なので、残りは胸肉を使ったスパイシー唐揚げになりますが、よろしいでしょうか?」
一緒に休憩に入ったベアトリスちゃんにも話を振ると、まだまだ料理がし足りないと返された。好きこそ物の上手なれとは、よく言ったものだ。ただ、過重労働になってはいけないので、ちゃんと休憩するように促しておく。
そして、最終日だけならスパイシー唐揚げが多くても大丈夫だろう。それまでに買ってくれた人には、ピリ辛で美味しいが理解してもらえる筈である。皮算用が入っているが、多少売れ残っても夕飯にするだけだ。
「よし、その案で行こう。それじゃ、今日だけ0.5日分追加、それが売れ次第終了とする。
それと、明日は売れ行きが良くても、1日分を売り切った時点で店仕舞いにしよう。早めに終わらせて、空いた時間は祭りを楽しめばいいさ」
「それは良いですね。小休止だと、近場の屋台しか見に行けませんし……
それじゃ、貴族街の方も気になりますから、ちょっと偵察して来ます!」
そう言って、ベアトリスちゃんは、お祭りの喧騒へと繰り出して行った。
いや、休憩しろって言った矢先なのに、お茶飲んだだけで食べ歩きに行くとは思わなかったよ。ローテーションを組んで休憩しているから、休み時間は好きに使って良いのだけどさ。
そして、残ったフォルコ君は休憩しているものの、アイテムボックスから書類を出している。
「了解しました。では、明日の営業終わりに渡すお給料は、2.5日分で再計算しておきます」
「頼む……いや、休憩中にやらんでも、帰ってからでいいよ?」
「大した手間でもないので、直ぐ終わります。その後は、私も店長として挨拶回りをして来ますね。屋台の出店に関して、商業ギルドでお世話になった人が近くで出店していますから」
……ウチのメンバー働き過ぎじゃない?
フォルコ君にも休憩しろと促したのだが、笑い返された。
「ザックス様こそ午前中、休憩していないではないですか?
そちらこそ、ちゃんと休まないと下に示しが付きませんよ」
「いや、ダンジョンと違って大して疲れないからなぁ。〈営業スマイルのペルソナ〉の笑顔で単純作業しているだけだし、伯爵家のパーティーと比べたら心理的にも楽だ。この後、レスミアと二人で休憩貰うから、俺は大丈夫さ」
「そういうところですよ」
笑顔でブーメランを返された。ブーメランの応酬になっては不毛過ぎるので、笑って誤魔化し、そろそろ仕事に戻る事にする。屋台に戻り、追加販売をする事を皆に伝えて、揚げ物担当のアイテムボックスに、在庫を渡しておいた。
因みに、綿菓子の材料のザラメは、ナールング商会から大量に仕入れてあるので売り切れの心配はない。蜂蜜よりも高い値段であるが、綿菓子の売値500円に比べれば、原価率は低い。元々、綿菓子1個にザラメも大量に使う訳でもないので、売れば売る程、儲かる訳だ。電気代と言うか、動力源の魔水晶も、ダンジョンで採ってきたから安いからね。
そんな訳で、15時まで働いてから漸く、俺達も休憩に入った。ただ、予てより約束していたお祭りデートであるが。
少しはしゃいだ様子のレスミアに手を引かれ、お目当ての屋台へと向かう。もちろん、最初に行くのは、あの目立つ人形の所だ。
外壁の外でレースが始まったと言っても、大通りは祭りを楽しむ客でごった返している。幸運の尻尾亭の前も御多分に漏れず、沢山の人だかりが出来ていた。宿の前に串焼き屋台を設置するだけでなく、周囲に背の高いテーブルを設置し、立ち飲みが出来る様にしてあるのだ。屋台で焼き鳥や焼き豚串、そしてエールなどのお酒を買った人は、その場で一杯楽しめるという訳だな。酒も摘みも足りなくなれば、直ぐに屋台で買えるから、飲兵衛に取っては楽園だろう。事実、天狗族を始めとしたオジさん達の憩いの場となっていた。何故か、スパイシー唐揚げ棒を持ち込んでいる人も居たが、不可抗力である。持ち歩ける屋台料理を、余所に持ち込むなとも言えない。こっちの屋台が許容しているなら、良いのだろう。
そんな屋台のメニューを見ようと立ち寄ったところ、レスミアが落胆の溜息を突いた。
「ああ……噂の大海老の串焼きは売り切れですか~」
「ハハッ! お姉さん、来るのが遅かったね。ウチの海産物の串焼きは人気だから、午前中には売り切れちまうんだよ。明日の分はあるから、明日は早く来な。ああそれと、今焼いている焼き鳥には、海から作った塩を使っているからね。普段よりも、ひと味違うよ! どうだい? 買って行かないか? 冷えたエールやワインもあるよ! 冬場だから当たり前だけどな!」
屋台で焼き鳥を焼いていたお兄さんは、陽気に笑って勧めて来た。折角なので、既に焼けている分を20本程購入しておく。そのついでに、女将さんと約束をしている事を伝えると、宿の中の酒場に居ると教えてもらえた。宿の方へと向かいながら、味見で1本ずつ食べてみるが……うん、普通に美味しいけど、違いは良く分からんな。只の普通の塩焼き鳥である。
むしろ、コカ肉じゃないのが気になった。いや、最近は試食だのなんだので、コカ肉を食べる機会の方が多かったのだ。在庫が沢山あったので……口が肥えたな。
しかし、もぐもぐ味わって食べていたレスミアは料理人なだけに、違いに気が付いたようだ。
「う~ん、ちょっとだけ、味がまろやかな気がしますよ? ダンジョンで採れる、ピンクソルトは塩味が濃い目ですけど、この海塩は柔らかくて、鳥の旨味を感じられますね。お野菜とか、臭みの少ないお肉には、こっちの方が合うかも?」
そんな品評をしながら、宿屋に入り1階の酒場兼食堂に入る。すると、テーブル席は全て埋まっている程に繁盛していた。こっちは座れるからか、家族連れや年配の客が多い。そんな中、カウンターで働く女将さんを発見し、声を掛けた。
「いらっしゃいませ。只今、満席で……あら? 白銀にゃんこの2人じゃない、待っていたわよ」
「すみません、遅くなりましたが、例の件……お願いします」
「謝る必要はありませんよ。午後としか決めていなかったもの。それにしても、午前中のレースで宣伝をするとは、考えましたわね。そちらの屋台の物凄い行列、ここからでも見えましたわよ」
「あはは、お陰様で繁盛させて頂きましたけど、忙しかったですよ~。売り子さんを多めに雇っておいて正解でした。
女将さんの所は外も中も忙しそうですけど、大丈夫です?」
「ええ、毎年の事ですから、親戚が手伝いに来てくれるのよ。外で焼き鳥を焼いているのも、私の甥っ子ですからね。
さあさ、ここから入って下さいな。受け渡しは奥で行いましょ」
女将さんは、他の従業員を呼んで業務を交代すると、カウンターの端を持ち上げて中に通してくれた。そのまま案内され、厨房の奥へと通される。ランチタイムは過ぎているので、厨房も半分ほどしか動いていない。残っている料理人も、ディナータイムに向けて仕込みをしているようだ。
レスミアが興味津々といった様子で覗き込もうとするのを押さえつつ待っていると、食材庫である地下室へ行っていた女将さんが戻って来た。
「はい、お待たせ。〈アイテムボックス〉!ご注文のロブスターを4匹ね」
「こっちも銀カードを……ってデカいな! 想像の3倍くらい大きいんですけど?! 魔物ですか?」
女将さんが調理台に取り出したのは、青く巨大なロブスターである。いや、形はロブスターだが、全長が1m弱あり、4匹を乗せたら調理台がいっぱいになった程だ。
【動物】【名称:ニッパーロブスター】【Lv-】
・ダンジョンから溢れ出た魔物、スラッシャーロブスターが野生化し、世代を重ねた姿である。現在では、小型化して凶暴性を失い、只の大きなロブスターに成り果てた。しかし、その大きなハサミは健在である。普通の網程度ならば切り裂いてしまう程であり、多くの漁師を泣かせてきた。ただ、近年ではウーツ合金線が編み込まれた網が登場し、為す術もなく水揚げされてしまう。
同じく野生化したパンチャーシャコとは、好物の貝を取り合いする
……野生化した魔物?! そんなのも居るのか。
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