第513話 ヤパーニとレルフェの出番と結果と裏側と

後半の※※※から3人称に変わります。領都の大きい商業ギルドなので、こういった根回しも多いようです。騎士団は逆に実力主義。貴族は実力も根回しも要るタイプですね。


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 スカイループルーフの競技が続く中、漸くヤパーニちゃんの出番がやって来た。

 スタート位置である中央門の直上にふわふわ飛んでくると、広報部のガナールが笑い声を上げた。それも無理もない。その頭には、綿で作った巨大なアフロ……もとい、綿菓子を被っているからだ。


『ハハハッ、次のヤパーニ選手は何とも珍妙な格好だ! 仮装をして飛ぶのはよくあるが、元が何なのか分かんねぇな?

 ヘイッ! そいつは綿花の仮装か?』

『アハハッ、ハズレ~。これは、アタシがバイトしている屋台、白銀にゃんこの新作お菓子だよ~。綿とか雲みたいにふわふわした、甘~いお菓子。その名も綿菓子! 試食を用意したから、どうぞ~』


 試食用に用意したのは、手の平大に丸めた綿菓子である。皆が練習用に作った綿菓子から、軸となる木の棒を抜いて再整形したんだ。いや、皆が面白がって作るのだけど、食べる方は飽きが早いからね。特に大人になると甘いだけじゃな。何故か、子供だと幾らでも食べられちゃうのだけど。


『おい、これ本当に食い物なのか? 只の綿にしか見えんが……』

『意気地のない男ね。なら私が先に……口の中で消えたわ!』

『……おー、ちょっと甘過ぎるくらいだな』

『不思議なお菓子っしょ~。

 それじゃ、ちびっ子優先で配って回るよ! 食べてみたい子供は、両手を上げてアタシを呼んでね!』


 そう言って飛び立ったヤパーニちゃんは、コース上に居る子供に向かって、綿菓子を配り始めた。


 俺達の居る場所からは、大通りを挟んで反対側なので、流石に小さくて見えない。声は、わーわーと騒いでいるような感じがするが……様子が気になったので、単眼鏡のスキル〈モノキュラーハンド〉で、覗き込んでみた。すると、向こう側の人だかりでは、子供が両手を上げてぴょんぴょんジャンプしているのが、何人も居た。大人の背丈に紛れないようにしている様子は、見ていて微笑ましい。中には、周囲の大人たちがしゃがんで子供が見えるようにしたり、父親が肩車したりしている。

 そんな、子供たちの少し上を飛び、手提げ籠からポイポイ綿菓子を投げ渡すヤパーニちゃん。思った以上に盛況な様子だった。



 しかし、俺達の元へ来る少し前辺りから、歓声が落胆の声に代わっていた。ここでも「え~~」と、言う子供の声が聞こえる。何かと思えば、姿を現したヤパーニちゃんは、手提げ籠を逆さまにして、売り切れをアピールしていた。


「あはは、みんなごめんね~。好評過ぎて、売り切れちゃった~。欲しい子は、ギルド前の白銀にゃんこまで、買いに来てね!」


 予想以上に、手を挙げる子供が多かったようだ。宣伝としては上手くいったのかも知れないが、歓声が少なくなってしまったのは、競技的に痛いな。

 少し気まずそうに飛んで行くヤパーニちゃんへ、俺達は「お疲れ!」「良い盛り上がりでしたよ!」と手を振って上げた。すると、声が届いたのか、嬉しそうに両手で振り返してくれた。


 後は、最後のリングを潜り抜けるだけである。機嫌の直ったヤパーニちゃんは、速度を上げてリングへ飛んで行くと、他の選手と同じく、翼で身体を包んだ。翼を広げた直径よりも、リング径が狭い為である。皆、同じようにして飛んでいるので、狭い所を飛行するテクニックとして教わっているのかも知れない。


 そんな一見同じに見えた行動であったが、他の選手とは違う点がある。それは、頭の大きな綿の被り物である。綿菓子に見えるよう、大きく作っていたせいで…………最後のリングに引っ掛かってしまった。いや、リング径よりも大きな被り物であるが、綿菓子のようにふんわりと作ってあるようで、ぐんにゃりと変形する。飛び込んだ勢いが勝ち、頭を変形させながらも、潜り抜けることに成功した。ただし……


「まっ、前が見えない~!」

「あははははっ! 頭の雲がキノコになった!」

「ハハハ! 違いねぇ! 白くて空を飛ぶなら、フクロトビタケだな!」


 変形した被り物が下に垂れ下がり、まるでキノコの傘のようになっていたのだ。指摘した子供の声が、甲高く響いたのを皮切りに、周囲から笑いが巻き起こった。フクロトビタケとは言い得て妙である。麻痺効果のある胞子を噴出して、飛んで行くキノコだな。ついでに「前が見えない」と、くねくね動く様が、踊りエノキに見えてしまい、俺も噴き出してしまった。


 ふよふよ、くねくね踊って笑いを誘っていたヤパーニちゃんだったが、暫くして頭の綿の傘を持ちあげた。周囲が笑っていることに、小首を傾げながらも、リングを監視していた天狗族の青年(屋台に来ていた子)に促されて、ゴールである中央門へと飛んで行った。


 最後の最後でウケたのは、競技的には良かったのかな?

 多分、本人的には不本意だろうけど。




 次の選手はレルフェちゃんだった。白銀にゃんこのメイド服に、大きめの手提げ籠を持っている。メイド服は新調したのではなく、背格好が似ていたフロヴィナちゃんの予備のメイド服を、軽く手直し(翼を出す為)したそうな。

 うん、これも宣伝、その2だな。実況担当から拡声器の魔道具を借りて、自己アピールを始めた。


『ヤッホー! アタシも白銀にゃんこの屋台でバイトをしてて~、そこの新作料理の試食をご用意したんよ。

 先ずは実況の二人から、食べて食べて。ヤバいくらい、お酒に合って美味しいよ。はい、あーん』

『おいおい、参ったね。若い子からやられると、オジさんも照れちゃうぜ……あ、浮気じゃないからな!』

『つべこべ言い訳していないで、さっさと食べなさい…………あら、ほんと!美味しいわね。ちょっと肉汁が多めだから、エールでぐっと洗い流すと堪らないと思うわ』

『あー、アレだな。俺は鳥皮をカリッカリに焼いたのが好きなんだが、アレに匹敵するくらいのカリカリ具合……いかん、酒が欲しくなるぜ……おい、スタッフの手の空いている奴、下に行って買って来てくれ』


 実況担当の二人も天狗族だから、お酒の摘まみには弱い様だ。なにせ、スタッフに白銀にゃんこへお使いを出す程である。いや、マイク切ってから指示しろよ。大分グダグダである。


 因みに、試食用に用意したのは、屋台用のお肉を切り分けた後の切れ端を再利用した一口大の唐揚げである。うん、以前にベルンヴァルトのお摘みに回すとか話していた奴だな。料理人コンビ以外のメンバーも、揚げ物の練習として作っていたので、これも大量に余っていたのだ。


 さて、こんな宣伝祭りとなった事の発端は、スカイループルーフに参加するにあたって、アピールするネタが無いと女性陣の中で話題に上がったらしい。なんでも、あまりにも盛り上がらない選手は、後日お局様(ミルダ係長)からグチグチいびられるそうな。

 そこで、一計を案じたのはフロヴィナちゃんである。人が集まる競技なのを良い事に、宣伝に利用しようと相成ったのだ。



『はーい! それじゃ、お酒が好きなオジ様や、イケメン君を優先して配るからね。

 食べてみたい人は手を挙げて、雛鳥みたいに大きく口を開けて待ってなさい!

 アタシが、あ~んって食べさせて、あ、げ、る』


 拡声器の魔道具からは、誘うような妖艶な声が響いた。

 ……少し背伸びをした感じもするが、年齢的にJKなのでしょうがない。

 俺にはレスミアが居るので、それほど惹かれなかったが、若いメイドっ子があーん、してくれるのだから反響も多い。観客の中から、手を挙げて歓声を上げる者も多かった。


 レルフェちゃんが飛び立っていくと、行く先々で盛り上がりを見せる。例によって遠いので〈モノキュラーハンド〉で見てみると、観客の中でも特に若い男性がはしゃいでいるのが見えた。可愛いメイド娘が、手ずから食べさせてくれるのだから、無理もない。観客の頭上を低空飛行して、口に唐揚げをポイポイ入れる様は、雛に餌を上げる親鳥のよう……は、流石に言い過ぎか。ワイヤーアクションしながら、観客とハイタッチするアイドルくらいか? いや、実際はアイドルじゃなく、只の郵便配達員であるが。


 ともあれ、好評のようである。レルフェちゃんが一周して、俺達の上空に来る頃には、また売り切れになっていたからな。


「期待してた皆、ごめんね~。売り切れよ~!

 でも、白銀にゃんこの屋台に来てくれれば、アタシを含めて可愛いメイドさんが、接客しちゃうぞ!」


 最後まで宣伝をしてくれたレルフェちゃんは、最後のリングを楽々潜り抜けて、ゴールへと飛んで行った。なかなか声援も大きかったから、上位入賞を期待できるかもな。



 二人の宣伝のお陰か、競技中だというのに客足が増えた。まるで、開店時の混雑が戻ってきたようである。綿菓子の列には親子連れが並び、唐揚げ棒の方は男ばっかだ。実に分かり易い。


 慌ただしくも営業を続けている中、競技は続けられ、終了した。暫しの間、集計時間とアナウンスがあり、祭りの喧騒に戻って行く。そして、11時を知らせる3の鐘が練り響いてから、順位発表が行われた。


『みんな、待たせたな! お待ちかねの順位発表の時間だ!

 今年のスカイループルーフを征したの、一体だれなのか!?

 先ずは、入賞者の5位から行くぜ!』


 5位から2位までの子が名前を呼ばれ、順に酒樽を進呈された。皆さん、笑顔でアイテムボックスにしまっている辺り、天狗族らしい。

 そして、最後の一人、優勝者の名前が呼ばれる。


「優勝は! 優雅な踊りと、魔道具を使った演出で湧かせてくれた第一走者! トゥルネー!!」


 白い翼に白いドレスのトゥルネー選手が、前に進み出て大きく手を振ると、歓声が巻き起こった。

 ……残念、ヤパーニちゃんとレルフェちゃんは、選外の6位以下で確定か。

 トゥルネー選手へ優勝賞品『高級温泉旅館、ペア2名3泊の宿泊券』の目録が授与され、勝利者インタビューが行われるのだった。


 入賞者は、祭りの最終日に行われる、パレードに出演するらしい。各種レースの入賞者を、街を上げてお祝いするそうだ。

 この他、午後からは騎士団主催のレースが始まる事の宣伝があり、スカイループルーフの競技は閉幕となった。




 暫くして、2人が白銀にゃんこの屋台へと戻って来た。ヤパーニちゃんは、既に制服であるメイド服へと着替え直している。そして、その肩に担ぐように、参加賞の酒瓶を抱えていた。


「ただいま~。みんな、応援あざっす! なんと、10位だったよ!」

「アタシは6位。ヤパーニみたいに、色物に走らなかったから、こんなものよ。どう?お客さん増えたっしょ?」

「おお、6位とかあと一歩じゃないか! 惜しかったけど、楽しい競技だったよ」

「見ての通り、大忙しですよ。二人の宣伝のお陰ですね!」


 皆、屋台業務を続けながら、二人を褒め称えた。宣伝も仕事の内だからな。仕事に戻る前に、先に昼食を食べておくように指示すると、二人は笑ってバックヤードへと入って行った。


 バックヤードと言っても、屋台の後ろの方に作った簡易の休憩スペース……ダンジョンで使っているテーブルと椅子を並べただけだ。休憩用のお菓子やポット、昼食のサンドイッチ等が大きめのバスケットに準備されている。交代で取る小休止の時は、好きに飲み食いしていいよう伝えてあるのだ。





※※※


 休憩スペースは周りの喧騒もあり、席に座った二人の言葉は誰にも届いていない。

 少し気怠げにテーブルにもたれ掛かったレルフェは、ヤパーニへと愚痴を言う。ただ、内容が内容なだけに、声を潜めていた。


「(惜しいとか言われても、5位まではあらかじめ決められているから、どうしようもなんないのよねー)」

「(シー! あんまり大きな声を出しちゃ、メーだよ。それに、楽しかったからいーじゃん。レルフェの6位は、ウケた証拠なんだしさ~)」

「(まっね……男を手玉に取る感じは楽しかったけど、アタシも温泉行きたかったなぁ。実家が太いのうらやま~)」


 スカイループルーフは商業ギルドが主催している事もあり、その裏では様々な思惑が絡み合い、取引が交わされている。騎士団主催の実力主義なレースとは違い、順位の付け方が曖昧なのは、操作をし易くする為でもある。事実として、観客の中には商業ギルドに雇われたサクラもいた。

 これは、入賞者が決まっている出来レースではあるものの、商人らしく裏で根回し合戦が行われた結果である。勝利したのがウーファーの温泉協会(スポンサー)だったので、そこ出身のトゥルネーが露骨に贔屓されていたのだ。商業ギルド的には、これでウーファーへの旅行客を増やし、そのついでにヴィントシャフトの領都での海産物の流通を増やして、地域振興と流通の活性化を図るのである。


 ただ、これでは入賞者以外の選手を蔑ろにしているように見えるが、彼女達には彼女達の見返りを得ていた。それは……お金である。


「(あー、それはねぇ……ウチの屋台、結構儲かってそうだよね? バイト代が出たらさ、トゥルネーのとこからの袖の下と合わせて、ウーファーの温泉に行くってのもアリじゃない?)」

「あっ! それ良いね! 飲み放題は無理でも、豪遊出来そう!」

「うんっ! それじゃ、ご飯食べて、バイト頑張ろ!」


 この二人が最初から『賑やかしだから』と、やる気なさげだった理由である。天狗女子の中では身目が良いので選手に選ばれたのだが、実家は普通の平民なので、裏の根回しなど全くしていない。逆に、袖の下を受け取っている為、最初から程々に手を抜く予定だったのだ。二人の試食配りが、最後の方に売り切れたのは、好評だった事以外に、後半の盛り上がりを減らす為でもあったのである。


 しかし、白銀にゃんこの屋台で関わった事で、予想以上に楽しいパフォーマンスになったのは、言うまでもない。海辺の温泉に思いを馳せた二人は、笑顔でサンドイッチに手を伸ばして、英気を養うのだった。

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